『鹵獲作戦(1)』

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 エリア・オトラントの状況は変化し続けている。戦争をやっているのだから当然のことなのだが、その展開があまりにも早い。そして複雑だ。プロフェットそして他企業との関係ばかりではない。表立った戦闘行為はプロフェット粛清戦以降行われていなかった。粛清の際にどの企業も多くの戦力を失ってしまったからであろう。

 しかし、それも今は急速に回復しつつある。旧時代の遺産はないものの、エリア・オトラントにあるのは豊富はエネルギー資源とそしてもう一つ。デスサッカーと呼称される未知の技術である。既存のAC技術ではおそらく製造不可能な機体をどの企業も表立ってではないが、欲しがっていた。

 クレスト、ミラージュだけでなくプロフェットもそのテクノロジーを欲しているはずだ。だがそれら企業以上に技術力では最先端を行っているキサラギが誰よりもデスサッカーの技術を欲している。

 未知のテクノロジーが欲しいという欲望は企業随一のキサラギであるだけに強く、それよりもプライドが勝っていた。AC、それも内部機関に関してはキサラギは他の追随を許すことが無い。だからこそデスサッカーの存在を憎たらしく思うところがあった。他企業の内面はどうか分からないが、デスサッカーの戦闘力を恐れるあまり大規模な行動に出ることは少ないようだ。

 だがキサラギは違う。

 最先端技術は常にキサラギでありたいという欲望とプライドが他企業よりもデスサッカーへの執着を強くさせた。しかし他企業に察知されることは出来るだけ避けねばならず、大規模な部隊を動かすことは出来ない。そこでキサラギは一種の賭けへと出る。

 ACのみを使用した鹵獲作戦である。投入されるのは専属であるグレイトダディとイズモは当然のことながら、レイヴンの中で一際デスサッカーと交戦経験の多いマッハが今作戦のために雇われていた。

 作戦の目的はあくまでデスサッカーの鹵獲であるが、デスサッカーの戦闘力を考えればおそらく鹵獲することは不可能に近い。そこでキサラギはデスサッカーの本拠地を突き止めることを作戦の第二目標としていた。デスサッカーとてどこかで補給をしているはずで、その場所を見つけることが出来れば対応策がとれると考えたのだ。少なくともデスサッカーの拠点はどこの企業も未だ探してはいるものの発見できてはいないはず。

 そのためデスサッカーを鹵獲するために直接動くのはイズモのファランクスとマッハのストレートウィンドBの二機である。流石にAC二体だけでは専属AC三機を立て続けに撃破したことのあるデスサッカー相手では荷が重いため、MTによる支援も行うがあくまでも直接戦うのはこの二機のACだけである。

 ではグレイトダディは何をするのかというと、追跡を行う予定となっていた。但し、グレイトダディ本来の機体であるファミリアガーデンではなく追跡専用のために組まれた特別なACに乗ることになっている。脚部はクレスト製のLN99MSで速度を最重視しており、またデスサッカーのECMに対抗するため頭部はH95EE、両肩にはミラージュ製のレーダーであるSIREN2が二基搭載されていた。

 もちろん、その反面として武装面はかなり貧弱であり持っているのはクレストのバーストライフルと光波ブレードだけである。元々が追跡を目的に作られているためこの程度でも事足りるのかもしれないが、もし交戦することになったらどうするのだろうかとグレイトダディは思っていた。

 それに元々グレイトダディはニ脚乗りであり、独特の操作性を持つフロート型の機体に乗った経験はほとんど無い。レイヴンをしているのならともかく、専属である以上は機体構成を頻繁に変えるということが出来ないためニ脚以外の乗り方が分からないといっても過言ではなかった。

 もっとも専属である以上はどんな機体であろうとも乗りこなしてみせるという自負がある。機体が組みあがる以前からシミュレーター上での訓練は行っていたのだし、実機に乗ったとしてもさほど変わりなく動けるようになるだろうと作戦立案当初は思っていた。

 だがどうやらグレイトダディの思惑は外れそうだ。機体パーツのほとんどがクレストのものなのだが、向こうで何かあったのか予定通りにパーツが届かず結果として追跡用のAC、ランナーというコードネームが付けられた機体が実際に組みあがったのは作戦開始の前日のこと。

 イズモと共に慣熟させるための演習は行ったものの機体のチューンが自分にあっていないのか、どうも操作に違和感を感じ明日が作戦開始だというのに深夜までグレイトダディは格納庫で整備員と共に作業を行っていた。

 コクピットに座り、整備員が機体をいじるたびに各所の関節を動かして僅かな操作性の違いを体で味わう。だがやはり慣れないフロートである以上はどうしても超えられないラインというものがあった。どこかで妥協すべきなのだろうが、相手がデスサッカーであることを考えると妥協は許されることではない。

 とはいえ休み無しというわけにはいかず、途中で休憩をとろうと整備員達に持ちかけると彼らは一様に安堵の表情を浮かべた。彼らとて人間である、疲れて当然で使ってしまって申し訳ないという想いがグレイトダディの中に湧き上がる。グレイトダディ自身も相当に疲れが溜まっていたようで、コクピットシートに座りなおすと思わず溜息が出てしまった。

 休もうと思い深呼吸をしてみるが、ここにいればどうしても機体のことを考えてしまう。外に出て整備員達と一緒にコーヒーでも飲もうかと、コクピットの外に出ると下から「ダディ!」と呼ぶ声が聞こえる。見下ろせばそこにいたのは同じ専属のイズモだった、寝巻きなのか今はジャージ姿だ。

 コクピットから降りて彼女のところへ歩いていくと、イズモは嬉しそうに手を振る。片方の手には差し入れだろうか、缶コーヒーが握られていた。その気持ちは嬉しいのだが、それよりもグレイトダディはイズモに対してしなければならないことがある。

「ダディ、はいこれ差し入れのコーヒーや」

「あぁすまんなイズモ」

 彼女の手から缶コーヒーを受け取り、手を広げたまま彼女の頭の上に手を伸ばす。彼女は撫でられるのかと思い期待している様子だったが、拳を作ってそのまま落とす。ゴチンという音がしてイズモの口から「イタッ!」という声が漏れる。

「差し入れは嬉しい。だがな明日は作戦決行の日だ、遅くまで何をやってるんだ!」

「ごめんなさい……でもなちゃうねん! なぁダディ聞いてや!」

 イズモは涙目になりながら痛そうに頭を摩っていたと思った次の瞬間にはいつもの元気娘に戻っていた。そこが彼女の良い所なのだが、このテンションの高さは専属としてどうなんだろうかと思う時があるグレイトダディである。
「さっきな、マッハいう奴におうてんやけどアイツ頭に来るわホンマに〜」

「あぁそういえばもう来ていたんだったな。で、どんなヤツだった?」

「あんなぁ、一緒に仕事するんやから思うて挨拶しにいったんよ。そしたらあの兄ちゃんウチの顔見るなり何て言うたと思う? 目ン玉丸した思たら『こんなガキが専属なのか?』て言いよったんやで! ホンマ頭来るわ〜、ドツキまわしたろか思たで」

「殴るのは勘弁してやりなさい」

「せやけどアイツほんまむかつくで! 絶対ダディもおうたら頭来るでほんまに!」

「はは、まぁレイヴンなんてのはそんなものさ」

「いや、せやけどなアイツは我慢できひんねん」

「まぁ落ち着け」

 頭にぽんと手を乗せてやるとそれで我に返ったのか、イズモは照れくさそうに笑った。

「あかんわぁ、つい興奮してもた」

「それがイズモの悪い癖かもしれないな、そこを直せばいいパイロットになれる」

「そういうもんなんか? あんま性格どうたらとかは良いパイロットかどうかとかと関係あらへんような気がすんねんけど」

「そうでもないさ。前にも言ったかもしれないが興奮しやすい性格だと――」

 言いながら顔を上げるとこちらに向かって歩いてくる男性がいることに気づいた。格納庫だというのに着ている服はといえばジーンズに濃緑色のジャケットを羽織っている、遠目から見てもどことなく眠たげでこちらに向かって歩いている途中にも一度欠伸をしている。イズモも彼の存在に気づき、視線を変えた途端に口元を厳しく結んだ。恐らく彼がマッハというレイヴンなのだろう。

 もしそうだとしたら客人であるし、それに明日は共に仕事をするわけだ。こちらから出向いて挨拶ぐらいしても良いだろうと思い、グレイトダディの方からも歩み寄る。後ろからイズモが止めようとしたのだが、彼女の個人的感情に付き合っている場合ではない。

「あ〜、すみませんが一つお尋ねしたいんですが良いですか?」

 青年の目は若干垂れ気味になっており、声もどこか間延びしている。眠いのだろう。

「それよりもまずこちらが聞きたいのだが、君がマッハ君?」

「あ、え? あぁはいそうです。そちらさんは?」

「私は専属パイロットのグレイトダディ、今作戦はよろしく頼むよ。で、向こうにいるのが――」

 と、グレイトダディが振り返ってイズモを紹介するよりも早くに気配を察していたのか彼女の方から走ってきてグレイトダディの横で止まる。そしてマッハを睨みつけるのだが、いかんせんマッハの方が身長が高いためにどうしても下からの視線になる。彼女の容姿とも相まって、グレイトダディには無理やり突っ張っているようにしか見えず思わず笑い出しそうになってしまう。

「同じ専属のイズモや。ってさっきも挨拶したな」

「あぁイズモって名前だったのか。名乗る前にどっか行っちまったから知らなかった」

「な、何やて! じゃあウチのこと今までどないな風に思とったんや!?」

「元気な小娘」

 即答するマッハに対して、イズモの動きが僅かに止まる。そしてすぐに

「小娘って何や! 小娘て! こう見えてもウチは立派な一九才や、しかも専属ちゅーことはなあんたらみたいな海千山千のレイヴンとはちゃうねんからな。戦ったらアンタみたいなやつはけちょんちょんのちょんにしたるさかいに覚悟しぃや!」

「へぇ、それはそれは。そこまで威勢が良いんだったらぜひ相手してもらいたいもんだね。こっちも専属と戦う機会なんてそうそう無いから、そっちから挑んでくれると嬉しいよ」

 マッハは不敵な笑みを浮かべながら指をぽきぽきと鳴らす。先ほどまでの眠気はどこに行ったのか、彼の瞳はきらきらと輝いていた。まさかと思うがこのレイヴンは戦闘狂の類なのだろうかと、グレイトダディは不安を抱く。もしそうだとしても仕事さえしてくれれば構わないのだが、イズモに対して悪影響がでないかだけが不安だった。

「やる気やないの、えぇよやったろう――」

 売り言葉に買い言葉とは正にこのことだろう、取り返しのつかないうちにイズモの口を押さえると同時に体を押さえ込んだ。イズモは当然ながら離せ離せと暴れるが離したら突っかかっていくのは目に見えている。離すわけには行かなかった。

 そしてマッハはと言えば二人の様子を見ながら小さく笑っている。

「ちょっと訪ねるけれどお二人は親子で?」

「いや、違う。だが私にとって見れば彼女は娘みたいなものだよ、これからが楽しみだ」

 笑いながら言った途端、腕の中で暴れていたイズモの動きが止まる。視線を下げてみれば恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてグレイトダディを見上げていた。この分なら離してやっても良いだろうと、腕を解く。

「良いですよねそういうの」

 マッハの表情が自然な笑みへと移り変わり、目線が下を向く。その先にいるのはイズモで、何を思ったか彼女は出てもいないの胸元を両手で多い隠した。

「なんやアンタ、まさかウチの肉体に欲情したんちゃうやろな?」

「するか!」

「えぇよえぇよ遠慮せんでも。この間一緒に仕事したソイル言うレイヴンがおんねんけど、そいつもウチにメロメロやったさかいに。はぁ、美しさは罪やわぁ」

 うっとりとした目つき、そして艶かしい声を出すイズモを見たマッハは溜息を吐いて握り拳を作りグレイトダディを見た。彼の瞳が語る「殴って良いか?」と。もちろん娘同然のイズモを幾らツッコミであったとしても殴らせるわけにはいかない、首を振って彼の意思を拒絶する。すると残念そうな溜息を吐くマッハ。

「あぁそうだマッハ君。そういえば私に聞きたいことがあったんじゃなかったのか?」

「そうだそうだ、そこの小娘のせいですっかり忘れてた。いや俺の寝床がわかんなくてね、人を探してたんだけどどこにもいなくて」

「そうだったのか、ちょっと待ってくれよ」

 携帯端末を取り出し、司令部に連絡を取ると係りの者をPXに寄越すということだった。その旨をマッハに告げると、彼は愛想笑いを浮かべながら格納庫を出て行く。寝場所を提供してもらえないとなるとさぞや辛いことになるだろう。このような手違いが今後無い様、関係各所に厳命しておかなければならない。

「でだ、イズモ。君も早く寝なさい、明日に響く。私と違って直接デスサッカーと戦うんだから、英気を養っておいたほうが良い」

「それなんやけどなぁ、ダディとウチ代わったほうがええんとちゃうんかな思うんやけど……」

 不安そうに見上げるイズモをグレイトダディは笑い飛ばし、彼女の背中を押して無理矢理歩かせる。

「何を言っているんだ! 優秀な連中が決めた作戦だ、私も立案に関わっている。ちゃんと適した人物を適した場所に置いているさ。だから安心して寝ると良い」

「そやな、ダディが作戦考えたんやったら大丈夫やでな。ほなもう寝るわ、おやすみ!」

 手を振って早足で去っていくイズモの後姿を見ながら、思わず溜息を吐いてしまった。本来ならデスサッカーの追跡はイズモが行う予定だったのだ。フロート型ACで追跡を行うとなれば、普段からフロート型ACを乗っているイズモを使ったほうが良いと上層部が判断するのは当然だ。

 しかし危険度でいえばデスサッカーを追跡するほうが高いのだ。戦う段階ではMTの支援もあるし、撃墜されたとしてもコクピットへの直撃さえ貰わなければ助かる見込みは多分にある。

 追跡するとなれば土地勘の無い場所に連れ込まれる可能性が非常に高く、万が一交戦するとなった場合ランナーの貧弱な武装では対応しきれないだろう。となると逃げるしかないのだが、イズモの性格を考えるとその選択を選ぶ可能性が低いように思えたのだ。そこでグレイトダディが追跡を行うと宣言したのだが、上層部はもちろん拒否。

 そこを無理矢理説得させたのだが、これが果たしてどうなるかが全く分からない。分からないからこそ、今はこのランナーの調整に精力を注ぐ必要がある。時計を見れば良い時間になっているし、また作業に入っても良いだろう。

 ランナーを固定しているハンガーに戻り、談笑している作業員達に向かって再び作業再開を告げる。威勢の良い返事が帰ってきて、グレイトダディはこれならいけると確信した。


登場AC一覧
ランナー(グレイトダディ)&LA0054E002w003Gw0000092wA0HFwvfx8w0101t#

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