『プロフェット粛清(4)』

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 ミカミがウェルギリウスと遭遇し銃火を交えんとしていた頃、ベアトリーチェもまた己の敵と遭遇していた。マシンガンの雨と共に一機のACがブラックゴスペルの前に降り立った。

 紅く塗装された中量ニ脚ACレッドドラゴン、パイロットの名はエレクトラ。ベアトリーチェとはバルカンエリアで一度銃火を交えていた。そしてその時、少しばかりの因縁が生まれている。

「あらお久しぶりねエレクトラちゃん」

「訂正しなさいと以前にも言ったはずですが」

「まだ十八歳でしょ? 子供じゃない、じゃあちゃん付けよ」

「そうですね。何だかんだいっても十八歳は子供ですよね。でも手加減はよしてくださいね、この年増」

「なっ……! 誰が年増ですって!?」

 知らず操縦桿を握る手に力が篭りすぎ震えるほどだった。

「ベアトリーチェです、というよりもそれ以外に誰がいるのでしょうか?」

「ふふ、言うようになったじゃないエレクトラちゃん」

「成長期なんですよ」

「へぇ、それじゃあその成長ぶりを見せてもらうわよ!」

 最初に仕掛けたのはベアトリーチェだった。左肩のレーザーキャノンを展開すると同時に放つ。狙いは付けていなかった。この一撃の狙いは戦闘の主導権を手に入れるためのものであり、直撃させる必要性は無い。

 もちろんレッドドラゴンに当たることは無い。エレクトラはベアトリーチェの狙いを察していたのか回避動作すら見せなかった。確かに成長したらしい、とベアトリーチェを舌で唇を舐める。乾いていた。

 レッドドラゴンから放たれるマシンガンとリニアライフルを回避しながら距離を取る。レッドドラゴンの装備を考えて中距離戦よりも遠距離戦を挑んだほうがいいと判断してのことだ。レッドドラゴンの装備は遠距離戦で効果を発揮するものが無いが、ブラックゴスペルにはレーザーキャノンがある。

 それ一つでどうにかなるものでもないのだが、戦いの主導権を握るには充分だろう。もちろんエレクトラもそのようなベアトリーチェの思惑を理解しているからこそ必死に追いつこうとする。それをマシンガンとリニアガンで引き剥がそうとするも多少の被弾を覚悟しての前進を行うレッドドラゴンは止まらない。

「やるようになったじゃない」

 ベアトリーチェは口の中で小さく呟き、さらに「でも」と心の中でのみ言った。オーバードブーストを発動させる。体当たりを狙うような機動で前方に左腕を突き出しておく。レッドドラゴンは避けようとするも今までブースターを前方にのみ吹かせていたためか思うように動けないようである。

 狙いを付けずマシンガンをばら撒いてくるが、恐れる必要は無い。いくらか直撃するが、数さえ貰わなければマシンガンは大した脅威ではないのだ。中距離で気をつけねばならないのは右のリニアライフルと両肩のミサイルだろう。右肩にはマイクロミサイル、左肩にはデュアルミサイル、エクステンションにも連動型のマイクロミサイルが搭載されている。

 それぞれ異なる回避行動を必要とするため、同時に撃たれるとマズイ。ミサイルそのものは難なく避けられるのだが、回避行動を取ることによって次の行動を予測しやすくしてしまう可能性がある。

 エレクトラがそんなことに気づかないわけが無い。ベアトリーチェはエレクトラがミサイルの一斉射を行うことを予測し、瞬きせずにモニターを凝視しレッドドラゴンの一挙一動を仔細に捉えた。

 レッドドラゴンの両肩にあるミサイルが動いた。来ると判断しマシンガンを持ち上げる。狙うはレッドドラゴンの上半身、狙いは付けない。付けても中距離ではマシンガンは弾がばらけてしまい効果は薄いのだが、だからこそこの場合は良かった。

 リニアライフルの銃口がブラックゴスペルに向けられると同時、両肩そしてエクステンションのミサイルが放たれた。即座にトリガーを引きマシンガンをばら撒く。全てとは行かないが幾つかのミサイルを発射直後に撃墜し、レッドドラゴンを爆風に包む。ダメージは無いだろうが、一時的に視界を奪えばそれで良かった。

 落としきれなかったミサイルを回避しながら肩のリニアガンの狙いをレッドドラゴンのコアパーツに定める。唇を舌で一舐めしてから、必殺になるであろう一撃を放つ。当たる、とベアトリーチェは確信し勝利を得たのだと思った。

 だがレッドドラゴンは体勢を立て直すと見えていないはずの攻撃をかわしたのだ。それだけでなくさらに反撃にとリニアライフルを放ってくる。刹那の一時とはいえ呆気に取られたベアトリーチェは反応が遅れた。動くもタイミングが遅い、左肩に直撃を貰い装甲版が剥ぎ取られる。

 バランスを崩したのを好機と捉えたのかレッドドラゴンが接近してくる。それをマシンガンとレーザーキャノンで牽制し、回避行動が読めたところで足を止めるためのリニアガンを放ったが避けられた。以前戦った時よりも明らかに成長している。体に流れる冷たい汗を感じながら、ミカミの助けを求めそうになった。

 押されているとベアトリーチェは感じている。これは良くない兆候であり、打破すべきものだが果たして自分の力だけでこの状況を立て直すことは出来るのだろうか。ミカミに来て欲しいと願いながらも、彼が決して来れぬことは知っている。彼もまた同じように自分の敵と戦っているのだ、来れるわけが無い。

「まだまだ、これからですよ」

 呟くようなエレクトラの声が聞こえる。ベアトリーチェは返事が出来なかった。口の中がカラカラに渇いている。


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 戦線より約一〇キロメートル離れた地点で三機の企業専属ACは輸送機から降下した。兼ねてからの予定通りに、グローリィのインテグラルMを中心とし、右翼にローレルのイレイショナル、左翼にはグレイトダディのファミリアガーデンのアローフォーメーションを組んでいる。

 それぞれ着地と同時にブースターを噴かせて前進を開始、今はまだ陣形を維持しているが誰かが突出しようとするはずだ。グローリィは誰がまず出るのだろうかとそのことに思考を巡らせている。

 予定戦闘区域内へと入るが、まだレーダーに反応は無く敵の姿も見えない。背後からは遅れて降下する予定であったMT部隊が進軍を開始している。レーダーに映っている光点は最初に効果予定となっていたキサラギのRUSYANAだろう。数は少ないものの、かなりの性能を誇る量産型ACらしい。

 合同作戦とはいえキサラギはRUSYANAに関する情報を何一つとして開示しようとすることは無く、グローリィはその機体に関して知ることは少ない。わかることといえば、火力よりも機動力を重視しているということぐらいだろうか。だがそれがどの程度のものなのか、戦った経験がないため分からないというのが本音だ。

 データにある通りRUSYANAの機動力はかなり高く見る見る間に三機の専属ACへと追いついた。これは予定にある行為ではない、即座にグレイトダディとの通信回線を開く。

「おい、これはどういうことだ?」

「あぁすまない。実はRUSYANAはAI制御のテスト機体でね、まだプログラムが完全ではないらしい。すまない」

 グレイトダディの形だけの謝罪と共にRUSYANAはインテグラルMとイレイショナルを追い越して進路上に現れると、急にその速度を落とした。追い抜こうとするが的確に前を塞いでくる。ファミリアガーデンの前にだけRUSYANAは無く、ファミリアガーデン一機だけが先行する形になった。

「どうやらAIは思っていた以上に不調らしい、すまないね二人とも」

 グレイトダディはそう言い残すとオーバードブーストを発動させてさらに距離を開ける。狸親父が、と内心で彼を罵った。ローレルも同じ気分らしい、忌々しげな舌打ちが聞こえる。

「どうするローレル? こいつら離れてくれないらしい」

 いつの間にかニ機のACの周りはRUSYANAで囲まれていた。撃墜したい衝動に駆られるが、一応は友軍の機体であるがために撃ち落すわけにはいかない。キサラギの持つ技術力を今後とも敵にしたくはないというのがミラージュの本音なのだ。

「流石キサラギといったところか……プロフェットだけでなく俺たちに対してまでやることがえげつない」

「同感だ……しかし、この程度で止めれると思われたのは心外だな」

 一言呟きカルテットキャノンを展開する。狙うはインテグラルMの正面に立つ一機のRUSYANAである。ロックすると回避行動に入ろうとしたが、すぐに直進するだけに戻った。そしてトリガーを引く、発射の間際照準を地面へと向けた。

 RUSYANAの足元にエネルギーの束が直撃する。衝撃でRUSYANAの機体は前のめりに倒れ、オーバードブーストを使ってその上を飛び越えてゆく。ローレルも同じようにしてキサラギの妨害を突破し、前線へと向かった。

 既にMTとファミリアガーデンの戦闘は開始されていただが、状況は一方的だった。数多のMTを相手にしながらもファミリアガーデンは的確に回避し、撃った弾は必ず敵に直撃させて撃破していく。ただあまりの弾幕にファミリアガーデンは前進できない様子である。そして敵MT部隊はファミリアガーデンに集中していた。これは間違いなく好機と取って良いだろう。

 MTの群れの中をオーバードブーストを発動させたまま突っ切る。混戦している中、敵MTパイロット達が慌てる声が聞こえた。MTの集団を超え一機のACを視認する。即座にデータ照合、プロフェット専属ACアマディーオAdvと判断する。既に向こうはこちらをロックオンしていた。

 行動が早いな、そう思いながらもグローリィは額に焼け付くような感触を覚えた。その感触が一際強くなった時、攻撃が来ると判断し回避行動に入った。アマディーオAdvからは垂直ミサイルとマイクロミサイルの二種が放たれたが、全て当たるはずが無い。

 続きリニアライフルが飛んでくるが、読めた動きであり向こうが動く前に既に回避に入っているため当たるはずが無い。もしかしたらロックオンされているのかどうかすら怪しいところである。

 続いてまたミサイル、リニアライフルと飛来してくるがそれら全てを回避する。動きながらファミリアガーデンとイレイショナルを確認すると、二機はMTに阻まれこちらに来る気配は無かった。しかしそれらも時間の問題だろう、彼らの実力ならば数十機のMTがいたところで数分で片が付きかねない。

 もう少し遊んでやっても構わないのだが、手柄を立ててミラージュの実力を喧伝する必要がある。この戦いはテレビで中継されているのだ、あまり長引かせたら長引かせたでプロフェットも以外と強い、となるかもしれない。

「何故当たらん」

 呟くような声が聞こえた。アンダンテのものだろうと推察しグローリィは一言「まだソッチ側にいるからだ」と言い放つ。そしてオーバードブーストを発動させて距離を詰めに掛かる。

 迎撃のために二種のミサイルとリニアライフルが放たれるが、それら全てを回避しブレードを構える。狙うはコアパーツ上部、頭部との境目の辺りだ。腕の角度でどこを狙っているのか知ったのか、アマディーオはシールドをちょうど頭部の前で展開させた。この時にはもうグローリィはブレードを発生させて腕を振っていた。

 このまま行けば弾かれるのは眼に見えている。シールドに当たる直前で、ブレードを収束させてそのまま振りぬいた。そして右のデュアルレーザーライフルをコアパーツ下部に突きつける。

「悪いな」

 そしてトリガーを引く。一発では大したダメージが与えられないだろうと判断し、もう一度トリガーを引いた。アマディーオAdvの頭部カメラが光を失い機能を停止する。この時にはもうMT部隊も壊滅しており、基地まで阻むものは何も残っていなかった。


登場AC一覧
ブラックゴスペル(ベアトリーチェ)&LE005c2w03gE00Ia00k02B2wo0HFUlcOME0i53p#
レッドドラゴン(エレクトラ)&LG00582w020E00Ia00o02B2wo0Hwc33xpGiWA1n#
インテグラルM(グローリィ)&Lpg00bE003a000s00aCw07E0uw13wBOUgs0g5U7#
イレイショナル(ローレル)&LE005c44k3N150w901k02B0aw0EMdBiyUigeg28#
ファミリアガーデン(グレイトダディ)&LK000400030000U000g00900o020c409oU0000a#
アマディーオAdv(アンダンテ)&LS005cE003000G400ak02F2wo0Fwq32Nr$0WO1Y#

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