『反逆者(1)』

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 レオニスの元に奇々怪々なメールが届いた。何の変哲も無いアークを経由した仕事の依頼なのだが、問題はその依頼主と内容にある。まず内容はといえばプロフェット社の基地を襲撃してACを強奪するというもの。

 荒々しいものではあるが、パーツを奪取するような依頼も時にはあるため全く珍しいといえるようなものではないだろう。問題はそれよりも依頼主のほうにあった。

 レイヴンに仕事を依頼してくるのは規模の差はあれど組織である。ミラージュ、クレスト、キサラギの三大企業だけでなく中小企業あるいは企業支配に抵抗するインディペンデンスのような武装組織、あるいはその他のテロリスト。種類はどうあれどれもこれも組織であることに違いは無い。

 だがレオニスの元に来た依頼は個人からのものであり、レオニスを指定してきている。これにはコル=レオニスというレイヴンだけでなく、レオン・カートライトという一人の人間としても頭を抱えざるを得なかった。

 AC強奪というミッションの難易度は確かに高いが、今は弱体化しつつあるプロフェットでありミラージュやクレストの基地を襲撃することを考えればまだマシだ。それよりも何故、個人がレイヴンにこのような依頼をしてくるのかというほうが不思議である。

 これが名も知らぬ人間からならばレオニスも悩むことなくこの依頼を受諾していただろう。だが依頼主の名はレイラ・マクネアー、プロフェット社の専属ACパイロットであるトレイターの本名なのだ。

 そして依頼主、トレイターは今レオニスの部屋で素知らぬ顔をしてテレビドラマを見ている。そんな彼女の姿を横目で見てからレオニスはディスプレイの前で頭を抱え込んだ。

 問い詰めるべきか、それとも止めておく方が良いのか。それすらも分からない。彼女の意図が、目的としているところが全く見えてこないのだ。一人のレイヴンとしては聞かなくても良い問題ではあった。ACを強奪するという任務を達成し報酬を貰えば良いだけのこと、傭兵とはそういうものだ。

 では、レオン・カートライトとしてはどうか。パイロットネームであるトレイターではなく本名であるレイラ・マクネアーとして彼女が依頼を出したことを知ってしまった以上は放っておくことが出来なかった。

 彼女は悩んでいるはずなのだ。悩んでその決断の上にこの依頼を出したのだとレオンは思う。だからこそ彼女の意思を尊重してやりたいと思うし、それを成せるのはレイヴンとしてのレオン、コル=レオニスでなければ出来ないことなのではないか。

 聞くべきか聞かざるべきか。傭兵としての考えと一人の人間としての考えが交錯し絡み合う。果たしてどちらが正しいのか、きっと答えは出ない。そうしてレオニスは何故彼女を拾ったのかを考える。

 憐れみからか。いや、憐憫の情など無かったはずだ。ただ守ってやりたいと思ったからではなかったか。ならば、彼女の出そうとする答えを、彼女が抱えている問題のためにも協力してやるべきではないのか。

 レオニスは椅子から立ち上がると台所に移動し、二杯のコーヒーを入れた。その内一杯を啜りながら、もう一杯はテレビを見ているトレイターの前に差し出す。二人の視線が交わされた後、トレイターは僅かに目を伏せた。レオニスが何を問おうとしているのか察したからに違いない。

「言わなければ、ダメですか?」

 無言で頷く。トレイターの視線はレオニスに向けられることなくテレビに注がれるが、彼女は真っ直ぐと向き合っていた。

「ニュースで見たんです。プロフェットの核の事を、自分のしたことがどれだけ間違っていたのかを。私はプロフェットに正義を見出していました、けれどそれは正義ではなかったんです。私は分からなくなりました」

 トレイターの言葉が僅かに途切れた。レオニスは口に当てていたマグカップを話し、「あぁ」という相槌だけを返す。

「だから見つけたいんです。私の答えを、何のために戦うのかそのための正義を。それにはアレが必要だと思ったんです、私のACが。私もパイロット、きっと探しているものはここには無いのだと思うんです。戦場にいなければ、戦いの中でしか見つけられないものなのかもしれないと思いました。だから、だから取りに行きたいんです」

 トレイターの目がレオニスに向けられた。そこにあるのは決意の二文字。

「手伝ってもらえませんか?」

 レオニスは無言で立ち上がりパソコンを操作した後、トレイターの前へと戻る。そして一言だけ呟いた。

「契約完了だ。詳細な作戦説明を聞きたい、レイラ・マクネアー」

 トレイターの表情に光が差し、和らいだ。彼女は床にマグカップを置くとレオニスの身体に抱きつき、両腕を首に回す。

「ありがとうございます、ありがとう。レオニスさん……」

 耳元で何度も謝礼の言葉を述べるトレイターの表情をレオニスは見ることが出来なかった。


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 愛機であるブルーテイルのコクピット内部の整備を終えたソイルが外に出ると、ハンガーに固定されている一機のACにどうしても目が行ってしまう。期限付きの防衛任務にこのプロフェット基地に来てから、固定されたままのACソリューションの事は気にしないようにしているのだが、どうしても気になる。

 そもそも専属ACがあるのならば、レイヴンであるソイルを雇ってこの基地に置いておく必要などはどこにもない。今のプロフェットにとって期限付きでレイヴンを拘束し防衛に付かせるのは負担であることには間違いなく、そう考えてしまうとどうしてもソリューションの存在が理解できなくなってしまうのだ。

 出来る限り干渉するのは好むところではなかったが、ここまで気になってしまうと聞かずにはおれず、聞いたとしても対して問題にはならなさそうな整備員に声を掛けてソリューションについて尋ねてみた。

「あぁ、あのACか。パイロットがどこか行っちまったみたいでな、いつ戻ってきても良いように整備はしっかりとしてるんだけどねぇ……」

 溜息交じりの整備員を横目にソリューションを見てみれば、一目見ただけでも万全の状態で出撃できるよう整備されていることが分かった。

「他に誰か乗る人はいないんですか?」

 ACがあるのにパイロットが不在という状況は奇異に思われる。特に企業であるのならば代わりのパイロットを用意することぐらいは容易いだろう。

「いやそれが契約の関係とかで出来ないらしいんだわ。それにあのネェちゃん、ご丁寧なことにトラップ仕掛けてるからパスワード間違えると機体が自爆する様になってんだよ。整備はできるんだけれど、あのトラップだけは外せねぇんだよなぁ」

「そうなんですか」と適当に相槌を打ちながら、ソイルの目は整備員でもなくソリューションでもなく愛機ブルーテイルに向かっている。

「機体自体うちが支給したものじゃないから仕方ないとはいえ、まったくもって残念だよ」

「何が残念なんです?」

「そりゃ丹精込めて整備した機体が動かないからだよ。それにあのネェちゃん頑張って働いてたからよ、応援の一つもしたくなるわ。出来たら戻ってきて欲しいが、下手すりゃ専属パイロットなわけだし他の企業に捕まってるかもしれねぇからな。不安だよ」

「そうですねぇ」

 と、相槌を打ちながらも意外な情報を手に入れていることにソイルは気づいていた。この整備員が漏らすように言ったことは全て公にされていないことであり、初めて聞くことばかりだったのだ。この貴重な情報はガジェットに知らせるべきだろう。但し、この基地内にいる間では無理だ。

 自分とプロフェットの関係を考えればある程度監視の眼があったとしてもおかしくはないし、外にこの重要情報を連絡をすれば葬られてしまいかねない。遅くなるかもしれないが防衛任務を終えてから直接伝えるのが安全で、尚且つ最も確実な方法であろう。

 適当に相槌を打っていたせいか、いつの間にか整備員の話は専属パイロットのことから愚痴へと移り変わっている。どこで話を切って良いか分からず、聞く振りだけをだけをしてソイルは自機の装備を見直していた。

 どのような状況で敵が攻めてくるか分からないため、可能な限りあらゆる状況でも対応可能なように右腕はデュアルレーザーライフル、左腕はブレードとなっている。出来ることならソイルがここにいる間は襲撃されて欲しくないと願う。そうすれば損耗は避けられ、報酬の額は下がってしまうと入っても丸々懐に入ってくるのだ。

 レイヴンであるのならば、出来るだけ損失を少なくしたいと考えるのは当然の帰結である。


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 依頼主であるトレイター、基レイラ・マクネアーは今回の作戦にあたってある条件を提示してきた。それはレオニスがACを強奪してくるのではなく、トレイターを連れて行きソリューションのコクピットに乗せるというものである。これじゃ契約違反じゃないか、レオニスはそう反論しそうになったがトレイターが依頼を出すという時点で既に反則じみている気がしたので言葉にすることは無かった。 

 レオニスがエルダーサインで基地に接近後、トレイターを降ろすのが目的の中心となる。つまりレオニスのやるべきことはACの直接的な強奪ではなく、トレイターの援護だった。契約内容と齟齬があるのは承知しているが解除する気にはならない、彼女が自分の答えを求めるために事を起こすというのならば助けようと誓っているからだ。

 彼女が立てたプランではレオニスのACエルダーサインに二人乗ることになる。ACのコクピットは元々一人用なのだが、今回のために簡素なものではあるが座席を一つ増設し、二人乗りに改修された。

 ソリューションが保管されている基地へ向かう道すがら、コクピット内、それも近い距離にいるというのに二人とも言葉を交わそうとはしない。レオニスは敵つまりはプロフェットがどう出るか考えていたためだが、パワードスーツを着用しているトレイターに目をやると彼女はモニターを見据えていた。

 プロフェットの戦力について詳しいところを聞こうかと思ったが、彼女が知っているのは古い情報だろうしそこまで当てになるものではない。それに今回の場合においては企業が行動を起こしているわけではないので隠密性は非常に高く、プロフェットが察知している可能性は低かった。

 だからといって安心することは全く出来ない。幾らプロフェットの戦力が低下しているからといって基地の警備が手薄になっていると断定できるわけではないし、専属ACが置かれている分強化されている可能性もある。最悪の事態を想定するのならば、プロフェットの精鋭部隊がいる可能性だってあるのだ。

 ブースターを吹かしながら移動していると多少なりとも振動は来る、専用のパイロットスーツを着用しシートに身体を固定しているレオニスはともかく、急造で取り付けたシートに座っているトレイターへと振り向いた。彼女はレオニスの視線に気づき、ヘルメットのバイザー越しに笑顔を作ってみせる。その後、何かに気づいたようだった。慌ててモニターを見直すが不審な点は無くレーダーに反応も無い。

「どうかしたのかトレイター?」

「いえ、私は何とも無いんですけど……レオニスさん、使ってないですよね?」

「何をだよ?」

「決まってるじゃないですか。兵士用の覚醒剤、レオニスさんの部屋にあったの見ましたけど打ってませんよね? 大丈夫なんですか?」

「大丈夫だろ。それにまぁ、確かめたいこともあるしな」

「確かめたいこと?」

「口じゃ説明しづらいんだけど、まぁそういうことにしておいてくれや」

「レオニスさんがそういうんだったらそういうことにしておきます」

 どうやらトレイターは笑ったようであったが、どのような仕草をしていたのかモニターに集中しているレオニスは分からなかった。そして何よりも、アイスコラーと戦った時に感じたあの冷気が一体なんだったのかを確かめたいと思っている。あの時は感じることが出来、それまでは出来なかった。

 あの時とそれまでの違いといえば、兵士用の覚醒剤を使っていなかった点にある。もし、アイスコラーから発せられていたあの冷気のようなものが彼の殺気だったとするのならば、他のレイヴンの気配を察知することが出来るかもしれない。あれが偶々だったのか、それとも自分の資質として元来持っていたものなのかを調べるためにレオニスはクスリを使っていなかった。

 おかげでレオニスの心臓は先ほどから高鳴り続けている、いつ爆発してもおかしくないほどに。基地へと近づくにつれて恐怖心は増大していく、おそらくこれらを克服していった先に確かめたいものがあるのかもしれない。

 モニターに基地が映る。こちらの接近は察知されていないのだろうか、照明に照らされている基地は一種の都市の様にも見えた。レオニスは深呼吸を一つした後、敵の迎撃が出るよりも早く基地内に突入するためにオーバードブーストを発動させる。急加速の中で、事前にトレイターから得た情報を元に作成した基地の見取り図を見ながらMTの格納庫を探し出す。

 基地のフェンスを破り突入が完了したと同時にオーバードブーストを解除し、MTの格納庫へミサイルを撃ち込んだ。そしてコクピットを開け、トレイターを地面に下ろす。駆け出すトレイターと彼女のパワードスーツから発せられるビーコンを見ながら、機体の挙動に彼女を巻き込まないように基地から若干の距離を取るため空中を跳んだ。

 そこに二条のレーザーがエルダーサインの足を焼く。着地した後に前を見据えてみれば、そこには一機のACの姿がある。同じBランクに所属しているレイヴン、ソイルの駆るブルーテイルが。

登場AC一覧
エルダーサイン(コル=レオニス)&Le0cwb002z080wE0cBo0E70aoa23zaeTME005Vd#
ブルーテイルTYPE-2(ソイル)&Ls0055E003G000w00ak02F0aw0G013GENE1W0F2#

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