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その日発行されたミラージュ系新聞の一面は、パールハーバーでの勝利を大々的に報じていた。だが、クレスト・キサラギ系の新聞ではミラージュの勝利を報じるだけでなく、ミラージュの行動に対して批判的な意見が述べられていた。
グローリィはそれら三種の新聞を、ミラージュ支社内の自室で読み比べていた。基本的にはどれもミラージュの勝利を喜ぶような内容だ。どこの企業にとってもインディペンデンスは目の上のたんこぶ、たかが一艦隊が壊滅しただけでも嬉しいのだろう。
批判的な意見はあるが、どれも時期が早すぎたのではないか、といったような作戦の問題点を指摘するような内容ばかり。襲撃に関しては批判的どころか、肯定的だった。
新聞をデスクの上に置き、煙草に火を点ける。
(まったく、嘘ばかり書かれている)
クレストとキサラギ系の新聞には、クレスト及びキサラギもインディペンデンスとの戦いを行う。という報道がなされていたが、果たしてどこまでやってくれるのかは疑問だ。キサラギはともかく、クレストからしてみればミラージュは邪魔に違いない。こんな好機を逃すとは思えない。
電話の受話器を取り、番号を押す。三度のコール音の後、相手が出る。
「毎度ご利用ありがとうございます。で、今日は何がお望み? グローリィさん」
「クレストの内部情勢を教えてもらいたい」
今、グローリィの電話の相手はバルチャーという名前の情報屋だ。女性であること以外は一切不明、どこで仕入れてくるのか、企業の内部情勢に詳しい。
「それだったら値段が張りますよ。どうします?」
「幾らだ?」
「あら、話が早いのね。んー、そうね。三〇〇〇Cってとこでどう?」
「三〇〇〇Cか……」
安いのか高いのか、微妙な線の値段だ。いずれ諜報部が入手するであろう情報の値段にしては、いささか高い気がする。だが、彼女の情報には信頼が置けるのもまた事実。
「分かった。いつもの口座に振り込んでおく」
「OK、じゃあ教えるわ。現在のクレストは発表の通り、ミラージュとキサラギと協力してインディペンデンスを叩く方向になってる。でも、やっぱりミラージュは邪魔なんでしょうね。協力するとはいっても、それほどする気は無いみたい。口だけね。で、ここからが重要。私の方も裏が取れてないから確実じゃないんだけど、教えるわ」
「何だそれは?」
「焦らないで、ちゃんと教えてあげるから。真実かどうかはまだ確認できていないんだけど、インディペンデンスに武器給与を行ってるっていう話よ」
「何!?」
企業がテロ組織に協力する、それ自体はよくある話だ。だが、インディペンデンスの場合、話は別だ。既に企業と張り合えるぐらいの勢力を持つ組織への支援、それは企業の敵になるということではないか。
「落ち着きなさいって。あくまで私の予想だけど、ずっと続ける気はないと思うの。流石にインディペンデンスは危険だしね。クレストの狙いはミラージュの戦力を削ぐことにあると思うわ。表立ってやっちゃうと、問題になるから裏でこっそり、ってね」
それならば分からない話ではない。ミラージュとクレストが真っ向から争えば、お互いただでは済まない。共倒れの危険性が高い。さらに、共倒れせずにどちらかが生き残ったにせよ、その時にはもう中小企業程度の力しか残っていないだろう。クレストが遠まわしな手を使うのも分かる、だがあまりにも卑劣ではないか。
「情報は以上よ、じゃ、代金よろしくね〜。あぁ、後一言言っておくわ。企業会談には気をつけてね」
そう言い残して、バルチャーは一方的に電源を切った。受話器からツーツー、と単調な音が流れる。受話器を置き、煙を吐いた。昂ぶりつつあった気分が少し落ち着く。
クレストが行っている武器給与の話は、真実かどうかは分からない。だったら、大して気にすることではないだろう。それよりも、バルチャーが最後に言い残した、企業会談に気をつけろ、の方が今のグローリィには気になった。
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気分を落ち着けるために煙草を吸っていると、ドアをノックする音が聞こえた。「どうぞ」と言うとドアが開き、豊かな髭を蓄えた中年男性が姿を見せた。グローリィのオペレーターをしているアンデルだ。
「分かっちゃいると思うが、もうすぐブリーフィングが始まる。それだけだ」
本当にそれだけ言うと、アンデルはドアを閉めて姿を消した。デスクの上のデジタル時計を見れば、時刻は一三時四五分。ブリーフィングが始まるのは二時ジャスト。そろそろ準備を始めていてもいい頃だろう。
イスから立ち上がり、クローゼットを開ける。中にはGスーツが二着入っている。一着はまだ新しく、もう一着は使い古されている。
まだ新しいものにはミラージュのエンブレムが入れられている。専属パイロットとなったときから支給されているものだ。使い古された一着は、まだレイヴンであった時に使用していたもの。もう、使うことは無いが記念に、とただそれだけの軽い気持ちで置いていた。だが、最近になってからまた着ることがあるかもしれないと、漠然と思い始めた。
いらない考えを振り捨て、ミラージュのGスーツを着込み、ヘルメットを取り出した。このヘルメットにもミラージュのエンブレムが入っている。これらを見るたびに、グローリィは自分の立場を痛感するのであった。
また時計を見れば、一三時四六分。非常時でも対応できる。
ヘルメットを脇に抱え、グローリィは部屋を出、ブリーフィングルームへと歩いた。今からいっても時間を持て余すだろうが、余った時間はMTパイロット達と会話することにしよう。彼らと親交を深めておくのも大事なことだ。
ブリーフィングルームへと入れば、規則正しく並べられたイスの三割がたにはもう人が座っていた。彼らのほぼ全てがMTパイロットだ。
手近の席へと座ると、隣に座っていた青年が一瞬、肩を震わせた。彼の方を向くと、必死になって目を合わせないようにと背を正し前のスクリーンを見ている。
グローリィは彼の肩に手を置いた。思っていた通り、彼はまた肩を震わせた。
「何をそんなに緊張している、そんなでは戦場に出たとき身が持たんぞ」
よほど緊張しているのだろう。青年はぎこちない、器械体操を思わせる動きでグローリィの方を向く。
「はっ! 申し訳ありません!」
ビシッ! という擬音が似合いそうな敬礼。グローリィは微笑み、青年の肩から手をのけた。
「緊張するなと言っているだろう。企業会談に赴く重役の護衛だ、緊張するのも解るがな。ところで、君は幾つかな?」
年齢を聞いた途端、強張っていた青年の表情が少しばかり柔らかくなる。ほんの僅かだが、気を落ち着けることが出来たらしい。
「幾つ、と言いますと?」
「年齢だよ」
「二三であります」
「何だ、私と三つしか違わないのか。もっと若いと思っていたが」
青年の顔から緊張が取れる。だが、代わりに疑問が浮かんでいた。もっとも、何故彼が疑問に思っているのか、グローリィには分かっていない。
「大変失礼ですが、その話は本当なのでしょうか?」
「私を疑うのか。だが、まぁいい。本当だ、私はまだ二六だよ。もっとも、誰も信用してはくれんがね」
「はぁ、そうですか」
気の無い返事。喋り方のせいか、グローリィの年齢を信じる者はいない。本当に二六なのだが、大抵の人間は彼のことを三〇代だと思うようだ。この青年もご多分にもれず、信じていない。もう慣れたことだが、どことなく寂しいのもまた事実。
体を前方のスクリーンへと向きなおす。いつの間にやら、重役の護衛に参加するもののほとんどが集まってきているようだ。
廊下へ通じるドアが開き、厳しい顔つきをした男性が入ってくる。今回の作戦部長だ。作戦部長がスクリーンの前に立つと、部屋の照明が落ち、スクリーンに地図が表示された。
スクリーン上の地図、ここノルマンディー支社と企業会談の行われるロンバルディアシティまでのルートが赤い線で表示されている。作戦部長が赤い線を指示棒で指した。
「これがロンバルディアシティまでのルートだ。諸君らの任務は、このルートを移動する間、重役の乗る装甲車を防衛だ。MTパイロットは身に替えてでも装甲車を守るように! そしてグローリィ!」
作戦部長の指示棒がグローリィに向けられる。グローリィは席を立ち、敬礼した。
「貴公は輸送ヘリにて装甲車の上空を並走、MTでは対応しきれん敵が現れた場合のみインテグラルで対応せよ」
「了解しました」
もう一度敬礼し、席へと付く。作戦部長はまたスクリーンを指示棒で指し、より詳しい作戦内容を伝え始めた。
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輸送ヘリにぶら下げられているAC「インテグラル」の中にグローリィはいた。モニターに映し出されるのは、果ての無さそうな荒野。下を見れば、重役の乗る輸送車と護衛に付けられたMTが八体。何とも殺風景な光景だ。
「さて、と」
わざとらしく呟いてから、企業会談の内容を頭の中で反芻する。今回の会談で話し合われることは、インディペンデンスへどう対応するのか、が中心となっている。そして、各企業間で協力し合う場合、どういった形で協力するのか、などといったことを話し合う予定だ。
O.A.Eが中心となって進めるらしいが、途中からミラージュ、クレスト、キサラギの三大企業に会談の主導権を奪われることだろう。先のナービス紛争でも、各企業間の利権争いの場所となっただけだ。そういえば、大破壊以前にもO.A.Eとよく似た組織があったらしいことを思い出した。確か、国連といったか。
いや、そんなことはどうでもいい。
今の自分がしなければならないのは、重役を無事にロンバルディアシティに送り届けることだ。その後は、企業会談でミラージュに有利な結果が出ることを祈るしかない。いや、祈る必要は無いだろう。
そんなことをしなくとも、ミラージュは強引に自分達にとって有利な方向に進めるだろう。他にも、これが一番の理由だが、今のグローリィは自らのミラージュに対する忠誠心が揺らぎ始めている。
いつからだろう、ミラージュを心底から信頼できなくなったのは。おそらく、ナービス紛争のときだ。開戦以前から、力にものを言わせてナービス領の利権を奪い取ろうとした。このやり方に、グローリィは疑問を感じた。今まで、ミラージュに正義を感じていたが、これではいじめられっ子から玩具を取り上げるいじめっ子と大差がないのではなかろうか。
今回もそうだ。いくらインディペンデンスが巨大とはいえ、所詮はただの一テロ組織に過ぎない。彼らの掲げる理想の内容は、確かに警戒しておく必要はある。だが、今叩いておく必要があるのだろうか? バルカンエリアの世論はインディペンデンスに味方をする向きもあるが、バルカンエリア以外では企業の方が支持されている。
グローリィは手をレバーから離し、手の平をじっと見た。
この手で、一体何が出来るのだろうか。幼い頃からの疑問、ハイスクール時代に既に答えは出たはずだった。正義を貫くためだ、と。そして今、正義を貫くためにレイヴンを引退し、ミラージュ専属パイロットとなった。正義を貫き、この世の平和のために。
ミラージュが頂点に立ち、独裁になっても他の企業を跪かせる事が出来れば、少なくとも紛争は無くなるだろう。そうなれば、あの時のように、もう誰も悲しまなくて済むはずだ。
しかし、本当に、本当にミラージュの時代を築ければ戦争はなくなるのだろうか? 十代の頃は企業による統一が争いを無くす道だと信じていた、この考えは今も変わらない。けれど、不安に思うこともある。本当に、それでいいのだろうか、と。
もう、何年も続いてきた争い。終わりが見えたことは、一度も無い。争いが日常になってしまったこの世の中、誰も傷つかなくて住む世界になった時、どんな世の中が来るのだろうか。確かに、血を流すものはいなくなる。ただそれだけだという気もする。下手をすれば、このまま争い続けた方がいいのかもしれないと思うときもある。
真実は見つからない、正しいことは見つからない。本当に自分が正義なのか、それとも悪なのか、それすらも分からない。見えそうで見えない真実は、何と不確かなことか。
「くそっ……」
小声で、アンデルに聞こえないように呟いた。本当に、このままでいいのだろうか?
登場AC一覧 ()内はパイロット名
インテグラル(グローリィ) &No5005hw02080wug01tglMhD0aU05qJMe010Y2#
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