Armored Core Insane Chronicle
デスサッカー編
「一話 極秘任務」
12月18日〜19日

/1


 最近、バルカンエリアにいるレイヴンたちの間はある噂で持ちきりだった。

 その噂とは、夜中に現れる首の無い白いAC。そいつと出会って生き延びたレイヴンはいないということだった。ミカミは、この話をライオットから聞いたときには馬鹿馬鹿しい、ただの戦場伝説だと笑い飛ばしていた。だが、笑っていられる状況ではなくなった。

 ある日のこと、ミカミの元にO.A.Eからメールが届いた。

 件名は「未確認機の調査、及び破壊」。O.A.Eからレイヴンの元に直接メールが届くことは珍しい。件名からすると、おそらくは仕事の依頼なのだろう。アークを介していない時点で、珍しいを超えている。何か特別な事情があるに違いなかった。

 メールを開き、内容を確認する。思っていた通り、仕事の依頼だった。以下に、文章をそのまま掲載しよう。尚、詳細については省いておく。

『君もレイヴンなら一度は聞いた事があるであろう白いACについて頼みたいことがある。この白いACは、現在バルカンエリアの各地に現れ、各企業の施設を襲撃しており問題となっているのだ。調べたところ、このACは正規のパーツで構成されておらず、所属が不明なのだ。どうやらインディペンデンスでも無いらしい。我々はこの機体に“デスサッカー”という名称で呼ぶことにしている。そこで、君にこのACの調査と破壊を依頼したい。一人では辛いと思われるので、僚機を雇ってもらって構わない。良い返事を期待している。
 契約報酬 三〇〇〇C 成功報酬 四五〇〇〇C』

 断る理由は無かった。僚機を雇っていいというのなら、絶好のパートナーがミカミにはいる。以前のEXアリーナで彼と組んだときは二位という快挙も成し遂げた。

 電話の子機を取り、彼の家の電話番号を押した。数度コール音が鳴り響く。ガチャリ、と誰かが電話に出た。彼は一人暮らしだから、彼以外には考えられない。

「ようオレンジボーイ。面白い依頼が来たんだけど、一緒にやらないか?」

「面白い依頼? どんな?」

 ミカミはO.A.Eから来たメールをそのまま読み上げた。

「面白いな! ぜひとも受けさせてもらうよ、で、いつ行くんだ?」

「明日だ。夜間戦闘になるから、頭部には気をつけろよ」

「大丈夫、暗視スコープは付いてるよ。さっさとデスサッカーとやらをぶちのめして、大金を貰おうぜ」

 心強い友の返事を聞いてから、ミカミは通話を終えた。パートナーも決まったことだ、ミカミはO.A.Eへ返信のメールを送った。何て送ったかはもう書かなくても分かるだろう。

 メールを送った後、外出用の服に着替えた。今日、出かける予定は無かったのだが、依頼を受けると決まったのであれば機体のチェックをしておかなければならない。作戦開始時刻は日付が変わるとほぼ同時、その二時間前にはノルマンディーのミラージュ支社に着いていなければならない。

 腕時計を見れば、時刻は既に午後二時。忙しくなりそうだ。


/2


 ミカミとネオストレートウィンドがミラージュ支社のガレージに到着したのは午後八時。ハンガーには、先に来ていたオレンジボーイの漆黒が固定されていた。

 ストレートウィンドを固定させ、ワイヤーロープを伝って地面に降りる。すると、二人の男性がこちらへ近付いてきた。一人はオレンジボーイであるのはすぐに分かった、しかしその隣にいるミラージュのフライトジャケットを着た男性が誰なのか分からない。どこかで会ったことがあるような気がするのだが、思い出すことが出来ない。

「久しぶりだな、ミカミ君」

 フライトジャケットの男性はそう言って握手を求めてきた。口ぶりからすると、一度はどこかで出会っているらしい。相手が誰だか思いだせていないのだが、応じないのは失礼というものだろう。愛想笑いを浮かべながら握手に応じた。

「初めて君の機体を見るが、変わっているな。中型ミサイルにアサルトライフル。そして月光か、通常では手に入らないはずだが、どうやって手に入れたんだ?」

「あぁ、それですか……ちょっと、ねぇ……」

 苦笑するしかなかった。フライトジャケットの男性は不思議そうな顔をしている。だが、言うのははばかられる。何せこのWL−MOONLIGHTは本当に通常の方法で手に入れてなどいない。ぶっちゃけた話、盗品だからだ。

「言いたくないのなら構わんが。よくデュラハン、いやデスサッカー撃破の依頼を受けてくれた。正直、私やアマツが出撃しなくてはならないのかとヒヤヒヤしていたところだ。恐らく、キサラギのエッジやクレストのスウィーパーも同じ気持ちだろうな」

「そんなに強いんですか?」

 と、オレンジボーイが聞いた。すると、フライトジャケットの男性は神妙な面持ちで、

「私も聞いた話だから真実かどうかは知らないのだが、デスサッカーの攻撃は一撃でキサラギの工場を破壊したらしい」

 この言葉に、ミカミとオレンジボーイ、二人の目が丸くなる。工場だから、薬品などが誘爆を引き起こしているだろうが、それにしても一撃というのは無茶がありすぎる。一撃で工場を破壊できる武器は作れるだろうが、果たしてそれをACに搭載できるのだろうか。恐らくは、無理だ。ACサイズでは、せいぜい同じACを一撃でという辺りが関の山だろう。

「この話を知ってか知らずか、誰も引き受けてくれる者がいなかったのだが、よかったよかった」

 安堵の表情を浮かべ、フライトジャケットの男性はこの場を去っていった。彼の去り行く方を見れば、紫のACがあった。その機体には見覚えがある、インテグラルだ。それを見て、ようやくミカミは男性の名を思い出した。グローリィだ。

 胸のつかえが取れ、フゥ、と溜め息を吐いた。同時に、オレンジボーイがミカミの肩を小突いた。

「何すんだよいきなり」

「何すんだよじゃねぇだろ、工場を一撃で破壊するなんて聞いてねぇぞ」

「俺だって聞いてない。でも、工場を一撃でぶっ壊せる武器を搭載してるっていったってACには通用しないだろう」

 楽観的な観測ではあるが、ミカミの予想では工場を破壊できる武器はAC相手では使用してこないと思われる。工場を一撃で破壊できるような武器をACサイズに小型化すれば、かなりの制約がかかっているはずだ。制約が掛かっていなくとも、そのぐらい強力な武器を近中距離で使用できるわけが無い。

「確かにそうだけど、それでも怖くないか?」

 オレンジボーイは少々怯えているらしく、弱気になっているようだ。

「そうだなぁ……敵の正体が分からない、何ていうこと、今まで無かったもんな」

 例え、ミッション中に予想されていなかった敵が出現しようと、知っている機体以外に現れることなど滅多に無い。今回のように、敵の装備すらハッキリと解らない、何ていうことは無かった。そう思うと、背筋に寒いものが走る。

 しかし、自分達はレイヴンなのである。一度受けた依頼は、どんなものであろうと必ずこなす。それが一流の傭兵だと、ミカミは信じている。

「怖がったところで仕方ない。もうこのミッションは受けちまったんだ、やるしかない。大丈夫、俺とお前はアリーナの黄金コンビだ」

「そうだな。俺の漆黒にお前のストレートウィンド、勝てるのはネロと柔しかいないもんな」

「あぁ」

 と、言ってミカミは力強く頷いた。


/3


 ストレートウィンドと漆黒、二体のACはレイテ山脈の麓にある森の中を進んでいた。この森のすぐ側に、破壊されたキサラギの工場があり、ここを歩いていれば見つかるのではと探索している。

 もっとも、ここに現れるという根拠など皆無のため、現れる保証は無い。出来ることなら、ミカミとてデスサッカーには遭いたくない。キサラギの工場を一撃で破壊した、という話を聞いたためだけではない。戦うのは正体不明の敵、何よりもこのことがミカミを不安にさせた。

 モニターとレーダーを凝視し、漆黒との距離を保ちながらゆっくりと進んでいった。

 ミカミは、漆黒へ通信を入れる。

「そっちに反応はあるか?」

「いや、まだない」

 そうか、と呟いてまた視線をモニターに戻す。機体を歩かせていると、不意に開けたところに出た。何かの跡地なのだろうか、円形状の広場になっており、木々はまるで壁のよう。天然のアリーナにも見えなくは無い。

 空を仰げば、満点の星空が広がっていた。

「ちょっと休憩にしないか?」

 オレンジボーイから通信が入った。時計を見れば、作戦開始から既に一時間が経っていた。その間、ずっと気を張り詰めていたせいだろう、いつもより疲労が溜まっている感じがした。

「そうだな、ちょっと休もうか」

 広場の中心まで移動し、ストレートウィンドと漆黒を背中合わせに立たせた。ハッチを開け、ヘルメットを外す。冷えた外気がコックピット内に入り、汗で濡れた体を急速に冷やした。風の音も無く、静かな夜だ。とてもではないが、何かが出そうな夜ではない。ひどく穏やかな気持ちになる。これも、夜の空気がなせる業だろう。

「なぁ」

 オレンジボーイの声が通信機から流れる。

「何かあったか?」

「そういうんじゃないよ。ただ、静かだなぁと」

「そうだな……」

 周囲は全くの静寂。動きがあるものといえば、空を流れる雲ぐらいなものだ。その雲が、月を隠した。光源を絶たれ、周囲が完全な闇と変わる。

 その時だ、レーダーに赤い光点が映った。

「ミカミ!」

「分かっている!」

 コックピットハッチを閉め、即座に光点が映った方向へと機体を向けるが、モニターには何も映らない。もう一度レーダーを見れば、光点は消えている。

 不審に思いつつも、オレンジボーイへ通信を入れようとした。すると、またレーダーに光点が映る。ただし、色は赤ではなく青で、距離も先程よりか近い。頭部を上に向けると、猛烈な勢いで降下してくる白い物体があった。

 白い物体は地面に激突するすんぜんで減速し、宙に浮遊した。フロート型のACのようだ。

「何だよ……こいつは?」

 突如として目の前に降り立った白いAC、大きさは通常のものよりも一回り大きい。だが、大きさなどは問題にならない。この白いAC、デスサッカーのパーツはどれも見たことが無いものだ。特に、真っ黒に塗られた頭部はカメラらしき物が全く無い。

 額に汗が流れる。ためらっている暇は無い。

「いつもので行くぞ!」

「おう!」

 友の心強い返答を聞き、オーバードブーストを起動させる。その横で、漆黒が両腕のアサルトライフルを斉射し、敵の注意を引き付ける。

 オーバードブーストが発動、敵の後ろへ回り込み、ミサイルを撃ち込む。漆黒もミサイルを放ったようだ、デスサッカーの向こう、白い筋が見えた。デスサッカーは回避行動を取るが、弾速の違う小型ミサイルと中型ミサイル、全部は避けられまい。

 モニターの中、小型ミサイルが避けられたのを確認した。その後、中型ミサイルが二発ヒットする。小型ミサイル以上の攻撃力を持つ中型ミサイルが二発も中ったのだ、装甲が穿たれていてもおかしくはない。

 しかし、デスサッカーには傷一つ無い。

「何て装甲をしてやがる……」

 通信機の向こう、オレンジボーイの驚く声が聞こえる。声にこそしなかったが、ミカミも全く同じ気持ちだった。

「オレンジボーイ。こうなったら俺のMOONLIGHTで決める、支援を頼む」

「任せておけ」

 ストレートウィンドに装備されているMOONLIGHTは、リミッターを外すことにより通常以上の攻撃力を実現している。但し、その代償として使用時のエネルギー消費量が格段に跳ね上がっている。他にも長時間ブレードを発生させると壊れるなどのデメリットも抱え込んでいる。

 漆黒がオーバードブーストを起動させ、デスサッカーの側面に回りこみライフルを放つ。放たれた弾は全て命中するが、大したダメージは与えられていないようだ。デスサッカーは回避行動を取りつつ、右腕に持っている銃を漆黒へ向ける。が、放とうとはしない。漆黒の敏捷性に追いつけていないのだろう。

 その様子を見て、ミカミは勝った、と確信した。このMOONLIGHTの一閃が入れば、いかな装甲であろうとも無事でいられるはずがない。

 漆黒を追うデスサッカーが、背を見せた。その瞬間、中型ミサイルをパージしオーバードブーストを発動させ、飛び上がった。急速に近付くデスサッカーの背部。

「堕ちろぉ!」

 ブレードを発生させ、腕を振り上げた。同時に、デスサッカーの肩が開き、マズルフラッシュが見えた。ストレートウィンドに弾丸が降り注ぐ。

(インサイドを後方用機銃なんて装備してやがったのか……聞いてねぇぞ)

 不意の衝撃を受け、オーバードブーストが解除され地面に落ちる。幸いにして損傷率はそれほど高くないようだ、だがオーバードブーストを使用し、ブレードを発生させたため残りエネルギーが心もとない。

「ミカミ、大丈夫か!?」

 ストレートウィンドに気を取られたのか、漆黒の動きが一瞬だけ鈍った。この一瞬がいけなかった。デスサッカーのパイロットはこの一瞬を見逃さなかった。

 デスサッカーの銃から放たれた青いエネルギー弾は、漆黒の上半身に中った。爆発が起こり、漆黒の上半身が吹き飛ばされ、地面に落ちる。そこに、もう一発コアパーツへエネルギー弾が撃ち込まれる。漆黒のカメラが、光を失ってゆく。

「オレンジボーイ! デスサッカー、てめぇ!」

 エネルギーはまだ完全に回復していなかったが、ミカミはブースターを使って再び飛び上がる。デスサッカーがこちらを向く。ミカミには、見えないはずのデスサッカーのパイロットが笑った気がした。

 デスサッカーの銃が持ち上がる。咄嗟に、ペダルをさらに踏み込んだ。ストレートウィンドが上昇する、刹那、エネルギー弾がストレートウィンドの脚部を破壊した。コックピット内に警告音が鳴り響く。

「まだだ、まだ終わっちゃいない!」

 オーバードブーストを使用、一気に距離を詰める。またエネルギー弾が中り、今度は頭部が吹き飛ばされる。モニターに表示されるものが警告メッセージだけとなった。モニターが見えなくなっても、ミカミのやることに変わりは無い。左腕を前に突き出し、ブレードを発生させる。

 コックピットハッチの向こうで、装甲の焼ける音が聞こえる。オーバードブーストが解除されても、足はペダルを踏み込んだままだ。すぐにエネルギーは底をつき、チャージングを告げる警告音が鳴り始めた。下に落ちていく感覚を味わったのも束の間、すぐに全身を衝撃が駆け抜けた。

 ようやくコアパーツに付けられている非常用カメラに切り替わり、モニターが復活する。まず目に入ったのは、こちらを見下ろすデスサッカーだった。デスサッカーは脚部に穴が開き、そこから火花が散らしていた。

 止めをさされると思った。しかし、意外な事にデスサッカーはそのままどこかに去っていった。起き上がることも出来ず、レーダーも使えない。デスサッカーがどの方角に去ったのかすら、ミカミには分からなかった。

 ヘルメットとベルトを外し、コックピットの外へと飛び出した。何故飛び出したのか、そんなことは決まりきっている。地面に転がっている黒焦げのコアパーツへミカミは駆け寄った。

 ハッチを開けようとするが、変形してしまって開かない。ハッチ脇にある緊急用の強制開放レバーを引いた。コックピットハッチが吹き飛ぶ。

「大丈夫か!?」

 オレンジボーイの安否を確認するため、コックピット内を覗き込んだ。

 ミカミは、目の前の光景が信じられなかった。いや、信じたくなかった。

 オレンジボーイの胸を、背中から破片が貫いていた。ヘルメットのバイザーに血糊が付いているため、表情が確認できない。

「オレンジ……ボーイ……冗談、だろ?」

 声が震える。ミカミは手袋を外し、脈を測るため指をオレンジボーイの手首に当てた。オレンジボーイの手首は冷たかった、脈も無い。

 目の前にあるのは、友の死体。絶対に見ることが無いと思っていた物。

「おい……ちょっと待てよ」

 オレンジボーイの肩を掴み揺さぶるが、オレンジボーイの体は人形のように力が無い。ミカミは、オレンジボーイの体を離した。

 認めたくない現実。認めるしかない現実。

 涙は出ない、悲しすぎるからか、それとも怒りのためか。自分にも分からない。様々な感情が嵐のように胸の内を吹き荒れる。

 ミカミの脳裏に友と過ごした日々が蘇る。初めて会ったのはレイヴン試験のとき。最初から仲が良かったわけじゃない。仲が良くなったのは、その後たまたま同じミッションを受けてからだ。何故、気が合ったのかは分からない。昨日見たテレビ番組の話題だったかもしれない、そのぐらい些細なことだったのだろう。

 共に戦場を駆け抜けて、死線をくぐったことも数知れず。それでも、二人とも死なずに、最後は一緒に生きて帰ってきた。それも、もう終わり。楽しいことも、辛いことも、共有することは永遠に無い。

 ヘルメットのバイザーを上げる。オレンジボーイの目は見開かれたままだった。ミカミは、オレンジボーイの目を瞑らせてやった。

 亡骸に背中を向けて、地面へと降りる。空を仰げば、雲は無くなり、月も綺麗に見えた。歯を噛み締める。血が出そうなほどに。

「ちくしょう……」

 ミカミの頬を、涙が一筋零れ落ちた。夜空に、流れ星が一つ落ちた。


 登場AC一覧()内はパイロット名
 ネオストレートウィンド(ミカミ)&NE2w2G07c3w0hxc0o4k0FgAm0aWo100eeqtoxD#
 漆黒(オレンジボーイ)&NE000a0003g000w000s01g040081gj0co1uO0G#

次へ

Insane ChronicleTOPへ AC小説TOPへ