『反逆者(2)』

/4

 愛機ブルーテイルのコクピットの中でソイルは初撃を外したことに悔いていた。状況から察するに襲来してきた敵、ソイルと同じランクBに所属するエルダーサインを駆るコル=レオニスはこちらの接近に気がついていなかったはずだ。動きを一時止めていたことに不審は感じたが、この好機を逃さないため慎重に狙いを定めすぎたことが逆に仇となってしまった。

 レオニスとの交戦経験は無いが、エクステンションにマルチブースターが装備されているところから察すると立体的な運動を得意としているに違いない。パイロットの技量がどれほどか分からないにせよ、マルチブースターを駆使した三次元的な機動を行われると脅威となりえる。
 マイクロミサイルを撃ち、続けてリニアガンを構えた。砲口の先にはまだ何も無いがそこにミサイルを回避したエルダーサインが現れるはずだ。

 ソイルの予測していた通りにリニアガンの砲口の前にエルダーサインが現れた。すかさずトリガーを引くがエルダーサインはマルチブースターを使用した急上昇により回避。もう一撃、撃ちこんでみるべきかと僅かに逡巡している間に敵のミサイルが飛来してくる。それを回避するために構えを解き、反撃と牽制を兼ねたレーザーライフルを撃ちこんだ。

 エルダーサインの動きを観察しながら次の手を考えるが、良い手が思い浮かばずにいた。但し、相手の力量はさほど高くないものと思われる。証拠というべきか、相手からの反撃は牽制程度のものが多くこちらの攻撃が回避されたとしても読まれていたというよりも推測で動いているように思えるのだ。

 本来ならばてこずるはずはないのだろうが、ソイルの思考と反射が未だエルダーサインのそれを理解しえていないだけでありこのまま続ければ勝機は見えるものと思われる。見たところ相手は回避することを重視しているようであり、そのための動きというのは限られているのだ。そして人間は知らずの内に行動パターンというものを作っている、それを見破ってやれば停滞している戦場の動きはこちらに傾くはずである。

 しかしソイルにとってどうにも腑が落ちない点が一つあるのだ。敵ACはこの基地を襲撃し、おそらくは破壊を目的としているはずなのに基地内に撃ったのはミサイル二発のみ。破壊されたのは管制室ではなくMTの格納庫である。基地を単機で襲撃するのならば、指揮系統を混乱させるためにまず管制室を破壊するのがセオリーと言えるだろう。こちらは敵ACの接近に直前まで気づいておらず、チャンスはいくらでもあったはずだ。

 そして何よりもあのエルダーサインはソイルがブルーテイルで現れるその直前まで動きを止めていたのである。そこに何らかの意図があるのではないか、と傭兵としてのソイルの勘は告げていた。

 もし敵が何らかの策を用いていたとするのならばどうだろうか。この戦いを長引かせるのは決して得策とはならないはずだ。ソイルは決心し、エネルギー残量を確認した。必殺技、というほどのものではないがオーバードブーストを発動させての急速接近、敵の横をすり抜けたところで停止すると同時にターンブースターを起動させてブレードを振りぬく。こうすれば敵背後からの致命的な一撃を与えられるはずだ。

 切り札、とも言えるべき戦術だが戦いを長引かせることが出来ない以上はやってみる以外に他無かった。

 息を深く吸い込みオーバードブーストを発動させて接近する、幾つかレーザーが飛んでくるが直撃になり得そうなものだけを避けて敵の横をすり抜けた。そこでオーバードブーストを解除させると共にエネルギー残量を確認し、存分に残っていることを確かめてからエクステンションのターンブースターを起動させる。

 ブレードを発生させ、僅かな手ごたえの後ブレードはコアパーツを両断するはずだった。だがブルーテイルの振るったブレードは、エルダーサインのブレードによって食い止められている。二本のレーザーブレードは互いのエネルギーを干渉させあい紫電を迸らせていた。

「っ、こんなこと……!?」

 驚きのあまりソイルは思わず口走る。

「悪いな、その技は俺も使ったことがあるんでね!」

 レオニスの咆哮じみた雄叫びが聞こえた。咄嗟に後ろに下がるも、連射されるレーザーライフルの幾つかの直撃を受け機体の損傷率が上昇する。さらにそこへ垂直発射式のミサイルが放たれ、回避のためにソイルはブルーテイルをさらに下がらせた。

 機体のダメージはさほどでも無かったものの、一種の切り札とも言うべき戦法を破られたことはソイルの精神を動揺させるに値している。今まで乱れていなかった呼吸が、僅かではあるが乱れていることに気づき、「焦っているのか?」と自分に問いそして否定した。

 コル=レオニスは決して倒せないレイヴンではないだろう。しかし、一筋縄ではいかない相手であるとソイルの戦士としての本能がそう告げていた。


/5


 トレイターは走る。身に着けているパワードスーツのおかげで、身体能力は大幅に強化されていた。古巣であったプロフェットの基地を今、グレネードランチャーを取り付けたアサルトライフルを両手に持ち駆けている。

 前方にアサルトライフルを構える兵士の一群が現れた。彼らの銃口はトレイターに向けられている。彼らはパワードスーツを着ておらず、身に着けているのは防弾用ベストとヘルメットだけ。グレネード弾を撃ち込めばそれで終わるだろう。しかし、元々は同じ陣営に所属していた兵士達である。撃つのは躊躇われ、足取りが重くなった。

「そこのパワードスーツ! 武器を捨てて止まれ!」

 彼らが使用している銃はパワードスーツにも対抗できるよう貫通力を高めた銃弾をしようするタイプのものだ。威嚇段階の今の内に攻撃してしまえば木っ端微塵にできることはわかっている。だがトレイターは足を止め、パワードスーツのヘルメットを捨てた。兵士達の間に動揺が広がり、彼らの銃口が揺れる。

「トレイターです。ここを通しなさい」

 背後で戦う二体のACが轟音を立てていたがトレイターの声は澄み渡るようにして響いていた。兵士達がどよめきを上げ、どうすれば良いか指示を仰ぐために隊長らしき指揮官に視線を向ける。その彼もまた悩んでいるようだった。プロフェット社内でトレイターの処遇をどうするのかは決まっていないのか、それとも彼個人が悩んでいるだけなのか。

 もしかしたら、プロフェットはトレイターが離反していないと思っているのかもしれない。だとすれば彼らの反応にも納得がいく。トレイターは降ろしていた銃口を上げた。

 ここに来て悩みが出始める。プロフェットは自分をまだ信頼しているのかもしれない、それを裏切るわけにはいかないのではないかと。だがニュースで見た核爆発の映像を思い出し、ここに正義は無いことをトレイターは思い出す。失った正義を、自分のための義を見つけるためにここへ来たのだ。

 だからもう、迷ってはいけない。「退きなさい、さもなくば撃ちます」との最後通告を彼らに告げようとしたが、口を開きかけはしたもの伝えることは無かった。この引き金を持ってプロフェットへの通告とするのだとトレイターは決心する。これが決別への一歩なのだと。

 グレネードランチャーの引き金を引いた。軽い音が鳴る。その音で兵士達はトレイターへと視線を戻した。

 最後の瞬間に彼らは何を見たのだろうか、トレイターにそれを知る術は無くそして知ろうとする気も無い。あるのは己のための道を突き進む、という覚悟だけ。その覚悟が兵士の一群を肉片へと変えた。壁が無くなると同時にトレイターは走り出す。

 まだ生きている兵士達は何か言いたげな視線をトレイターへと向けるが、そんなものは無視して格納庫への道を駆けた。先ほどの爆音を聞きつけたのか知らないが新たな兵士が眼前に現れる。彼らも先ほどの兵士達と同じよう停止するよう勧告してくるが、もうトレイターは止まらない。

 両手に持ったアサルトライフルを斉射し、兵士の一群を薙ぎ払う。目指すべきはAC専用の格納庫だ。もしシャッターが閉じられていたら手間が掛かるところであったが、幸いなことにソイルのブルーテイルが出撃した後だったからだろうか。格納庫のシャッターは開け放されたままになっており、難なく進入に成功した。

 ソリューションは格納庫の中央付近のハンガーに固定されたままになっており、見たところ手を加えられた様子は無い。格納庫内部には整備員が何人か残っており、彼らは一様に怯えた視線を向けている。誰も武装は持っていなかった。

「どけぇぇぇぇ!」」

 叫びながらトレイターは全力で疾走し両手のアサルトライフルを天井目掛け撃ちながらソリューションの許へと向かう。怯えた整備員達は格納庫から逃げ出したが、ただ一人、年配の整備員だけはソリューションの足元のコンソールパネルの前に立って動かなかった。彼の瞳には他の整備員達とは違い怯えの色が無かった。

 武装は持っていないようだし、こちらはパワードスーツを着込んでいる。素手でも充分に戦えるし、これからACに乗ろうという時にアサルトライフルは邪魔になるだけだ。足元に銃を放り捨ててコクピットへ駆け上ろうとした時、年配の整備員はトレイターを呼び止めた。無視するべきかと思ったが、何かが引っかかりトレイターは足を止める。

「ネェちゃん、何のために戻って来たんだい?」

 本当のことを言うべきか躊躇ったが、彼一人ぐらいには伝えておいても良いだろう。そこからトレイターの意思がプロフェットに伝わるかもしれないのだ。

「私は私だけの正義を見つけたいんです、進むべき道を。それを探すためにこれを取りに来ました」

「そうかい。なら頑張りな、万全の状態に整備してある。そいつをもう整備できなくなるのはちと悲しいが、ネェちゃんの探し物が見つかることを祈ってるよ」

 整備員はそれだけ言い残し緩やかな足取りで格納庫から兵舎へと続く扉の中へと消えていった。彼の背中にありがとうと言いながらソリューションのコクピットまで駆け上がる。邪魔なパワードスーツはここで脱ぎ捨てた。そうなると全身タイツの姿になってしまうが仕方が無い、ヘルメットも無いが逃げるだけならスーツもヘルメットも必要ないだろう。

 コクピット内に滑り込みシートに座ると同時に起動キーを差込み、即座にパスワードを入力してシステムを起動させる。整備状態を確認している暇は無かったが、ハンガーの拘束を引き千切り機体を動かすと挙動がスムーズになっていることが操縦桿を通して分かった。あの整備員が言っていたことは本当だったのだ。

 彼に感謝しつつ、トレイターはペダルを踏み込んでソリューションのブースターを噴かした。


/6


 戦闘開始からエルダーサインの損傷率はじわりじわりと上昇を続け、ついに三〇%を超えた。致命傷となるような一撃は貰っていないが、こちらも決定打というべきダメージを相手に与えることが出来ずにいる。相対するブルーテイルは見たところ大した損傷も無く、このままいけばこちらがジリ貧で負けるだろうとレオニスは確信していた。

 先ほどのオーバードブーストターンを破ったことで相手に動揺を与えることには成功したはずだが、動揺したのはこちらも同じこと。防ぐことが出来たのも偶然に近い。相手の装備から有り得るかもしれないと前もって踏んでいたからこそ防げただけであって、その推測を始めにしておくことが出来なければ今頃は撃墜されていただろう。

 牽制が利き、今は互いに距離を空けているがいつ再び状況が動き出すかは分からない。せめて、せめてアイスコラーと戦った時に感じたあの感覚がモノになれば負けることだけはないはずだ。だが来ない。相手の気配を感じることが出来なかった。焦りを感じてはいけないと知ってはいても、状況が状況だけに敗北の二文字がレオニスの脳裏に去来する。

 首を二度横に振った。

 それだけは許されない。これはトレイターのための戦い、彼女がACを取り戻してくるまでの間に目の前の敵を片付けるか、撃墜されずに生き延びなければならないのだ。

 意識を集中してモニターに映るブルーテイルを凝視する。感じられるものは何も無いが、トレイターが来るまで持ちこたえなければならない。

 ブルーテイルの背部からマイクロミサイルが射出される。直後、敵ACはオーバードブーストを発動し横に大きく旋回する動きを見せた。おそらくターンブースターを使って真横を取り攻撃する算段なのだろう。

 戦況が動くのはレオニスにとって好ましくないことだが、相手にとっては動かないことが好ましくないことだ。左側に回り込もうとするブルーテイルは予想通りターンブースターを吹かしてライフルを向けようとしていた。

 エルダーサインを旋回させるも若干、こちらの速度の方が遅い。脚に喰らった一撃が効いているのだろうか。舌打ちしながらも互いにライフルを向け合う恰好になるが、お互いに撃ち合うことは無かった。もしこの状況でどちらかが撃っていれば共に致命傷なりえただろう。
 レオニスはトレイターが来るのを待っていた。彼女が戻ってくれば全てが終わるというのに。

 今、攻撃したとしても決定打を与えられないだろうという妙な確信がある。同じBランク同士だというのに、レオニスはソイルに敵わないかもしれないと思っていた。このまま戦い続ければ押され続けて確実に負けが来る、防ぐためにはどうすればいいかなんて方法は知らない。ただやるしかないのだ。

「全く……最近ツイてねぇよ、厄介なミッションが続くし、変な女は拾っちまうし。たまったもんじゃねぇ、けどそれでも……やるしかないというのなら……」

 マイクに拾われない程度の小声で呟き、深呼吸を一つ。ブルーテイルはこちらの出方を窺っている、受身に回ったほうが得策だと判断したのか。今すぐにでも逃げ帰りたい、だが戦わなければならない。

 何のために? とレオニスはレオンに問う。レオンは答える。レイラ・マクネアーを護るためだと。

「あぁ、そうだよなぁ……やらなきゃやられる、だったらやるしかねぇ!」

 オーバードブーストを発動させてブルーテイルに接近する。エルダーサインのコアパーツを狙いリニアガンが放たれたが左腕でコアパーツをかばった。衝撃で態勢を崩しそうになるが堪えてオーバードブーストを継続させる。左腕の装甲は完全に吹き飛び、ブレードが使用不能になったことを告げるサインがモニターに映っていた。

 距離はゼロへと近づきつつある。こちらを突き刺すべく、ブレードを構えたブルーテイルがブースターを吹かせて前進を始めた。ブルーテイルのブレードを右腕で防ぐ、光の刃で貫かれた右腕は使えなくなったが距離はゼロとなった。エルダーサインとブルーテイルのコア同士が接触している。

 そこでレオニスはインサイドカバーを開けた。中に収まっているは小型のロケット弾である。

「ぶっとべぇ!」

 トリガーを引く。

 このゼロ距離で外れるはずが無く、両肩から放たれたロケット弾はブルーテイルのコアに直撃し、信管を作動させて爆発を起こした。あまりにも距離が近すぎるためエルダーサインにも衝撃が及び、二機はよろめかせるようにして距離を僅かに空ける。

 エルダーサインの損傷率は五割を超えていた。両腕の武器は使えず、かろうじてインサイドのロケット弾が使えるだけである。ブルーテイルの方はと言えば、コアパーツ上部、腕部の付け根付近に損傷があるがそれがどこまでのダメージとなっているかは分からない。システムが停止していないところを見るとコクピット部分にまでダメージは及んでいないようだ。

「っ、何なんですかアナタはッ!?」

「コル=レオニス。鋼の獅子だ!」

 気迫で圧倒すべくレオニスはありったけの大声で叫んだ。ブルーテイルの機体がたじろいだように見えるのは果たして気のせいだったか。

「こうなったら……やりたくはありませんでしたが、仕方ないですね……」

 ソイルの言葉に特別変わったところは無かった。ただ淡々と強がりに取れるようなことを言っただけ。だというのに、レオニスの背筋には悪寒が走り危険信号を全身に伝える。レオニスは何が来ても良いように身構えるが、どこまで耐えられるものか。両腕は使えず、残された武装はインサイドのロケットと背中の垂直発射式高速ミサイルの二つだけだ。マルチブースターが生きているのがせめてもの救いと言えよう。

 ブルーテイルが正に動こうとしたそのとき、レオニスの悪寒は一層強いものとなり全身から汗が吹き出た。上空からブルーテイルへと弾丸の雨が降る。出鼻を挫かれたブルーテイルは後退し、二機のACの間にもう一機のACが降り立った。トレイターのソリューションが現れたのである。

「ミッション完了よレオニス。後は離脱するだけ、こいつの足は止めておくから後退して」

 それは出来ない、と言い返しそうになったがトレイターの言葉には自信が溢れていた。ここは彼女を信じようと「了解」と、短く言っただけで背を向けてオーバードブーストを発動させた。

 背後ではソリューションがミサイルと両腕のマシンガンとスナイパーライフルを駆使してブルーテイルの動きを見事に牽制し、動けないようにしていた。そうしているうちにソリューションとブルーテイルの距離は完全に開き、そこでソリューションは反転するとオーバードブーストを発動させる。

 戦闘領域を大きく外れたところで合流すると、ソリューションに被弾の跡は全く見られなかった。反対にエルダーサインはといえば満身創痍である。

「流石だな……」

 レオニスは思わず率直な感想を述べていた。敵ACの動きを完全に制御し、戦線を離脱するのは中々に出来ないことであろう。

「私だって……今は違いますけど、専属だったんですから」

 そう言うとトレイターは「フフフ」と笑った、つられてレオニスも笑う。通信回線は笑い声で満たされていた。


登場AC一覧
エルダーサイン(コル=レオニス)&Le0cwb002z080wE0cBo0E70aoa23zaeTME005Vd#
ソリューション(トレイター)&Ls005g2w00wE00wa00k02B0ao0HzUi0yF5OWk3n#
ブルーテイル(ソイル)&Ls0055E003G000w00ak02F0aw0G013GENE1W0F2#

前へ
第二幕一覧 倉佳宗作品一覧 小説TOPへ