『共鳴する機構(2)』

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 ラヴゼイがコーラスシステムの解析を始めてから一週間が経った、その間ラヴゼイは端末の前からほとんど離れることがなくいつ休息を取っているのかライアットには分からなかった。それに一週間も、もしくはそれ以上の休暇を取ってここに来ているとは信じられないことでもある。

 ラヴゼイ自信がアーマード・コアのソフトウェア面において多大なる興味を抱いていたということなのだろう。ライアットとしては嬉しいが、端末の前でキーボードを叩き、マウスを動かすライアットの瞳を除き見ると時折ぞっとすることがある。まるでマッドサイエンティストだ、ライアットはそう思う。

 一週間もの間、休息をほぼ取っていない状態で端末に向かって作業に没頭できるのだからマッドサイエンティストとなる素質は十二分にあるのかもしれない。そんな人間を友人として持ったことを喜ぶべきなのか、間違えたと考えるべきなのかなんとも上手く気持ちを纏めることが出来ないライアットであった。

 しかし、結果として上手くコーラスシステムが解析され使用することが出来るようになれば色んな点において優位に立つことが出来るはずである。まずこれを許にミラージュと交渉することだって不可能ではないはずだし、それ以上に機体の性能向上に繋がるだろうというところが最も大きい。

 ラヴゼイが両腕を大きく突き出して背筋を伸ばした、それと共に大きな溜息。コーラスシステムについて何か分かったことでも出来たのだろうか。ここ一週間、ラヴゼイと行動を共にしてきたが彼のこんな動作を見るのは始めてのことだった。

「何か分かったのかラヴゼイ?」

 ライアットが問うとラヴゼイは大きなクマの出来た表情で笑みを形作ってみせる。大いなる期待がライアットの胸中で膨れ上がった。彼の表情を見る限りではコーラスシステムの解析が終わったに違いない。

「あぁ分かったよライアット。何もかも、このコーラスシステムを真っ裸にしてやった」

 はははは、と声に出して笑うラヴゼイを見てライアットも高らかに笑いたい気分だった。これで愛機ベネリM3の性能が大幅に向上するかもしれないと考えると笑いたくなるのも仕様の無いことだ。

「そうか、ありがとうラヴゼイ。で、このシステムはどういう理屈なんだ?」

 ラヴゼイの表情から笑顔が消えて一瞬で真剣な、システムエンジニアそのものの表情へと切り替わった。

「簡単に言うと機体の操縦を簡便にするシステムさ。パイロットの脳波を読み取り、意思を汲みそれを機体の動きに反映させる。もっと簡単に言ってしまえばパイロットの思い通りに機体を動かそうとするシステムさ」

 と、ここでライアットに疑問が浮かんだ。パイロットの思い通りに機体を動かすことが出来ればそれは大きな強みとなる。思考がそのまま操縦に繋がるのならば、自然と反応速度は増すからだ。

 だが肝心のパイロットの思考をどうやって読み取るのだろうか。どう考えたとしてもそれにはハードウェアの存在が不可欠であり、ソフトウェア単品では不可能だ。笑顔が消えてしまっていたのだろうか、ラヴゼイはライアットの表情を見て苦笑を浮かべた。

「もう分かってるみたいだけど、このコーラスシステムだけじゃ脳波制御は出来ないね。コクピット周りの改造が必要だ、このシステムから考えてどのような装置が必要なのかは既に分かっているんだけれど、残念ながら僕はソフトウェアの専門家ではあるけれどハードについては分からない。すまないけれど、これ以上力にはなって上げられそうにないよ」
「そうか……」

 ライアットは溜息を吐き俯き気味になる。戦力になるだろうと心のどこかで確信に近い期待をしていたのだろう、予想以上に落胆は大きかった。となるとこのSTINGはミラージュ以外の企業に売ってしまうか、もしくは予備パーツとして置いておくのが良いだろう。特にミラージュ以外の企業に売るのは金になるし、もっとも合理的な考えだと思えた。

「けどまぁ、落ち込むのはまだ早いかもしれないね」

「どういう意味だよ?」

「ちょいとまぁこいつを見てくれって」

 そう言ってラヴゼイは端末から少し離れた。ライアットが端末に近づいて見ても単語と数式の羅列が不規則に並んでいるだけのようにしか見えない。ラヴゼイが何を言わんとしているのか聞くために視線を向けると、待ってましたと言わんばかりにラヴゼイは話し始める。

「どういう理由かは知らないんだけど、そのシステムは脳波制御機能以外にも各々のパーツに掛けられているリミッターを解除する機能が付いている。それも強制的にね。ミラージュの連中、リバースエンジニアリングでもしたのかクレストやキサラギのパーツでもリミッターが解除できるようになってるんだよそれ」

「そのリミッターを解除できる? それはつまり……」

 性能の限界以上のスペックを引き出すことが出来るということだ。カタログスペックよりも遥かに超える性能を出せる、もっともリミッターというのはパーツの自壊を防ぐために付けられているものである。それを外すということは限界以上の性能を引き出すことは可能であるが、同時に自爆する危険性も孕んでいるわけだ。

「まぁそういうことなんだけどね。ベネリM3の耐久値がどれ程のものか分からないけれど、制限時間でも設けておこうか?」

「出来るのか?」

「不可能じゃないよ、システムを改変するわけじゃないからね。このプログラムが動いている時間をカウントさせて、それが一定時間に達した時に強制終了させるプログラムを追加するだけだから。このぐらいのことなら中高生でも出来ると思うよ。俺はハードウェアの専門家じゃないけれど、パーツの耐久度を考慮するとニ分が限界じゃないかなと思うんだけどね」

「二分か。充分な時間だな、それで頼むよ」

「了解」

 システムをいじることがそんなに楽しいのか、ラヴゼイは笑顔を見せると端末に向き直り指を見えないほどの速度で動かし始めた。この分だと今日中に、いやこうやって考え事をしている間にもラヴゼイはプログラミングを終えて全ての工程を終了させるだろう。

「二分、か」

 ライアットは呟いた。二分という時間は果たして短いのか長いのか、対ACそれも一対一の状況を考えるのならば長すぎるといっても良いほどの時間である。だが戦場というのは何が起こるか分からない混沌とした場所だ、対AC戦だけが戦いではないのだ。

 コクピットを改良すればよりコーラスシステムの力を発揮させてやることが出来るのだろうが、そこまでの技術者をライアットは知らない。探せば見つからないことも無いだろうが、そういった連中は既に各企業が引き抜いていることだろう。となればライアットに与えられた力は、二分間のリミッター解除のみなのである。

 これがどれほどの力になるのか、ライアットには分からない。


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 エリア・オトラントには幾つもの武装集団がある。最大のものはインディペンデンスだろうが、小さなものとなれば数十人規模のものまで大小様々だ。その多くは企業と敵対しているのだが、中には名目上敵対しているだけあって企業の私兵と化している組織すらある。

 デッドマンを雇っているこの集団もそのような企業子飼いのテロリストであり、企業が軍勢を出せないときに動く半ば非公式な軍隊と言ってよかった。どうやらミラージュの子飼いらしく、彼らの装備はかなり充実しており使用しているライフル銃からMTまで全てがミラージュ製のものとなっている。

 と、ここでデッドマンにはある疑問が浮かんでくる。

 今回、彼らが出してきた依頼はミラージュの都市を襲撃することなのだ。それほど規模が大きいところではないといえ、ミラージュ子飼いであることは間違いない彼らが何故ミラージュを攻撃するのか。みたところ宗旨替えをしたというところはなさそうだ。それが何故ミラージュに歯向かうのか、デッドマンは愛機グレイブティガーの頭部をメンテナンスしている振りをしながら様子を探ってみた。

 テロリストだというのに制服があるらしく、中々規律の取れた行動をしている。それこそ軍隊と呼んで差し支えないほどだ。ただ、彼らが唯一軍隊らしくないところといえば表情に不安を浮かべているというところだろう。

 もしや、という考えが脳裏をよぎる。

 これはミラージュが何か仕込みをしているに違いない。これは恐らく彼らが望んでやることではなく、スポンサーの機嫌取りのための仕事ということなのであろう。だがそれにしてはいささか周囲に流れている空気が重過ぎる気がしないでもない。戦地に赴く前の野営地の雰囲気などどこも重たいことには変わらないが、一種の悲壮感がここには漂っていた。

「マズイ任務を受けちまったかな……?」

 誰にも聞こえないように小さく呟く。ミラージュ子飼いのテロリストがミラージュの都市に襲撃をかける、矛盾しすぎている。ミラージュが何も企んでいないという結論などどう考えたところで出せそうにはなく、レイヴンとしての生存本能がデッドマンに途中撤退を申告しはじめた。

 怪しい臭いのするところには出来るだけ近づきたくはないが、ここまで来てしまってはもう引き返すことは出来ない。

 こちらの戦力は見たところミラージュ製上級MTであるOWLが三機にOSTRICHのミサイル装備型が五機、同型のミサイルを装備していないタイプの物が五機。と、強大なスポンサーが付いているだけあってそこらの武装勢力よりも充実した戦力を持っている。OWLには数さえあればACすら相手に出来る力があるのだし、OSTRICHもミサイル装備となれば話は違ってくるのだ。

 ミサイルを充足させることは早々に出来ることではない、何しろ単価が高いのだ。それを五機、つまりは一小隊分以上保持しそれを実戦に参加させることが出来るということは並大抵のことではない。加えてどの機体も整備状況は良好であった。

 ミラージュの思惑がどこにあるのか、依頼を受諾する前に情報屋を使って集めたがミラージュの動向は掴めない。ならばこれは急遽決まったことなのか、それとも念入りに施された作戦の一環に過ぎないのか。デッドマンには分からない、情報が無ければどうにもならないのだ。

 ただ一つ言えることは、ミラージュの都市には恐らくこの武装集団を相手にしても余りあるだけの戦力が用意されている可能性があるということだ。都市が襲撃されたとあってはミラージュの名折れになる、それをわざわざ襲撃させるというのならば当然、迎撃の容易は万端に整っているはずである。

 しかし、ここで何故レイヴンが必要になるのかという疑問が生じた。それもわざわざデッドマンを直接クライアントが指名してきたのだ。クライアントがレイヴンを指名するというのは決して珍しい話ではないが、何故呼ばれたのかという疑問は当然出てくる。

 デッドマンが最も得意とするのは対AC戦であり、殲滅戦ではない。よってデッドマンが指名される作戦はといえば大規模な攻勢を掛ける際の前衛である場合が多かった。ACは単体としての戦力が高いために用意に戦場を膠着させることが出来る、それをさせないようにすることをデッドマンは求められることが多い。

 となると恐らく今回もその類の依頼であることには違いないのだろう。つまり、ACが出てくる。ミラージュの思惑は完全に分からないにしても、これだけは確信を持つことが出来た。


登場AC一覧
ベネリM3(ライアット)&LU005g2w05wE018a00k02B2wo0F9wvfDoI03d1q#
グレイブティガー(デッドマン)&LQ005h2w03ME00Aa00A02B0aw0Ewnka5qw0u47m#

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