『L'HISTOIRE DE FOX SS』
 -窮鼠なりえれば猫をも屠るか?(前篇)-

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 近頃のエリア・オトラントで広がり始めた話がある。それはネットから広がり始めた話であり、何処にでもありふれているような怪談話、寓話の類だった。オトラントのある場所の森林には地下に希少鉱石あるらしく、その影響も有り通信障害がおきやすい地形であった。そこは過去にプロフェットとミラージュ双方の抗争が開戦したころに血で血を洗うといわれるほどの激戦区だったという。

 森には様々なACやMT部隊が投入され、プロフェットが撹乱のために使用した強力な散布型ECMの影響で戦闘が困難になり抗争が一時停滞し始めた頃には数え切れない残骸が発見された。犠牲になった兵士の数など数えられないほどだという。

 お互い、戦力消耗もあってからか偵察部隊による散発的な小さい戦闘のみが起こる日々の中……森に向かったはずのミラージュ部隊が行方不明になるという事件が発生する。おそらくはプロフェットの部隊により奇襲を受けたのだろうと考えたミラージュ上層部は更に調査隊を差し向けたが、その部隊でさえ、森に入ると通信が途絶え消息を絶ってしまったのだ。

 このとき、プロフェットも森に向かったはずの偵察部隊が同じうように消息を立つという事件が起こっていたことはその後大分たってからわかったことだった。そんなあるとき、調査に向かったミラージュ部隊の一人が奇跡的に生還したのだ。プロフェットに保護された彼は極度の空腹に疲労、脱水症状から極限の状態であったが休むことなく、震えながらずっとこう話していたという。

『ゾンビACが俺たちの部隊を切り刻んだ…。』

 更に事情を詳しく聞くと偵察部隊は文字通り『継ぎ接ぎのACに襲われて、味方のMTはレーザーブレードで切り刻まれた』というものだったという。そのACはMTのパーツまで使用され、何度攻撃しようが倒れずに襲い掛かってくる。まさにゾンビだ……。後に生還した彼の情報どおりの地点には偵察に向かったはずのミラージュMTやプロフェットの部隊MTがバラバラになって転がっていたという。

 その男はその後行方不明となり、それを境に偵察部隊が行方不明になるという事件もピタリと止んだ。一部では生還した彼が気でも狂って味方を襲う、自分は被害者のフリをして生還したのだろうという噂まで流れたが、更にクレストとキサラギ双方のエリア・オトラントへの進行という事態に忘れ去られていった……。

 これでこの事件は幕を閉じたはずだったが、今になってその話が出てきたのには訳がある。それはまた、その森でクレストやキサラギの部隊が行方不明になるという事件が起こったからだ。そしてそれは、あの事件を知る者たちのまでささやかれた……『ゾンビACの復活だ』と……。


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「……なんだ、そいつは?くだらねぇ。」

 喫茶店ガジェットのカウンターに座っていたヴァルプリスは面白くもなさそうな顔をしつつ、ぬるくなり始めていたコーヒーの残りを一気に飲み干す。

「あれ?面白くなかった?昨日せっかくネットで探してきた話なのに。」

「……またそんな事で夜更かしなんかして……だからルナは毎朝自分で起きられないんですよ。」

 ヴァルプリスから右側の席に座ってハンバーグを頬張っているルナは残念そうに肩を落とす。先ほどまで彼女が話していた『ゾンビAC』なる話はネットで広がり始めたものなのは自分でも知っているものだった。ヴォルフの代わりに店番をしていた自分は磨いていた食器を棚に戻すと空になったヴァルプリスのカップにお代わりのコーヒーを注ぎ、ルナにも砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーを差し出す。

「ありがと。でもひどいなぁヴァルプリスもソイルも、二人揃ってくだらないとかそんな事とか。面白いと思うんだけど。」

 コーヒーを受け取った彼女は思いのほか受けが悪かった様子に頬を膨れさせつつコーヒーを一口。しかしまだ彼女にとっては砂糖が足りなかったのか、軽く舌を出して苦そうな顔をすると更にシュガースティックを取り追加しつつ。

「怖い話が面白かったら駄目だろ。ってか、そんなもん出鱈目に決まってんだろうが。ガキじゃねぇんだから信じんなっての。」

 ヴァルプリスはまた呆れた様子でコーヒーを飲みつつ。子ども扱いされたことにルナは怒ったように手に持っていたホークを振り回すが彼は軽い様子でヒラリとかわす。確かに彼の言うとおりだ。ここまで聞いてみれば、どこかの誰かが考えた作り話がネットで広がっただけという感じだろう。少し前にプロフェットに対する各企業の粛清による戦闘が行われたこともあって、尚こういった作り話は広がりやすくなっていただけかもしれない。少し考えれば子供人だってわかるようなものだが……一人、様子のおかしい人物がいた。

「え〜、絶対本当だよ。ねぇ、クフィーもそう思うでしょ?」

「……ぇ、ぁ……そ、そうか?単なる作り話…く、くだらない冗談だろう!」

 ヴァルプリスの左側の席に座っていたクフィーはルナの問いに何処か慌てた様子で返事をしてきた。先ほどまでぼーっとしていた、というより何か考え事でもしていた様子だったが……どうも様子がおかしく。飲みかけのコーヒーを取ろうと伸ばした手も微妙に震えているようだった。

「クフィー、なんか変だぞ?……さては大の大人が今の話でびびったとかか?まさかそんなこと――」

(ガチャンッ!?)

 冗談交じりで、どこかクフィーの様子をからかうようにしていたヴァルプリスの言葉を遮るように店内で何かが割れる音が響く。てっきりルナが誤ってコーヒーカップでも落としたのかと見てみたのだが、その様子はなく。代わりに割れたのはクフィーの持っていたカップのほうだった。床に落ちたそれは見事に真っ二つにわれ、黒い中身を床にぶちまけている。

 クフィーのほうはといえばなにやらカップを落とした体勢のまま固まっていて、更によく見れば肩が震えている。ヴァルプリスの冗談に怒ったのか?とも考えたのだが、その様子はなく黙ったままの彼女。

「…………。」

「……え、えっと…クフィー?」

「どうしたの?」

「……ま、まさかとは思うけど……お前、マジで怖がって――」

「っ、そんなことあるかぁ!!!」

 ヴァルプリスの言葉を必死で否定するように、彼の肩をつかんでがくがくと揺らすクフィー。目にはうっすら涙が浮かび、顔は赤く、そこまで必死だと判らない人のほうがいないだろう。確実に怖がって、ついでにいえばそれがばれそうで恥かしいのか顔を真っ赤にしている。

「おわ、たたっ!?や、やめろばか、ゆらすなぁっ!?」

「わ、私は怖くなどなにゃいぞ!?な、なにゃ、何がゾンビかぁ!!ひ、非常にくだらにゅことだ!!!」

「うわ、クフィー声が裏返ってるよ。」

「……よっぽど苦手なんですね、こういう系統の話。」

 凄い速さでつかまれた肩が前後に揺らされヴァルプリスは目を回しそうになりつつ、そんな様子をルナと自分は二人で眺めていた。すると丁度入り口のドアが開く音がし、来店を知らせるベルが綺麗な音色を立てる。入ってきたのはヴォルフだった。

「ただいま〜……って、何だこの状況は?」

「う、っ、ヴォ、ヴォルフてめっ!?人に話があるって呼び出しといて何処行ってんだよ!!って、いい加減揺らすのやめろクフィー!! うっぷっ……。」

「ああ、ヴァルプリス。予想より早く来てたのか、悪かったな。……今のクフィーが泣きそう顔でお前を揺らしてる状況が非常に気になるが、まぁ、いいか。仕事の話するぞ。」

 何とかクフィーの手を振りほどいたヴァルプリスは気持ち悪くなったのか、顔を白くしつつ口元を手で押さえた。それもそのはず、アレだけ命一杯に揺らされれば誰だってそうなる。クフィーはまだぶつぶつと『違う、そんなはず無い』とか呟きながら赤い顔で下を向いてしまい。そんな様子をさぞ楽しそうに眺めているヴォルフはカウンターに入っていくとしたからノートパソコンを取り出した。今日ここにヴァルプリスがいるのは他でもない、今から説明する仕事にヴォルフが協力を依頼したからだった。

「今回仕事を依頼するのはある森の偵察ミッションだ。行方不明になったMT部隊を察して欲しいそうだ。」

 ヴォルフが切り出した話、それは今さっき聞いた『ゾンビAC』の話に似ているものだった。それに対してピクン、と一瞬背筋を伸ばすクフィー。

「まだ正式に発表はされていないけどな、クレストの物資輸送部隊がある森を通過中に通信が途絶えてしまったらしい。MT部隊も護衛についていたが、最後の通信では全機撃破されたのを確認している。調査隊を送ろうにも状況がわからない上に森の影響で位置も大体しかわからないそうだ。」

「それで今回俺が?そんな面白くなさそうなミッションやる気おきねぇな。ソイルやルナとか、頼める奴はほかにもいるだろ。」

 捜索という単調な任務だけにヴァルプリスはどこかつまらなそうな顔をする。確かにランカーランク一桁ほどの実力である彼が受けるには余りにも値しない任務に見える。

「いえ、私のACは今オーバーホール中です。ルナはこの前のミッションで中破させちゃって今は修理中。リザは知り合いの用事があるために受けられないとのことでした。」

「ってな訳で、ヴァルプリス。お前とクフィーにお櫃が回ってきたって訳だ。」

「へ……?クフィーもってなどういうことだ?」

「ああ、今回のミッションは最初にクフィーが受けたんだが。急に僚機が欲しいって言い出してな。んでソイルたちは無理だから、知り合いのお前に頼もうって訳になった。」

 そこで全て理解しただろう、自分が呼ばれただけではなくクフィーまでここにいる理由を。つまり彼女はあの噂と同じような状況に心細くなって自分を呼んだのか、ヴァルプリスはそう考えると横にいるクフィーに顔を向ける。彼女はこちらを見上げて、いつの間にかぎゅっと服の裾をつかんでいた。しかも顔は睨むような鋭い目の癖に涙で潤んでいて、「受けてくれないと泣くぞ」といわんばかりの目をしていた。

「あ、アホかお前?!んなくだらないこと信じて一人でミッションできねぇレイブンがいるか!!ってか、一回ミッションで一緒になっただけで知り合いってほど知り合いでもねぇし!?」

 さすがにそんな理由で仕事を請けるほど暇でもなく、ヴァルプリスは呆れたように大きな声を上げる。だがいつもの頼もしさを思わせる調子などどこかへ飛んでしまったのか、涙目に顔を赤らめ必死になっている女のこのような様子丸出し彼女は上目使いに見つめたまま、一向に裾から手を離そうとしない。

「……ぁ……あぁ、ああぁぁぁ〜ッ!っ面倒くせええぇぇ〜〜〜ッ!!」

 この状況に逃げられないと感じた彼が苛立ちにまた声を上げる。かくして二人揃っての捜索任務は不安と、不安と、不安と……不安ばかりのものであった。


あとがき

今回はクフィー編SS。タイトルは『窮鼠(きゅうそ)なりえれば猫(びょう)をも屠る(ほふる)か?』と読みますが、いうまでもなく適当。(えぇ
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