『STORM VANGURD』
 第三話 鴉の鉤爪

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 レイブン。英語名で『渡鴉』を意味する言葉。北欧神話でも主神オーディンの斥侯として二匹の渡鴉が登場するという……。しかし、今世界に置いてのレイブンとはそのことではない。最強ともいえる機動兵器ACを駆り、金のために雇われる傭兵のことだ。

 一体誰が最初にその呼び名をつけたのか。それはまるで不幸を呼ぶという鴉のように皮肉がこもっていたのか……。それとも鴉のように自由に空を舞い、生きる姿を見てなぞらえたのか……。または、支配者である企業がオーディンのように使役する斥侯として名づけたのか……。

 その答えを知る人物などいない。それでも彼らレイブンは、この世界で羽ばたき生きている……。

―――飛 刻龍


『目標地点に到着。降下を開始する。』

 輸送機のパイロットからの通信でゆっくりと目を開けた。緊張のためか、今さっきまで思い出していたフェイの言葉にもう一度、自問自答してみる。自分はどんな渡鴉になりたいのか……。答えはずっと前から持っている。あの赤いACのように強くかっこよくなりたい、ただそれだけだった。

『じゃ、先行くぜ。』

 トバルカインの声に顔を正面モニターに向けると、丁度大型輸送機の後方ハッチからオーランスが飛び降りるところだった。逆関節、軽量の椀部や平たい頭部。そんな細身の四肢とは不釣合いに大きくてごつごつした胴体を持った奇妙なAC。ふわりと一瞬機体が浮いたかと思えば、次の瞬間ドンドンと速度を増して落下していく。

 ACは10Mほどの機動兵器であるが、その重量は見た目以上に重い。あっという間に自重で加速していく落下スピードをトバルカインは両肩のインサイドに装備された補助ブースターで緩めるとそのまま飛行した。彼の機体はこのブースターを常時使用しての飛行戦闘を得意とするのだ。

 次に飛び降りたのはスティルの4足AC、フェンリルだ。アンテナみたいな奇妙な形の頭部を持ち、背中に大型のレーダーとレールキャノンを装備したその機体は優れた索敵性能と遠距離攻撃性能を有する。オーランスほど緩やかな着地ではないが、ブーストでスピードを緩めて降り立つなり、キャノンを展開した。

『付近に敵影なし……。問題ない。』

『わかった。セキレイ、降下しろ。』

「りょ、りょうかい。」

 フェイの声にゆっくりとレヴァンテインを歩かせる。直ぐに大きく開いた輸送機の後方ハッチまで来ると、その高さに一瞬ゾっとした。実際はそれほどの高さではない、でもその単位を聞くのと実際に見るのでは印象も大分変ってくるのだ。もし着地に失敗したら?いくらACでも無事ではすまない。何より機体より中にいる自分のほうが壊れてしまうだろう。

 しかしここを降りないことには先に進まない。小さく深呼吸すると一歩踏み出した。一瞬ふわりという浮遊感、それは次第に強くなり、ついにはベルトで抑えられてなければ浮き上がってしまいそうなほどになった。直ぐに迫ってくる地面に急いでフットペダルを踏み込むとブーストが咆哮を上げ、落下スピードを緩める。ガクンっと、今度は体がその反動にシートへ押し付けられるのを耐えつつ、もう地面が眼の前まで迫っているのを見ると自然とフットペダルを放した。

 乾いた地面へと鋼鉄の赤い足がめり込み、ヒビ割らせるのがはっきり見えたような気がする。何とか着地成功……それに安堵のため息を漏らすのとほぼ同時に、背後からズドーン!と何か重いものが落ちてきた音が響いてくる。それは黒い重装ACだった。フェイのジークフリート。その名前の通り、分厚い装甲はちょっとそっとの攻撃では破壊することなど出来ないほどだ。

『全機、周囲を警戒しつつ前進する。今回はトバルカインがトップ、その後ろにセキレイがつけ。私はその後ろに、最後尾はスティルだ。作戦通り、地上移動で警備の薄い目標地点東側から奇襲をかける。…全機、Panzer Vor。』

 フェイの言葉に直ぐに動いたのはトバルカイン。彼は宙を舞いながら前方に出ると進路の警戒にうつる。本来ならその役目は前衛である自分がしなければいけないことだったが、いまだチームで動く事になれていないため今回はトバルカインがその役目をすることになっていた。自分はその後ろについて、しっかり彼の動きを学ばなければならない。さらにその後ろにはフェイ、スティルが続く一列進軍の隊形で進んでいく。

 しばらくすれば奇妙に真っ二つになったような岩山がはっきり見えてきた。そここそ今回の攻撃目標のいる地点であり、その中央の割れ目のところにはMTが小さく見える。

『先制攻撃をかける、…スティル。』

『分っている…。』

 フェンリルは背中のキャノンの照準をMTに向ける。いまだ向こうはこちらに気付いた様子はなく、レールキャノンの激しい閃光は狙い違わず一体のMTを吹き飛ばした。それにきがついた他のMTたちも、反撃の体勢をとる前に次々と両手に持ったスナイパーライフルに狙撃されて倒れていく。まったく容赦も躊躇も無い。撃ち出される弾丸と、光弾一発が命中するごとにそれに合わせて人の命があっさりと散っていくさまは、どこか奇妙な美しさが見えた。

『敵襲!? 敵襲だぁ!! 応戦しろぉ!!』

 さすがに後方にいた敵はことの情況を理解したのだろう、完全に反撃可能な体勢をとるとMTのライフルやバズーカで反撃してくる。しかしその攻撃はまだ遅い。トバルカインは真上へ、自分は右へ、スティルは左へと散って攻撃を集中させないようにする。

 しかし、フェイだけは違った。ジークフリートの持つ重装甲を盾にそのまま直進していったのだ。両肩に装備されたグレネードキャノンを展開しつつ、同時にコアに装備されたEOが切り離される。次の瞬間、先ほどのフェンリルの狙撃とは桁違いの火力が一斉に吐き出されると集中していたMTたちをそのまま吹き飛ばしていく。

 その火力も脅威ながら、もっと驚いたのはキャノンを展開しながらジークフリートは動いていることだった。本来、大口径の火器は腕にもって使用するのにはあまり向かない。その大きさと重さは椀部に大きな負荷をかけてしまうからだ。そこで、背面部分に装備することが多いのだが、そうすると今度は逆に機体バランスが後方へと崩れ、操作が難しくなる。最悪、発砲した瞬間横転することさえあるのだ。

 そのため、二足ACには大口径のキャノン砲などを装備した場合『構え』という動作が必要になってくる。片膝をついて安定させた体勢をとることで、反動に耐えられるようになるのだ。しかし、上位レイブンにはそれを必要としない者たちもいる。それは誰もが出来ることではない、平凡なレイブンを凌駕する優れた機体操作技術を持ったものだけが許されるある意味『才能』だった。

 それに相手側のMTはさらに混乱を拡大させていくなか、つい渓谷の間にあるような通路まで到達するとチーム全員はさらにまた最初と同じようなポジションに戻った。

『おっせぇってんだよ、おまえら!!』

 自分の真上を飛行していたトバルカインは吼えると一斉に両手に持ったマシンガンのトリガーを引く。豪雨のように降り注ぐ弾丸は混乱するMTたちを正確に捉え、蜂の巣にしていった。中にはその攻撃に耐え抜き、オーランスを撃ち落そうとするMTもあったが、その攻撃は発砲されるよりも早く、フェイとスティルの援護に遮られて止めを刺されていく。

「……強い…。」

 その連携に思わず声を漏らして見とれてしまった。そのために動きが疎かになっていたのだろう、こちらへ飛んできた改造重機に装備されたバズーカの攻撃を受けてしまう。その反動に歯を食いしばりつつ、左腕のレーザーライフルで応戦すると自分もその一員で、戦わなければいけないのだと自分に言い聞かせて、フットペダルを踏み込んだ。


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 眼下に見える戦場にティールは小さく笑みを浮かべていた。今彼がいるのはこの渓谷に通る通路を見下ろせる切り立った岩山の上。下で行われている戦闘との距離はそこそこあるため、いまだこちらに襲撃してきたACが気付いている様子もない。

「4機か……。あの中に俺を殺せる奴はいるのかな…?」

 誰に言うでもなく、小さく呟く。襲撃してきたACたちが中央の十字路で3方向に別れるのを見てから背を向けるとコックピットに滑り込んだ。直ぐに自分の愛機、ストリンジェンドの電源を入れると、起動システムのチェックを手早く済ませて機体にかかっていた迷彩保護シートをACの腕で強引に取り払う。

 CPUは起動されたコンバットシステムにしたがって全ての火器の安全装置解除を開始する。だがそれが完了するよりも早く、ティールはストリンジェンドを前進させた。次の瞬間、足場を失ったACは自重に身を任せて降下を開始したが、ブーストでスピードを緩める様子を見せない。

 みるみると近づく地面。そしてそこにいる暗く青い色のACをしっかり正面に捕らえるのとほぼ同時にコンバットシステムは全ての攻撃機能を使用可能にしたことを伝えてきた。思ったとおりのいいタイミング。自分はこいつとは長い付き合いだ。今ではそこらの整備士以上にこいつのことは知っている、そう言いきれるほどだった。

 こちらに気がついた遠距離型の四足ACは急いでライフルをムえようとするが、もう遅い。落下でついたスピードをそのままに、相手の真上からマシンガンで足止めをかけると目の前に着地する。同時に肩の前進用補助ブースターを起動させ、一気に間合いを詰めるとレーザーブレードを展開した左腕を振りぬいた。

 リーチこそ短いが優れた収束率で凄まじい威力を放つレーザーは、四足ACの両腕装甲をあっさりと真っ赤に熱し、溶かして切断し。宙へと舞った二つの腕が地面へと落下するよりも早くフットペダルを踏み込んでブーストと、肩の補助ブースターを使って前進すると膝蹴りの要領で展開中だったレールキャノンの砲身をも蹴り折る。

 その一連の動作は流れるようであり、とてもACの、機械的な動きではないものだった。同時に戦法としても馬鹿げている。ACで格闘戦?そんなことをするレイブンなどいるのだろうか?確かにACは頑丈だし、その動きは人間の動きをほぼ再現可能にするほどの可動面をもつ。

 しかし、同時に複雑な内部構造と精密機械の固まりでもありその耐久力は決して高いわけではない。ただの高速戦闘でさえ、時には機体に激しい消耗を強いるほどなのだ。そんなものが格闘戦などすればどうなるか、激しい衝撃で関節部分や精密部分への負荷は計り知れない。だが、ティールはそれを限界ギリギリでやってのけたのだ。それも長い付き合いである、この愛機ならではのことだろう。

 蹴り上げた体勢のままさらにブーストを噴かすと、四足のACを飛び越えるようにして次の目標に向かう。戦力比は単純に考えればMTなども合わせてこちらが上だがパイロットは所詮チンピラ、混乱したこの情況ではAC4機相手にするには分が悪い。だからこちらにACの戦力があることは隠して、個々に撃破は出来る情況が欲しかった。

 幸いこの戦場は広い。その上、渓谷状の通路は行動を制限され個々の情況把握もし難い。今漢上げれば、逆にその性でこちらのMTも混乱しているわけだが、この際もうそんなことはどうでもよかった。次なる標的、赤い二足ACが視界に入ったその瞬間から既に自分の頭はそのACへの戦闘意識に支配されてしまっているのだから……。


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『セキレイ、そっちにACが行ったぞ!!奴は隠れていた!!』

「え…? っ!?」

 スティルからの通信に眼の前で自分の放った高速型ミサイルに撃破されるMTから目を離した瞬間、その視界へと飛び込んできたのはACだった。色はくすんだような黄色と、黒のもので自分の仲間のものではない。同時に、光を生む刃が展開された左腕が振りかぶっているのを見えると反射的に操縦幹を引いた。紙一重でレヴァンテインの眼前を通り過ぎていくそれは、美しい光の粒子を拡散させながら振りぬかれ。

『はっ!避けやがったか…いい反射神経じゃんか!!』

 同時に聞こえる通信の声は、そのACのものなのだろう。続けざまにブレードを構える動作に入ったのを見ると左手のレーザーライフルのトリガーを照準もつけずに引いた。それでも目の前にいるACへ直撃し、光弾が拡散する激しい光。その間に下がったところでようやく一連の動作に恐怖を覚えた。

 もしあそこで後ろに下がるのがおくれたら?レーザーライフルを打つタイミングがもう少し遅かったら?どっちにしても確実なのは自分がただではすまなかったということだろう。このACはアリーナで戦ったミリオンダラーとは格が違う相手だと、そう理解した。

 だがそれで追撃が終ったわけでもない。直ぐに相手も補助ブースターを起動させるとブレードの間合いへと距離をつめて来たのだ。それは不味い、いくら自分の機体が接近戦向けだとしても、彼とは腕の差で確実に打ち負けてしまうだろうから。左へ逃げるように回り込もうとするが、そこへ相手はマシンガンでの牽制を仕掛けてくる。

 動きも早いがその狙いも正確であり、それに行動を制限されてしまいさらに自分の焦りは大きくなる。強い、どうすればいい?その一瞬の判断の遅れに、レヴァンテインの左腕はすれ違いざまのブレードによって切断されて地面へと転がった。

『終わりだよ、赤いの!!』

 背後を撮った瞬間、相手は片方の補助ブースターだけを噴かしてターンを決めていくる。そんな動きまで出来るのか!?そんな驚きよりも振り返りざまにサイドモニターに写った、ACが構えるブレードの恐怖に時間が凍る。死ぬ。そんな言葉が瞬間的に脳裏に通り過ぎるのと同時に、ゆっくりと迫ってくるブレードを見つめる刹那の一瞬。そこからさきは、もはや思考をもった行動ではなかった。ただ1歩、サイドステップで相手の懐へと飛び込む。その動作だけを行ったのだ。

 そんなことをして何になるのか、自分ではよくわかっていなかった。だが、それは意外な方向に転がることになる。相手へ1歩飛び込んだことで、ブレードの効果範囲の中へと飛び込むことが出来たのだ。それは完全回避ということには繋がらないが、その威力を削ぐ意味では充分な効果を持つ。振り抜かれる腕は中途半端にレヴァンテインのコアに当たり、ブレードは軽く表面装甲を焦がす程度に納めたのだ。

 それに相手のACのほうが驚いたようだった。そこで止まった動きに、今度は自分が無我夢中でレヴァンテインの右腕を振りあげる。

「っ、うわああああぁぁぁ〜〜〜〜〜っ!!!」

 相手の左肩へと命中する鋼の拳、だがそれだけで終らない。さらに引かれたトリガーが腕に装着された突出型ブレードの薬室に燃焼剤と酸化剤を圧縮させ注入する。そうして、それを使って引火された炸薬は鋭利に尖った杭のごとき実体ブレードを打ち出すのだった。

 拳が当たった時にはブースターで前に出ていた相手のACはそれに回避をする余裕など無く、実体ブレードは狙いをそのままに左肩を貫通、それだけにとどまらず根元から吹飛ばしてしまった。

『な、にぃっ!?』

 その反動も利用して、後ろへと下がる両者。お互い左腕を失い、牽制しあうように見合った体勢のまま動きが止まる。

『……お前、なまえは?』

「え?……セ、セキレイ…。」

 急に開いた通信回線と、そこから聞こえた疑問に何の考えもなしに名乗ってしまった。

『また女か? ま、強いやつに女の男も関係ないからな。……もしかすると、お前が……。』

 『また』と言う部分に少しだけ疑問を感じつつも、さらに何かを言おうとする相手の言葉は自分と彼のACの間に向け放たれた弾丸によって遮られる。放ったのはトバルカインのオーランスのようで、こちらへ高速で飛行しつつ接近してくるのが見えた。

『ち、ジャマが入ったか。おい、セキレイ。この勝負は預けるぜ。……こっちの雇い主も撤退を開始したらしいからな、俺はここらで消えるぜ。あばよ。』

「え、ちょっ、ちょっと!?」

 言うだけのことをいうと、彼は背を向けてさっさとブーストでの高速移動を開始してしまう。その背中を自分はただ見続けることしか出来なかった……またどこかで、再戦するという予感を感じつつも……。


あとがき

 よし、今度は以前よりも速い。・・・気がする(オイ
毎度すみません。作業の遅いコシヒカリです。orz
ほら、米はじっくり熟成したほうがうまくなるとry(無駄言い訳(ぁ

 今回は自キャラのみの戦闘になりました。そして倉さんのOBターンを勝手に拝借(マテ セキレイが意外と頑張って戦っているあたり、少しつよい?と思いつつも、それってセキレイと同程度しかティールの実力が無いんじゃね?と自分に突っ込みたくなる始末。強く見えるのも難しいですね・・・。

 さて、無駄に長いあとがきも少しだけ役に立てばとうんちくコーナーでもやってみようという無駄企画。
 今回はACの動力源について。

 基本的にACは4では燃料電池で動いている設定になっているが、詳細は不明です。燃料電池はエネルギー効率もいいクリーンな動力源ですが、瞬間的に引き出せるエネルギーはやや低く機動力を主とする兵器への運用には若干向かないといわれています。
 でもその点を考えると、ACのジェネレーターなどゲージの回復に時間が掛かるのもなんとなく頷けますよね。エネルギー高かったらゲージ消費しないでずっとブースト使えますし。
 また、このエネルギー源の利点は扱いやすさにもあります。現在でも、これを車に利用したり、福祉関係では車椅子などへの利用が期待されているとか。もしかしたら近い将来、これで動くMTとか出来るかも?っと勝手に期待しつつ。

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