『プロフェット粛清(6)』

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 ブラックゴスペルと名づけられた黒いACと、レッドドラゴンと名づけられた赤いACは円舞を踊るようにして戦い続けていた。

 レッドドラゴンからの攻撃に対応する回避運動を行いながら、ベアトリーチェは距離を掴めずにいた。は近距離〜格闘戦の間合いで戦いたいのだが、レッドドラゴンは決して近寄らせてくれないのだ。近寄ろうとすれば肩のミサイルを放ちこちらを動かしてくるし、それを処理したとしても今度はマシンガンの猛火がある。

 間合いが掴めない。

 戦ってみた感触として思うのは、エレクトラが得意とするのは中距離戦のようである。ミドルレンジになった途端に動きが積極的になるようだ。近距離戦は苦手なのか必死になって近づけまいとするのだが、これは本当かどうか分からないと考えたほうが良い。ブラフの可能性がある。

 ただ遠距離が得意でないことは確かだ。それは武装の点からみてもわかる。遠距離戦に対応する武器を搭載していない。そこが弱点となりえるのだが、ベアトリーチェ自身も遠距離戦に対応することは出来ても遠距離戦を主眼には置いていないのだ。アドバンテージがあるとはいえ、それだけで戦局を覆すほどには至らない。

 距離を空けてレーザーキャノンの狙いを定めて放つが、狙いが読まれている。レッドドラゴンは悠々とレーザーを回避すると距離を詰めて、自身の得意とする間合いへと持ってこようとしていた。

「その程度しか出来ない人だったんですかベアトリーチェ!」

 中距離戦へと移りレッドドラゴンの両肩からミサイルが放たれる。ベアトリーチェは唇を一度舐めた。

 以前のエレクトラとは全く違う。間違いなく今の彼女は強敵だった。全身を焼き尽くされそうな熱い殺気を感じながら、ベアトリーチェは短く息を吐く。

「子供が大人を舐めてちゃいけませんよ、エレクトラちゃん!」

 叫ぶと同時にオーバードブーストを発動させる。飛来してきたミサイルはACの重心を低くすることによって回避し、真っ直ぐにレッドドラゴンへと向かう。リニアライフルの弾丸は軸をずらすことによって避け、マシンガンで相手の動きを止める。レッドドラゴンの動きが僅かに鈍ったところにリニアガンを打ち込み、紅い竜を地に繋ぎとめた。

 通信機からエレクトラの舌打ちが聞こえる。マシンガンが飛んでくるが多少ならば痛くない。真っ直ぐに機体を直進させて、ブレードを振りかざし、そして振り下ろす。

 その中で、レッドドラゴンの左手はマシンガンを捨てハンガーからブレードを取り出していた。

 ブラックゴスペルのブレードの軌道上に、レッドドラゴンの左腕がある。そこから一条の光線が放たれ、レーザーブレードを形成し二つの光刃が空中で交わった。

 激しい放電現象がニ機の間で巻き起こる。

「やるじゃない、エレクトラちゃん。でもね……」

 右腕のマシンガンをレッドドラゴンのコアパーツに押し当てる。リニアライフルでは銃身が長すぎて出来ないが、銃身の短いマシンガンならばこの零距離でも使用することが出来た。

「くっ……!」

 即座に後退を開始するレッドドラゴンだが、もちろんマシンガンが火を噴く方が圧倒的に早い。コアパーツを中心に至近弾を連続で浴びたレッドドラゴンの前面装甲はひび割れ、そして剥がされた。

 それでもエレクトラは戦意を喪失することが無い。相も変わらず灼熱の殺気が紅い機体から放たれ続けている。こうでなくては敵として相応しくない、とベアトリーチェは内心で微笑を浮かべていた。

 ここからさらに形勢をこちらへと傾けるために追撃をかけようとしたが、突如としてレッドドラゴンはその背を向ける。思わずベアトリーチェは動きを止めた。エレクトラほどのレイヴンが急に背を向けることに対し、危機感が沸いたのだ。

 撤退するにしても敵に背を向けては簡単に撃墜される。それが分からないエレクトラではないはず、つまりこれは罠だ。そうベアトリーチェは判断し、追撃しなかったのだがレッドドラゴンはそのまま戦闘領域を離脱して行った。

 そこで裏を掛かれたことに気がつき歯噛みするのだが、同時に疑問が湧いて生まれる。優勢ではなかったものの彼女は劣勢でもなかった、ここの戦局を見る限りでは撤退する必要はどこにもない。また既にプロフェット基地が攻撃を受けていることはベアトリーチェも通信で知っており、エレクトラが撤退する必要は無いのだ。

 通信機を操作しあらゆる周波数帯にチャンネルを合わせた。どの周波数帯もノイズが混じっており、時折声らしきものが聞こえることはあるものの不鮮明で聞き取ることが出来ない。そしてストレートウィンドBとの通信回線にチャンネルを合わせたとき、ベアトリーチェは背筋が凍る思いを味わった。

 通信機からあるものの名が聞こえてきたのだ。デスサッカーの名が。


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 目の前にいるのは純白の死神だ。その名はデスサッカー。どこの企業が作ったのか分からないパーツで全て構成された大型のAC。手に持つライフルはあらゆる兵器の装甲を焼き尽くし、左腕のブレードはどのようなものであっても切り裂く。背中のキャノンから放たれるエネルギー弾はいかな要塞とてふさぐ手段を持ちはしない。

 背後にもインサイドに装備されたバルカンがあり、隙は全く無いのだ。それがデスサッカー。

 そして今、ストレートウィンドBはダークウィスパーNとの戦いにより満身創痍である。ミカミ自身も戦闘により疲弊していた。だが心は疲弊していない、好戦意欲をむき出しにして、倒せ倒せ、と体を突き動かそうとする。

 しかし機体はどうしようもない状態なのだ。動力系統はダメージを負い、機体は動くのがやっと。切り札である左腕のブレードは使えないだろう。ブレードそのものにダメージは無くとも左腕内部のエネルギーラインが損傷しているのだ、電力を送り込むことが出来ないため光刃を発生させることが出来ない。

 隣に立つダークウィスパーNも状況は全く同じだ。ここは二人して協力しないと逃げることは出来ないだろう。

 けれどミカミは逃げようとは思わない。むしろ戦おうと思う。デスサッカーは背中を預けられるほどの戦友を奪ったのだ、その仇がある。許してはならない。

 ダークウィスパーNがブースターを噴かせて撤退を開始する。当然だろう、この状況で新手が現れたのだ誰だってそうする。しかしミカミは逃げない。デスサッカーのライフルがダークウィスパーNを向いた。

 即座にデスサッカーの真正面に移動し、コアパーツにライフルの一撃を加えた。たったの一発。ただそれだけのことだがデスサッカーの興味はストレートウィンドBへと向く。

「お礼は言いませんよ」

「そんなもんいらねぇよ、俺だってテメェを助けたわけじゃねぇ」

 ノイズ交じりのレーダーから赤い光点が一つ消えた。これで戦場にはデスサッカー、そしてストレートウィンドBしかいなくなる。ニ機のACは互いの銃口を突きつけあい、動かない。

 状況は圧倒的にミカミの不利だった。デスサッカーは無傷であるが、ストレートウィンドは至るところに損傷を負っている。特にジェネレーターへのダメージが酷い。戦闘可能時間も限られているはずだ。

 それでも、今はやらなければならない。

 ブーストペダルを踏み込んでデスサッカーとの距離を詰める。飛来してくるエネルギー弾を紙一重で回避し、肉薄しコアパーツにライフルの銃口を突きつけた。

 トリガーを引く。幾度も。全ての銃弾は同じ箇所に着弾し、火花を散らして全てが弾かれた。デスサッカーの左腕が動くのが見え急速後退を開始。そしてまた飛来してくるエネルギーライフルを避けた。

 ストレートウィンドBに残されている武装は実弾ライフル一丁だけなのである。これでは流石に倒せない。舌打ちしながらこみ上げてくる焦燥感を抑える。焦ってはいけない、焦ればそこには死が待つだけだ。

 だが果たして、ライフルだけでデスサッカーを倒せるというのだろうか。おそらく無理だろう、幾らなんでも状況が悪すぎる。

 デスサッカーの背部から燐光が漏れ、一拍置いた後に白い機体は急激な加速を見せた。オーバードブーストである。悪態をつきながら回避運動を行うも、デスサッカーの速さは光速というべき速さでありとてもではないが対応しきれない。

 気づけば目の前には鋭角的なデザインをしたエネルギーライフルの銃口があった。もう避けきれない。だが死を確信するようなことはなかった。きっとまだ何とかなる。

 己の技量を信じてブースターペダルを踏み込んだ。銃口の奥から青い光が見える。流石に避けきれないかと思ったその刹那、デスサッカーの右腕にミサイルがぶち当たった。

 続き大量の銃弾がデスサッカーに降り注ぐ。流石に耐え切れなくなったのかデスサッカーは回避行動を取りながらストレートウィンドBから離れる。そしてデスサッカーと入れ替わるようにして目の前に一機のACが降り立った。両腕にアサルトライフルを持ち、背中にはオービットキャノンと小型連装ミサイルを搭載した漆黒の二脚AC。Lブラックがそこにいた。

「久しぶりにやるか?」

 通信機から流れる懐かしい声。ミカミの頬は緩んだ。

「もちろん、見せてやろうぜ。俺たちの、黄金と呼ばれた実力をな!」

 二体の黒いACは肩を並べ、そして同時にブースターを噴かせた。久しい感触にミカミの心は躍る。


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 機体は悲鳴を上げている。搭乗者は歓声を上げていた。機体の関節は痛み、搭乗者の体も痛んでいた。だがミカミは撤退を考えようとはしない。

 何故ならば、今彼の隣に並び戦っているのはかつての戦友なのだ。共に背中を預けない、何も言わなくとも通じ合うことの出来る戦友と共に戦っている。

 ミカミとO・Bは過去デスサッカーと戦い、そして負けていた。その借りを返すときが今来ている。

「機体の状況はどんなもんだ?」

「損傷率は五割以上! オーバードブーストは使えないし、ブレードも使えるかどうかってとこだ。後どれだけ動けるかわかんないってのが正直なところだよ」

 O・Bの質問に正直に答えると、苦笑が返ってくる。

「最悪じゃねぇか」

「そっちの方が燃えるだろ?」

「まぁな」

 二人して笑いながら同時にブースターを吹かし、デスサッカーを挟み込む。インサイドからはECMをばら撒いておく、効果は分からないが何もしないよりかはいい。デスサッカーは装備の都合上、両サイドを同時に攻撃することは出来ずどちらを先に攻撃するかで一瞬とはいえ迷ったようだ。

 動きが鈍くなったのを見逃す二人ではない。同時にライフルを構えた。三つの銃口が同時に火を噴く。だがダメージは少ないようだが、全く無いというわけでもないらしい。デスサッカーは回避行動を取りながらも、Lブラックにライフルの銃口を定めた。

 Lブラックが上昇すると同時にライフルからエネルギー弾が放たれ、Lブラックの足元を通り過ぎる。デスサッカーの頭上を取ったLブラックは上空からオービットキャノン、ミサイル、ライフルと持ちうる限りの全ての武器を発射し確実にダメージを与えていく。

 流石に鬱陶しいのか、デスサッカーは上空のLブラックだけに意識を集中させているようだった。その間にミカミはデスサッカーの背後を取り、ブースターに狙いを定めている。デスサッカーのインサイドには後方をカバーするための機銃が付いているが今デスサッカーはストレートウィンドBの存在に気が付いてはいない。

 デスサッカーの動きに合わせてトリガーを引いた。ブースターにライフル弾が直撃し、小規模な爆発がデスサッカーの背部で起こり黒煙が舞い上がりだす。どうやら破壊出来たらしい。

 デスサッカーが振り返り、恨みがましい視線をストレートウィンドBに送りつける。息が詰まりそうなほどの濃い殺気に包まれながらも、ミカミは口元に浮かぶ笑いを止められない。心にあるのはただ歓喜だけ。

 戦友と共に、この仇敵を討つ機会を得れたことに対する歓喜のみが今のミカミを支配している。それ以外には何も無かった。O・Bと共にこの純白の機体を地に沈めるだけだ。

 デスサッカーの背後にLブラックが着地し、ストレートウィンドBが破壊したブースター周辺をさらに穿つ為にライフルを放った。デスサッカーの背部からはさらに爆発が起き、その巨体は確実に揺らいでいる。かなりのダメージを受けていることは明白だった。

 危機感を感じたのか、デスサッカーは今までとは違った回避行動を取りながらオーバードブーストを発動させる。

「逃がすかよ!」

 叫んでオーバードブーストを発動させたが、ジェネレーターに限界が来ていた。轟音と共にコクピットの中から明かりが消える。即座に予備電源が作動したが、機体は動かない。

「大丈夫か!?」

 O・Bの言葉に「大丈夫だ」と返答したが、機体はもう動かないのだ。それを察したO・Bはミカミを置いて地平線の彼方へ消えようとしているデスサッカーの後を追っていった。地平線へと消えるLブラックを見ながら、ミカミは寂しさを感じている。しかし必ず、また彼と共に戦う日が来るであろうことを確信していた。


◇◇◇


 こうして三大企業によるプロフェット粛清は終わりを告げた。専属パイロットによりプロフェットの前線基地は壊滅し、専属も負傷。戦力の多くを奪われてしまった。だが三大企業も唐突に現れたデスサッカーにより専属ACを撃破されている。

 結果として全ての企業が痛み分けという形で終わってしまった感は否めない。結局のところ、プロフェットを攻撃したからといえ勢力図が変わることは無かった。

 エリア・オトラントにて行われた三度目の激戦は、こうして終わった。


登場AC一覧
ブラックゴスペル(ベアトリーチェ)&LE005c2w03gE00Ia00k02B2wo0HFUlcOME0i53p#
レッドドラゴン(エレクトラ)&LG00582w020E00Ia00o02B2wo0Hwc33xpGiWA1n#
ストレートウィンドB(マッハ)&LE005c002zw00Ewa00s0E42woa29Y1ewws0sd34#
ダークウィスパーN(ウェルギリウス) &Lo00562w01gk0lIa00k02F0aw0GA1nFi3Y0e61p#
Lブラック(O・B)&LE000c0003g000w000A00700o00w51ewMQ2NQ3m#

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