Armored Core Insane Chronicle
デスサッカー編
「四話 アリーナの攻防 前編」
12月25日

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 デスサッカーの急襲によって、アリーナ管制室は大騒ぎどころではなかった。どうすればいいか、様々な意見が飛び交う。だが、どれも上役へどうやってこの事態を説明するのか等、自分達の保身のことばかり考えた意見だ。彼らは今まで自分達―レイヴンズアーク―だけは大丈夫だとでも思っていた。

 しかし、このめでたきクリスマスの日にやってきたデスサッカーという名のサンタは、彼らの常識を破壊し、恐怖という名のプレゼントを皆に配ったのだった。

 管制室から逃げ出そうとするものはいないにしろ、部屋の隅で震える者、どうすればいいのか分からずとにかく騒ぎ立てる者、未だに目の前の現実を受けいることが出来ずにただ呆然とする者。まったくと言っていいほどに、統率がとれていなかった。

 この管制室を任されているロワゼルは、自らの部下達の無能さに呆れるばかりだった。アークの社員がここまで怠惰しきっているとは夢にも思っていなかった。恐怖をプレゼントされた部下達は、徐々に理性を失いつつある。これは、非常にまずい。

「静かにしろ!」

 騒がしい、管制室内にロワゼルの声が響き渡る。鶴の一声、今までどうしていいか分からず、慌てるしかなかった部下達は皆ロワゼルの顔を反射的に見ていた。皆、目を丸くし、現状がわかっていないようだった。

「いいか。てめぇらはまず落ち着け、いいか落ち着くんだ。とりあえず深呼吸しろ」

 呆然とした顔のまま、皆ロワゼルの指示に従いゆっくりと息を吸い込み、またゆっくりと吸った息を吐き出す。深呼吸を行った事により多少は頭が冷めたのだろう、先程と比べると皆の顔は平静に近付いている。

「まず自分の席に座って状況確認! その後で現在アリーナにいる出撃可能な全レイヴンに出撃命令! いいな!」

「ですが室長、レイヴンに出撃命令を出す場合、運営委員会の許可が……」

 部下の一人がロワゼルに具申する。確かに、彼の言うとおりだ。非常時とはいえ、アーク所属のレイヴンに出撃命令を出すのならば、運営委員会の許可が要る。だが今さら運営委員会に申請したところで、許可が出るのは明日になってしまうだろう。何せ、レイヴンに出撃命令を出すのなら、それ相応を報酬がいる。報酬額の決定、金の準備など、雑務を山ほどこなさねばならない。既にデスサッカーが侵攻してきている今の状態で、そんな悠長な事をやっている暇はない。

 試合会場の様子を映し出しているディスプレイの中では、トップランカーのAC《アウグストゥス》とデスサッカーが激戦を繰り広げていた。どうやらネロの方が押されているらしい、攻撃の機会をあまり与えられず、思うように反撃できていないようだ。

 何てヤツだ、と舌打ちした。トップランカーであるネロと互角、いや、それ以上に戦うとは……どんな化け物だ。

「全責任は私が取る! いいから全レイヴンを出撃させろ!」

「はっ! 了解しました!」

 先程具申した部下が手元に転がっていたマイクを手に取り、全部で二つある格納庫のスピーカーに放送を流した。これで、何人かのレイヴンは動いてくれるだろう。だが、レイヴンはあくまで傭兵、金で動く人種である。報酬も修理費及び弾薬費が出るかどうかも分からないのに戦ってくれるレイヴンは果たして何人いるのだろうか。


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 ロワゼルが独断で決定したレイヴンの出撃命令がスピーカーから流されたとき、柔は愛機《修羅》のコックピット内にいた。放送が始まって、静かに耳を傾ける。同じ放送が二度、三度と流されたが、彼の知りたい情報は流されなかった。

 報酬、そして修理と弾薬に関してはどうするのか。この三点をはっきりしない以上、出撃するわけにはいかなかった。倒せといわれた相手は、巷で噂になっているデスサッカーだ。倒せば名を挙げることは容易いだろうが、ランキング二位の柔には十分な名声がある。唯一、不十分な点があるとすれば、ランキング二位であって一位ではないということだ。

 ちゃんとした額の報酬が出るというのであれば、出撃してやってもいいのだが、報酬が出るかどうかすら分からないのでは、とてもではないが出撃なぞできない。仮に出撃してデスサッカーを撃破しても、あのミカミとオレンジボーイを退けるようなヤツだ、こちらとて無傷では済むまい。そうなったときに必要なのは修理費で、当然弾薬費も必要となる、その場合報酬がないのであれば、自分の口座から引き落とすしかない。それでは、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎる。

 出撃せず、他の貪欲なカラスが事態を収拾してくれることを祈って、柔はシートに背中を預け、リラックスできる体勢をとった。万が一、自分に危機が及びそうになったのであれば戦うが、そうでなければ戦う気はない。

 モニターを見ながら、しばらくの間どうやって時間をつぶすか考えているとき、モニターの中を黒いACが二機通り過ぎていった。二機は方向からして、試合会場に向かうようだ。一体、どこの馬鹿なんだと、機体を頼りに思い出す。一体は分からなかったが、もう一体はすぐに分かる。肩にリニアガンとレールガンを装備した黒いACは、ベアトリーチェのブラックゴスペルだ。だが、一体何故?

 ベアトリーチェはランキング九位、名声ならば充分に得ているはずだ。よって、この報酬が出るかどうか分からないミッションを受ける必要などはない。

(まさか、他に何かあるというのか?)

 不意に疑問が湧き上がる。何かあるのでなければランキング九位のレイヴンが、この不毛な任務に挑もうとは考えまい。絶対に、デスサッカーには何かがあるに違いない。そうでなければ、ランキング九位が動くはずは無い。よし、試しに見にいくぐらいはしてみよう。不毛そうであれば、撤退すればいいだけの話だ。

 二体の黒いACに続き、柔の修羅も試合会場へ続くゲートを抜けた。ゲートの先には、凄まじいとしか言いようの無い光景が広がっていた。

 試合会場は平均的なARENA、そこでトップランカーであるネロの機体《アウグストゥス》とデスサッカーと思われる白い機体が戦いを繰り広げていた。互いにオーバードブーストを多用した高機動戦闘、並大抵のレイヴンではモニターに入れるだけで一苦労するだろう。

 意外な事に、善戦を繰り広げていた。ただし、善戦を繰り広げているのはネロではなく、デスサッカーだ。誰がどう見ても、ネロのアウグストゥスは押されているとしか言いようが無かった。デスサッカーの装甲表面は、煤が付いている程度だが、アウグストゥスはといえば、それほど酷くないにせよ至るところにダメージを負っていた。

 何ということだろうか。驚くより他に無い。ネロと柔の二人は、他のレイヴンたちとは明らかに一線を画しており、ランキング三位のアルテミスですら彼らに肉薄することは不可能だった。だが、デスサッカーはネロと互角の勝負を繰り広げるどころか、押している。

 新たなACの出現に、デスサッカーの動きが止まる。馬鹿な、ここは戦場だぞ、動きを止めることは即座に死へと繋がる。だというのに、まさか……何か、全く未知の何かがあるとでもいうのだろうか。

 デスサッカーの頭部がゆっくりと、修羅へと向く。モニター越しに、デスサッカーと柔の目が合う。その瞬間、全身を異質な感覚が覆ってきた。それは、プレッシャーとでも言えばいいだろうか。

(何という……威圧感……!)

 空気が蠕動し、皮膚の下に入り込んでくるような感覚。今まで味わったことの無い、異様としか言いようのないプレッシャー。間違いなく、あの白いAC《デスサッカー》には、何かある。

 デスサッカーの放つ異質なプレッシャーに、場にいる四人は飲まれてしまったのか、誰も動こうとはしない。いや、一体だけ動くACがあった。ブラックゴスペルではない方の黒いACが、デスサッカーへ向けて無謀にも飛び出していった。


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 デスサッカーを見た瞬間、頭の中で何かがはじけ飛んだ。倒す、とそれ以外のことしか考えられなくなる。奴の放つ異様なプレッシャーもミカミに対して効果はない。

 ゆっくりとペダルを握りなおし、モニターに映る敵をしっかりと見据え、ペダルに掛かる足へ力を込める。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 咆哮をARENAに轟かせながら、ストレートウィンドBはブースターを全開まで吹かし、デスサッカーへと距離を詰める。相変わらずの緩慢な動作でデスサッカーは振り向こうとするが、緩慢さゆえに、振り向く前にデスサッカーとストレートウィンドBの距離はほぼゼロ距離まで詰まっている。

 左腕を振り上げ、リミッターを外し、ブレードを発生させる。通常の物よりも太くて長い青色のレーザーブレードが振り下ろされる。完全に射程距離内に入れていた。

 だというのに、結果は空振り。デスサッカーは後ろにブーストを吹かし、間一髪、避けていた。しかし、完全に避けきれたわけではなかった様だ。コアパーツが僅かばかり溶けている。

 倒す、という言葉しか思い浮かばず、ただペダルに力を込め、目はデスサッカーを見据えたまま、再び突撃を掛ける。

「お前だけは! お前だけは殺さないと気が済まないんだよぉ!」

 エネルギー残量が残り少ないが、完全に頭に血が上ってしまっているミカミにエネルギー残量を気にする余裕は無かった。デスサッカーの銃口が上に上がる。咄嗟に上昇をかけ、すんでのところで放たれたエネルギー弾を回避する。直後、ブースターを使いすぎたためにエネルギーが切れ、チャージング状態に入り地面に落下する。

 硬直しつつも武器をミサイルに切り替え、エクステンションを起動させる。小型ミサイル六発とエクステンションの四発、合わせて一〇発のミサイルをデスサッカーへ向け放つ。フロート特有の機敏な動きでデスサッカーは、悠々と一〇発のミサイルを避けてみせた。

 デスサッカーのエネルギーライフルがストレートウィンドBに向けられる。デスサッカーのレーザーは速い、相対距離は三七〇。エネルギー残量を示すゲージは、まだ七割が赤いバーで埋まっている。ブースターの使えない今、避けることはかなわない。

 死ぬしかないのか。仇も取っていないのに死ぬのは嫌だ。これでは、友に顔向けが出来ないではないか。絶対に、絶対に死ぬわけにはいかない。たとえ、死ぬとしても一人では死なない。必ず、デスサッカーも道連れにしなければ。

 デスサッカーの銃口の奥、僅かに青い光が見えた。体が勝手に機体を操作し、ストレートウィンドはライフルをデスサッカーへ向かって投げ、何も持たない右腕でコアパーツをカバーした。エネルギー弾が放たれる。青白いエネルギー弾は易々とライフルを蒸発させ、ストレートウィンドの右腕に直撃する。ライフルを盾にしたのがよかったのだろうか。右腕は肘から先が無くなったが、幸いなことにコアパーツは無傷だ。

「まだだ、まだ終われない……」

 何としてもデスサッカーは倒さなければならない。そうしなければ、いつまでたってもオレンジボーイに花を手向けることは出来ない。

 ライフルと右腕を失ったところで、まだ肩にはオービットと小型ミサイルがが三○発、連動ミサイルも八発残っている。そして、切り札であるMOONLIGHTは未だに健在だ。右腕を失った事によりバランスは悪くなっているが、まだ許容範囲内で、戦闘不可能になるほどのものではない。

 エネルギーも回復し、まだいける、とミカミがデスサッカーを見据えながらペダルを踏み込もうとするが、突如間に割って入るようにして黄金色のACが銃口を向けていた。

「退きたまえ。君やベアトリーチェでは荷が勝ちすぎる」

「何をっ……!」

 アウグストゥスの向こう、デスサッカーは背を向けて自らが開けた穴へ姿を消してゆく。逃げるつもりか、それとも広い場所に戦場を移すつもりなのか。去ってゆくデスサッカーを追う柔の修羅が見えた。

「どいてくれ。あれは、あれは俺が倒さなきゃならないんだ!」

「駄目だ! 君はまだ若い、そして才能もある。その芽を自ら摘むつもりか、私を失望させないでくれ。こう見えても私は、君に期待しているのだからな」

「俺に期待だと? どういう意味だ」

「言葉どおりの意味だ。君は私や柔と同じ高みに来れる。いや、来れるはずだ。君の戦いを見ていると素質を感じるのだよ、だから死ぬな。生きて己の腕を磨き、私を超えてみせろ。ミカミ……」

 目の前にいるトップランカーは何と言った。私を越えてみせろ、確かにそう言った。トップランカーにこう言われて、嬉しくないレイヴンはまずいないだろう。しかし、ミカミにとってこの言葉は何の意味も無い。

「悪いがあんたの言うことは聞けない。そこをどいてくれ」

「ほぅ、ならば私は君と戦わねばならないな。君は私が邪魔だ、私は君を行かせたくは無い。互いの利害が相反しているのなら、戦士らしく戦って決めるしかなかろう。違うかね?」

「俺は戦士じゃない。傭兵だ、けどあんたと戦うことは……出来ない」

 相手は現トップランカー、右腕を失ってバランスの取りにくい機体で敵うはずも無い。もっとも、万全の状態で戦ったとしても負けるのは目に見えている。

「正しい選択だ。ベアトリーチェ、彼を見張っていてくれ」

 アウグストゥスは背を向けると、ブースターを噴かしてデスサッカーと柔が消えていった穴へと姿を消した。代わりに、ストレートウィンドBの前にブラックゴスペルが現れた。

「ベアトリーチェ。あんたも、通してはくれないんだろうな」

「えぇ。残念だけどあなたも私もデスサッカーには敵わない。私はあなたを死なせるわけにはいかないから、ここで止めさせてもらうわ」

 通信機から流れるベアトリーチェの声には、どことなく怯えの色がある。デスサッカーのあの異質なプレッシャーに飲まれてしまったのだろう。無理も無い、ミカミとて復讐心が無ければ確実にあのプレッシャーに圧されていたことだろう。

 ブラックゴスペルの向こう、外へと続く穴を見ながら、デスサッカーが撃墜されないことを祈った。あくまでも、デスサッカーは自らの手で落とさなければ意味が無いのだ。


登場AC一覧()内はパイロット名
アウグストゥス(ネロ)&Nw005a6g03x40wI00asa1ME60aU00isee0cqxf#
修羅(柔)&N400090002w001Y000s01g0600804yloA0eG1A#
ブラックゴスペル(ベアトリーチェ)&NE005a2w03gE00sa00ka10E80aU64ykCe0f20H#
ストレートウィンドB(ミカミ)&NE2w2G1P03w80ww5k0k0FME62wipgj0ee0cOwH#

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