Armored Core Insane Chronicle
デスサッカー編
「二話 動き出した日々」
12月20日

/1


 小高い丘陵に作られた墓地。そこに黒服の列が出来ていた。彼らの前には、新しい穴が掘られ、穴の中心には棺が置かれていた。

 棺を見下ろし、神父が何か唱えている。

 ミカミは、オレンジボーイの葬儀の様子を、離れた茂みの中から隠れるようにして見ていた。ミカミの後ろでは、シン=クロードが木にもたれながら彼の背中をじっと見ていた。スポーツサングラスを掛けていることもあって、シンの表情は読めない。

「いいのか? 行かなくて」

「あぁ」

「相方だったんだろう?」

「あぁ」

「何でいかない?」

 ミカミが振り返る。彼の目は、友の葬儀を見ていたとは思えぬ冷たい目をしていた。機械、とまではいかないが、限りなくそれに近い。シンとミカミの付き合いは意外と長いが、シンは今まで一度もこのようなミカミを見たことが無かった。

「まだ、俺があいつに花を手向ける資格は無い」

「倒さないと駄目か?」

 何も言わず、ミカミは頷き、また葬列へと向き直った。彼は今、どのような思いでいるのだろうか。残念ながら、シンには想像すら出来ない。友人を失った経験が無いから、といってしまえば見も蓋も無いが、ミカミの反応は普通とは違う気がする。普通ならば、葬儀に参列し悲しみに身を沈めるのではないのだろうか。

 だが、ミカミはそんな素振りすら見せようとはしない。人の目があるからなのか、恐らくは違う。では、何故なのだろう。考えたところで意味は無い、人の思いは他人には決して理解出来ぬ物だからだ。

 しばらくの間、シンはミカミの背中だけを見ていた。以前にあったときと、まるで別人のようだった。

「一つ言いたいことがあるんだが、いいか?」

「何だ、早く言え」

「頼むから復讐だけに生きないでくれよ。あれは、ろくなもんじゃないと聞く」

 ミカミは答えない。これは肯定なのか、否定なのか、彼の背中も語ろうとはしない。

「復讐なのか、そうじゃないのか。まだ分からない。今はまだ、自分の胸のうちにある感情が何か分からない。憎しみかもしれないし、悲しみかもしれない。でも、まだ分からない」

 言い終えると、ミカミは葬列に背を向けた。何か逡巡しているようにも見えたが、すぐに彼は歩き出した。何も言わずに、シンの横を通り過ぎて。

「どこに行くんだ?」

 シンはミカミを見ずに行った。足音が止まる。

「アーク。機体の更新手続きに行ってくる」

「もう改修したのか? 早いな」

 確かストレートウィンドは頭部と脚部を失ったのではなかったろうか。ショップにパーツを注文しても、一日や二日で届く物でもない。

「中古品だけど、手に入ったから」

 また、足音が動き出した。


/2


 オレンジボーイの死はマスコミを賑わせた。ランク一六位に位置していたレイヴンが、全く謎の相手と戦って撃破されたのだ。ニュースにならないわけが無かった。

 元々オレンジボーイは、その人柄の良さから人気が高かったレイヴンだった。そのため、テレビ局などは特別番組を編成するほどだった。とはいえ、特別番組も追悼記念ではなく、オレンジボーイを撃墜した正体不明機についてのものだ。

 それでも、一般人たちを騒がすのには充分だった。あるゴシップ誌が不明機の正体は旧世代の兵器ではないか、と載せると、人々は恐怖におののいた。皆、バルカンエリアがナービス領のようになるかもしれないと不安なのだった。

 こうなってくると、企業の側も正体不明機についての情報を開示するしかなくなってしまい、デスサッカーの名前は知らないものはいなくなるほどだった。そして、企業もデスサッカーの正体について解っていないことを知ると、一般人たちはさらなる恐怖を覚えたのだった。

 一般人たちよりもデスサッカーを恐れている人間達がいる。レイヴン、企業専属を問わずAC乗り、そしてMT乗りの大半がデスサッカーに対し畏怖の念を抱かざるをえなかった。

 大半のAC乗りたちはデスサッカーに対し、畏怖の念を抱いたが、抱かない者も中にはいる。クレスト専属であるスウィーパーなどがその代表格だろう。

 スウィーパーがオレンジボーイ撃墜のニュースを聞いたのは、繁華街をブラブラしていたときだ。たまたま電気屋の前を通りがかったとき、展示品のテレビがニュースを流していたのだった。

 オレンジボーイ撃墜のニュースを聞いたとき、スウィーパーは鼻で笑った。胸の中で、標的を見つけたことへの歓喜が湧き上がる。上位ランカーを撃墜したデスサッカーを倒せば、当然のように倒した者の名は上がるだろう。クレストはデスサッカーについて、可能な限り関与しない方向なのだが、これは上層部を説得するだけの価値がありそうだ。

 そうと決まれば、後は行動あるのみだ。

 テレビから目を逸らし、足早に歩き出す。周りを見なかったのがいけなかった、誰かとぶつかってしまう。反射的に「すみません」、と言って頭を下げていた。顔を上げ、ぶつかってしまった人の顔を見れば女性だった。それも金持ちのようで、毛皮のコートにカシミヤのファーを首に巻いている。

 女性は睨みつけるようにスウィーパーを見ていたが、フンと目を逸らすと何事も無かったかのようにまた歩き出した。その後ろを、彼女の荷物持ちなのだろうか、一人の青年が両手に荷物をいっぱいに抱えて悲痛な面持ちで歩いている。

「おい! まだ買い物する気かよ!? いい加減もう持てねぇぞ」

 青年が女性に言うと、女性は機敏な動きで振り返った。

「下僕の分際で、お黙りっ!」

 その気迫に圧されたのか、青年は下を向き付き従うように歩き出した。それを見ると、女性は満足そうな表情でまた前を向き直る。

 今どき、主従関係が未だ存在していることにスウィーパーは驚いた。だが、驚くべきはそこではなく。実はさっきの二人がレイヴンだということだろう。女性はクラスBのクイーン、青年の方はランク一七位のディーなのだが、スウィーパーは気付かなかった。というよりも、気付かなくて当然だろう。


/3


 その頃、アリーナではベアトリーチェとシロウの試合が繰り広げられていた。

 戦闘開始からブラックゴスペルが距離を取り、牽制にリニアガンを放つため、シロウのハウリングは思うように近づけずにいた。その状態のまま、大体一分が経過したときだ。

 ハウリングがダメージ覚悟でブースターを吹かし、接近してくる。両手のマシンガンで一気に畳み掛けるつもりなのだろう。

「そんなバランスの悪い機体で、私の相手をしようだなんて。笑わせてくれるわ」

 ブラックゴスペルがオーバードブーストを発動させた。急速に縮まる二機の距離。シロウにとって予測外の行動だったらしく、せっかくの攻撃チャンスをみすみす逃してしまう。すれ違った瞬間、ブラックゴスペルはオーバードブーストを解除させ、左足を軸にさせ振り向く。左足に過負荷がかかった事により損傷率が上昇するが、ベアトリーチェにとって、それは些細な問題だった。

 背を向けているハウリングの背中に、レールガンの照準を合わせ、トリガーを引く。レールガンがエネルギーをチャージする間に、ハウリングは振り向こうとするが、間に合わない。ハウリングの左側面に、高速で放たれたエネルギー弾が中り、装甲を穿った。ハウリングの上部左腕の装甲は全て吹き飛ばされ、内部構造が露になっている。その露になった内部構造からは火花が散っており、左腕を使用することは不可能だろう。

「くそう……」

「その程度の腕で私の相手をしようとするからよ。この試合、棄権した方がよかったわね」

「黙れ。まだ負けたわけじゃない」

「威勢だけは一人前ね。でも、あなたじゃ駄目ね。消えなさい」

 再びブラックゴスペルがオーバードブーストを発動させる。同時に、両肩の武器をパージし機体を軽量化させた。

 真正面から突っ込んでくるブラックゴスペルに、ハウリングのフィンガーマシンガンの照準が合わさる。五つの銃口からマズルフラッシュが起こり、放たれた弾丸は、ブラックゴスペルを貫かんとしている。が、着弾する直前にブラックゴスペルは上昇した。

 またもや予想外の出来事に、ハウリングの動きが一瞬止まる。

 次の瞬間には、降下してきたブラックゴスペルのブレードによってハウリングは袈裟斬りにされていた。幸いにして、ブレードはコックピットまで達していなかったが、損傷率が七五パーセントを超え、シロウの敗北が決定した。

 アリーナでの試合が終わった後、ベアトリーチェは複数あるレイヴン用控え室を見て回っていた。行く先々でベアトリーチェは奇異の眼で見られたが、彼女は気にも留めず、ある一人の男を捜し続けた。

 全ての控え室を覗き、観客席も見て周り、喫煙室も見にいってみたが、探しているレイヴンはいない。これでは、何のためにバルカンエリアくんだりまで来たのか分かりはしない。

 新人時代を除いて、ベアトリーチェにただ一度の敗北を喫させた男を追ってここまで来た。だというのに探しているレイヴン、ミカミは話こそ聞きはすれ、姿を目にすることすらなかった。一体、どこにいるのだろうか。

「こうなったら……あそこに行ってみるしかないわね」

 そう呟いて、ポケットから雑誌の切抜きを取り出した。その切抜きは、ある喫茶店の地図が載っている。ある喫茶店というのは、もちろん喫茶翠屋という店のことだ。最近、喫茶翠屋はレイヴンも御用達の店ということで有名になっているのだ。

 切抜きの地図を頼りに進んでいくと、繁華街の通りに出た。繁華街というといささか語弊があろう、商店街というべきか。ベアトリーチェはこのような所に来たことが無く、右も左も分からない。

 ぶっちゃけた話、迷っていた。

「すみません。喫茶翠屋まで行きたいんだけど、分かる?」

 仕方なく、たまたま通りがかった、三つ編みで眼鏡を掛けた少女に道を尋ねた。

「あぁ、ここですか。私もお店に行くんで、よければ案内しますよ」

「ありがとう、悪いわね」

 少女に連れられ、店内に入る。中はアットホームな雰囲気で、非常に落ち着けそうだ。近所に学校でもあるのだろうか、店内を見渡せば、制服を着た女子中高生が多い。こんな所にミカミはよく訪れているのかと思うと、ミカミに対する考えを改めた方がいいかもしれない。

「その辺りの席に座っていてください、すぐごに注文を伺いますから」

 どうやら道を尋ねた少女はここの店員だったらしい。少女はベアトリーチェを席に案内すると、そのまま店の奥へと消えた。ここの制服に着替えるのだろう。

 ベアトリーチェが席に座るとすぐに、ツインテールの少女がおしぼりと水を持ってきた。

「ご注文、何になさいますか?」

「そうね……このスペシャルシューとミルクティーのセットでお願い」

「はい。スペシャルシューとミルクティーのセットですね。かしこまりました」

 改めて店内を見渡すが、女子中高生ばかりで、ミカミの姿は無い。

 この後、ベアトリーチェはミカミが来るかもしれないと思い、閉店間際まで粘ったのだが、結局ミカミは現れなかった。


登場AC一覧()内はパイロット名
ブラックゴスペル(ベアトリーチェ)&NE005a2w03gE00sa00ka10E80aU64ykCe0f20H#
ハウリング(シロウ)&N4104blg03Bk01hl00ka102E0aU0000GAhv21I#

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