『プロフェット粛清(5)』

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「そんなッ……!?」

 レオニスの正面に座るトレイターが悲痛な声を上げた。今、彼らが見ているモニターには戦場の光景が生中継で放映されている。そこでトレイターにとっては最も見たくないものの一つであろう光景が広がったのだ。

 プロフェット企業専属ACであるアマディーオAdvがミラージュのインテグラルMと交戦し、撃墜された。たった二度の銃撃でインテグラルMはアマディーオAdvを沈めたのだ。トレイターからしてみれば信じられないことだろう。レオニスもあまりのことに我が目を疑うしかなかった。

「行かなきゃ、早く……」

 青ざめて焦点の合わない瞳のまま、トレイターはふらりと立ち上がる。それをレオニスは押し留めて無理やり座らせた。

「止めないで下さい! 早く、早く行かないとみんなやられてしまうのに!?」

「行ってももう遅いさ。それに、下手に動けば死ぬぞ?」

「どういうこと、ですか……?」

 言いながらトレイターは周囲を探った。そして気づいたらしい。今、トレイターとレオニスの二人は監視されている。それとなく隠しているようではあるが、たびたび視線を送ってくる連中が何人かいるのだ。レオニスは対象に入っていないはずだが、専属パイロットであるトレイターの動きを見ているのだろう。

 レオニスは内心で深い深い溜息を吐いた。彼らに会話の内容が聞こえていれば良いのだが、と思う。そうすれば怪しまれずに済む、と思いたい。レイヴンという荒事を生業にしているレオニスだが、出来ることなら厄介ごとは避けたかった。特に企業を相手取るようなことはしたくない。

 そもそもプロフェット専属パイロットであるトレイターに監視の目が付けられないはずは無いのだ。何故そんな簡単なことにもっと早く気づかなかったのか。動き方を間違えればレオニス自身の身が危なくなる。可能ならば今すぐトレイターと別れるべきだろうか、しかしもしこちらが気づいていることを知られているとしたならば、下手に動かない方が良いのではないかとも思うのだ。

「何で……なんでこんな時に休みを……」

 トレイターは両手で顔を覆った。肩が僅かに震えている。

「スパイに潜り込まれたんだろうよ」

 そうレオニスは言いかけたが、彼女のことを考えるととてもではないが言うことが出来なかった。ここのところ、どうも面倒くさい出来事に巻き込まれている気がする。

 輸送車の護衛に就いた時に遭遇した白い謎の機体、プロフェットの核攻撃に遭遇、そして今。どれもこれもレイヴンとしては出会いたくないものばかり。

「私……どうしたら、良いんでしょう?」

「知るかよ。そんなことは自分で考えろ」

 トレイターの問いに、レオニスは戦場の中継映像を眺めながら答えた。先ほどとは場所が移り、ニ機の黒いACが戦っているところである。一機はストレートウィンドB、もう一機はダークウィスパーN。ダークウィスパーNのパイロットであるウェルギリウスはレオニスと同じBアリーナ所属のはずだが、ランク十五位のマッハと互角以上の戦いを見せていた。

 トレイターは喋ろうとしなかった。流石にレオニスもこれ以上は面倒くさくなり、トレイターの顔を見る気にもなれない。

「自分で考えろ、って……」

「二十歳過ぎてんだろ? だったら自分のことぐらい自分で考えてくれよ。俺はあんたのせいで二度も厄介な目に合わされてんだ、どうすりゃいいのか俺が教えて欲しいぐらいだよ」

「幾ら何でもそれは――」

「酷いってか? そら言いたいのは俺のほうだよ。一つだけ言わせて貰うけどなトレイター、俺はレイヴンだ。面倒はごめんなんだよ」

 そこでようやく視線をトレイターに向ける。彼女の目は潤み今にも泣き出しそうだったが、それがどうしたとレオニスは思う。この程度のことでくじけていたら戦場に出れるわけが無い。

 プロフェットもまともなパイロットを雇うことが出来なかったのか、それとも面接しなかったのか、こんな女に負けたのだと思うと男として悔しくなってくる。

 これ以上ここに居る気も無くなり、トレイを手にレオニスは立ち上がった。

「あなたって人は……本当に、酷い人です」

「勘違いするな。オマエは専属、俺はレイヴン。根本的に違うんだよ」

 言い放ちトレイターに背を向ける。振り返る気は無かった。


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 アマディーオAdvが落ちてから数分でプロフェット軍は瓦解した。基地は完膚なきまでに破壊され、まだ戦っているのは両軍の雇われたレイヴン四名だけである。

 企業側が雇った二名のレイヴンには撤退命令が出たのだが、かなりの接戦で僅かな余裕すらないらしく返答すらないらしい。企業としては作戦が成功した以上、雇ったレイヴンがどうなっても構わない。輸送ヘリが到着し、MTを収容して飛び去っていく。

 三機の専属ACは辺りの警戒に当たっていた。とはいえプロフェット軍は全滅させたのだし新手が出てこないことはわかりきっている。万が一ということがあるわけもない。

 ただ気にかかるのはどこでダメージを受けたのか、レーダーの調子が悪いことだった。時折ノイズが混じる。

「おかしいな……レーダーの調子が悪い」

 呟くように言ったのはローレルだった。

「そっちもか、私の調子もおかしい。奇遇だな」

 ファミリアガーデンもレーダーが不調らしい、彼は笑っていたがグローリィは笑うことなど出来なかった。

「私のレーダーもおかしい、これは敵とみるべきでは」

「三機のAC共にレーダーが不調……有り得ない、な」

 グレイトダディが呟いた。グローリィは嫌な予感を感じ、その直後、全身を追おう粘着質の殺気により不安は確信へと変わった。

 どこからともなく放たれた巨大なエネルギー弾がMTを収納した輸送ヘリに直撃し、地面に叩き落した。「敵襲!」と誰かが叫んだ。それが誰かまではわからなかったが、三機の専属ACは既に行動を開始していた。

 レーザーの放たれた地点を見定めてそこに向かう。前方からは一機のACが向かってきていた。タンク型脚部のようにもフロート型脚部のACである。全身を純白に染めているが頭部だけは真っ黒に塗り上げられ、カメラがどこにあるか分からないのっぺらぼうのような頭だった。

 大きさは通常のACよりも一回りは大きく、右腕には巨大なエネルギー式と思しきライフル両肩にも長大なキャノン砲を装備していた。使われているパーツはどこの企業も製造していないものである。だがグローリィはその機体が何であるか分かっていた。恐らく他の二人も同じ事を考えているだろう。

「デュラハン……」

 ミラージュ内での呼称をグローリィは口にした。あの機体の正式名称は誰も知らない。ミラージュはデュラハンと呼び、クレストはゴースト、キサラギはファントムと呼ぶ。そしてマスコミはデスサッカーと呼称している謎の機体。

 わかっていることはあの機体がどこの企業にも属していないこと、そして強大な戦闘力を持っているということである。

 デスサッカーの背部から燐光が漏れ始め、直後、デスサッカーは猛烈な加速を見せた。予想外のことにグローリィは動きを鈍らせてしまう、しまったと思ったがデスサッカーが最初に狙ったのはイレイショナルだった。

 デスサッカーの機動は直線的であり、読むのは容易い。イレイショナルは肩のレーザーキャノンを放ち直撃させたが、デスサッカーにほとんどダメージは無い様だった。イレイショナルが回避行動を取り、すぐ横をデスサッカーは通り抜けて反転しイレイショナルの背後を取った。

 イレイショナルも反転しようとするがそれよりも早くデスサッカーのライフルから飛び出した光がイレイショナルの下半身を焼き、行動不能に陥らせる。

 次にデスサッカーが狙ったのはインテグラルMだった。支援のためにファミリアガーデンがマイクロミサイルを放ったが、デスサッカーは気にも留めず一直線にインテグラルMを狙いに来る。レーザーライフルとカルテットキャノンを直撃させるもやはりデスサッカーの動きは止まらなかった。

 早めに回避行動にはいるもデスサッカーはインテグラルMの動きに見事対応し、追いすがってくる。デスサッカーの左腕が振りあがった。ブレードの間合いにはまだ遠いと思っていたグローリィだが、発生した刀身の長さを見て愕然とした。長い。

 振り下ろされたブレードを避けきることが出来ず、インテグラルMの左半身は切り裂かれた。


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 ミカミの呼吸は乱れていた。機体の各所は悲鳴を上げ始めている。それはダークウィスパーNも同じ事で、向こうも機体の至るところに損傷を受け塗装は剥げ、装甲は歪みはがれている。

 決着が付きそうに無い。互いに仕掛けるもかわされ、あるいは受け流され、たまに直撃するも決め手を出せずにいた。そうしてお互いに同じように傷つきあい、弾薬を消耗し精神すらも磨耗し始める。

 全身は汗でぐっしょりと濡れ、空調が効いている筈のコクピットはサウナのように熱かった。長時間の戦闘で興奮しているのか、ミカミは口元の歪みを抑え切れなかった。

 出方を窺いあって睨み会っている途中、遂に堪えきれなくなり笑い声を上げた。最初は小さかったが、すぐに大きくなる。そして通信機からもウェルギリウスの笑いが聞こえた。

 一頻り笑いあった後、僅かに息を吸い込みオーバードブーストを発動させると同時にオービットを射出、距離を詰めながらライフルを撃つ。ダークウィスパーNは回避するもライフルを避けるための動きで、オービットを避けようという気持ちは無いらしい。確かにダークウィスパーNの装甲ならばオービットのレーザーは大した損傷にならないだろう。

 しかし今ダメージは蓄積している。そんなことを忘れてしまうウェルギリウスではない。つまり彼は覚悟を決めたということ。ならばそれに応えようとミカミは操縦桿を握る手とペダルを踏み込む足に力を込めた。

 ダークゥイスパーNのチェインガンが展開される。

 ストレートウィンドBは両肩のミサイルとオービットを切り離す。

 チェインガンから放たれる鉛の雨を左に旋回しダークウィスパーNの右側面を狙いに行く。右側にシールドは無い。しかしそのようなことを許すウェルギリウスではない。ターンブースターで急速旋回しながらストレートウィンドBを正面に捉え、グレネードキャノンの砲口が火を噴いた。

 今度は右の旋回して避ける。急激な運動によりGが体を押しつぶさんばかりに圧し掛かる。切れ掛かったエネルギーをエクステンションで回復させて、牽制にライフルを放つ。

 キャノンの発射反動により動きの鈍いダークウィスパーNの上半身に放たれた弾丸は全て直撃した。だが幾つかの装甲を破っただけで致命傷を与えてはいない。しかし効果はあったらしい、グレネードキャノンが動かなくなったのかダークウィスパーNの背面からグレネードキャノンが外された。

 旋回を止めて距離を詰める。スナイパーライフルを持つ右腕が動くのを見て、通常のブースターも噴かしてさらに加速させる。機体の各所が悲鳴を上げ始め、Gにミカミの体も悲鳴を上げた。だが心は歓声を上げている。

 スナイパーライフルの間合いの内側に入ると共にオーバードブーストを解除し、左腕を振り上げてレーザーブレードを発生させた。

 そしてコアパーツ目掛けて突きを繰り出すもエネルギーシールドに阻まれる。

 リミッターを解除しあらゆる物を切り裂くために改造された最強のブレードと、あらゆる攻撃を防ぐために改造された最硬のシールドがぶつかり合う。

 エネルギーの奔流がニ機の間で巻き起こった。行き場を失ったエネルギーはプラズマ化して空中に発散され徐々にではあるが二機の装甲を溶解させる。強力なエネルギーの嵐は電子系統にも影響を及ぼし始め、レーダーはノイズに覆われモニターも同じようにノイズ混じりとなる。

 互いに引けないこの一撃。相手を破ろうとし、破られまいとし二体のACは限界を迎えた。
 ストレートウィンドBのブレードも、ダークウィスパーNのシールドも、共に限界以上の出力を出せるよう改造されている。そのために使用すると動力ラインに多大なダメージを与えるのだ。

 ニ機のACはそれぞれの矛と盾により自機の動力ラインだけでなく、ジェネレーターにまでダメージを負ったのだ。機体の緊急時のシステムが作動したため、ジェネレーターは完全に破壊されるにいたらなかったが、戦闘に耐える出力はもう出せそうに無い。

「引き分けですか」

 ダークウィスパーから通信が入り、ウェルギリウスの静かな声が聞こえた。

「今回も、決着は付かずか……」

「私の機体はこれ以上戦えません。まったく、早いところ借りを返したいのですがね」

「こっちもさっさとあんたとはどちらが上か、ケリ付けたくて仕方がねぇよ」

 言いながらちらりとレーダーに目をやる。先ほどの攻防でダメージを追ったのか、レーダーはノイズが混じっていた。時々、赤い点が二つ映る。じっと見ていると、時には一つとなり、一つと思ったらまた二つになる。

 ミカミは思わず首を傾げると同時に、全身に粘着質の殺気を感じた。モニターのダークウィスパーNを見たが、とてもではないが戦えそうな状態ではない。それにウェルギリウス自身も今日は戦う気を無くしている。

 脳裏に一機のACが思い浮かんだ。真っ白な巨大なフロート型AC、どこの企業のものかわからない所属不明の機体。デスサッカーを。

 胸の内にどす黒い憎悪が蘇る。

「ウェルギリウス、まだ戦えるか?」

「まだ戦うつもりですか? 申し訳ないですが、流石にこれ以上やる気はないです」

「違うよ……新手が来る」

「新手? プロフェットのですか?」

「違うよ……来る!?」

 通常モードのままストレートウィンドBとダークウィスパーNは回避行動に入った。互いに距離を開けたニ機の間を、一条の極太のレーザービームが過ぎ去る。

 動かなければ二機とも蒸発していたに違いない。機体を即座に戦闘モードへと切り替える。警告音が鳴り響き、ジェネレーターが嫌な音を立て始めた。

 レーザーが飛んできた方角にカメラを向ける。まだ距離は遠かったが、ミカミははっきりとその機体を視認した。見間違えるはずは無い。

「何ですかアレは!?」

「デスサッカー……敵、だよ」

 ウェルギリウスの困惑した叫びにミカミは静かに答えた。


登場AC一覧
インテグラルM(グローリィ)&Lpg00bE003a000s00aCw07E0uw13wBOUgs0g5U7#
イレイショナル(ローレル)&LE005c44k3N150w901k02B0aw0EMdBiyUigeg28#
ファミリアガーデン(グレイトダディ)&LK000400030000U000g00900o020c409oU0000a#
ストレートウィンドB(マッハ)&LE005c002zw00Ewa00s0E42woa29Y1ewws0sd34#
ダークウィスパーN(ウェルギリウス)&Lo00562w01gk0lIa00k02F0aw0GA1nFi3Y0e61p#

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