『プロフェット粛清(2)』

/1

 ミカミは心臓の高鳴りを押さえることが出来なかった。口元も自然にゆがみ始めている。それを見たベアトリーチェに「何よ気持ち悪い」といわれたが気にもならなかった。

 もうすぐグローリィと戦うことが出来るのだと考えると、どうしても興奮してしまい己の落ち着かせることが出来ない。

 今、ミカミとベアトリーチェの二人はプロフェットの前線基地に居た。目的はただ一つ。確実に侵攻して来る企業連合軍を食い止めることである。報酬は破格で、しかも前払いだ。これほど美味しいミッションは無い。

 ミッションに失敗したとしても前払いだから報酬は手に入り、そうして信用が落ちることも無い。何故ならば相手はあの三大企業のトップクラスACパイロット三名なのだ。勝てれば凄いが負けることはおかしくない。彼らの勝てるレイヴンがどれだけいるというのだろうか。

 少なくともグローリィ、ローレル、グレイトダディに対抗できるレイヴンといえばネロ、柔、アリオッホ、ミストレス、ソニアの四名ぐらいなものであろう。ミカミやベアトリーチェではどこまで戦えるかといったところか。無論、それでもミカミはグローリィに負けるつもりは全く無かった。

 グローリィへの借りを返すべき数少ないチャンスが訪れているのである。必ずモノにしなければならないし、グローリィがミカミを生かして帰すとも思えない。

 プロフェットは前線基地内に部屋を与えてくれており、スクランブルが掛かるまで与えられた部屋に待機しても良いことになっている。だがミカミは部屋へ行こうとはしない。戻るのはそれこそ寝るときだけ。

 それ以外の時はどこにいるのか、格納庫脇の待合室である。そこで雑誌を眺めたりテレビを見たり、一番多いのはグローリィの戦闘データを見ているときだろう。ベアトリーチェもミカミと同じようにずっと待合室で出撃の時を待っている。彼女もまたミカミと同じように戦闘データを見ていることが多かった。

 ただし彼女が見ているのはグローリィのものではなく、クレストのローレルとキサラギのグレイトダディそれにプロフェットのアンダンテのものである。グローリィ以外のものは全てプロフェットから提供されたものであり、ミカミも一通り眼を通したのではあるが希望的観測が含まれているようだった。

 どうにもローレルとグレイトダディを過小評価している向きがある。セイレーン諸島におけるミラージュとキサラギの両専属ACが戦闘した際のデータを見る限りではグローリィとローレルは全くの互角であるといえよう。

 それぞれの戦闘データを比較した際、ミカミの持っているグローリィの総合データとローレルの総合データは似たようなものになっていなければならないのだが明らかにローレルの方が劣っているとデータ上ではなっている。これはどうもおかしいのではないかとミカミは睨んだ。

「そのデータどう思う?」

「やっぱ敵を過小評価してると思うわ。実際は違うんでしょうけど、外部の人間に見せるためのデータって感じ。アンダンテについてはよく知らないからどうとも言えないわ」

 息を吐きながらベアトリーチェは背もたれに体を預けて天井を仰いだ。データと睨めっこするのに疲れたのか、彼女はそのまま起き上がりそうに無い。ミカミは再び戦闘データをプリントした紙に視線を動かし、頭の中で色々と動いてみる。

 いくつもの状況を想定して脳内でシミュレートしてはみるが、最後がどうなるか予想が出来ない。どれだけデータを集めたところで戦うのは生きた人間であり、しかも最近は出撃しているらしいのだが巧妙な情報操作によりデータの収集が出来ないのである。今ミカミの手許にあるのはまだエリアオトラントの情勢が安定している時機のものであり、乱れきった今のものではないのだ。

 それが不安ではあるがこれを乗り越えねば勝利は無い。考えただけでも心臓が高鳴り頬が緩む。強者との戦闘は常にミカミの心を躍らせた。サイレンが鳴り響き、ベアトリーチェが起き上がる。彼女の眼は先ほどまで違い、鋭いものに変わっていた。ミカミとベアトリーチェは共にヘルメットを手にしてソファから立ち上がり、格納庫へ続く扉へ向かおうとした。

 だが続いて流れたアナウンスは、ブリフィーングルームに来いというものである。スクランブルでは無いらしい。ミカミとベアトリーチェは互いの顔を見合わせ、不思議に思いながらも言われたとおりブリーフィングルームへと足早に向かった。

 中に入ればプロフェットの士官と、そしてアンダンテがいた。二人の視線がミカミとベアトリーチェに向けられる。痛い視線を送るんじゃない、と思いながら椅子に座る。プロフェットの士官は一息付くと、手元の端末を操作して照明を落としスクリーンに地図を表示させた。

 作戦の説明をしてくれるらしい。ということは企業軍がいつ襲撃してくるのか情報を得たということだろう。

 このプロフェットの前線基地は南側が平原となっており西側に峡谷地帯がある。プロフェット軍部の予想では敵の主たる部隊は南の平原から来るであろうということであり、少数精鋭部隊つまり専属AC部隊は峡谷地域から攻めて来るだろうと予想された。

 そして敵の主力部隊は既にミラージュ前線基地から出ており、それにはアンダンテとプロフェットMT部隊が対応し峡谷側にはミカミとベアトリーチェが置かれることになった。ただミカミには意図するところが良く分からない。敵は企業連合でありプロフェットとは比べ物にならないほどに戦力を有しているはずだ。

 向こうがこちらの戦力を予想できていないなんてことは無いだろうし、搦め手を使ってくる必要もまたない。確実性をとるのならば企業連合は真正面から大部隊を送り込めばそれで済む話なのだ。それが一番確実である。

 しかしプロフェットが全ての戦力を平原側に配置しないということは何らかの情報がもたらされているということであろう。もしそれがガセならば? との考えがミカミの中に湧き上がるが口にはしない。レイヴンとは傭兵であり、クライアントの望むようにするだけのことであり、どのような作戦を遂行するよう言われても口答えする権利は無い。

 普段ならばどうとも思わないところだが、この配置のせいでグローリィと戦えなかった場合はどうすべきなのか。もしかするとミカミとベアトリーチェの二人が何もしないまま終わってしまう可能性もある。

 それでもレイヴンである以上は依頼者であるプロフェットに従うしかなかった。


/2


 愛機インテグラルMのコクピットからモニターを通して十機を越す輸送機の大群が飛び立つのを見送った。輸送機によって運ばれるのはMTと雇ったレイヴン二名の機体である。

 キサラギがプロフェット内に送り込んでいたスパイからの情報によれば、プロフェットはマッハとベアトリーチェの二人を雇ったという。この二人がいるとなれば三企業トップの三人でも苦戦するものと思われ、彼ら二人の相手をしてもらうためにウェルギリウスとエレクトラを雇った。

 二人ともBアリーナに所属しており格下と思われがちではあるが、エレクトラはバルカンエリアアリーナにおいては上位一〇位以内に入っていたし、ウェルギリウスもスターリングラード戦においてマッハのストレートウィンドBと互角に戦っている。この二人ならば足止め以上のことをしてくれるはずだ。しかも彼らと共に大量のMTがマッハとベアトリーチェのために送り込まれるのだ。以下なレイヴンとてこの攻勢を止められるはずが無い。

 そしてそれらは決して主力部隊ではないのだ。二名のレイヴンを中核とした部隊は迂回するようなルートを取り、プロフェット基地の西側にある峡谷地帯からの進軍予定である。ここからかなりの時間差を置いて専属三名を中核とした主力部隊を送り込む予定になっている。

 レイヴンを中核とした部隊の中心は二名のレイヴンとOSTRICHシリーズやMT77シリーズ等の安価なMTである。しかし主力部隊は三名の専属に加えて、OWLシリーズ、MT85シリーズ、RUSYANAと高価且つ高性能な機体を中心して構成されたものだ。これらに加えて偽情報をプロフェットに掴ませることに成功している。

 企業連合の予定通りに進んでいるのならば、ミカミとベアトリーチェは基地の西側峡谷方面に配置され、アンダンテ及びプロフェットMT部隊は南側平原に配置されているはずだ。主力部隊は南側からMTの支援を受けながら三名の企業専属が基地を目指して突き抜ける予定である。

 基地に到達した後は、可能な限りの破壊活動を行う。誰が基地を占領するのかで揉めることが予想されるため、三企業共に条約を結びプロフェット基地は破壊、その後占領はしないことを定めた。そして捕虜を捕らえないことも条約にて決定されている。

 インテグラルMを搭載する予定の輸送機の搬入準備が出来たので、機体へ向けてACを歩ませる。作業を行いながらグローリィは溜息を吐いた。バルカンエリアでのマッハとの戦いを思い出したのだ。恐らく彼はどこからともなくグローリィが参加するという情報を得たに違いない。

 そうでなければ彼がこの戦いに参加しようとする理由が無いのだ。まともなレイヴンなら情勢を読んでプロフェットがどのような眼にあうのか予想しているだろうし、愚かな雛でもない限りは参戦しないはずである。

 戦士ならば作戦を無理やり変更してでも彼と戦うべきであろう、それが礼節というものだ。しかしグローリィは戦士ではなく兵士である。彼の希望を聞き入れてやる必要はないし、無理に戦う必要などどこにもない。グローリィにすべきは円滑に予定通り作戦を進めることであり、プロフェットを叩き潰しミラージュが三大企業の中でのトップであるということを示すことなのだ。

 そのためにもローレルやグレイトダディ以上の戦果を上げる必要がある。彼らも同じ事を考えているはずだ。企業専属は完璧な兵士であり戦士ではない。輸送機のカーゴに入り機体を拘束させる。降りて輸送機内の別室で待機しても良いのだが、グローリィはパイロットにこのままでいることを伝えた。

 今回与えられた戦場のデータを使い、周辺地図の上に予想的戦力配置をマーカーにて表示させる。プロフェット軍の装備はクレスト社製のMT85系やMT77系を中心になっているものと思われるが、MTのことは気に留める必要も無いだろう。問題はアンダンテがどこにいるかだ。

 即席であるとはいえ専属三名は三機編成小隊を組み、アローフォーメーションにて突撃することになっている。事前に決めた内容では、中央がグローリィ、右翼にローレル左翼にグレイトダディとなっている。だが実際にはアローフォーメーションではなく横一列に並んだ状態で進軍することになるだろう。

 誰しもが一番槍の名誉を手にしたいのだ。そして己が属す企業が強大であることを示したい、この時から既に戦いは始まっていると言えよう。

 プロフェットの粛清は、もう始まっているのだ。

前へ 次へ
小説TOPへ