Armored Core Insane Chronicle
デスサッカー編
「三話 アリーナ襲撃」
12月25日

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 バルカンエリアで開催されるアリーナは、デスサッカーの影響を受け、ACの護衛が付くことが決定した。護衛は、アリーナに出資している企業、ミラージュ、クレスト、キサラギの三社に専属しているACを派遣する事になっている。

 今日、一二月二五日は知っての通りのクリスマスだ。テレビ番組もクリスマス特別番組が増え、その流れに沿う形でアリーナも人気レイヴンの試合が多く予定されている。メインは柔とソフィア、ネロとセヴン、ミカミとファクト、と人気レイヴンの試合が三試合も組まれている。

 これら六名は前述したとおり人気が高く、警備体勢はいつもより厳重に行われている。その割には、護衛に付くACは三機だけ。ミラージュからはグローリィのインテグラル、クレストからはスウィーパーのサプレッサー、キサラギからはエッジとなっている。
 
 サプレッサーは試合の行われているドームを背にしていた。モニターに映るのは、果ての無い荒野。地平線の向こうに沈まんとしている太陽。モニター越しのため、いささか迫力に欠けてはいるが、それでも胸に迫る物があった。このような辺境に来なければ、大自然の雄大さを実感することは出来なかっただろう。

 沈みゆく太陽を見ながら、コンソールパネルの上に足を放り出した。レーダーを見ても、友軍二機を示す緑の光点が動かずにいるだけで、つまらない。

 読みかけの文庫本でも持って来るべきだったと、後悔する。幻想的な光景が目の前に広がってはいるが、バルカンエリアで生活するスウィーパーにしてみれば、そんなものはいつでも見れる。何もすることが無いのは、友軍二人も同じだろう。だったら、話し相手にでもなってもらおうかと、マインドリッパーへ通信を入れる。グローリィではなくエッジを選んだのか、理由は一つ、クレストはミラージュよりもキサラギとの方が仲がいいからだ。

「そっちは何かあったか?」

 まずは当たり障りの無い話題から。プロフィールを見た限り、エッジという女性は真面目そうだ、仕事に関係ある話から入らないと何を言われるかたまったものではない。

「こちらは変化ありません。そちらは?」

「こっちも変化なし。全く、お互い暇だよなぁ……」

「そちらはそうかもしれませんが、私はやることがあります。話し相手をして欲しいのなら、グローリィに言ってみたらどうです」

 言うが早いか、エッジは通信を切ってしまった。再び交信しようとするが、向こうは通信機の電源自体を落としてしまったのか、全く返事が返ってこない。

「ったく、これだから真面目ちゃんは」

 舌打ちして、チャンネルをインテグラルに合わせようと手を動かすが、途中で止まる。今から通信しようとする相手は、ミラージュの人間だ。クレストとミラージュの仲は非常に険悪である。分かりやすい例えをを出せば、冷戦時代のアメリカとソ連といったところだろうか。昔の冷戦と違うところは、代理戦争や軍備拡張などで競っていないという点だ。

 宙でスウィーパーの指が迷う。今は味方だが、普段は敵。しかもミラージュ専属、相手の性格を知らないため何ともいえないが、エッジみたいな真面目人間かもしれない。そう思うと、会話しようという気はしぼんでゆく。

 コンソールパネルに乗せていた足を下ろし、ペダルに掛ける。他に何も出来ないのなら、ここは真面目に仕事をするしかない。

 モニターには何も映らず、レーダーにも何も映っていない、というわけでもなかった。インテグラルを示す光点のすぐ側に、敵を示す赤い光点が表示されている。赤い光点は消えない。噂では、デスサッカーはレーダーにハッキリと映らないという。では、インテグラルの側にいるのは、一体何なのだろうか。一体だけというところを見ると、ACもしくは特殊な兵器と見ていい。

 ともかく、ここでのんびりしている訳にはいかない。インテグラルはミラージュのACだが、今は味方だ。味方の側に敵がいるのなら、撃破するのみだ。

 インテグラルの応援に行こうとしたとき、グローリィから通信が入る。

「敵を確認した。但し、デスサッカーではない。私事で恐縮だが、こいつの相手は私がやる。手出しはするな」

 何が手出しするなだ。確かにデスサッカーではないようだが、楽しみを独り占めしようなんて、そうはいくか。

「おいグローリィさんよ、あんたが何考えてるか知らないが、俺達は味方だ。応援に行く」

「悪いがやめていただきたい。向こうも私との一騎討ちを望んでいるようなのでな」

 また舌打ちをした。どいつもこいつも、勝手なことを言いやがる。仕方なく、レーダーでインテグラルの戦いを観戦しようと、レーダーを見たときだ。一二時方向、つまりは正面に赤い光点が表示され、すぐに消えた。

 モニターを見れば、遠くに太陽を背にした白い機体が見える。通信機から激しいノイズが流れ出す。噂に聞いたデスサッカーと一致している。

「殺されにきやがったな……」

 スウィーパーはクレスト専属になる前、アリーナの上位にランクインしていた経歴を持つ。その腕は未だ衰えてはいない。深呼吸をし、昂ぶりつつある気持ちを抑え、鼓動を抑制する。眼はしっかりとモニターの中に映るデスサッカーを捉え、鋭い眼光を放っていた。

 まだ距離は遠い。この位置から届くAC用の武器は存在しない。まずは、下手に近付かず相手の出方を伺う。瞬きをせずに、モニターの中に映るデスサッカーの一挙一動を凝視する。デスサッカーはその場から動こうとはしない。

「どういうつもりだ……?」

 デスサッカーの背中から青い光が放たれる。エネルギー弾だろう。だが、この遠距離から届くはずは無い。高をくくり、回避行動をとらなかったのがいけなかった。エネルギー弾は威力を衰えさせず、凄まじい速さでサプレッサーを飲み込まんと襲い掛かる。

「馬鹿な!? この距離でだと!?」

 慌てて回避行動を取るが、光はサプレッサーをスウィーパーもろとも飲み込んだ。爆発が起こる。後には、残骸すら残っていなかった。


/2


 マインドリッパーのレーダーがデスサッカーと思われる光点を表示した。噂どおりに明滅を繰り返し、ややもすればレーダーの故障かと思ってしまいそうだ。しかし、エッジは冷静にオペレーターへと通信を入れる。

「コードネーム“ファントム”と思われる機体を確認しました。指示をお願いします」

『了解。少々危険ですが、ファントムをカメラに収めてください』

「了解しました」

 エッジの声は冷静そのものであったが、レバーを握る手は微かに震えていた。可能な限り冷静になろうとしているのだが、今レーダーはとんでもない事を伝えてくれた。クレスト専属ACであるサプレッサーの反応がレーダー上から消えた。再び現れる様子はない。それが意味することは一つだけだ。サプレッサーは撃墜されたのだ。

「ミラージュ専属、デスサッカーを確認しました。今から対応しますが、長くはもたないと思います。早めに応援に来てくれることを願っています」

「了解。ゼロネームを倒したらすぐに行く」

「分かりました」

 慎重に機体を移動させ、アリーナの外壁から覗かせるようにしてデスサッカーを確認した。一見してACであることは分かるのだが、使用されているパーツのどれもが全く見たことの無い物だ。企業の物を改造していることも考えられたが、それにしては形が違いすぎる。特に真っ黒に塗られた頭部などは、カメラやセンサーの類が一切確認できない。脚部も、浮いているところからしてフロートのようだが、タンクのように大きい。

 デスサッカーの周囲を確認するが、ACの破片らしいものは一切ない。しかし、何かが着弾したような跡は残っている。まさか、と嫌な予想が脳裏をよぎる。デスサッカーは、ACを破片すら残さずに吹き飛ばしたとでもいうのだろうか。だとしたら、異常だ。幾らなんでも、ACを破片すら残さずに消し飛ばせる兵器など知れている。それこそ核兵器ぐらいしかないだろう。だが、デスサッカーにミサイルが装備されている様子はない。だいたい、核が撃たれたのであればこの周囲が無事なはずはない。

 モニター画面をキャプチャし、保存する。保存が終わればすぐにキサラギへと写真を送った。会社の任務はこなしたが、アークからのアリーナ護衛の任務は終わっていない。負けてもデスサッカーのデータを取れれば良いので問題はないのだが、負けは死を意味しかねない。

 エッジのレバーを握る手は震えていた。


◇◇◇


 アリーナ内のガレージでは警報が響き渡っていた。ストレートウィンドBのコックピット内にいたミカミは警報を聞き、下へと降りた。そして、慌ただしく駆け回っているアリーナの所員を捕まえた。

「何があった?」

「で、デスサッカーが……そ、そそ、その襲撃――」

 デスサッカーと聞いた途端、ミカミは体の底が熱くなるのを感じた。それが歓喜なのか、怒りなのかは分からない。だからといって、分かる必要は無い。オレンジボーイの仇のため、デスサッカーを倒すのが最優先される。

 即座に体を反転させ、ストレートウィンドのコックピットハッチから垂れるワイヤーロープに脚を掛けた。その時だ、

「待ちなさい!」

 背後から声を掛けられる。さっきの所員の物ではない。ワイヤーロープに掛けた足を下ろし、ゆっくりと後ろを振り向いた。知的そうな眼をした女性が、こちらを向いて立っていた。

「誰だあんた?」

「忘れたとは言わせない。私はベアトリーチェ、あなたに再戦して欲しくてここまで来たわ。この勝負、受けなさい」

「無理だな」

 コンマ一秒と空けずに即答した。一週間前ならばOKと答えていただろう、だが、今は無理だ。ミカミにレイヴンを相手にしている暇はない。正体不明のデスサッカー。それ以外は、眼中にない。後ろを振り向き、ワイヤーロープに足を掛け直す。

「逃げる気?」

「逃げる気はない。だけど、今あんたの相手をしている場合じゃないんだ。ここに、俺の敵が来ている。そいつを倒さないと、俺は先へ進めない」

 ベアトリーチェからの返事はない。ワイヤーロープを巻き取らせ、ストレートウィンドのコックピットへ半身を滑り込ませた。半身だけだして下を見下ろすと、上を見上げていたベアトリーチェと目が合った。何を考えているのか、ベアトリーチェの頬が緩んでいる。

「そいつがいなくなれば、私と戦うのね?」

 ミカミはベアトリーチェの目を見つめたまま、ゆっくりと頷いた。ベアトリーチェは満足そうな微笑を一瞬浮かべると、早足で自分の機体、ブラックゴスペルの元へと向かった。どうやら、彼女もデスサッカーと戦う気らしい。役に立つことはあっても、邪魔になることはないだろうから、止めようとは思わなかった。

 コックピットハッチを閉め、OSを起動させる。コンソールパネルやモニターに明かりが灯り、暗闇に近かったコックピット内が急に明るくなる。

「機体状態確認。FCS、OK。各関節部駆動状態良好、モニター及び各種センサー感度良好、後はその他もろもろ全て良し」

 機体の状態を声に出しながら確認してゆく。整備を終えてすぐのストレートウィンドの状態は、最高とまではいかなくとも、かなり良好であった。

「いこうか、ストレートウィンドブラック」

 レバーを握る手に力を込め、ペダルを踏み込む。ストレートウィンドを固定していた拘束具を無理やり剥がしながら、緑の機体は一歩その脚を進ませた。ガレージ内が喧騒に包まれる。

『ミカミさん、待機していてください』

 アリーナ運営委員会から通信が入るが、ミカミは答えず、さらにストレートウィンドを歩かせた。モニターの端で、ブラックゴスペルがストレートウィンドと同じようにして拘束具を外す姿が目に入った。

「ベアトリーチェ、何をしているんだ?」

「何って、決まっているじゃないの。デスサッカーを倒して、正式にあなたに挑戦を申し込む。文句無いでしょう?」

 文句は何一つとしてない。ただ、聞いておかねばならぬことがある。

「それは俺に協力してくれるということか?」

「協力? 馬鹿言わないで、私は私の目的を果たすためにデスサッカーを倒す。まっ、あなたがそう言うんだったら、協力してあげてもいいわ」

「なら、よろしく頼む。ベアトリーチェ」

 コンマ一秒とまではいかないが、今度も即答だった。ベアトリーチェの返事は無いが、大方、予想外の返事にとまどっているのだろう。


/3


 アリーナでの試合は、黄金に輝くACが白いACに止めをさそうと、肩のグレネードランチャーを向けた。

「くっ……」

 脚部から火花を散らして敏捷性が減衰しているAC《サクリファイス》のパイロット、セヴンの悔しがる声が聞こえる。聞こえていたところで何かが変わるわけでもない。ネロは容赦なく、絶対に外すことの無いよう慎重に―とはいえ、一秒とかかっていないが―狙いを定め、トリガーを引いた。

 砲口から放たれた炸裂弾は、サクリファイスの直撃しど派手な爆発を起こし、観客達を湧かせた。モニターにWINの表示を確認してから、ネロはサクリファイスへ通信を入れる。いくら試合で、相手を殺しても問題ないとはいえ、アリーナはあくまでスポーツ、正々堂々と行うものだ。

「大丈夫か?」

「体は大丈夫です」

 言葉とは裏腹に、声音は辛そうだ。怪我はしていないのだろうが、衝撃で全身にダメージを負ったのだろう。

「そうか、ならいい」と、一言だけ言ってからガレージへと続くゲートに機体を向けて歩かせる。会場にネロの勝利を謳う文句が流れるが、彼にとってはどうでもいいことだ。ネロにとってどうでも良くないことといえば唯一つ、現在ランキング二位の柔ぐらいなものだ。

 過去三度戦い、最初の戦いはは負け、次は勝ち、その次はテロリスト共に邪魔をされた。ちなみに、彼らの試合を邪魔したテロリストは当然のように二人に完膚なきまで叩きのめされ、そのまま本拠地まで襲撃されて壊滅した。周囲も彼らの三度目の対戦を心待ちにしており、ネロも柔との戦いを待ち望んでいる。が、運営委員会は何を考えているのか、一向にネロと柔の試合を組む様子が無かった。

 ネロのAC《アウグストゥス》がゲートの前に立ち、サクリファイスの収容が始まったとき、アリーナに激震が走った。と同時に、警報が鳴り響く。
『会場内に所属不明機が侵入しました。至急、迎撃してください』

 運営委員会からの通信、残弾数がまだ充分にあることを確認してから承諾の返事を行った。

 また、衝撃が会場を襲う。たまたま目に入ったレーダーに、あるはずのない赤の光点がある。背後を振り返れば、そこには見たことの無い白いACが壁を破壊し、試合場内に侵入して来ていた。

 所属不明のACのパーツは、三大企業の物ではないことが一目で分かった。特に、真っ黒に塗られた頭部にはカメラやセンサーの類が見当たらない。武装面でいえば、両肩のキャノンが目を引いた。

 交信を試みようかとも思ったが、しなかった。アリーナに突入している時点で所属不明機のパイロットはレイヴンであるはずが無く、むしろアークと敵対するものなのは決定的だ。よって敵と判断し、グレネードランチャーを展開していることを確認してからロックサイトの中心に正体不明の敵を捉えた。

 ロックオンしたことにより、向こうもこちらの存在に気付いたようだ。緩慢な動作で、振り向こうとする。が、トップランカーがそんなことを許すはずが無い。引き金を引くと同時にブースターを吹かし、可能な限り反動を無くす。それでも殺しきれない衝撃は、細かな機体制御でカバーした。

 正体不明機は回避行動を取る様子も無く、コアパーツに炸裂弾の直撃を喰らい、爆炎の中に身を沈めた。大口径グレネードランチャーの直撃、並大抵のACなら一撃で撃破、とまではいかなくとも戦闘に支障をきたす程度のダメージを与えることが出来る。行動不能程度にはなっただろうと、ネロは爆炎を見ながら思った。

 爆炎が微かに、ゆらりと蠢いた。ネロはその動きを見逃さず、危険を感じ、咄嗟に機体を右にスライドさせた。すぐ横をエネルギー弾が通過し、背後のゲートを吹き飛ばした。炸裂弾の直撃を受けてもものともしない防御力、リニアキャノンの直撃でも破壊できないゲートを破壊する攻撃力、その両方に驚く。一体、どんな技術革新が起こればこんな事が出来るのだ。

(まさか……旧世代の遺産か?)

 そう思った直後に、自分で愚かな考えを否定した。バルカンエリアには旧世代の遺産があると噂されているが、あくまで噂に過ぎず、遺産が発見されたという話は聞いていない。発見されたが、発見者が隠している可能性も考えられるが、噂すらないのはおかしい。ということは、まさかこいつが噂のデスサッカーなのだろうか。

 爆炎が収まり、所属不明機が姿を現す。全くの無傷、というわけではないが大したダメージは与えられていないようだ。

「テ、テキ……ハイジョ……カ……イ、シ」

 ノイズ交じりの機械的な音声が通信機から流れる、それはネロの聞いているデスサッカーの噂と一致していた。なるほどこいつか、と普通のレイヴンなら恐怖で縮こまりかねないのだろうが、ネロは冷静に敵を分析しようとしていた。ネロはトップランカーである、所属不明で謎のパーツを多数装備しているとはいえ、AC相手ならば負ける気はしなかった。


登場AC一覧()内はパイロット名
サプレッサー(スウィーパー)&Ns000c0002g000E000k0100800E$2M0$A07813#
マインドリッパー(エッジ)&Nw005f13c8wk0lI4cMka102F0aVqnjE000fg0J#
ストレートウィンドB(ミカミ)&NE2w2G1P03w80ww5k0k0FME62wipgj0ee0cOwH#
ブラックゴスペル(ベアトリーチェ)&NE005a2w03gE00sa00ka10E80aU64ykCe0f20H#
アウグストゥス(ネロ)&Nw005a6g03x40wI00asa1ME60aU00isee0cqxf#
サクリファイス(セヴン)&N7g0090a020s0cgMs0tA1Sg72wg1hrgeo08W1H#

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