/1
『ふむ、教えてやろう。この戦いももうすぐ終わる。私の望む状態は造れそうにも無いが、まぁいい。グローリィ、君に私の真意を教えてやろう』
リバティが銃口を下ろした。少なくとも今は、攻撃する気は無いらしい。
『レイヴンが必要とされる世界を維持する。それが私の目的だ、民主主義などどうでもいい。とにかく、企業以外で三大企業を壊滅させたかっただけだ』
「何故そんなことを?」
『私は、私の存在意義を守りたいだけだ。戦争が無くなれば、当然、レイヴンは必要なくなる。レイヴンとして生きていくと決意している私には、それは耐えられない。なにせ、存在自体を否定されるような物だからな。君も、似たような状況のはずだ。戦争が無くなれば、君の仕事はなくなるんだぞ。それでもいいのか? グローリィ』
「私は――」
脳裏に、マリーツィアの笑顔が浮かぶ。何のために企業専属パイロットをしているのか、今までは憎しみだけで動いていた、だが今は違う。憎しみもあるにはあるが、それよりも、ただ……
「自分の暮らしを、この手の中にある安息を失いたくない。それだけだ」
『だがグローリィ。君は、戦争が無くても生きていけるのか? 誰も見たことがない、新しい世界で、君は生きていけるというのか?』
「新しい世界だろうと、地獄だろうと、私は、私の大切な人が側にいてくれる限り、私は大丈夫だ」
『やはり、君とは戦うしかないのだろうか?』
「貴様が戦いを望む限りは」
リバティから強烈な殺気が放たれる。気圧されそうになるが、引くわけにはいかない。モニターのリバティを凝視する。これを倒さねば、これから先の未来は無い。
『そういえば、君は強化していたのだったな』
「あぁ、戦争の無い世界を作るため。この戦いを終わらせるためにな」
『自分で言うのもなんだが、以前はランキング二位に位置していたこともある。勝てると思うなよ』
リバティがオーバードブーストを発動させて、バズーカを放つ。それを、軸をずらすだけの僅かな行動で回避。お返しにとばかり、ライフルを三発放つが、全て避けられる。
至近距離にリバティが迫る。リバティの全武装がインテグラルMに照準を合わせた。背筋に、ゾワリとした寒気が走る。その瞬間に、ブースターを噴かして右方向へ逃げる。
『今のを避けるとは、流石だなグローリィ。だが、まだまだ』
リバティがチェインガンを乱射する。狙いは付けていないらしく、見当外れの方向に飛んでいく弾も多い。だが、弾幕であることに変わりは無く、動きが制限される。
まさか、と気付いたときには遅かった。バズーカがコアパーツに直撃する。機体がグラつき、姿勢制御が不安定になる。そこに、グレネード、続いてミサイルの連撃が飛んでくる。
「このっ……!」
グラつく機体に鞭を打って回避行動に入る。だが、思い通りには動いてくれない。グレネードが脚に命中し、ミサイルが機体各所にダメージを与える。
ミサイルでの損傷は大きい物ではない。ただ、脚部にグレネードが命中したのは致命的だ。ダメージにより、脚部の動きが悪くなる。
舌打ちしながら、ライフルを撃つが、一発も当たらない。
『強化したというのに、その程度か。笑わせてくれる』
ACにとって、脚部はコアパーツに続く生命線だ。脚部が無ければ、ACはただの棺桶と化してしまう。そこにダメージを受けたのだ、今のグローリィの状況は、圧倒的不利としか言いようが無い。
だが、勝ち目が無いわけではない。
インサイドのロケットをどう使うか、それが問題だ。至近距離に近付いて、ロケットを当てれれば勝機はある。問題は、どうやって近付くか、だ。至近距離での戦闘になれば、インテグラルMが有利になる。その程度の事、フリーマンならば分かっている。
となれば、リバティが近付いてくるのを待つしかない。
/2
心臓の鼓動が高鳴る。落ち着け、と何度も言い聞かせるが、鼓動が収まる気配は無い。
一か八か、カルテットキャノンを構えた状態のままオーバードブーストを発動させる。
正面にリバティを捉え、ロックオン。コアパーツを狙ってトリガーを引くが、回避される。カルテットキャノンの残弾は残り二発。無駄撃ちは出来ない。
距離は約五〇〇。
リバティがオーバードブーストを発動させて、こちらに近付く。すれ違いざまに、全火力を撃ち込むつもりなのだろう。だとしたら、好都合だ。
オーバードブーストを解除、脚を踏ん張らせて無理やりその場に止まる。
リバティが、高速で近付き、全ての武装をこちらに向けた。
『これで終わりだ』
また、背筋に寒気が走る。タイミングは、今しかない。トリガーを引き、ロケットを放つ。直撃。リバティのオーバードブーストが解除され、ロケットの衝撃で動きが鈍る。
カルテットキャノンの照準をリバティのコアパーツに合わせる。FCSがロックオンするまでの僅かな時間ですら、待っていられない。
「頼む、当たってくれ……」
呟きながら、トリガーを引いた。リバティが回避行動に入ろうとするが、間に合わない。
コアパーツにエネルギー弾が直撃する。だが、一撃では倒しきれなかったらしく、リバティはバズーカをこちらに向けようとする。それより早く、リバティの右肩にブレードを突き刺した。リバティの右腕が力なく垂れ下がる。
ブレードを引き抜き、続いてリバティの左肩を斬りおとす。ちょうどリバティの左腕が地面に落ちたところで、カルテットキャノンのリロードが完了する。
リバティが後ろに下がる。
当たれ、と念じながらカルテットキャノンを撃つ。ダメージを受けすぎて動けないのか、リバティは避けようとしなかった。当然のように直撃。リバティのカメラアイが光を失い、その場に立ち竦む。その全身からは火花だけでなく、スパークも走っており、今にも爆発しそうだった。
『私の……負けか』
通信機の調子が悪いのか、ノイズが混じっている。
「脱出は出来るか? 可能ならば、貴様には投降してもらいたい」
『残念だが無理だ。出来たとしても、投降する気は無い。君に負けた時点で、私は死を選ぶしかない』
「どういう意味だ」
『私は怖いんだよ。戦争の無い世界が来るのが、だから戦い続ける世界を作ろうとした。君は怖くないのか?』
「全く」、と答えると「君は強いな」とフリーマンは言った。
『レイヤード時代から、人類は争いの無い世界を経験したことが無い。平和という言葉を知っていても、平和が何か、理解している人間は一人もいない。平和になれば、どうなるのか全く分からない。ナービス紛争後、企業が協調姿勢を見せたとき、平和の可能性が見えたとき、私は未来が恐ろしく感じた。そこに、私の居場所があるのかが分からなかったからだ』
返事をせず、リバティの横を通り過ぎる。その先にあるのは、レニングラードだ。
「レニングラード、制圧させてもらうぞ」
『好きにしろ。グローリィ、一つだけ教えておいてやる。平和を望まないのは、私だけではない。ただし、私以外の連中は未来を恐れてはいない。企業しだいだ。だからグローリィ、もう戦いたくないのなら、上を動かせ。でないと、戦う事になる』
立ち止まり、後ろを振り返る。火花の雨を散らすリバティの背部がモニターに映る。その背中が、どこか小さく見えた。
「何故そんな事を私に教える?」
『分からん。そんな事はどうでもいい、強いて言うなら君への礼だな。私を、現在に立ち止まらせてくれた君への礼だ』
レニングラードへ向けて、再び機体を歩かせる。
『機会があれば、君とは一度でいいから一杯やってみたかった』
「私もだ。天国へ逝ったら、エレクトラに謝っておいたほうがいい」
『残念だが、私が逝くのは地獄だよ』
背後で爆発音が聞こえた。何が爆発したのか、確認するまでも無い。
/3
リバティが撃墜されたという情報が戦場に広まると、あっという間にインディペンデンス軍は瓦解した。インディペンデンス内で、フリーマンは英雄、または軍神扱いにされていたということだ、無理も無い。
レニングラードに向かうまでの間、唯の一度も、インディペンデンスのMTを見ることは無かった。歩兵すらいない。このことからも、インディペンデンス内でのフリーマンの影響力が伺い知れる。だが、彼らはフリーマンが何を考えているか、知っていたのだろうか。
レニングラードの占領も、反抗されること無く、順調に終わった。不気味なほどに。諜報部の話によれば、レニングラードの住民達はインディペンデンスの統治を受け入れていたという。だからといって、抵抗しないところを見れば民主主義に賛成していたというわけでも無さそうだ。
要するに、レニングラードの住民達は、誰かが支配しようとも自分達が安定した暮らしを送れるのであればどうでもいいのだろう。それは危うくもあるが、ある意味では幸福なことかもしれない。
レニングラードの占領はものの数時間で完了した。その後、近辺に敵勢力が確認されなかったため、一部部隊を残して全て撤退する事になった。何でも、レニングラード占領のニュースで街は賑わっているそうだ。これで、インディペンデンスが無くなった、これでテロに怯える必要は無くなった、と。
そのせいもあり、今回活躍したACパイロットにはすぐにでも戻ってきて欲しいそうだ。何でも、戦勝パレードが企画されているらしい。何でそんな事をする必要があるのだ、とも思ったが、企業の強さを周囲に誇るには良いことかもしれない。それに、何よりもマリーツィアの顔が見たいというのがあった。
ミラージュ支社に帰還すると、すでに戦勝祝賀会が開かれていた。着替えたかったが、周りはそれを許してくれず、フライトジャケットのまま壇上に上がらされ、即席スピーチをさせられた。
戦闘の様子を話しながら会場内を見渡す。写真でしかお目にかかったことの無いお偉いさんまで出席していた。だが、マリーツィアの姿は無い。
周囲が喜びそうな事を言って、スピーチを終える。最後に、会場へ向けて一礼したとき、壁際にもたれるマリーツィアと目が合った。マリーツィアは微笑むと、会場を後にした。
壇上から降りると、すぐマリーツィアの後を追う。周囲は引き止めようとするが、振り払うようにして断り、廊下へと出る。左右を見渡しても、マリーツィアの姿は無かったが、居場所は判る。
特に急ぐ必要も無い。のんびりと、社内全体に漂う祝賀ムードを肌で感じながら、テラスへと続く扉を開けた。
案の定、テラスには柵に手を着いて星空を見上げるマリーツィアの後ろ姿があった。
「星、綺麗だね」
こちらを振り返らず、マリーツィアは静かにいった。グローリィは何も言わず、マリーツィアに歩み寄る。マリーツィアが、グローリィの方に向き直った。
「おかえり」
瞬間、衝動のままにマリーツィアを抱きしめた。何故かは分からない。恐らくは、この温もりが自分の手の中にあることを確認したかったのだろう。
「ただいま」
耳元で、そう呟く。マリーツィアが満足そうな笑顔を見せた。それだけで、胸の内が満たされる。
「もう、二度と離さない。何があっても、私は君の側にいたい」
「私も離れたくない。ずっと、一緒にいたい」
マリーツィアがグローリィの背中に腕を回す。グローリィのマリーツィアを抱く腕に、力がこもる。二度と離さないように、離れないように。
この腕の中にある温もりがあれば、どんな事があっても耐えられる、進んでゆける。彼女がいてくれるのならば、恐れる物は何も無いのだから。
登場AC一覧 括弧内はパイロット名
インテグラルM(グローリィ)&No005905k3000Es0kzAa1ME72wgU8c5Ga082Y0#
リバティ(フリーマン)&Nu50052w01x00BEa00Aa1gE60aUNOpY%23ui0F#
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