『STORM VANGURD』
 第四話 狂の聖女

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 巨人達が並ぶ空間。薄暗く、天井から降り注ぐ人工光の光だけではここを完全に明るくすることは難しい。それだけここが広いことが判る。最低でも天井までは15Mはあるのだろう。しかし、それだけ大きな空間でなければここはいけない。なぜなら左右に並ぶ巨人、ACはそれだけの大きさを持った兵器だからだ。

 主が搭乗していないACたちはただその場に立ち尽くし、その周囲を忙しく作業服を着た男達が動き回っている。ある機体は細身で、いかにも機動性がありそうであり……。又、ある機体はまるで戦車のような無限軌道のひかれた車体の足を持った、移動要塞のようなものもある。

 ACと一言にいってもその姿は見ての通り様々だ。こうしてハンガーの中央にたって、その列を見ているとまるで神話に出る武神たちが並ぶ神殿のような印象を受ける。いや、ある意味本当にここは神の神殿なのかもしれない。戦場という世界を支配する、レイブンのための寄代となる、アーマードコアという武神たちの神殿……。

「お嬢チャン、ナにやってるんダ。こっちはモウ準備できてるんダぞ!!」

「…あ、うん。ごめん徳さん。ちょっとボーっとしてて。」

「オイおい、大丈夫カ?これからアリーな戦ナンだから…戦場じゃないニせよ気を抜くと怪我じゃすまないゾ?」

 どこか訛りのある、聞き取り難い言葉使いで話しかけてきているのは自分のAC、レヴァンテインを整備していた作業服姿の男だった。年齢は三十路も過ぎた頃だろう、黒い髪には白髪も少しだけ見え、日焼けした肌と深く皺の浮かんだ顔からはずいぶんとくたびれた印象を受ける。しかしその目はいまだ少年のような輝きを放っており、遊び盛りの子供のように思えるほどだった。

 彼の名前は佐竹徳治といい、チームヴァンガードのメンバー中で唯一本名を名乗っている専属整備士。珍しい名前で、生まれはどこかと前聴いたことがあるが「そんなもんどうでもいい。」の一言で片付けられてしまった。言葉使いも少し乱暴な印象が受ける彼だが、その腕前はかなり高くチームのACは全て彼の整備を最終的に受けるという。それだけ信頼されているのだろう、自分のACもしてもらうがその精度は確かに凄いものだった。まだまだ未熟な自分でも整備前と後で違いを感じるほど、いい整備をしてくれる。

「今回の相手ハかなり『キレた』女だっていうじゃネェか。まぁ、いつモ通りやりゃモンダイねぇ、レヴァンテインの整備は完璧ダ。…イッチョ派手に暴れて来イ。」

 起動キーを投げてよこす彼は気持ちのいい笑顔を浮かべて右手の親指を立てた。それに頷くと、自分はキーをしっかりと握りしめて管制ユニットへと登っていく。少しずつ慣れ始めたコックピットシートのすわり心地に操縦桿の握り心地、それを確かめるように数回体を揺すって体勢を変えつつ、管制ユニットをコアへと収納する。

 コアの前面に突き出していた部分ごと、スライドして後ろへと下がればちょうど頭部の下あたりに当たる部分まで管制ユニットがさがり、完全に外界と隔離された暗闇に包まれる。直ぐに正面モニターが淡い光を放ちつつ、起動シーケンスを開始した表示が現れ機体から響いてくる振動と起動音が感じられるようになってきた。

『お嬢ちゃン、武器を付けルゾ。』

 インカムを丁度装着していたとき、外にいる徳治から通信が入ってきた。少しだけ音量が大きすぎたか…少しインカムをピリピリとしびれた耳から遠ざけつつ音量を調整する。

「うん、お願い。」

 返事すると同時にガコンっというぶつかる音と衝撃が感じられ、正面モニターには装着されていく武装のデータが表示されていた。両背に高速型ミサイル、左腕にレーザーライフル、肩に追加ミサイル、そうして最後に右腕へ突出型ブレードが接続され、すべて問題なく使用可能になったことをCPUが伝えてくる。

『ハンガーロックを、解除すス。』

 機体を固定していたアームははずれ、完全にフリーになったレヴァンテインが一瞬ふらりと揺れる感覚。

「了解。レヴァンテイン、前進します。」

 足元に人がいないことを確認しつつ、1歩前へと踏み出す。先ほどまでの振動よりもさらに大きな振動がシートへと伝わってくるが、それは直ぐに慣性機構によって最小限に抑えられ始める。ACほどの大重量のものが動けば、その分凄い衝撃が伝わってくる。それを直に受ければ、パイロットなど一瞬でショック死できるほどの凄まじいものなのだ。

 最初こそ少し違和感を覚える衝撃も、だんだんとなれてくるころにはハンガーの端に到着していた。そこにはAC以上に巨大な扉があり、レヴァンテインが定位置に着いたのを確認されると蒸気が吹き出すのにあわせてロックバーが左右へとずれて開閉可能になる。その先には斜め上に延びるAC用のエレベーター。

 さらにそこまで前進させると、背後で扉がしまってまたロックバーが完全に開閉を制限した。同時に、足元から伸びてきたアームがレヴァンテインを又ロックすると、周囲に赤いランプが灯りゆっくりと上昇を始める。そのスピードはAVが重いためかとてもゆっくりであり、どこかじれったく感じられた。

「…速く上までつけばいいのに。」

 ドンドンと高まる鼓動に、ついつい小さくそう呟く。自分はこういう緊張が高まる一瞬が苦手だった。つい不安が生まれ、そこから焦りや恐怖まで生まれてくるから。だがそれも思っていたより長くは続かなかった。エレベーターが上がりきると通路よりも明るい照明に照らされた、ドーム状の広い空間にでたのだ。

 ガコンっと、エレベーターが停止する一瞬の衝撃の後ロックが外され、今度こそ完全にレヴァンテインは自由になる。数歩、指定された位置まで前進されたところで、自分とは反対側の位置に立っている青いACが見えた。今回の相手、マリア・マグダレナの駆るカーディナル・シンだ。アリーナで公表されている情報や映像を見る限り相手の武装は速射性に優れたマシンガンやチェインガンといったもので構成された中量二脚タイプ。

 一撃の火力こそ低いが集中弾をくらえばその瞬間火力は充分な攻撃力を持っているはず。しかも自分より1歩下がった近距離での戦闘であるが故に、自分が一番レヴァンテインの性能を行かせる接近戦に入るのは一苦労かもしれない。どう間合いを詰めるべきか、色々考えては見たが結局はミサイルで牽制しつつ接近して射突型ブレードを叩き込むという、いつも通りの戦法しか思い浮かばなかった。

『レディ……ゴー!!』

 アリーナのドーム内のスピーカーと、コックピットでは映像と通信両方で開始のゴングが鳴り響く。同時にフットペダルを踏み込み、ブーストダッシュで接近を開始する。それはカーディナル・シンも一緒だったが、接近するスピードが段違いだった。ほぼ一瞬でお互い武器の間合いに入った瞬間、カーディナル・シンは両手のマシンガンを連射してくる。こちらは既にミサイルでは接近しすぎているためぬそうを切り替え、左腕のレーザーライフルで応戦を開始するがその手数は圧倒的に相手が多い。

単なるブーストでの高速移動ではない、OBを使っての突撃戦法とも言える方法で彼女は接近してきたのだ。確かにそれは接近するというだけなら有効な手だった。ブーストでは不可能な速度を叩き出すOBは相手との距離を一瞬で詰める、接近戦を主体とするACにとってそれは自分の得意とする間合いへ強引に相手を引きずり込むといってもいい。しかし、それは同時に弱点を生むことにもなる。圧倒的なスピードは制御が難しく、同時に大量に消費するエネルギーはOB終了後の行動を大きく制限されるのだ。

 自分だってそれがわかっているから、カーディナル・シンがOBを解除した瞬間に出来る限りのダメージを与えようとした。こちらにも相手のマシンガンから吐き出された大量の弾丸に、台風でたたきつける豪雨の如く装甲を叩く衝撃があるが怯まずにレーザーライフルを撃ち返す。

真っ直ぐに走ったレーザーはそのままカーディナル・シンの装甲を焦がしていくが、彼女はOBを解除しても前進をとめようとしなかった。被弾し、頭部装甲の一部が破壊され内部がむき出しになろうと、片腕を吹き飛ばされようと、背中に装備していた軽量型チェインガンの砲身が溶け落ちようと、回避などまったくせずに真っ直ぐ向かってきたのだ。

 それは勇気とか、果敢とか、そんな言葉ではないものだった。もっと違った、しいて言うなら、『破滅欲』『自殺願望』『破壊欲』……圧倒的な『殺意』。もしかしたらそれ以外のものも混じっているかもしれないが、自分に感じることが出来るのはそこまでだった。

 圧倒的な攻撃の嵐はそのまま、炎の剣を飲み込んだ……。


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 観客が帰って、人も疎らになってきたアリーナの観客席。正面にある強化ガラスの向こうには先ほどまで自分が居た『戦場』が広がっていた。そこにはレヴァンテインが仰向けに倒れ、大小さまざまな部品が床へと散らばっており、いまから作業員が回収作業に入ろうとしているところだった。それをセキレイはただじっと眺めている。今さっきまで自分が居たはずの場所、あそこで行われたのは試合なんかじゃない……命の取り合いをする戦場だった。

 頭の上辺りにあるモニターでは、先ほどの試合情況や結果が繰り返し放送されている。今日行われた最終バトル、試合時間は1分4秒、勝者はカーディナル・シンを駆るマリア・マグダレナだった。最初こそ果敢に撃ち合いをして見せたレヴァンテインは、数十秒と持たずに防戦一方へ追い詰められ、そのままAPが規定値をなくなったことで試合は終了した。

 今でも目を閉じると思い出す。非常灯で真っ赤に染まったコックピット内、正面モニターに浮かぶ『敗者』の文字。それを見ながら自分はただ唖然としていた。なにがあった?撃ち合っていたはずなのに自分が負けている?どうして?……そんな自問自答しなくたって答えはわかっている。自分が逃げたのだ。

 彼女の自分が死ぬかもしれないということをまったく考えない行動に、自分は恐怖した。相手を殺してしまうかもしれないということと、自分が殺されるということ、その二つが混ざり合って心を埋め尽くした瞬間、操縦桿を引いてレヴァンテインは後退を開始したのだ。体勢を立て直すためじゃない、ただ怖いから逃げたと、そのためだけの後退を。

 悔しさに力いっぱい操縦桿を握っていると、正面モニターに写るカーディナル・シンに気付いた。彼女まだこちらに銃口を向けたまま見下ろしている。

『……愚かなレイブン…いつか私があなたの罪も消して差し上げましょう。』

 通信から聞こえた女性の声。若い、自分に近い年齢だろうことがわかるが……どこか奇妙な印象を受けた。まるで優しさと冷酷、哀れみと慈悲、そんなものが混ざり合った声。今までこんな声は聞いたことがない。ゆっくりと額から落ちる汗がひどく冷たく感じる気がした。

「……セキレイ。」

「っ!? …ぁ、と、トバルカイン。な、何?」

 不意に背後から話しかけられた声に、はっとする。少し先ほどのことを思い出してボーっとしていたのか、何時の間にかそばに立っていたトバルカインにまったく気がついていなかった。

「顔色がわりぃぞ。今日はもう帰って休んだらどうだ?」

「え……で、でも、レヴァンテインの片付けもあるし。…それに徳さんにも謝らないと。……レヴァンテイン、又壊しちゃっ…て…。」

 無理して笑みを浮かべてみたが、やはり無理だったようだ。顔は一応笑みを浮かべても頬には汗とは違うものがこぼれる落ちる感覚があった。トバルカインは何もいわないで持っていたヘットギアを奪い取るとぽんっと、優しく手を頭にのせてくる。

「ばぁか。笑えもしねぇ奴になにができるってんだよ。……今日は帰って休め。」

「……トバルカイン……レイブンって、死ぬのこわがっちゃだめなの?」

「……今日戦ったマリアのことを言ってるのか?」

「……。」

 うつむいたまま言葉が詰まってしまった自分に、トバルカインは軽いため息を一つ落すとわしゃわしゃと、少しだけ乱暴に頭をなで上げた。

「……俺だって怖いさ、死ぬのは。…誰だって怖いさ……当たり前だ。」

「……そっか…。」

 小さく答えると頭からトバルカインが手をどける。顔を挙げ、ありがとうと出来る限りの笑顔を浮かべていうと、逃げるように走り出した。多分あのままだったらトバルカインに甘えてしまいそうになる。それは自分にとってよくても、きっと彼には重石になってしまうのではないかと思ったから……また、じぶんは逃げたのだった…。


あとがき

敗北があってこそ勝利あり、といいますか。負けを知らない人は強くなれない、といいますか。対戦で敗北率8割以上の私が言うととっても説得力薄い気がします。(ぁ
でもそれは真理だと思うのですよね。敗北を「見ている」と「知っている」とではもちろん違う。経験なくして人は得ることなど出来ないのですから。
大切なのはそれを「忘れないこと」。それすれば、10の失敗でも次は1の成功に繋がるのだから。

 最初のシーンはアーマードコアマスターオブアリーナのOP映像でながれるシーンを参考にしたものです。

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