Armored Core Insane Chronicle
番外編
「矛と盾」
3月6日

/1


 金さえあれば、と本気で思う。金さえあれば、あのいけ好かないミラージュ専属と一緒に戦わなくて済んだのだ。金が無いから、仕方無しにミラージュのスターリングラード襲撃任務を受けたのだ。

 ハァ、と深い溜め息を吐いた。

 なんでこうも金が無いのだろうか。肉斬骨断戦法を多用するのが理由だろうが、何といってもアリーナが修理費を出してくれないのが一番の原因だろう。

 ランキングの上位に入っていると、自然とアリーナでの試合が増える。これは厄介だ。しょっちゅうアリーナでの試合が組まれるため、ミッションに出ることが出来ない。試合を棄権すれば、対戦相手に逃げたと取られる。アリーナでとくに厄介なところは、勝たないと賞金が出ないことだ。負けても、通常ならば弾薬費と修理費を負担してもらえるため、時間以外に無駄な損失は無い。だが、ミカミの場合は負ければもの凄い額の損失が発生するのだ。

 いくら金が無いとは言っても、実は生活費には困っていない。煙草を買う金もある。問題は、予備パーツを購入しておく余裕が無いのだ。ミカミの場合、アリーナでの対戦ステージやミッションの内容によって機体構成を変えるため、とかくパーツに金がかかる。それに伴い、相応の維持費も掛かる。

 パイプ椅子に背を預け、煙草を取り出す。火をつける前に、テーブルの上を確認する。灰皿は置かれていない。携帯灰皿が無いか、ポケットを探るが、入っていたのは身分証明書とACの起動キーにライター、そしてトランプ。

 何で持ち物をちゃんと確認しなかったのだろうか、と後悔しながら煙草をしまう。何か出来ないかと、トランプだけはテーブルの上に残した。周囲を見渡すが、このレイヴンの待機用に設営されたテント内には、誰もいない。

 今はいなくとも、後で誰かが来るかもしれないと思い、とりあえずトランプをケースから取り出し、シャッフルしておく。

 テントの出入り口が開いた。首だけを動かして見れば、Gスーツを着た白蛇が入ってくるところだった。白蛇と目が合う。ちょうどいい。白蛇に見えるよう、カードを一枚指で挟んで見せた。

「カードでもやらないか? ここに来るってことは、出撃時間まで暇なんだろう?」

 白蛇は無言でミカミの向かい側の椅子に座った。もう一度シャッフルし、カードを五枚ずつ配る。配った後、残りのカードを山札にしてテーブルの中心に置いた。白蛇が自分の手札を取る、確認してからミカミも自分の手札を見た。

 9が二枚に3、6、Kが一枚ずつ。この時点で9のワンペアが確定している。白蛇の顔色を伺うが、まさにポーカーフェイス。これでは手札がまったく読めない。

 もう一度、自分の手札を見る。9のワンペアだけでは物足りない。では、何を捨てるか。まず、数の小さな3を捨てるのは確定している。Kは残しておいた方がいい。では、6をどうするか。微妙なところではあるが、6では弱い。これも捨てる。

「先に捨てさせてもらっていいかな?」

 聞くと、白蛇は頷いた。3と6を裏向けにして捨てる。代わりに、山札から二枚カードを引く。

「ベアトリーチェは一緒ではないのか?」

「あいつはアリーナで試合があるから、今日は無理。本当なら、俺も来たくないところだけど、金が無いから仕方なく、ってね」

 手札を見る。9が二枚にKが二枚、3が一枚、で9とKのツーペアだ。これなら、まずまずといったところか。勝てるか勝てないか、微妙な線だ。

 白蛇がカードを三枚捨て、同じ枚数だけ山札から手札に加える。相変わらずのポーカーフェイス。

「それじゃ、オープンといきましょうか」

 同時に手札を見せ合う。ミカミは9とKのツーペア。白蛇は、6から10のストレート。

「私の勝ちか」

 一瞬で、頭の中が真っ白になった。有り得ない、と。ギャンブルは強い方ではないが、カードゲーム、特にポーカーでは負けたことなど無い。それが、今、負けた。

「もう一勝負、してもらってもいいですか?」

「時間もあるし、いいだろう」

 この後、出撃五分前までポーカーを続けたのだが、終わる頃には、ミカミの財布は空に近くなっていた。


/2


 ストレートウィンドのコックピットに座り、起動キーを差し込んでパスワードを打ち込む。モニターに外の景色が表示され、機体各部に以上が無いことを確認してから通信回線を開いた。

「シア。聞こえてるか?」

「はい。聞こえてます」

 通信系等も異常なし、ストレートウィンドの機体各所の異常は見当たらない。財布の中身以外は、パイロットの調子も上々だ。相手がテロ組織であることを考えると、エレクトラやフリーマンを除けば大したレイヴンを雇えていないはずだ。今日は、楽な任務になるだろう。

 すぐ側から、ACの駆動音が聞こえた。隣を見れば、隣接する仮設ハンガーに固定されているインテグラルMが歩き出していた。作戦開始時刻になったらしい。もう少しの間、コックピットの中でのんびりしていたいが、これは仕事だ。インテグラルMにならい、拘束具を外し、機体を歩かせる。

 野営地のゲートまで出ると、インテグラルMはブースターを吹かし、そうそうに出て行ってしまう。何もそんなに急がなくても、と思ってしまうが、向こうは専属でこっちは一介の傭兵。考え方が違うのだろう。

「私達も行くとしようか」

 白蛇からの通信が入る、「そうだな」と答えてからペダルを踏み込み、ブースターを噴かす。

 景色が後ろへと飛んでゆく。モニターの中心には、ずっとインテグラルMの背中が映っている。どことなく、鬼気迫るものがあった。ミラージュにとって、この作戦は絶対に勝利させねばならないものらしい。とんだ依頼を引き受けた物だ。

「ミカミさん。ACの接近を確認しました。ダークウィスパーネメシスとクロスエッジです」

 レーダーに目をやる、緑の光点の前に、赤い光点が横に二つ並んでいた。軽く息を吸い、短く吐いて気を引き締める。レバーを握りなおし、いつでも先頭に入れる準備を整えた。

「ミカミ、白蛇、そこの二人を頼む」

「てめぇ、何勝手なことを!」

 インテグラルMは一度振り返ると上昇し、オーバードブーストを発動、向かってくる二体のACの頭上を飛び越えていった。ウェルギリウスとグラスパーに、インテグラルMを追う気は無いらしい。振り向きもせずこちらへ向かってくる。

 仕方なく、目標をダークウィスパーに定め、斬りかかった。ダークウィスパーは以前戦ったときと違ってエネルギーシールドを装備している。ブレードの対策のためなのだろうが、それがどうした。リミッター解除したMOONLIGHTの前では、シールドは意味を成さない。

 ブレードを振り下ろす。ダークウィスパーが意味の無いエネルギーシールドで防ぐ。エネルギーシールドにブレードがぶつかる。通常ならば弾き返されるところだが、リミッターを外したこのブレードはブレードを突き破るぐらい造作も無くやってくれる。

 だが、この時ばかりは違った。シールドに弾き返されることも無いが、突き破ることも出来ない。レーザーブレードとエネルギーシールドがぶつかり合い、紫電を迸らせる。

『流石に、弾き返すのは無理ですか。まぁ、防げただけでも良しとしますか』

 通信機から流れる、ウェルギリウスの静かな声。ブレードをシールドから離し、ブースターを使って後ろに下がる。もちろん、牽制のためにライフルを撃つことも忘れない。こちらが距離を離すと同時、ダークウィスパーのEOが動き出す。EOの弾を回避しながら、ライフルを撃ち続ける。

 とはいえ、近距離でのEO弾を回避しながら狙いを定めるのは難しい。十発以上撃って、当たったのは半分に満たない。後ろに下がり続け、ちょうど中距離で止まる。あまり後ろに下がりすぎると、一方的に攻撃されかねない。

 ダークウィスパーがインサイドカバーを開け、チェインガンを展開する。距離が開いたため、EOは収納。インサイドカバーから、ロケットの弾頭が覗いている。

 いつものように、オーバードブーストターンで死角を突いて攻撃したいところだが、ダークウィスパーはターンブースターを装備している。下手にオーバードブーストで接近すれば、ターンブースターで対応され、一斉砲火を浴びかねない。真正面から撃ち合っても、装甲も瞬間火力も向こうの方が上だ。撃ち負けるのは目に見えている。確実に勝つには、ブレードを叩き込むことだが、あのシールドを何とかしない限りはどうしようもない。

『攻めてこないんですか? あなたらしくもない』

「そんなに攻めて欲しいんなら……攻めてやるよ!」

 エネルギー残量に余裕がある事を確認してから、エクステンションを起動させオービットを射出。三発のビットがダークウィスパーを囲み、続いて四発の小型ミサイルがダークウィスパーに迫る。その内の二発はコアの迎撃機能によって落とされた。

 オービットからレーザーが放たれる。ダークウィスパーがミサイルに対しての回避行動に入る。オービットを避けるつもりは無いらしい。それらを見届けながら、オーバードブーストを発動。一息で距離を詰める。

 今回の任務はつまらなさそうだと思っていたが、訂正したほうが良さそうだ。


/3


 ダークウィスパーとの距離が詰まってゆく。左腕を振り上げると、ダークウィスパーは出力を強化しているであろうシールドを構えた。そこでオーバードブーストを解除、左腕を普通に下ろしながらライフルの銃口を向ける。狙うは、頭部。

 チェインガンが火を噴く。右にブースターを噴かして回避しながら、頭部に向けてライフルを放つ。ダークウィスパーも回避行動に入る。またマガジン一本分撃つが、当たったのはせいぜい二、三発。頭部ではいささか的が小さすぎる。

『ミカミさん、あなたの腕はその程度でしたか?』

「ほざけ。本気なわけねぇだろうが」

 ミサイルに武装を切り替え、エクステンションの連動を切り、ロックオン。六発ロックするまで待ちたいところだが、チェインガンを避けながらでは無理がある。仕方なく、四発だけに止め、トリガーを引く。

 またもやコアの迎撃装置が作動し、一発が迎撃される。残り三発は真っ直ぐにダークウィスパーを狙うが、弾道が素直すぎる。完全に見切られ、回避される。撃っておいたオービットもエネルギーが切れ、地面に落ちる。

 突如、機体を衝撃が襲う。モニターの中、ダークウィスパーがライフルを向けていた。その銃口から、青い煙が一筋立ち昇っている。マズルフラッシュ。弾が飛んでくる。回避行動を取るが、スナイパーライフルの弾速は速い。避けきれず、直撃を貰う。

『意外と弱かったんですねぇ……まったく、あなたのような人に負けていたとは。拍子抜けしましたよ』

 スナイパーライフルを撃ちながらダークウィスパーが距離を詰めてくる。軽量型グレネードとチェインガンの両方を展開しているところを見ると、近距離で全火力を叩き込むつもりか。舌打ちして、エクステンションを外す。オービットと肩のミサイルがあればいい。エクステンションの連動ミサイルなどは、ミカミにとってはエネルギー食いでしかない。それでも装備しているのは、友人の機体に似せるためだ。だが、今はそんな事を言っている余裕は無かった。

 スナイパーライフルを撃たれていたせいで、回避行動を取る余裕が無い。ダークウィスパーがEOを起動させる。

 軽量型グレネードにチェインガン、加えてEOの火力を受け止めきれるわけが無い。だからといって、回避することも出来ない。攻撃しようにも、ブレードは無効化され、ライフルは〇距離で撃たない限り、まとまったダメージを与えることは出来ない。今からでは、オービットやミサイルをロックオンする時間も無い。

 だからといって、勝算が無いわけではない。

「一か八か……やってみるしか」

 自分に言い聞かせるように呟いてから、機体の左腕を振り上げる。ウェルギリウスはストレートウィンドのブレードにトラウマでも持っているのだろうか、ブレードの間合いには遠いというのにシールドを構えた。こちらの方が好都合だ。

 ブレードを発生させ、腕を振り下ろす。タイミングを計って、トリガーを引く。ブレードから光波が放たれる。ダークウィスパーがシールドを張る。光波とエネルギーシールドが衝突し、閃光を放つ。ほんの僅かな時間、閃光により視界が悪くなる。

 モニターをよく見ずに、ライフルを突き出してブースターを噴かす。ライフルの先に、何か硬い物が当たる。

 閃光が収まり、視界が回復する。ライフルの銃口の先には、ダークウィスパーの頭部。躊躇い無く、トリガーを引いた。同時に、ダークウィスパーのチェインガンが火を噴く。だが、構わずにトリガーを引き続ける。

 モニターにノイズが入り始め、一瞬、爆音と共に光ったかと思うと、ブラックアウト。頭部が壊れたらしい、すぐにサブカメラが起動し、外の様子が明らかになる。まず目に飛び込んだのは、頭部を失ったダークウィスパーの姿だ。

 ダークウィスパーが、シールドを発生させた左腕でストレートウィンドを殴りつけた。機体がエネルギーシールドに弾き飛ばされ、バランスを崩す。ブースターを噴かして姿勢制御を行い、そのままブースターを使用し続けて後ろに下がる。

 互いに頭部を失い、それ以外の損傷の程度も似たような物だ。腕は全くの互角。

 スナイパーライフルの銃口が再びストレートウィンドに向けられる。会わせるようにして、ストレートウィンドもアサルトライフルの銃口を向けた。

 互いの隙を伺いあい、動けなくなる。額に汗が滲み出し、玉となって頬に流れ落ちる。呼吸も徐々に荒くなってきた。心臓の鼓動音がやたらと大きく聞こえる。それ以外は、まったくの無音。

 その静寂を破ったのは、ウェルギリウスの舌打ちだった。ダークウィスパーは銃口を下ろすと、背中を向けた。殺意は感じられない。

『残念なことですが、厄介な事になりました。あなたを倒したいのは山々ですが、これ以上戦い続けるのは得策ではありませんので、失礼します。また、戦場でお会いできる日を楽しみにしていますよ。そのときこそ、あなたを倒します』

 言い残し、ダークウィスパーはブースターを噴かして戦線区域を離脱していった。緊張の糸が切れ、シートに体を預けて溜め息を吐く。勝利できたわけではないが、頭部以外には大した損傷も無い。今の戦力比は三対二だ。とりあえずはクラスAのレイヴンの方から片付けに行こうかと思い、ペダルに足を掛ける。体重を掛けそうになったが、その前にすることがある。

 通信回線をミラージュのものにあわせる。

「こちらミカミ。ウェルギリウスは撤退した」

「了解した。こちらへ来てくれ」

 グローリィの指示に従い、レーダーを見ながらインテグラルMの元へと向かう。着いた時には、既に思考林が先に到着していた。

 インテグラルMは左肩から火花を散らしているが、思考林の方に目立った損傷は無い。周囲に敵がいないことも考えると、他の二体も撤退、もしくは撃墜されたのだろう。ここまでくれば、後は敵基地を制圧するだけだ。

 インテグラルMが基地へと向かっていく。ストレートウィンドと思考林もその後に続いた。


登場AC一覧 括弧内はパイロット名
ストレートウィンドB(ミカミ)&NE2w2G1P03w80ww5k0k0FME62wipgj0ee0cOwH#
ダークウィスパーネメシス(ウェルギリウス)&No00060001w001I000k02g0600V8l1Yru0f90R#
インテグラルM(グローリィ)&No005905k3000Es0lgAa1ME72who8c5Ge082Y0#
思考林(白蛇)&NG005fcz83B0gic086h3e68FkzWykEp5A0eo1L#
クロスエッジ(グラスパー)&Nu005e00E0w0a1k02wwa2q092wU04gZnq9Za0h#

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