『共鳴する機構(1)』

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 Chorus System TYPE−U。

 ライアットが受諾した依頼を成功させたことによって手に入れた頭部パーツSTINGに搭載されていたシステムである。開発したのはミラージュであり、独自の解析で機体の動作に関わるシステムであることには気づいていたがどのように使うのかが分からなかった。

 バーチャルシミュレーターで試験することも出来ず、かといって実戦で謎のシステムを使用するのは危険が伴う。このシステムは作動させるかどうかを選択できるようになっていたため、ライアットは試験的に愛機ベネリM3の頭部をミラージュから奪ったSTINGに変更した。元々ベネリM3の頭部にはSTINGを使用していたため、変更すること自体に躊躇いは無い。

 問題はミラージュの開発したこのシステムを使用した際、機体にどのような効果を及ぼすかということである。確実性を取るのならば実際に使用してみるのが良いだろうが、使う場所は限られていた。実戦か、もしくはアリーナか。

 アリーナで試してみるのが安全かつ確実であろうが、ライアットにはそれよりも確実な方法があった。幸いなことにシステムエンジニアを生業としている友人が一人いたのだ。

 ライアットはシステムエンジニアである友人ラブゼイに連絡を取り、システムを手に入れたちょうど一週間後にラブゼイはライアットのガレージに姿を現した。

「久しぶりだな。え〜っと、ライアットって呼んだ方が良いのかな?」

 昔からの友人である、本名で呼ばれたからといって差し支えは無い。しばし逡巡した後にライアットは「それで頼む」と言っていた。本名を呼ばれたからといって何かが変わるわけではなかったが、ライアットはレイヴンとして彼を呼びシステムを解析して欲しかったのだ。

 要は気持ちの問題というやつである。

「で、僕に解析して欲しいっていうのは何なんだい? 先に言っておくけどSEをしてはいるけれど僕の仕事は作業用MTのシステム開発だから、ACのことで役に立てるかどうかなんて分からないよ」

 言葉では不安そうなことを言ってはいるが、ラブゼイの表情には明らかな笑みが浮かんでいた。

「MTもACも同じ人が乗って動かす機械だろ、どこに違いがあるんだよ」

「まっ、確かにそうかもしれないけれど。でだい、肝心のブツはどこにあるんだい?」

 ライアットはベネリM3の頭部に指を差した。現在、ベネリM3は整備用のパネルを開けてコンピュータとケーブルを繋いだ状態にある。ラブゼイはそれを見て「ほぅ」という溜息を一つ吐くと共に目を輝かせる。

 MTのシステム開発に携わっているため、人が乗り込み操作するタイプの機械に興味があるのかもしれない。

「あの頭部にメールで送ったシステムが積み込まれていた。OSの類では無いと思う」

「僕もそう思うね。もうケーブルで繋いであるんだったら作業に入らせてもらうけどいいかな?」

「頼むよ、そこの端末を使えば良いと思う。専門のソフトウェアが必要かもしれないけれど、そういう類のものは無いから」

「レイヴンのガレージにそんなソフトを積んだPCがあればおかしいだろ」

 苦笑いしながらラブゼイは端末の前に置かれた椅子に座ると早速ディスプレイに目を走らせ、キーボードの上に指を置いた。彼の目の輝きは一層増しており、興奮と好奇心が満ち溢れている。ライアットはそんな友人を遠目に見守るしかない。

「コーラスシステムっていうのかいこれ?」

「みたいだ。もう何か分かったのか?」

「こんな短時間で分かるような単純なものじゃないよこれは。でも言えるのはこれが未だ試験段階のものであって、実戦で使用するのは危ないかもしれないね」

「そうか……」

 ラブゼイはディスプレイから目を離すことが無かったためライアットの表情を見ることは無かったが、見ていれば落胆するライアットを見たことになったであろう。内心でライアットはこのシステムが戦闘において驚異的な力を機体にもたらしてくれるものであれば良いと期待していたのだ。

「まぁでも時間の問題かもね、基礎的なところはもう分かったし」

「早いな」

「僕を誰だと思ってるんだい? なんだかんだといっても作業用MTのSEだよ、操縦機械なんてどれも一緒さ」

 そう言ってラヴゼイは白い歯を見せて笑ってみせた。彼の仕草に安心しながらライアットはベネリM3を見上げる。コーラスシステム、それはライアットが手に入れた力だ。未だ得体は知れないが、きっと力になってくれるだろうとライアットは確信していた。


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 グローリィはセイレーン諸島を一時離れ、ミラージュの支社が存在するヴォルケンヤードへと戻っていた。支社ビル内の無機質な廊下を早足で会議室目指して歩いている。ミラージュの置かれた状況は危険と呼べるほどのものではないが、脅威が存在するようになってしまったのは確かだ。

 それがより強大な、まさに危険な状態におかれないために臨時の会議が開かれたのだった。グローリィはあくまでも一パイロットではあるがオトラント紛争時の功績を認められているため、階級はかなり高く戦術眼を買われているが故に召還されている。グローリィとしては最前線の一つであるセイレーン諸島より離れることはしたくなかったが、事が重大過ぎるために来ざるを得なかったのだ。

 会議室の扉を開けると既にメンバーは揃っていた。支社長、軍部長、AC開発部長、諜報部長の四人にグローリィを加えた五人が会議を進めるためのメンバーである。少ないと思われるかもしれないが、社内でも公にされていない部分があるためにどうしても少人数にならざるを得なかったのだ。それ以外にも各部署の代表者のみで話を進めたほうが効率的だという理由もある。

 グローリィが空いていた席に座る、そこは軍部長の隣の席だ。支社長はグローリィが席に着いた事を確認すると、コホンと席を一つ吐き「でははじめよう」と言った。そして視線が諜報部長に向けられる。諜報部長が口を開く。

「現在のところ他企業が件のSTINGを手に入れた様子はありません。クレストは奪取には成功しましたが、あれにシステムが積み込まれていることを確認しなかったらしく現在はレイヴンの許にあります。名前はBアリーナのライアット、それ以上のことは我々には出来ませんでした」

 諜報部長は落胆の溜息を吐いたが支社長は満足気に頷く。諜報部としてはさらなる成果を得たかったのだろうが、レイヴンであるがためにこれ以上のことが出来なかったのだろう。支社長の鋭い視線がAC開発部長へと向けられる、だが開発部長は落ち着き払っていた。

「試作品の一つが盗まれただけですし、MAYFLYがまだありますので開発は続行可能です。一つだけになりましたので多少、開発作業は遅れる可能性も試算されていますが大きな遅滞はないと思われます。あくまでも現段階での計算で得られた結果ですので本当に開発作業に影響がでるのかどうかは未知数であるということを付け加えておきます」

「分かった……となると、そのBアリーナのレイヴンをどうするかということだな。そいつの動き次第で我々の対応も変えねばならんだろう。諜報部長、調査はしているな?」

「もちろんしています。向こうの方で解析を行うつもりらしく、知り合いのSEを呼んだ事も確認済みです。これはあくまで私の推測にすぎませんが、おそらくレイヴンは例のSTINGを自分で使用するつもりではないでしょうか」

「だとするとそれは僥倖だな。となると、後は軍部に一任するしか無いがどうするつもりか?」

 支社長の言葉に軍部長、そしてグローリィは即座に答えようとするが出来なかった。相手が企業ならば使えるだけの戦力を持って叩くだけの話なのだが、レイヴンとなると厄介なことになる。

 アークとの契約というよりかは関係の特殊性により、特定レイヴンに対しての攻撃は下手に行えないのだ。偽の依頼によっておびき出し、そして倒すことは簡単なことではあるが、間違いなくその後アークによる報復攻撃に会う事は目に見えている。戦力が低下している今、アークを刺激して報復攻撃を受けることは防がねばならない。

 現にミラージュはナービス紛争の時にレイヴンを騙したことにより報復攻撃に会っている。さらに同じ事を行えばアークの協力を、レイヴンを雇うことが出来なくなる可能性があった。アークからしてみればミラージュはお得意さまであり、ちょっとやそっとのことでは関係を切りに来ることが無いとは思うが、一時的にであれアークとの関係が切れてしまえば状況はさらに悪くなる。

 グローリィは頭を悩ませてしまうが軍部長はといえばそうではないようだ。支社長の厳しい視線をしっかりと受け止め、胸を張りこう言った。

「子飼いのテロリストにやらせばよいでしょう、彼らに私達の都市を襲わせる。もちろんレイヴンを雇わせてです、そしてこちらはライアットを雇い防衛に就かせればいい。そうすればアークとの契約にはなんら違反するところはありませんし、我々の損失はありますがライアットを倒してしまえばコーラスシステムの情報が漏洩することも有り得ません。痛手なのは子飼いのテロ集団が一つなくなることでしょうか」

「そのぐらいのことは構わん。テロ集団など金と武器さえ与えてやると言えば子飼いになってくれる連中は五万といる、それに役に立つかといえばそれほどのことはせんしな。一つぐらい無くなったところで我々ミラージュにはなんら影響は無い。やり方さえ間違えなければ都市の損失も皆無に抑えることも可能だろう、流石だな軍部長」

 支社長の言葉に軍部長は「恐れ入ります」と言って頭を下げて応えた。だがグローリィには彼ら二人のやり取り、そして聞いていたはずの諜報部長と開発部長の表情に何の変化もなかった事に驚きを感じてしまう。ミラージュがテロリストを子飼いにしていたこと、それ以上に自社の都市が被害を被るかもしれない、ミラージュの管理する人民が死傷する可能性があるというのに彼らは平然とそれを行おうとしているのだ。

 グローリィのパーソナルデータは調べ上げられているだろうから、今までテロリストを子飼いにしていたことはきっと隠していたのだろう。ミラージュがテロリストを雇っていた真実に憤怒を覚えるが、それ以上に民衆に害を与えるかもしれない作戦を提案できることに対してより強い怒りを覚えた。

「何か言いたそうだなグローリィ、意見があるのならば言いたまえ。ここはそういう場だ」

 支社長に言われグローリィは発言のために席を立つ。

「軍部長の作戦に私は反対します。全てが計画通り上手く行く可能性もありますが、上手くいかない可能性もあるのです。そうなった際、子飼いのテロ集団が潰れるのは良いとして民衆に被害が及びます。それでも良いのでしょうか?」

「グローリィ。君がテロリストに対して強い憎しみを、そして民衆に被害が出ることを嫌っていることは存分に承知しているし、エリア・オトラントを任されている私だって心痛むことだ。しかし世界はそれを許してはくれないのだよ、現実をみたまえ」

 一蹴されてしまったグローリィは歯噛みしながらも席に座るしかなかった。後から軍部長からの叱責が飛んでくるかもしれないが、それは問題とするところではない。問題とすべきはミラージュが罪も咎も無い一般人を危険な目に合わせようとしている所であり、グローリィはそれを止めたかった。

 もちろんさらに主張してみたが、支社長はおろか軍部長すらも賛同はしてくれずに作戦計画は徐々に練られていく。グローリィが口を出す機会など皆無に等しく、発言を求められることすらも無かった。

 こうして練られた作戦計画は一週間の内に決行されることが決定し、グローリィは全く口を挟むことが出来ず意見を反映させることなど全く出来なかったのだ。悔しい思いは確かにあったが、それを押し殺すことしか出来ない。ミラージュがテロリストを子飼いにしていたことは衝撃ではあったが、予測はしていた。必要悪は存在しなければならない。

 テロリストを憎む気持ちはグローリィ個人のものであり、兵士である以上は決して表に出してはならないものなのだ。だがやはり我慢の出来ないことである。グローリィがミラージュ専属パイロットとなったのは平和を求めてのこと、強大な勢力がさらに強大なものとなり単一の勢力しか存在しえない状態になれば争いはなくなるのではないかと考えてのことだ。

 ミラージュならば強大な単一勢力になれる、グローリィはそう考えたからこそここにいる。この世から真の意味においてテロリズムを消失させたいからこそ戦争をやっている、そうでなければ人殺しなど出来はしない。いつか来る平和のためにグローリィは戦い、血を流す。

 誰もが平和を求めているなどとグローリィは知らない。平和を求めるための戦争がここで行われているなど誰が知りえようか。平和を求め、求め続けた結果が戦争であると誰が信じようか。

 しかし悲しいことに、エリア・オトラントで起きている戦争は平和を求めたがために起きた戦争であるといえよう。そういった意味ではインディペンデンス紛争も変わりは無い。誰しもが己の理想とする平和を体現するがために戦い、散った。

 それは一種の皮肉といえるかもしれない。……平和を求めるからこそ争いが起きる、これ以上の矛盾がこの世のどこに存在しているのだろうか? 誰も答えられはしないだろう。平和は、グローリィの求める平和は未だ遥か彼方に存在する。

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