『STORM VANGURD』
 第五話 炎の再燃

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 誰もいない古びた教会で一人、ステンドグラスから降り注ぐ弱い光に照らされた木製の十字架に手を組んで祈りをささげている人物がいる。修道服に身を包んだ彼女が主の祈りをささげ呟く言葉はとてもどこか歌のように綺麗な流れを持っていた。

「天にまします我らの父よ 願わくは み名をあがめさせたまえ み国を来たらせたまえ み心の天に成る如く地にもなさせたまえ 我らの日用の糧を今日も与えたまえ 我らに罪を犯す者を我らが赦す如く我らの罪をも赦したまえ 我らを試みに遭わせず悪より救い出したまえ 国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり アーメン……。」

 全ての祈りを終えたのと同時のタイミングでピカッと、外が一瞬光った。その数秒後、遠くから聞こえた雷鳴が教会の窓ガラスを震わせる。十字架を照らしていた光はゆっくりと弱まり、だんだんと雨がふり屋根を叩く音が聞こえ出す。彼女は顔を挙げ、雨に濡れ始めたステンドグラスを見た。そこには神の母、マリアを思わせるものが描かれている。

「……聖母マリア…。」

 自分のレイブンネームにもなっているその名を自然と呟くと、教会のドアが開く。そこへ入ってきたのは黒いスーツを着た男だった。そのイメージを一言で表すならば、一昔前の本にでも出てくるギャングのような格好といえばわかるかもしれない。黒のスーツに黒のシャツ、さらに黒いソフト帽を被っていて、ネクタイだけが血のように赤かった。口に銜えたタバコを携帯灰皿に突っ込んだ男は入り口側の長椅子に足を組んで腰を下ろす。

「……今日は当教会に何か御用で…?」

 マリアはゆっくりと振り返ると男を見る。男の表情は前寄りにかぶったソフト帽のおかげで半分ほどしか見えないが、口元には小さい笑みを浮かべているのがわかった。

「外はひどい雨だから少し雨宿りだ……マリア・マグダレナ。」

「……ご用件が無い方はお帰りください。」

「はっは、そう怒るなよマリア。……仕事を持って来てやったんだ、罪深い大鴉に救いをもたらす、な。」

 どこかふざけた様子の男にマリアは奥へ入っていってしまうとしたが、次に男が口にした言葉に足を止めた。

「……罪深いものは、何人ですか?」

「さぁな。相手の出方しだいだが最大4人だろうな。チームヴァンガードって連中だ。」

「ヴァンガード……そうですか。あの…。」

「……知っているのか?」

 マリアが小さく口元に笑みを浮かべながら男に振り向く。その表情はまるで聖女のような優しさを持っているようであったが、唯一つだけ、そうで無い部分がある。

「ええ、以前お救いすることが出来なった、彼女のいるチームです。」

 まるで濁った水のような目だけが、狂気を思わせるような色を見せていた。


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 窓の外では振る雨に濡れるのを嫌ったカップルが足早に屋根のあるところへと走っていく。それをぼんやりと眺めていたセキレイは軽く頭を小突かれる感覚にハッと我に帰り。

「ちゃんとフェイの話聞いてるか?セキレイ。」

「ぁ、ごめん、トバルカイン。……で、なんだったっけ?」

「……やっぱり聞いてなかったのか。仕事だよ、仕事。今度の仕事は2つあるから、そのどっちにいくのか聞いてるんだよ。」

「……もう一度、最初から説明する。」

 フェイは小さくため息をつくとノートパソコンの画面をセキレイのほうだけに向けて話を始める。つまり自分以外は仕事の内容を理解しているということなのだろう……。映し出された仕事は二つだった。

 一つはミラージュ資源基地の防衛任務。これ自体は難しいことはない、近日中に襲撃を計画している独立勢力の情報を掴んだため、その排除だ。もうひとつはあるレイブンの襲撃任務だ。ターゲットはランク28thのセクトレアセアという人物であり、彼の愛機フィクサーは遠距離戦を主体とする中量ニ脚タイプ。そのため、こちらのミッションには既にスティルが当たることは決定事項となっているようだ。

「……じゃあこっちの防衛任務のほうをうけるよ。遠距離戦だと、私のレヴァンテインは逆に足を引っ張ることになるし。」

 確かに接近戦主体のレヴァンテインでは遠距離戦主体のフィクサーの相手は難しいだろうが、それよりもセキレイは自分でАCとの戦闘を自然と避けているのかもしれないとおもった。多分原因はこの前のアリーナ戦、マリア・マグダレナとのことがまだ尾を引いているのだろう。自然とうつむいてしまったセキレイを見ていたトバルカインが少し考えるように顎に手を当てると、口を開く。

「じゃあ俺はセキレイと防衛任務のほうにいく。いいだろ?フェイ。あんたならどっちに行ったって問題なくこなせるだろうしな。」

「……ああ、問題ない。ではこれでミーティングは終る。各員準備が出来次第任務に向かってくれ。」

 事が終れば直ぐにフェイは席を立った。それに続く形でスティルも立とうとした。いつもだったらそのまま何も言わずに彼女も出て行くのだが、今日はトバルカインのほうに振り返った。

「……いいのか?トバルカイン。」

 何かを言おうとする、その表情には珍しい不安の色が見えた。だがトバルカインはそれを遮るように、静かに首を振り。

「かまわねぇよ。自分で決めてることだからな。」

 いつも通りの笑みを浮かべるトバルカイン。スティルはまだどこか納得していない様子であったが、頷くと席をあとにした。多分スティルの心配は自分のことなのだろう。セキレイは小さくそう思うと少しだけ胸が痛かった。やっぱり自分はこのチームにおいて不相応なのだろうか…。トバルカインも、スティルも、フェイも、皆一流のレイブンだというのに…。自分だけがそうではない…。

「……おら、何まだ下向いてんだセキレイ。さっさと行くぞ。」

 またセキレイは頭を小突かれる感覚に顔を上げる。もちろん小突いたのはトバルカインだ。

「ぁ、うん。そうだね、ちゃんとフェイがいってた通り、早く準備していかないと。」

「ば〜か、ちげぇっての。これから行くのはACガレージじゃねぇ。」

「……え?」

「俺とデートだ、デーェート。」

 一瞬止まるセキレイの思考。しかし、その時間はそれほど長くなく。

「…………ぇ、ぇえええぇぇ〜〜〜〜っ!!?」

 どこか調子ずれした声をあげるとトバルカインは有無を言わさないかのごとく、セキレイの手を掴んで歩き出す。彼には珍しいどこか強引な感じではあるが、引っ張られた手は強すぎて痛いわけではなかった。むしろまだ状況を理解できないでいるこちらにあわせて歩くスピードは普通よりもゆっくりなくらいだった。

 外に出れば先ほど降っていた雨は通り雨だったのか、ちょうど終わりを迎え、止んだ直後だった様で。トバルカインが最初に目指したのは公園のアイスクリーム屋だった。そこで手を放したかと思えば、トバルカインは適当に数種類のアイスを3段重ねで注文し、雨でお客が来ずに暇だった店主は直ぐに笑顔で準備を始める。

 セキレイはといえばその間ただポカンッと呆けた様子で眺めていた。いきなりデートって一体どういうことなのか?まさか以前より自分のことをトバルカインは好きだった?いや、それは……ないとは言い切れないけど、かなり低いと思った。彼は女性が好きであって、個人の女性を愛さない自由愛者だと以前自慢げに話していたし…。

 じゃあ何でだろうか……なおもあーだこーだと理由を考え、首をかしげるセキレイだったが眼の前に差し出された3段重ねのアイスに驚いたように顔を引き。

「ほら、食えよ。ココのアイスうまいって話だぜ。」

 彼はミントやチョコらしい3段アイスを口にしつつ、いつも通りの笑顔を浮かべている。セキレイはオズオズとアイスを受け取ると、口にする。一番上にのってるアイスは苺のアイスらしいが、確かに美味しかった。

 ジャム状になった苺の果肉と、薄赤く色がついた苺味のアイス。その二つが程よいバランスで混ざり合いつつ、苺のちょっとしたすっぱさが甘さにちょうどいいアクセントを与えている。

「ほんとだ、これ美味しい。」

「だろ?ま、俺も知ったのはココ最近なんだけどな。」

「また女の子に教えてもらったの?」

「いや、これは自分でためしに食べてみて探した味だ。まぁ、目的はお前の思うとおりなんだけどな。」

「トバルカインは相変わらずだなぁ。」

 笑みを崩すことなく、堂々と女性を口説くためと言い切る彼に思わずこちらも笑みを漏らした。それを見たトバルカインはようやくか、っと言う様子で小さく笑みを浮かべたままため息をつき。

「ようやく笑いやがったよ…。ったく、この頃ずっと笑わねぇからさすがに心配したっつの。まだこの前のこと気にしてるのか?」

「……ごめんね。」

 せっかく戻った笑みはまたどこか無理のある苦笑へと戻ってしまい、それを見たトバルカインもまた表情を曇らせる。以前のこと、アリーナでのマリア・マグダレナとの戦闘と最後に彼女が言った言葉。アレから数日たつというのに、あの出来事はいまでもセキレイの中で引っかかっていた。

 うつむいてしまったセキレイに、トバルカインは次の瞬間思い切りセキレイの頭を手のひらで強めになで上げ。

「あんなもんはそれぞれのレイブンとしての考えと、心がけみたいなもんだ。……セキレイ、お前は死なないようになりたいのか?それとも負けた仕返しをするための力が欲しいのか?」

 セキレイは彼の言葉にゆっくりと首を振る。

「俺が知る限り、知り合ったときにお前が言った言葉はそんなもんじゃなかったぜ。」

「……私は、あの人みたいになりたいんだ。強くて、カッコいいレイブンに。」

「ならそれでいいじゃねぇか。」

 トバルカインが残っていたアイスを全て食べ終わると、最後に残ったコーンを手のひらで潰す。そういて粉々になったそれを適当な場所にまけば、たちまち鳩が集まって来た。気がつけば雲の切れ間から明るい日差しが差し込み、公園を照らし始めている。

「周りのことになんて目を向ける余裕もねぇ新人レイブンなら、ただ真っ直ぐに自分の向かいたい方向向いて歩きゃいい。疲れたなら下を向いて休め、やる気があったら上を向け、ただ自分の歩く道を見失わないように前を向くなら、それでいい。」

 雲の隙間から差し込む光を見上げると、眩しさにトバルカインは眼の前に手をかざす。その光はだんだんと広がりつつセキレイのほうへと伸び、何時しかセキレイも光の中にいた。

トバルカインと同じように空を見上げたセキレイは、溶けかけた残りのアイスに口をつけると一気に食べてしまい。途中冷たさに少し頭にキーンと痛みが走ったが、それを我慢するように目を閉じつつ、先ほどトバルカインがやったのと同じようにコーンを砕いて鳩の居る方へと撒いた。

「それはトバルカインの経験からの答え?それとも、誰かに教えてもらったの?」

 彼の横に移動して、顔を覗き込むようにして問う。もうセキレイの顔には、先ほどまでのどこか不自然な笑みはなくなっていた。変りに、いつも通りに近い笑みが浮かんでおり。

「俺の経験、っといいたいが、こいつはある人の教えだ。」

「へぇ。誰の教え?」

「……ACフレイムンホークのパイロット。ロイの言葉だ。…お前があこがれたって言う、あのレイブンだよ。」

 そこで出た名前に、セキレイは驚いた表情を浮かべる。当たり前だ、ココで出てくるとは思わなかったから。トバルカインのほうはといえば、何かを思い出して気恥ずかしそうな苦笑を浮かべ。

「トバルカイン……知り合いだったの?」

「俺がまだ新人レイブンだった頃、お前みたいに連続でボロ負けしてな。才能無いとか、周囲に八つ当たりしてたころに世話になった。会うなりあの親父、思いっきり拳で殴り飛ばしやがって……そんでなんて言ったと思う?」

「……甘ったれるなとか?」

「そんな熱血な台詞じゃなかったな。……俺の血のついた拳の親指立てて、笑顔で『俺と酒を飲め』だ。まぁ、最初はただの頭がおかしい親父かと思ったが、強引に酒飲まされて色々話たら自分がどれだけ甘かったか再確認させられた。あのころは若かったなぁ……ロイは俺にとって、まぁ、ある意味師匠みたいな人だった。」

 懐かしさと、自分のことを少し恥かしそうに話す彼は少し赤くなった頬を指でかく。ソコまで話すとトバルカインはゆっくりと歩き出した。

「まぁ、昔話はこんなところだ。余り話すと俺の若い頃の失敗話が出てきて、恥かしいからな。それに、そろそろ準備しねぇとレニがミッションスケジュールが狂うとか、五月蝿いし。」

「トバルカイン!…一つ、お願いいい?」

 彼の背に向かってセキレイが声を上げれば、彼は立ち止まって振り返る。

「もし良かったら、このミッション終わった後に教えて欲しいんだ。ロイさんと、トバルカインのこと。」

 トバルカインは笑みを浮かべると親指を立てて答えた。

「……上等の酒でも傾けて、ベットの中でよければな。」

 その答えに少しだけ顔を赤くしたセキレイだったが、いつも通りの笑みを浮かべると彼と同じように親指を立てた手を突き出した。


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 五月蝿いヘリのローター音と振動、それにゆられること1時間。ようやく目的のミラージュ採掘基地に到着しようとしていた。大型ヘリの下にぶら下がるように固定されていたレーヴァテインの中でセキレイは大きく息を吐いては、また吸い込む。ゆっくりとした深呼吸で自分を落ち着かせようとするが、なかなか治まる様子はない。

 そういえば整備士の徳さんが手に『人』という一字をかいて飲み込むといいといっていたっけ?そんなことを思い出すと早速やってみようとするのだが……『人』一字とはどう書くのだろうか?多分徳治の生まれた国の言葉何だろうが、それをセキレイがかけるわけもない。

 仕方なくラテン語で人という意味の『Person』と手に書くと飲み込むようなフリをする。果たしてこんなもので効くのだろうか?落ち着くかどうかはともかく、少しだけこうやってあたふたとしている自分は他者から見るとおかしく見えるだろうことは確かだろうな、っと考えると苦笑が漏れる。

 そうすると、確かに先程より落ち着いたような気がした。そうだ、落ち着いて当たれば何てことのないミッションだ。自分でそう言い聞かせると機体に伝わってくるヘリの振動が変ったことに気がつく。正面モニターを見れば、そこには目的地であるミラージュの資源基地が見えるはずだったが、そこには何もない。本当に何もない荒野なのだ。

『おい、ヘリパイロット。どういうつもりだ、ココには何もない。…それに、何で高度をさげる!』

 自分の後ろに、同じような形で固定されているはずのオーランスから一般回線で通信が聞こえてくる。その声はどこか苛立っているように聞こえた。ヘリパイロットハといえば、返事はない。まだ高度を下げ続け、ついには降下高度まで下げてしまったのだ。

『おい、お前…っ、まさか……不味い、セキレイ、すぐ降下準備に入れ!!』

「え?う、うん。」

 彼に言われて急いで準備を始めたころ、スピードを緩めていたヘリの動きが止まり、その場で滞空飛行に入る。もちろん下には何もない荒野なのだが、そこでヘリはレーヴァテインとオーランスを切り離した。状況が理解できていないセキレイはさすがに焦ったが、前もってトバルカインに言われていただけ幾分か余裕があった。

 二機は地面手前でブーストを噴かすと着地し、直ぐに頭上にいるはずのヘリを見上げる。ヘリはといえば、二人を切り離せばそそくさと子のバの離脱に入り始めていた。それを見たトバルカインは、すぐさま背武装のミサイルを選択して、発射し。

「っ!? トバルカイン、これ、どういうことなの?」

『はめられたんだ、俺達は……。』

 マイクロミサイルの全てを回避できなかったヘリは、後方ローターに一発の直撃をくらい、バランスを崩してくるくると回りながら墜落していくそれを見てセキレイもようやく理解した。

『このミッションは偽装依頼だ!これを頼んだ奴の目的は俺達をココで消すために…っ! 来るぞ!!』

 トバルカインはヘリが墜落したほうへ両手のマシンガンを向ける。それと同時に、横たわるヘリから上がる黒煙を切り裂いて、飛び出してきたのは青いAC。カーディナル・シン。そのACを駆るマリア・マクダレナはモーザ・ドゥーグの如く、二人のレイブンに襲い掛かった。


あとがき

 どうも、相変わらず作業の遅いコシヒカリです。っというか、この頃からだの不調を訴えない日がないのは気のせいでしょうか。(汗
 まぁ、健康だとは思ってないので、それはいいとしましょう。

今回のお話しで最後に出てきたマリアの雰囲気を例えた『モーザ・ドゥーグ』。余り聞きなれない言葉かも知れませんが、これはアイルランドやイギリスに現れる黒妖犬です。
 土地土地によって呼び名は異なるものの、その形状は一貫して大型の黒犬であるといわれています。また、燃える様な目に、口からは炎を吐く妖精犬ではないかといわれていますが詳細は不明。残念ながら手元に大まかな資料しかないのです。(ぁ
『水に棲む馬(カーヴァル・ウシュタ)』同様に危険な妖精的存在ではないかともされています。もし機会がありましたらこちらも紹介しましょう…。ではでは。

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