『プロフェット粛清(3)』

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 AC一機分のパーツの契約を取り結んでから三日後、再びレオニスはショッピングモールに来ていた。送られ来たパーツに不備があり、返品のためである。もちろん事前に電話で連絡しているのだが、また契約書にサインしなおさなければならないらしくこうして足を運んだのだった。

 相変わらずクラシックの名曲が流れるパーツショップに人はいない。今日のBGMはヴェルディの有名なレクイエムである「怒りの日」である。あまりの激しさに永劫の眠りに就く死者が起きてしまいそうな曲で、レオニスには鎮魂歌とは思えない曲だった。

 店員に事情を話し即座に再契約の話に入る。今は金銭面に余裕が無いので、この一週間の間依頼を受けることが出きなかったこと、つまり仕事を出来なかったことを理由に割引させることに成功した。これでもうしばらくは食いつなげるだろう。

 ただ店員もこういったことに慣れていないらしくかなり手間取っていた。レオニスは面倒ごとを早く終わらせたい一新で午前中にショップを訪れていたのだが、全ての契約書類にサインを終え取引が終わる頃には既に午後一時を回ろうとする頃だった。

 午前中から続いた交渉でレオニスは疲れており、また空腹を感じていたためモール内の休憩所に向かった。広大なスペースに幾つもの椅子とテーブルが置かれていたが、どこも埋まっている。しかしこれだけあるのだからどこか空いている席があるだろうと楽観的な考えを持ち、休憩所を取り囲むように並んでいる売店を一つ一つ吟味していく。

 どれも軽食を売る店であり、ホットドッグ、パスタ、ラーメン、サンドイッチ等様々なものが売られており中にはステーキを扱う店まであった。さすがに脂っこいものを食べる気はなく、ミックスサンドとホットコーヒーを購入してから空いている席を探す。

 どこか空いているだろうという楽観的な考えは見事に裏切られ、どこの席も埋まっている。せめて知り合いがいればよいのだが、交友関係が無いわけではないがそうそう知人と出会えるわけでもない。溜息を一つ吐いて仕方ない、どこか別の場所を探そうと思い背を向けようとしたその時である。

 レオニスの名を呼ぶ者があった。しかも女の声である。誰だろうかと視線を巡らせば、一人の女性が手を振ってこちらを見ている。その女性に見覚えは確かにあるのだが、誰かは思い出せない。親しい間柄でないのは確かだ。向こうはこちらの名を呼んでいるのだし、名を思い出せないからといって無視するのは失礼だろう。

 思い出そうとしながら彼女のもとへと歩み寄る。どうやら一人らしい。彼女の向かいの席にサンドイッチとコーヒーの入ったトレイを置いてから「いいの?」と尋ねた。彼女は笑顔で「えぇもちろん」と答える。誰だったかと未だ思い出せないままレオニスは座った。

「悪いね、まさか空いている席が無いとは思ってもみなかった」

「いえ私も一人で少し寂しかったのでちょうど良かったです。誰か知り合いがいないかなと思ってましたし」

「ならちょうど良かったというわけか」

 場の空気のために笑顔を浮かべてはみせたが、相変わらず彼女が誰か分からないままである。歳は二〇代前半で、髪はセミロングの茶髪にワンピースの上にジャケットを着ている。どこかで、最近知り合ったというところまでは思い出せるが名前までは思い出せない。

 知らずそれが顔に出ていたらしい、彼女は苦笑を浮かべた。

「すまないね、名前が出てこない。可愛い女性の名前は覚えるようにしているんだけれど……」

「いえ、私が勝手に覚えていただけでしたから。まさか来ていただけるとは思ってもいませんでした」

「呼ばれたらそりゃ相手が誰だろうととりあえず行ってはみるさ。それにキレイなお嬢さんに呼ばれたとあれば、ね。ところで、すまないんだが……」

「そうでした、トレイターで分かりますか?」

 無邪気に微笑を浮かべながら彼女は首を傾げて見せるが、レオニスはどう反応すべきか迷ってしまった。まず浮かび上がったのは怒りの感情であるが、それを面に出すわけにはいかない。かといって喜べるわけでもない。どうすべきか分からず、結局渋い表情を浮かべるしかなかった。

 トレイターの表情から笑顔が消え、徐々に沈痛なものへと変わっていきそして俯きだした。さすがにこれはどうしたものかとレオニスは本格的に悩んだ。彼女に良い印象は無いにせよ、せっかくこうして共に食事をしようと誘ってくれたのだ。無下にするわけにはいかない。

 彼女の前にはレオニスと同じようにサンドイッチと紅茶のセットが置かれており、食べ初めだったのかほとんど口を付けられていなかった。

「あそこのサンドイッチ、評判なのかい?」

「え?」

 俯いていたトレイターが顔を上げる。

「いや君も買っていたから。評判なのかなと思って、ね」

 苦し紛れの一言であったが空気を買えるには充分であった。トレイターは唇に指をあて「そうですね」と言いながら、視線を僅かに上に向けた。

「どうなんでしょ? 私も偶々人が並んでるのを見て美味しいのかなと思っただけなんで。あ、でも行列が出来るんだったらそれなりに評判は良いんじゃないんですか?」

 視線を辺りの売店に巡らせる。昼食時は過ぎている筈なのだがどこの店も繁盛しているようで、どこの店先に短いながらも行列が出来ていた。唯一、デザート類を中心に売っている店だけ行列が無い。昼食時に近いせいだろうが、もう少し時が経てばこの店にも並ぶ人が出だすに違いなかった。

「行列だけならどこの店にも出来ているみたいだけれど?」

「あ……」

 トレイターが小さく声を上げた。彼女の顔に視線を戻してみれば、両手にサンドイッチを持ち咥えたまま動きを止めていた。瞳はレオニスを捉えており、若干上目遣いになっている。彼女の頬が少しだけ赤くなった。恥ずかしがっているのだろうか。

「とりあえず食べなよ」

 苦笑しつつレオニスも自分のサンドイッチに手を伸ばす。味は、まぁ悪くない。とはいえせいぜいコンビニエンスストアで売られているものよりもワンランク上程度で、コーヒーもインスタントや缶のものに比べれば美味しいと言う程度である。このようなグループ企業をバックにしている店しかだせないような場所で上質な物を食べようとする方が間違いであろう。

 本当に美味しい物を食べたければ、それこそ足と人脈によって得られる情報が物を言う。

 二人の間に会話は無い。トレイターから誘って来たのだから話題を振って欲しいとは思うものの、彼女は少しずつ齧るようにしてサンドイッチを食べるばかりである。相手が男ならばレオニスも気にはすまい。女性と同席していながら会話がないというのはどうだろうかという気もするし、こういう場合は男が女を楽しませるべきではないのかと考えてしまう。

 しかし彼女と出会ったのはつい最近のことであり、パイロットネームと所属は知っているものの年齢も本名すら知らない。当然ながら彼女の興味の対象も知らず何を話題にすべきか分からないというのが本音だ。

「そういえば、三日前もここに来ていたけれど休みでもとってるのかい?」

「えぇ。この間、そのレオニスさんと交戦した時のボーナスみたいな感じで一週間ほど休暇が出たんですよ。今までずっと休み無しでしたから、たまにはショッピングを楽しもうかなと思って。友達と一緒だったら良かったんですが、こっちに知り合いいなくて」

「会社の同僚とかいるだろう? そういうの誘わないのか?」

「それが……やっぱりパイロットだと中々そういう人に会えなくて、整備科とか技術関係の子達と仲は良いんですけど一緒に遊びに行ったりする時間っていうのが無いんですよ。彼女達と私の休みが会わなくて、こういう時は少しだけレイヴンの人たちが羨ましいです」

 小さな溜息を吐いたトレイターは僅かに顔を下に向けて紅茶に口を付けた。レオニスは思わず「今日だったら俺が付き合おうか?」と申し出そうになったが、彼女と親しい仲では無いのだし企業専属と楽しもうという気持ちにもなれなかった。

 レオニスは返す言葉を思いつけずにタイミングを失してしまい、二人の間にはまた沈黙が広がる。向こうはどうだか知らないがレオニスは彼女と交流したいと思っているわけでもない、そもそもレイヴンと企業専属なのだから会話が無くて当然と割り切ることにした。

 割り切ってしまえばこの空気も苦にならない。トレイターから視線を外し、休憩エリアの中央の天井から吊り下げられている大型テレビモニターに眼をやる。音楽番組が放送されており今はやりのロックバンドのライヴの模様が映っていた。ロックに興味はないのだが、暇つぶしぐらいには良いだろう。

 会話も無ければ食事はどうしても進む。サンドイッチを食べ終えて、コーヒーを飲み干した後レオニスはすぐに席を立ち上がった。「あ」とトレイターが小さな声を上げる。意図せず彼女と視線が会ってしまいまた重い空気が流れた、これを打破すべくレオニスは携帯電話を取り出す。

「もし君が良ければだが……連絡先を教えてもらってもいいかな?」

 これではナンパではないかと思いながらもこの空気を解消する手段を思いつかなかったのだ。連絡先を聞いたところでこちらから連絡さえとらなければ問題ないだろう、向こうから連絡するようなことがあるとは思えない。

「あ、はい。良いですよ、えっとその、プライベートでいいんですよね?」

「仕事用の携帯にレイヴンの連絡先があったらおかしいだろ?」

「それもそうですね」

 嬉しそうな笑みを浮かべながらトレイターも携帯を取り出す。互いの連絡先を交換した後、これでようやく去れるとなった時のこと。今まで流れていたロックバンドの演奏が途中で止まった。不自然なことであるため視線は自然とテレビモニターに向く。そこにはニュースキャスターが映されており、企業連合がプロフェットへ本格的な攻撃を仕掛けたことを告げていた。

 視界の端っこでトレイターがその顔を青ざめさせている。



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 モニターとレーダーを見ながらミカミは舌打ちを一つ。こちらから攻めてくるのは専属ACだけではなかったのか。だがレーダーに映る光点の数を考えると絶対にAC以外にも敵がいる。

「プロフェットの情報収集能力ってのは見直したほうが良いよな」

「まったく。幾らなんでもあの数を二機で守れっているのは無理があるわ」

 通信機から聞こえるベアトリーチェの声に相槌を入れるようにして溜息一つ。

「ACいると思うか?」

「いるとかいないじゃなくて、いないと困るんでしょ?」

 ベアトリーチェの笑う声が聞こえる。危難を前にして笑えるとは大した女だと思いながらも、だからこそ心強いとも思う。

「グローリィがいればそれでいい。にしても凄い数だな……」

 レーダーに映る光点の数は未だ増え続けている。速度から考えてほとんどが輸送機だろうが、その腹の中に二体以上のMTもしくはACがいることを考えると背筋に冷たいものが走った。それでもレイヴンとして正式にこの依頼を受けた以上はやるしかないのだが。

「ねぇ、クライアントの指示を聞いたほうが良いんじゃない?」

「そうだなぁ……さすがに指示を仰いでおいた方が良いか」

 通信機の周波数を合わせてプロフェット作戦司令部へと繋ぐ。無線封鎖がされているわけではないのだが、司令部の担当オペレーターの態度はぞんざいなものだ。

「予定と違ってこちらから大量の敵勢力を確認した、増援願う」

「すまないがレイヴン、増援は認められない。平原方面からも予想以上の数が攻めてきている、そちらに送る余裕など無い。レイヴンならばなんとかしてくれ。悪いが余裕は無い、通信切るぞ。独自判断で頼む」

 こうして一方的に通信が切られた。ミカミはまた舌打ちをしてベアトリーチェのその旨を伝えた。呆れるような溜息が聞こえる。光点の数がさらに増えていき、いくつかは去っていく。向かってくるのはMTとACで、去っていくのは輸送機だろう。

 操縦桿を握る手に力が入る。いつでも撃てるようトリガーには指が掛かっている。視界の中に敵が映る。距離はまだ遠い。徐々に敵の数が増え始める。

 拡大して確認すると来ているのはMTばかり。それもMT77系やOSTRICH系の安価なものが中心である。ACの相手をするには不足としかいいようのない機種ばかりだった。

 本格的な侵攻であることを考えるとこれには不安を覚えた。そしてMTだけではないことをミカミは確信したのだった。きっとベアトリーチェも同じだろう。

 じっとしているわけにもいかず、戦場の主導権を握るためにブースターを吹かせて敵の一団
へと突っ込んでいく。手始めに葬ったのはMT77M一個小隊である。五機編成の小隊をブレードとライフルで壊滅させた後、続いてライフル装備のOSTRICH隊へと向かいこれもまた同じように葬った。

 全く手ごたえは無い。一瞬だけ視界の中にいれたブラックゴスペルも難なく敵のMT部隊を壊滅させている途中だった。この分だと幾らいようがものの数分で壊滅できるに違いない。

 しかしミカミの胸中は不安でいっぱいだった。どうにも落ち着かない。誰かに見られているような気がするのだ。

 じっと、誰かの視線を感じる。今にも刺されてしまいそうだ。

 頭の中にあるACの姿が浮かんだ。黒い重量ニ脚のAC、火力と防御力を重視した構成で遠距離戦を主体に考えられている機体。左腕に持つ盾はストレートウィンドBのMOONLIGHTと同じようにリミッターが外されており、ありとあらゆる攻撃を受け止める。

 何故その機体が脳裏に浮かんだのかは分からない。

 三時方向から突如とした殺気を感じ、機体を向けると同時にライフルの銃口も動かす。目前にはグレネードランチャーの弾頭が接近していた。ライフルの射線上にあると判断したミカミは迷うことなく引き金を引く。

 爆発が起きた。機体にダメージは無い。今の弾頭は明らかにAC専用のものだった。通信回線をオールバンドに開き、ただ一言ミカミはあるレイヴンの名を告げる。

「ウェルギリウス」

「よくわかりましたね。あなた、こちらを見てもいなかったというのに」

「わかるさ。勘でな」

「やれやれ……全く獣じみた人ですねあなたは。あぁ、これ誉め言葉ですから」

 思わぬ宿敵の登場にミカミは己の口元が歓喜に歪んだのがわかった。バルカンエリアで付けれなかった決着を、今ここでなら付けられるかもしれない。

「世の中は理性だけで図れるものじゃないってことぐらい、わかるだろう?」

「えぇもちろん。借り、返させてもらいますよ」

「じゃあこっちはまた貸してやるよ」

 ストレートウィンドBのライフルが、ダークウィスパーのスナイパーライフルが互いに向かい合う。左腕のブレードはいつでも突き刺せるように、ダークウィスパーも左のシールドをいつでも構えられるようにしている。

 最強の矛と最強の盾が、再び交わる時が来た。


登場AC一覧
ストレートウィンドB(マッハ)&LE005c002zw00Ewa00s0E42woa29Y1ewws0sd34#
ダークウィスパーN(ウェルギリウス)&Lo00562w01gk0lIa00k02F0aw0GA1nFi3Y0e61p#

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