Armored Core Insane Chronicle
「Episode01 開戦」
12月8日

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 飛行機雲を作りながら、爆撃機の編隊が飛んで行く。向かう先はパールハーバー。そこには現在、インディペンデンスの第二艦隊が停泊しているはずだ。インディペンデンスというのは、企業による支配をよしとせず、民衆の民衆による民衆のための政治、要するに民主主義による国家建国を目指している組織だ。組織とはいえ、あまりにも巨大で、もう既に国家ともいえる規模を持ち、企業と渡り合えるだけの戦力を持つテロ集団である。

 パールハーバーから十数キロ離れた沖合いに、ミラージュの艦隊が侵攻していた。この艦隊の旗艦である空母「赤城」の艦橋には、戦闘機に混じり、薄い紫に塗装された一体のACが仰向けに横たわっていた。機体の名はインテグラル、パイロットの名はグローリィといった。

 グローリィはインテグラルのコックピットの中から、モニターを通じて爆撃機の作り出した飛行機雲を眺めていた。雲ひとつ無い青空に伸びる飛行機雲は美しく、そして壮大だ。

 コックピット内のサブモニターには、現在の戦況が映っている。ミラージュの爆撃機が一〇機で編隊を組み、パールハーバーに停泊中の
インディペンデンス第二艦隊を攻撃しているのだが、一〇機という少ない数、加えて護衛機がいないために次々と撃墜されていく。当然だ、とグローリィは上層部の楽天家ぶりを笑った。

「グローリィ。大丈夫だと思うけど一応準備だけしておいてくれ」

 グローリィの専属オペレーター、アンデルからの通信が入った。

「了解。一つ聞くが、今回雇ったレイヴンは出すのか?」

「そりゃ雇ったんだ。当然使うさ。何だ? お前も出撃したいのか?」

「まさか。私はミラージュのジョーカーだ、おいそれと出撃していいものではない」

「違いない。とりあえず、準備だけしておいてくれよ」

「分かっている。二度も言うな」

 アンデルとの会話を終え、グローリィはインテグラルを滑走路に立たせた。船全体が揺れる。途中、倒しそうになってしまったが、何とかこらえた。モニターには、もう飛行機雲は映っていない。代わりに、はるか遠くの戦火が見えた。

 赤城と並んでいる、もう一隻の空母「加賀」から輸送ヘリが一機飛び立った。もちろん、ACをぶら下げてだ。

 そのACを見てグローリィは小さな溜め息を吐いた。戦いたいわけではないが、兵士相手に戦場を前にして戦うなというのはお預けを喰らった犬に近いものがある。とはいっても、自分はミラージュ専属AC。レイヴンではなく、あまり表には出ていない存在だ。

 そのせいで、戦いたい相手とも戦えず、好敵手と見なしていた人間は二年前のナービス紛争で死んでしまった。

 ――どこの馬の骨とも知らない奴にやられるとは、馬鹿なやつだった。

 グローリィはモニターの向こう側、戦場ではないさらに遠く、過去を振り返っていた。頭に浮かぶは一体の黒いAC「デュアルフェイス」。だがライバル同士だったわけではない、グローリィが勝手にライバル視していただけだ。

 ナービス紛争のとき、グローリィはパーツテストに明け暮れていた。そのせいで、前線に出る前に紛争は集結、ベイロードシティは壊滅しジノーヴィーは戦死。結局、勝つことなく勝負は一方的にお預けを喰らった。

 モニターに映る戦場に突如、大きな火の手が上がる。燃え盛る箇所をズームさせれば、一隻の巡洋艦が炎に包まれていた。そのすぐ側に

、赤い炎に照らされたACが立っていた。先程、加賀から飛び立ったACだ。時計を見れば、出撃してから数分と立っていない。移動時間のことも考えれば、極々短時間で巡洋艦一隻を葬った事になる。中々いい腕をしているレイヴンだ。

「アンデル。あのACのパイロットは誰だ?」

「ACのパイロットか? ちょっと待ってくれ」

 通信機の向こうからキーボードを叩く音が聞こえる。

「OK、分かった。機体名はテスタメント、パイロットはゼロネームっていうらしい。ランキング二二位のレイヴンだ」

「二二位か……つまらないな」

 何故、今つまらないと言ったのだろうか。つまらないの意味は、戦っても仕方が無い、無意識的にそういう意味で言ったのだ。グローリィは舌打ちした。

 つまらない、何故そう言ってしまったのか。それは、ライバルにはならないだろう、である。己の腕を過信しているわけではないが、グローリィがランカーレイヴン達と同等の技術を持っていることは、周囲も認めている。要するに、20位程度では相手にならない、雑魚だということだ。

「私としたことが……何たる様だ」

 ACパイロットのライバルを求めている、それは戦いを求めていることに他ならない。今の自分には必ずしも戦いは必要ではないというのに。

 モニターの中で、インディペンデンス艦隊はたった一機の黒いACにより壊滅させられていた。最後に残っていた一隻が沈むのが確認されると、パールハーバー沖合いのミラージュ艦隊に撤退命令が出された。


/2


 ミラージュ艦隊の撤退開始から遅れること数分、赤いACが輸送ヘリにぶら下げられてパールハーバーへと降り立った。機体名はレッドドラゴン、パイロットはエレクトラと名乗っている。

 エレクトラは周囲の状況を把握するために、まずレーダーへと目をやった。輸送ヘリ以外に全く反応は無い。

 レッドドラゴンは肩にレーダーを装備せず、頭部レーダーに頼っている。使用している頭部はH11−QUEEN、全てにおいてバランスが取れて使いやすいパーツだが、唯一の欠点としてレーダー範囲が狭い。反応が無いのは、頭部レーダーの範囲が狭いせいで、探せばどこかにあるだろう、と希望的観測で状況を見ていた。

 だが、それが本当に希望的でしかないことをエレクトラは分かっていた。パールハーバーの状況は、まさに凄惨の一言に尽きた。

 海に浮かんでいたであろう艦隊は、全て沈められ、燃料の重油が海面を漂い燃えている所もあった。地上も、作業用と戦闘用のMT、戦車に戦闘機の残骸、よく見れば肉塊と化した歩兵の死体。それらのほぼ全てがインディペンデンスの物であった。これだけで、戦闘が一方的に進められたことが分かる。

 悔しさのあまり、思わずディスプレイを殴りつけた。蜘蛛の巣状のヒビがディスプレイに入る。

 あと一〇分早ければ、クライアントは全滅しなかっただろう。あと二,三分でも早ければ襲撃した企業に一泡噴かすぐらいのことは可能であっただろう。だが、それらはもしもの話。現実は、目の前の惨状のみ。

「非常に残念ですが、今回のミッションは失敗です。直ぐに帰還してください」

 アークの専属オペレーターから通信が入った。残念です、などと言っておきながら、声に抑揚は無く機械的であった。

「了解……直ちに帰還する」

 返答してからACを通常モードへと移行させ、コックピットハッチを開けた。油と硝煙と血の臭いが、風にのってコックピット内へと運ばれてきた。エレクトラがヘルメットのバイザーを上げると、その臭いはさらに濃くなる。

 戦場の臭いに鼻を麻痺させながら、エレクトラは水平線を見た。水平線の遥か彼方、数隻の船が見える。襲撃してきた企業の艦隊だろう。レッドドラゴンがフロート型ACであったのなら追撃も出来るだろうが、残念ながら中量二脚。ブースターを使って飛んだとしても、追いつく前にエネルギーが切れ、海に沈むのは目に見えている。

 シートに座りなおし、コックピットハッチを閉めた。

「オペレーター。パールハーバーを攻撃した企業を教えて」

「残念ですが、それを教えるわけには行きません。あなたはレイヴンですから、クライアントが提示している以上の情報を教えることは出来ません。契約書にもそう書いてあったはずですが」

 そんなことは分かりきっている。オペレーターが教えてくれなくとも、インディペンデンスに大規模な攻撃を仕掛けてくる企業などたかが知れている。ミラージュ、クレスト、キサラギ、この中のどれかしかないのだ。答えは、明日の新聞に載ることだろう。

「絶対に……倒す……」


/3


 ノルマンディーにあるミラージュ支社の格納庫はお祭り騒ぎだった。ハンガーにACを取り付け、下に降りるとすぐに整備員達が集まってきた。

「グローリィさん、今回のミッションはどうだったんですか? ACとは戦ったんですか?」

 彼らはかなり興奮しているようで、口々に質問を投げかける。が、どれも同じ物だ。敵は強かったのか、ACはいたのか、どのぐらい撃墜したのか。

 だが、彼らには悪いがグローリィは出撃していない。よって、敵の強さも分からなければ、撃墜数もゼロだ。そのことを彼らに伝えると、皆、肩を落とした。

「安心しろ。今回のヒーローは向こう、戦場の主役。レイヴンだ」

 グローリィがハンガーに取り付けられたばかりのテスタメントを見る。すると、一斉に整備員達もテスタメントを見た。その動きは、見ていて笑える。コックピットからワイヤーロープを伝い、今回のエースが降り立つ。その途端に整備員達はゼロネームを囲んだ。

「まったく……まだ始まったばかりだというのに、これだ」

 呟きながらも、グローリィも整備員達の後を追った。ジノーヴィーほどであるかは分からないが、中々の技術を持つレイヴンだ、顔ぐらいは見ておきたい。
 人だかりを掻き分けると、その中心には無理やり酒を飲まされる青年の姿があった。

「君が、ゼロネームか?」

「あ、はい。そうですが何か?」

「特に用は無い。強いていうなら、これからもよろしく頼むよ」

 言いながら、グローリィは握手を求める。戸惑いながらも、ゼロネームはそれに応じた。ただそれだけの何でもない行為だが、何故か整備員達は沸き立つ。それに対し、グローリィは顔をしかめた。

 彼らが騒ぎたくなる理由も分かる。目の前にいるゼロネームの活躍のおかげで快勝を納めることが出来、インディペンデンスの第二艦隊を全滅させることが出来たのだ。騒いで当然ともいえる。しかし、紛争は始まったばかりだ。これから何が起こるかは誰にも分からない。 ミラージュにはグローリィというジョーカーがいるが、他の企業にも切り札がないというわけでは無いはずだ。少なくともクレストには専属パイロットがいる可能性が非常に高い。キサラギは不明だが、技術者集団だ、何を開発しているか知れた物ではない。テロ組織であるインディペンデンスとて、企業を相手にするのであれば、それ相応の用意をするに違いない。

 これらの懸念を思うと、グローリィはとてもではないが騒ぐ気にはなれなかった。

「一つ聞きたいんですが、いいですか?」

「何かな? 私に答えられることならば答えよう」

「あなたは誰なんです? 最初はミラージュの偉い人かとも思ったんですけど、服装が……」

 グローリィが現在着ている服は、ACパイロット用のGスーツ。そんな格好で、よろしく頼む、などと言うのだ。相手からしてみれば、誰だコイツは、と思っていても不思議ではない。

「偉くは無い。ただのパイロットだ。君と違うのは、アーク所属ではなく企業専属というところだな」

「専属……ということは、強いんですか?」

「まさか。専属の仕事はパーツテストが大半だ、戦闘などはせんから、分からんな」

 言って、グローリィは笑った。強い、と答えてもよかった。が、最近はテストばかりでAC相手の実戦演習すら行っていない。下手をすれば、腕が鈍っている可能性すらある。そんな状態で、強い、とは言えない。

「君がミラージュの依頼を受けるのであれば、また逢うこともあるだろう。では、私はこれで失礼させてもらうよ」

 ゼロネームに背を向け、整備員の壁を掻き分けながら進む。背後から、声を掛けられた。

「あなたと戦いたかったら、ミラージュ以外の依頼を受ければいいんですか?」

 振り返れば、ゼロネームと目が合った。視線は鋭く、どこか敵対視しているような印象を受けた。そのゼロネームの顔を見たグローリィの口元が緩む。

「どうしても戦いたいのならばそうすることだ。だが、手加減はせんぞ」

 前を向き直り、整備員を掻き分けながら煙草を一本取り出した。整備員の群れを抜けたところで、煙草に火を点け、咥えた。

 隣を見上げれば、ハンガーに固定された紫のAC「インテグラル」が立っている。これから始まるこの戦争、恐らくはこの機体で駆ける事になるだろう。どのような戦場が待っているかは分からない。

 命を預ける事になる機体を見上げ、よろしく頼む、と心の中で呟いた。


登場AC&パイロット一覧 ()内はパイロット名
インテグラル(グローリィ) &No5005hw02080wug01tglMhD0aU05qJMe010Y2#
テスタメント(ゼロネーム) &NG2w2F5i85wg0oI68wE8902E0aU6000ka0f20J#
レッドドラゴン(エレクトラ) &NHg00cE005G000I00all11A8lgVpkw8ka0fe00#

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