『鹵獲作戦(3)』

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 状況は混迷を極めている。本来デスサッカーとは別の場所で交戦する予定となっていたのだが、予想を大幅に外れて先手を取られたのだ。司令室が破壊されたことによりキサラギ軍はパニックに陥った。通信機からは彼らの困惑する声がノイズのように聞こえている。

 依頼主ではあるがマッハの目的はといえばデスサッカーを倒す、この一つだ。キサラギが動けなくなり友軍の戦力を期待できなくなったわけだが、獲物を横取りされる心配がなくなったと考えればむしろ好都合だろう。それにこの任務はあくまでも鹵獲作戦であって撃破が目的ではない。状況が混乱している今なら撃墜したところでさして問題にはならないだろうという考えももちろんある。

 唇が笑みに歪むのを止められない。戦闘狂なのだろうかと自問するが、デスサッカーを倒せるのならそれで良い。自分のこの手で撃ち落したいために、相方のベアトリーチェをわざと置いて来たのだ。彼女にはこの依頼を受けたということすら知らせていない。そうでもしなければきっと着いて来ただろう。

 彼女の力は非常に頼りになるが、だからこそデスサッカーと戦う時だけはいて欲しくないのだ。

 逃げようとしているデスサッカーを背後から追い抜き、前方に立ちはだかると共にミサイルとオービットを同時に打ち出す。デスサッカーは足を止めた。ミサイルは全て直撃し、オービットから放たれるレーザーは確実に装甲を焼いている。だというのにデスサッカーは動きをみせない。

 じっとストレートウィンドBを見下ろしていた。いつのもの粘着質の殺気がマッハの全身を包み込む。当初は気持ち悪いものだったが、今ではなんとも思わなくなってしまっている。

「今日こそはてめぇを落とす!」

 言い放ってライフルを構えるとデスサッカーは視界の中から消える。そして現れたのはマイクロミサイルの群れだった。デスサッカーにこのような装備は無い、とするとこれは別の誰かが放ったもの。思考を巡らせながらもマッハの体は動いている、ミサイルの雨を避けながらも気配を頼りにデスサッカーの位置を察知し、再びロックサイトの中に収める。

 三発のマイクロミサイルが直撃するのが見えた。今のデスサッカーの動きに対応できるミサイルといえばキサラギのSYAKATSURAぐらいしかないはずだ。さっきのマイクロミサイルはMAGORAGAから撃たれたものだろうし、となればファランクスが着いたということだ。

「よっしゃ! ちょっとだけやけど直撃させたったでー。って何やコイツ!? 傷付いてないやんか!?」

 それがデスサッカーなんだよ、とマッハは内心で呟きライフルを放ちながらデスサッカーとの距離を詰める。

「おいマッハ! どういうことやねん!?」

「知るかよ!」

 デスサッカーはライフルの照準を合わせようとしながら逃げ続けている。射線に重ならないように動きながら距離を詰めていき、オーバードブーストを発動させ失った分のエネルギーをエクステンションを使い回復させる。MOONLIGHTのリミッターを解除しコアパーツ目掛けて突き出す。

 白銀に輝くエネルギーの刃はすんでのところでデスサッカーのブレードによって阻まれた。しっぱいした以上は離れなければならない、デスサッカーの火力は高い、一撃で落とされてしまう。離れながらも相手の動きを牽制するためにミサイルをオービットを放つことを忘れない。

 ストレートウィンドBとデスサッカーの距離が離れるとすかさずファランクスがミサイルを撃つと同時に接近を開始する。直撃したミサイルによってデスサッカーの動きが封じられ、ファランクスは武器腕のブレードを二本とも発生させると頭上で交差させた。

「これで終わりや!」

 ファランクスがブレードを振りぬいた。二本のブレードは確実にデスサッカーのコアパーツを切り裂く。だが致命傷にはならない、デスサッカーから放たれる殺気は今もある。

「下がれ!」

 マッハが叫ぶ。大声に驚いたかのような動きでファランクスは後退する。そこにデスサッカーは横薙ぎの一閃を繰り出した。幸い下がっていたために直撃には至らなかったもののファランクスの頭部はこの一撃で吹き飛ばされた。

「何やねんなアイツは! 化け物かいな!?」

「いやダメージは入っている」

 デスサッカーは全くの無傷というわけではなく、コアパーツに×の字状の傷跡が確かに入っている。ブレードを押し当てることさえ出来ればあの装甲は打ち破れるのだ。ただ問題は、それだけの時間ブレードを当てられるのかということにある。

「どういうことやねん……直撃したのに、普通のACやったらもう落ちとるで……ブレードでもあかんかったらどうすりゃいいねん」

 ちらり、と横に並んだファランクスの機体構成を見る。両肩とエクステンションにミサイルを装備したフロート型のACで、機動力がある。誰かの手を借りるのは癪といえば癪だが、いらぬプライドに拘ってばかりいてはまた負けてしまいそうだった。

「方法はある。こいつをやつにぶち当ててやればいい」

 左腕を前に突き出し、リミッターを解除させた状態でブレードを発生させる。通常の青ではなく、白色の刃が形成された。

「あんたそれどういうことやねん?」

「ちょっとばかし細工をしてリミッターを解除できるようにしてる。威力は通常の非じゃない、こいつを当てるために囮になってくれよ」

「囮になれて、ほんまアンタだけはいけ好かんやつやのぉ。けどまぁえぇわ。うちかてこいつだけはしばき倒さんと腹の収まりつかへんし、協力したろやないの」

「わりぃな」

「でもタイミングはうちの動きに勝手に合わせてや!」

 言うが早いか、ファランクスはミサイルを放ちつつデスサッカーへと向かっていく。急に合わせられるものでもないがやるしかない。ファランクスのミサイルをデスサッカーは避けようともせずにその身に受けた。爆煙がデスサッカーを包み込む。

 ここで突っ込んでしまえばデスサッカーの餌食になるだろうということにマッハは予想がついている。だが果たしてイズモはどうだろうか。大方のパイロットならばこれをチャンスと受け取って追撃を行うだろう。

 イズモも大方のパイロットと同じくチャンスと受け取ったようだ。両腕のブレードを発生させ、デスサッカーへと向かっていく。通常のACならミサイルでダメージを受けなかったとしても、衝撃により動きは止められている。だがデスサッカーは普通ではないのだ。

 煙の中から白い腕が現れ、そこからは青白い光の刃が伸びていた。その切っ先にあるのはファランクスのコアパーツ。

「な、なんやてぇ!?」

 ファランクスは回避行動を取るも慣性の法則がある。右腕の根元がブレードによって断たれた。そこにオーバードブーストを発動させて突き進む。

 ファランクスの右腕が地面に落ちる、煙の中から傷の無いデスサッカーが姿を現す。黒塗りの頭部がストレートウィンドBを捉えた。限りなくスローに流れる時間の中でマッハはデスサッカーのコアパーツに狙いを定め、ブレードを発生させる。デスサッカーは防ごうとブレードを構えた。

 右手のライフルを捨て即座にデスサッカーの左腕を押し上げる。腕の武器は手に持っているだけのもの、固定しているわけではないのだ。つい忘れがちになるがこういったことだって出来るのだ。

「貰ったぞデスサッカー!」

 レーザーブレードの先端がコアパーツに触れんとした時、デスサッカーはブースターを吹かせてストレートウィンドに激しく衝突した。衝撃でブレードが収束する。だが確かにブレードはコアパーツを僅かとはいえ貫いた、MOONLIGHTの出力ならば深奥まで達しているはずだ。

 振動で揺れるコクピットの中マッハは笑っていた。手ごたえはあった、突き出されたブレードに対して自ら突っ込むなどということは自殺行為の他ならない。

「勝った! 勝ったぞ!」

 倒れこみながらも勝鬨の声を上げ己の戦果を確認するも、手に入れたのは衝撃と驚愕の二つだけだった。デスサッカーのコアパーツは傷ついていた。装甲が破壊され内部構造が露になっている。ただそれだけだった。装甲は破壊できても内部まで破壊することは出来なかったらしい。

「どういうことだ!?」

 デスサッカーのライフルが突きつけられる。銃口の奥に除くレンズが冷たい光を湛えていた。

「ド、ミ……ト……ハ……ジ……」

 ブレードを振り上げようにも左腕が動かせない。先ほどの体当たりで接続に支障が出たとでもいうのだろうか。友との思い出に縋る余りパーツ交換を行わなかったのが原因なのかもしれない。

「マッハ!」

 スピーカーからグレイトダディの声が聞こえるとデスサッカーはその場を離れた。目の前をキサラギのエンブレムを付けたフロートACが通り過ぎていく。ファランクスではない、色はグレイトダディのファミリアガーデンと同じものだ。レーダーでは友軍と認識している。そのフロートACはデスサッカーの後を追い、戦闘領域を離脱して行った。
 

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 グレイトダディは焦っていた。デスサッカーの方から襲撃してくることは予想しておらず、対応が出来なかったのだ。加えて初撃で司令部が破壊されてしまったために指揮系統は完全にと言って良いほどに破壊されている。大局を見ることの出来る人間が全て死んでしまったのだ。

 軍内部での地位は高かろうとパイロットしか経験していないグレイトダディでは、戦術クラスでしか物事を見ることが出来ない。つまりは、如何にして当初の作戦目標を達成するかということしか考えられないのだ。基地が襲撃され指揮の取れる人間が自分しかいなくなった時点で、今作戦を中止したほうが良いのではないかと考えもした。そうすれば損傷は予想の範囲内で済ませることが出来る。

 ただデスサッカーを捉えられる機会は今後あるのだろうか。もし鹵獲できたら損害を覆せるのではないのか、その考えがあったからこそ当初の目的を完遂することに決定した。正しい判断だったのかは終わってみなければ分からない。

 結果としてファランクスとストレートウィンドBの二機がデスサッカーを追い詰め、グレイトダディの駆るこのランナーがデスサッカーを補足し追いかけるという構図は元々予定されていたことなのだ。幸運なことにデスサッカーはストレートウィンドBによりコアパーツにダメージを負っている。

 嬉しい誤算としか良いようが無い。予定ではデスサッカーの損傷は無い事になっていたのだ。一部だけとはいえ装甲が剥がされているのは僥倖である。デスサッカーの装甲がどれだけ高性能であろうとも、内部は精密部品に違いない。ならばそこが弱点となる。

 ランナーはデスサッカーを追跡することを主目的に作られた機体であるため、武装はバーストライフルと光波射出式ブレードの二つしかない。完全な状態でのデスサッカーと交戦することになればまず勝ち目はないのだ。そう考えるとこの作戦自体が無茶苦茶なものだということに今更ながら気づかされた。

 今までは気づかないようにしていただけなのかもしれない。

 デスサッカーの戦闘力は身に沁みている。プロフェット粛清戦の際、完全な奇襲であったとはいえ成す術も無く撃破されてしまったのだ。それを今一人で追いかけているのだ、正気の沙汰ではない。そもそもこんな無茶な作戦を立案し実行するキサラギ自体どうにかしている。

「それにしても……どこまで行くつもりだ?」

 ファランクス及びストレートウィンドBとデスサッカーが交戦していた地点からはもうかなり離れてしまっている。既に三〇分以上は追いかけっこを続けていた。基地の遠くでグレイトダディは一人だけでデスサッカーを追い続けている。神経が磨耗し始めていた。

 基地は混乱から立ち直りきれていないのか通信回線は混乱しているまま、本当の意味でグレイトダディは一人でデスサッカーを追う。地形は徐々に変わり始め山岳地帯になりつつあった。なるほど、ここならば隠れられる場所も多いだろう。デスサッカーは追跡されていることに気づいているのかいないのか分からないが、長時間追跡すればするほど気づかれる可能性は高くなる。

 山岳地帯方面に逃走したというデータを得られただけでもマシということにしておくべきか。作戦の完遂が困難な状況下ではやはり妥協が必要だ。特にこの作戦においてはグレイトダディが生存しデータを持ち帰ることが最優先事項である。いわゆる現場の判断というやつでどうとでもなる状況であった。

 デスサッカーが突如、反転し攻勢に出ても対応が出来るようスピードを落として静止させ徐々に後ろへと下がる。念のために行った行動であり、おそらくデスサッカーは気づいていないだろう。

 実際はそうでなかったということにグレイトダディは直後、気づかされた。デスサッカーの肩が動いたと思えば、次の瞬間には鉛の雨が降り注いできたのだ。衝撃が襲う。距離があったこともあり威力はその分減殺されているものの、足を止められてしまう。

 この時間の間にデスサッカーはオーバードブーストにより距離を詰めている。まずは距離を取らなければと、態勢を立て直しながらライフルを放つ。デスサッカーは止まらない。バーストライフルは三連続射撃を行うため通常のライフルよりも瞬間火力は高い、一撃で仕留める事は出来なくとも直撃させれば動きを阻害することぐらいは出来るのだ。

 デスサッカーの脚部はフロート型。地に足を付けている他の脚部と比べれば安定性が悪い。にも関わらず白い悪魔は止まらなかった。パイロットの技量が良いのか、それとも脚部の性能が優れているのか。どちらにせよグレイトダディが窮地に陥ったことに違いは無い。

 せめて愛機ファミリアガーデンであったのならば、と思ってしまう。不慣れなフロート機体に加え機動性と索敵性能を追及した機体であるため操縦がしづらい。二脚を愛用していたグレイトダディは未だフロートに慣れてはいなかった。

 デスサッカーの肩から巨大なエネルギー弾が放たれる。構えている間に回避行動を取っているため当たる事は無い。だがデスサッカーの狙いはそれではなかった。ランナーの背後の地面に直撃したエネルギー弾は猛烈な爆風で機体の姿勢を崩すと共に、前へと機体を流す。そこにデスサッカーが迫ってくる。

 左腕のブレードを振って光波を放つ、直撃するがデスサッカーにダメージは無い。続けてライフルを撃つために構えるが、右腕が切り落とされた。もう一度ブレードを振りに行くが、次は脚部がエネルギーライフルによって破壊され姿勢が崩されOSの判断により攻撃がキャンセルされる。

 絶望を感じた。どうあってもこの状況から逃げ出す術を思いつくことが出来ない。デスサッカーの左腕がランナーのコアパーツから装甲を引き剥がした。コクピットから機械的な明かりが消え、太陽の光が差し込む。デスサッカーの頭部とグレイトダディの視線が交わった。思わず手で顔を覆う。

 その手は震えていた。

 目の前にあるのは逃れようの無い絶対的な死である。あまりにも現実味に溢れており覚悟しようにも出来ない。

「データ……シュウ、シウ……カイ、シ……」

 デスサッカーのコアパーツの一部が動いた。誰も見たことの無いデスサッカーの内部をグレイトダディは目にし、金切り声を上げる。名状しがたい程におぞましい光景がそこにはある、頭ではなく脳の奥底に秘められた原初の本能が理解していた。何故デスサッカーを誰も倒せないのか、理解してしまう。

 全身が震える。歯の根が合わず、知らない間に泣いてしまっているのだろうか視界が滲み出している。ぼやけた視界の中で己に向かってくる幾本ものコードが見えた。それらの先端には小さく鋭い針が何本も生えており、電流が流れているのか青い火花が飛び散っている。

 これから起こることを予想しデスサッカーに対して背を向けて逃げ出そうとした。しかし逃げ場は無い、グレイトダディの背後にあるのはシートの背もたれだけ。それでも逃げようと背もたれをかきむしる。

 首筋に鋭い痛みを感じた瞬間、グレイトダディの意識は落ち二度と覚醒することは無かった。


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 キサラギからの依頼を終えているのだが、日付が変わってもマッハは解放されなかった。予想外の事態が起こってしまったため、また不測の事態が起きた際に対処するためということで急遽契約が延長されたのだ。その分、破格の報酬が入ることになったため結果としては良いのだが宛がわれた部屋で待つだけというのはマッハの性格上耐え難いことではある。

 部屋の中にあるのはテレビとベッドだけで、一つしかない小さな窓は何も見えない。外には明かりが付けられておらず、雲が出ているのか月や星の明かりも無かった。指揮系統が破壊されてしまった基地内は混乱がまだ続いており、廊下に続く扉の向こうは騒がしいままだった。

 時々、漏れ聞こえてくる声によればデスサッカーの追跡に出たグレイトダディが帰還してこず、また通信も出来ない状態にあるらしい。マッハもそうだが誰もが撃墜されたことに気づいているだろう。でなければグレイトダディほどの人間が予定時間を超え、尚且つ連絡も寄越さないということはありえない。

 MTによる捜索部隊が二時間ほど前に編成され出撃しているが、帰還したという情報は聞こえてこなかった。これには流石のマッハも不安を覚える。今まで起きていなかったがデスサッカーが再度襲撃してくる可能性も思いついたのだ。それ以外にも他企業が狙ってくる可能性がある。

 ミラージュ、クレスト、プロフェット以外にもエリア・オトラントの権益を狙っている企業は多い。三大企業の中ではキサラギの装備は他と比べ劣っている。ならばこれを機に狙ってくる企業がいたとしてもおかしくはない。

 頭を掻き毟ってから溜息を一つ吐くと着たままになっていたパイロットスーツの襟元を正した。襲撃の可能性があるのならばここにいては対応が遅れる可能性がある。強敵との戦闘の後で体には未だ疲労が残っているが、戦いこそがマッハの仕事であり生きがいであるため苦であるとは感じない。

 廊下に出て格納庫に向かっていると先ほどよりも基地内が一層騒がしくなっていることに気づかされた。度々、走ってマッハを追い抜かして格納庫へ向かう軍属や社員と思しきスーツ姿の人間までもが急ぐようにしている。考えられるのはグレイトダディが帰還したか、もしくは最悪の状態で発見されたかの二つしかない。

 ただ彼らの表情を見ていると恐らくは後者なのだろう。格納庫についてみれば推測が真実であったことが明らかになり、思わず溜息が出た。

 格納庫の中央には脚部と右腕を破壊された、グレイトダディの乗っていたフロートACが置かれている。コアパーツの損傷も激しいようだがコクピットのある辺りはブルーシートで覆われているため程度は分からないが、状況からして無残なことになっているはずだ。その時の状況が分からない以上なんとも言えないが、直接コクピットを潰されるなどしたのだろう。でなければブルーシートを被せるようなことはしない。

 グレイトダディの戦死は間違いなかった。この基地の指揮系統がさらなる混乱をきたすことは明らかであり、マッハがキサラギから解放されるのは明日以降になるだろう。契約で定められた時間以上に拘束されたことを根拠にしさらに報酬を上乗せしてやろうと考えながら部屋に戻ろうとした。

 通路の向こうから息を切らせながら走ってくるイズモの姿が見える。既に状況を聞かされているのだろう、瞳には涙を称え口元が引きつっていた。

「ダディ! ダディ!」

 グレイトダディの名を連呼しながらイズモは死体袋へと駆け寄るが、周りにいた整備員達が慌てて彼女を止める。それでもイズモは名前を呼ぶことを止めようとせず、羽交い絞めにされ涙を流しながらグレイトダディの名を叫び続けていた。

 辺りの空気が一瞬で重くなったことを感じる。壁にもたれながらマッハはじっとその光景を眺め続けていた。あくまでもただの傭兵であるマッハにとってもグレイトダディの戦死は大事であるが、キサラギのそれとはまた違う。キサラギの誇る重要な戦力の一つがなくなったことにより情勢が変わることは必須だ。

 もっともキサラギの誇る最高の戦力とは他企業とは一線を画している技術力を保持していることであり、それが他への抑止力として働いている。でなければ軍の規模が三大企業の中で最も小さいのにここまで生き延びていることなどできはしない。問題があるとするならば、バルカンエリアで行われた昨年のインディペンデンス紛争後期のこと、三企業が共同戦線を張った時にどれだけ技術漏洩しているかだ。

 キサラギとて長年生き残っている老獪な企業であるだけのそのあたりのセキュリティは万全だろうが、もし重要技術が漏洩していたのならばこれはエリア・オトラントの勢力図を覆す出来事になることは間違いない。

 エリア・オトラントの情勢は安定から混迷へと移り変わりつつある。歴史の一場面に立ち会えるかもしれないという期待と、混乱の中から生まれるさらなる争いのことを考えるとマッハの胸は高鳴った。


搭乗AC一覧
ストレートウィンドB(マッハ)&LE005c002zw00Ewa00s0E42woa29Y1ewws0sd34#
ファランクス(イズモ)&Lw00542w05M003w00a00092wAa1Fb41g000qF3q#
ランナー(グレイトダディ)&LA0054E002w003Gw0000092wA0HFwvfx8w0101t#

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