『鹵獲作戦(2)』

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 初めての状況にマッハは困惑せざるには得られなかった。企業のブリーフィングルームで企業の軍人達と共に作戦説明を受けることはさして珍しいことではない。しかし問題が一つあった。

 何故レイヴンである自分が前に立ち、彼らに向けて話しているのだろうかと。

「でだレイヴン、君だからこそ分かると思うのだがデスサッカーと戦うにおいて注意すべき点は何なのか具体的に教えてもらいたい」

 わざわざ挙手までしてマッハに質問してきたのはグレイトダディだった。彼の質問に対する答えはマッハの方が教えてもらいたいぐらいだ。デスサッカーに関して気をつけるべき点が分かっているのなら、こうも敗北を重ねてはいない。

 それでも何度か戦っていれば分かる点も当然出てくる。

「知っていることと思いますが、まずあの攻撃力の高さ。あれに当たればどんなACだろうと一撃です。それに当たらないことが第一で、次に電波障害。レーダーが潰される、だからレーダーは当てにしちゃいけない。そのぐらいですよ」

 最後に溜息を一つオマケしてグレイトダディの質問に答える。これがマッハにとっての精一杯で、企業側からしてみればあまりにも少なすぎる情報だろう。それにこのぐらいなら分かりきっていることでもあるはずだ。

 その証拠にグレイトダディは腕を組んだまま不服そうにしているし、イズモに至ってはあからさまな敵意を持ってしてこちらを睨みつけている。マッハが彼らと同じ立場にあれば間違いなくそうしているのだろうが、分かっていたとしても彼らの視線は痛かった。

「他にご質問はありますでしょうか?」

 半ば投げやりにそういうとまたもやグレイトダディがその手を上げる。

「もっと具体的に頼む。そうだな、どういった戦術が効果的なのか、距離はどのぐらい取っておけば安全かというのはあるか?」

 デスサッカーとの今までの戦闘を思い出したが、有効な戦術も有利なレンジも見出せたことは無い。マッハが静かに首を振るとグレイトダディは「そうか」と呟いて手を下ろした。有効な戦術が打ち立てられるような相手ならがマッハも、企業もここまでてこずりはしないだろう。

「あんた、わざわざ前に立ったのに全然ええ事言わへんやないか。そんなんでよう今まで生きてこれたな」

 挑発してくるイズモの言葉に対し、マッハは睨みつけることで返した。

「何やいなそない怖い目して。うちらかて死にとうないねん、デスサッカーと一番ようけ戦ったことあんのはあんたやろ。あんたがそないなことしか言えへんのやったら不安でしゃあないねん、何かもっとこう無いんかい?」

 空気がざわついた。無言ではあったが皆イズモの意見に同意していた。マッハも彼らと同じ立場であるのなら同じように不安を感じていたことだろう。本音では対応策を言いたい、しかし無いのだ。

「生き残りたいんだったら、一つだけ方法がある」

「あるんかいな、それやったら最初から教えてや」

 深くを息を吸い込んだ後、マッハが言ったのはただ一言。「戦うな」だった。

「あんたどういうことやねんそれ!?」

 机を叩いてイズモが立ち上がる。彼女が怒るのはもっともなことなのだが、これしか言えないのだ。デスサッカーと渡り合える方法があるというのならば、マッハの方が教えて欲しい。

「自分の腕に自信が無いのなら、戦わないのが一番良い。基地の外に出なければ、多分大丈夫だ」

「その根拠は?」

 と言ったのはグレイトダディ。

「少なくとも私の知る限り、つまりは企業の皆様方が情報公開している限りにおいてはですが……デスサッカーが施設を積極的に攻撃したおちう事実は無いからです」

「ふむ、なるほどな。確かにデスサッカーがAC以外に対して積極的な破壊活動を行ったという報告は私も聞いていない。もしかするとだが君の言うことに一利あるのだろう。とはいえ今回の作戦においてデスサッカーと直接戦うのは君とイズモの二人だ。さして危険も無いだろう」

「確証は無いですよ」

 肩を竦めながら言ってみせると、グレイトダディはそんなマッハを鼻で笑った。企業専属レイヴンとしての自信がそうさせるのだろうか。キサラギに属しているためにグレイトダディは他の専属と比べると表立った行動をすることは少ない、自然と目立たないという印象が出来上がってくるのだが何を考えているか分からないキサラギのことだ。この男も食わせ者の類なのだろうか。

 彼もまたデスサッカーに撃墜されている経験があるはずなのに、全く怖れをみせない。勇気の成せる業なのか、それとも知的に見えるだけの蛮勇なのか、マッハに判別することは出来なかった。

 どちらにせよ、グレイトダディが不敵な態度を取ったことにより場の空気が変わったことは確かだ。重苦しい緊張感はいつの間にやら薄れている。

「ならば当初の作戦どおりに行うしか無いと思うのだが、どうかねマッハ君?」

「指揮官じゃないのでなんとも。俺はただデスサッカーのヤツをぶちのめせればそれでいいんで。こんなものでいいのかな?」

 隅に控えていたキサラギ軍の仕官に視線を送ると彼は静かに頷いた。肩から重荷が降りてまだ始まってすらいないのに一仕事終えたような気分になってしまう、なれないことはするもんじゃない。

 マッハが元の席に座るのと入れ替わりに、スクリーンの前に仕官が立った。再びブリーフィングが始まったが、作戦内容に変更点は一切無く、今後の予定を確認するだけに留まりものの数分で終わりを告げる。張り詰めた緊張は僅かではあるがほぐれ、仕官が立ち去った後は小さな談笑までもが聞こえた。

 これからデスサッカーと戦うというのに気楽なものだ、と思いながらマッハは一人ブリーフィングルームを後にする。前に立って話すというやりなれないことをしてしまったせいで体は妙に疲れていた。ちょっと休みたい、そんな欲求があるにはあったが休息する時間があるのならば戦いに備えて機体整備を行うべきである。

 ベテランと呼ばれてもおかしくない年月をレイヴンとして過ごしているマッハだが、過去に撃墜されたという経験はデスサッカーを除けば皆無といって良かった。負けることはあっても、撃墜されるに至らないことが多々ある。だからだろうか、己を完膚なきまで叩き伏せたデスサッカーに対してこうまで執着するのは。

 理由がどうだか知らないが、共に戦ってきた彼は死んでいなかった。敵討ちに執着する必要は既に消えている、だのにデスサッカーを倒したいと思うのは自分より強い相手を倒してさらなる高みへと至りたいという欲求があるからだ。そうでなければデスサッカーのような危険なものと戦う依頼なんて受けない。

 思わず自嘲気味笑う。

 マッハはレイヴンである。レイヴンとは機動兵器アーマード・コアを駆る傭兵の通称だ。つまりは兵士。それも傭兵となれば、勝ち負けよりも生きるか死ぬかが優先される。誇りや名誉は足かせにしか過ぎない。頭では理解しているのだが、どうにも自分はそんなことでは納得できないようだとマッハは一人笑った。

 兵士ならば強くなりたいとは思わないだろう。強くなりたいと願うのは戦争を生業とする兵士ではない、戦いを生業とする戦士だ。いつの頃からかは分からないが、マッハのことをレイヴンと呼ぶのはもしかすると多少の語弊があるのかもしれない。なぜなら兵士ではなく、戦士であろうとしているからだ。


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 イズモは愛機ファランクスのコクピットの中で興奮を押さえるのに必死だった。落ち着かなければならないのだが、強敵が来るとなれば自然と体は反応してしまう。落ち着け落ち着けと言い聞かせているはずなのに、いつの間にか指をパキポキとならしながら「やったるで〜」と呟いてしまうのだった。

 出撃時間までは後十分残っている。その間に気を紛らわせようとするのだが、残念なことにイズモの手際は良かった。出撃に際してすべきことは何も残ってはいない。出来ることと言えば、格納庫内を未だ慌しく動いている整備員達を眺めることか、ファランクスの隣のハンガーに固定されているストレートウィンドBを眺める事くらいしか残されていなかった。

 改めて見ればストレートウィンドBの機体はぼろぼろだった。塗装で上手く隠されているが、至るところに細かい傷がある。機体についている傷はある程度ならば風格を感じさせるものだが、ストレートウィンドBの傷はそんなレベルではなかった。もっと酷い。

 機能に支障が出る程度ではないのだろうが普通のレイヴンならばパーツを交換していたとしてもおかしくない。マッハといえばAアリーナに所属しているレイヴンである、レイヴンの中でもかなりの報酬を得ているはずだ。だというのにパーツを交換しないのは何故か。細かいところまで詮索しそうになったが止めた。

 考えたところで答えが出るわけでもない、出せたとしても正解かどうかは妖しく確かめる術は無い。プライバシーの問題に立ち入る気は無かった。

 そんなことを考えているといつの間にやらイズモの興奮は収まりつつある。ストレートウィンドBさまさまだなと思いながらシートに座りなおして、深く息を吸い込んで目を閉じた。頭の中を空っぽにして出来るだけ余計なことは考えない、思考するのだって人は体力を使う。ほんの少しでも多くの体力を戦いに回すべきなのだ。

 甲高いサイレンの音が鳴り響き、出撃の時を告げる。拘束具が外されると機体が軽くなったような気がし、浮遊感めいたものすら感じることもある。フロート型ACだからということもあるのだろうが、それを差し置いても独特の開放感があった。これを感じるたびに戦闘が始まるのだと感じる。

「先に行かせて貰うよ」

 ファランクスが動き出すよりも早くストレートウィンドBは格納庫の外へと向かう。

「なんやいな獲物を横取りされるのが嫌なんか?」

「あぁもちろん。デスサッカーは俺が倒す、他の誰にも倒させなんかしないさ」

「えらい自信やないの。で、倒せそうなんか?」

 わざと意地悪く尋ねてみたのだがマッハからの返答は無い。最初に会ったときから思っていることだが、やはりいけ好かないやつだ。愛想が無いし、社交性というのもがまったくないように見える。デスサッカーとの交戦経験が多いとはいえキサラギは彼に依頼を出すべきではなかったのではないか。企業専属としてそんな考えを抱いてはいけないのだが、そう思わざるを得ない。

 ストレートウィンドBが格納庫から出たことを確認してからファランクスを外へと出す。空は暗雲に覆われており日光が遮られている、もうすぐしたら正午だというのに薄暗かった。風も強いらしく雲の動きが早い、嵐が近づいているのかもしれない。

 作戦地域はここからそう遠くない、ACの足ならば三十分程度のところにある平原が設定されている。最も、戦争は一人でやるものではない。幾ら上手く立ち回ってみせたところで相手が乗ってこなければ意味が無いのだ。上手く行けばいい、そんなイズモの思いを裏切るように一条の光線がファランクスの出てきた格納庫の内部に吸い込まれた。

 可燃物にでも引火したのか、強固に設計されているはずの機体格納庫はたった一撃で爆発し炎上する。衝撃で機体は流され飛んできた破片でダメージを負う。

 頭の片隅で突然の状況を整理しながらエネルギー弾が発射された地点にカメラを向ける。そこには白いフロート型ACがいた。両肩のキャノン砲を展開しており、砲身の間には放電現象が起こっている。該当するパーツを頭の中で探すが、そんな武器はどこの企業も持っていないはずだ。

 砲身の間に起こる放電現象は激しさを増していく。イズモの全身を異様な感触が襲った。コールタールのような粘着性の物質に包み込まれてしまったような気がする、息をするのも苦しく体が重くなったように感じる。経験したことのない感触にイズモが覚えたのは、恐怖だった。

 その気配が燃えるように熱くなる。避けようと思ってしたことではないが、機体に回避行動を取らせるとすぐ脇を巨大なエネルギー弾が掠めていった。ファランクスが避けたエネルギーの奔流はあろうことか司令室のある管制塔に直撃し、根元から構造物を破壊していた。背筋に冷たい汗が流れる。

 この基地の指揮機能は今の一撃で失われてしまった。通信機から生き残ったMTパイロット達のどよめきが聞こえる。専属として彼らを宥めなければならない、即座に声を出そうとしたのだがモニターの中でデスサッカーは反転しておりこの場からの逃走を図っていた。ストレートウィンドBは躊躇う素振りすら見せずデスサッカーの後を追う。

 イズモはどうすべきなのか。デスサッカーが逃走を図ったのならばそれを追うのはダディの役目である、しかし彼が乗る予定の機体はまだ準備が出来ていないらしく出てきていない。

「ここは私が何とかするイズモ、君が行け!」

 ダディから入った通信でイズモは吹っ切ることが出来た。思考を基地のことではなくデスサッカーへとシフトさせる。

「分かったでダディ!」

 ブースターを吹かせてデスサッカーを追い始める。ストレートウィンドBは既に追いついており白い機体目掛けてオービットと六連装ミサイルを発射していた。

 後に続けとばかりに右肩と左肩のミサイルに時間差を付けて撃ち出し、オーバードブーストを発動させる。

「見とれやデスサッカー。キサラギ怒らせたらどないなるかっちゅーてなぁ!」

搭乗AC一覧
ストレートウィンドB(マッハ)&LE005c002zw00Ewa00s0E42woa29Y1ewws0sd34#
ファランクス(イズモ)&Lw00542w05M003w00a00092wAa1Fb41g000qF3q#

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