蘇ったもの前編

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 マッハが起床してからまずやることといえば、ポストに入っている新聞を取りに行くことだ。取った新聞はダイニングのテーブルの上に置き、それからシャワーを浴びる。そして着替えた後に朝の牛乳をグラス一杯飲み、テレビを付けてニュース番組にチャンネルを合わせる。その後にテーブルに着いて先ほど取った新聞を開くのだ。

 耳でニュース番組を聞いて情報を、目からは新聞を見て情報を得る。ニュース番組は戦況報告をしてくれなかった。既に終わったのか、それともまだやっていないのか、はたまた報告するようなことが何も無いのか。どれであったとしても、新聞を読めば分かることだ。

 一面に載っていたのはクレストMT部隊が謎の敵によって攻撃され、壊滅したというものだった。新型兵器でも現れたのだろうかと考えながら、マッハは記事を読み進めていく。一番気になる謎の敵については全くといっていいほど触れられていなかった。遭遇したMT部隊が壊滅したために、情報の取り様が無かったのだろうか。

 いや、そんな事は無いはずだ。MTにせよACにせよ、行動を記録するためのレコーダーがある。そのレコーダーが入れられているブラックボックスは、最も頑丈なパーツといっても過言ではない。絶対に壊れない物がこの世に存在しない以上、レコーダーボックスも壊れる可能性はある。しかしだ、MT部隊全てのレコーダーボックスが壊れるはずは無い。

 となれば答えは一つ。公開されていない、企業は謎の敵について秘密にしておきたいということだ。交戦したのならば、必ずほんの僅かであったとしても敵の情報は得ているはず。謎のままにしておくところをみると、一般公開するには危険な代物なのか。ならばレイヴンである以上は知っておかなければなるまい。

 戦場で正体不明の敵に出会うのは怖ろしすぎる。ほんの僅かかもしれないが、企業は情報を得ているはずだ。そしてその情報が漏れているかもしれないし、何らかのルートを使って手に入れているヤツがいるかもしれない。もしかしたら、贔屓の情報屋は知っているかもしれない。

 そう考えたマッハはパソコンを立ち上げるネットに接続、情報屋のサイトにアクセスした。IDとパスワードをそこで入力すると、様々な情報が現れる。まずは最新情報をチェックすると、ちょうど知りたかったクレストMT部隊を壊滅させた敵の情報が掲載されていた。ご丁寧なことに写真までついている。

 その写真を見て、マッハは時間が止まったかのような錯覚に陥った。そこに映っているのは、あるはずのない機体。

 写真に映っているのは一機のACだ。だがどの企業もそのACのパーツを製造していないし、したこともない。よってACというには語弊があるのだが、その機体をAC以外になんと呼べばいいのかマッハは知らない。

 脚部はフロート型、右腕にはエネルギーライフルを持ち左腕にはブレード、両肩にはエネルギーキャノン、インサイドには後方攻撃用の機銃が装備されているはずだ。色は全身白く塗られているが、頭部だけは真っ黒に塗られている。夜間に見れば、頭が無い首なしのようにも見えるだろう。

 この機体の名をマッハは知っている。デスサッカー、あるはずのない機体。

 そう、絶対にあるはずがない。撃墜されていなければおかしい機体、例え戦史に記録されていなかったとしてもマッハはその機体が撃墜されたことを知っている。何故ならば、写真に写っている機体を落としたのは他ならぬマッハ自身だ。

 情報屋のサイトを隈なくチェックするが、それ以外にデスサッカーに関する情報は無い。どういうことだかマッハには理解できない。こうなったら、このサイトを運営している情報屋バルチャーに直接連絡するしかない。幸いにして彼女の電話番号はしている。

 携帯電話を手に取り、電話を掛けようと思ったがその前にすることがある。事前に情報料を口座に振り込んでおかないと、何も教えてくれないかもしれない。後払いを向こうが許すとは限らないのだ。パソコンを使って、彼女の口座に料金を事前に振り込んでおく。

 入金が滞りなく完了したことを確認してから、頭の中で記憶している番号を押した。アドレス帳に登録していなければメモ帳にすら残していないのは、彼女の電話番号が盗まれないようにするためだ。

 数度のコール音の後、相手が電話口に出た音が聞こえた。向こうがちゃんと電話に出たのか確認もしないうちに、マッハは矢継ぎ早にまくし立てる。

「金は既にいつもの口座にもう振り込んである。教えろ、何でデスサッカーがここにいるんだ!? あれは俺が落としたはずだぞ!」

 返答は無かった。向こうが何を言われたのか分からなかったのだろうか。もう一度質問しなおそうと思った時、電話口の向こうから声が聞こえた。

「なぁ、誰だから知らないけどさ。間違い電話だよこれ」

「は!? お前、バルチャーじゃないのか?」

「バルチャー……?」

 携帯電話のディスプレイを確認する。確かに間違えていた、彼女の番号と一文字違っている。慌てていたために押し間違えてしまったらしい。このまま切ろうかとも思ったが、もし電話口の向こうが同業だったら忠告しておくべきだろうと思ったのだ。

「いや、知らないのならいい……ところであんたレイヴンか?」

「あぁそうだけど」

「ランカーか?」

「ランカーじゃないが、まぁレイヴンの端くれだな。っていうかあんた誰だよ?」

「あんたと同じただのレイヴンだよ。あんたもレイヴンなら、一つだけ忠告しておいてやる。戦場で見たことも無いパーツばかりで構成されている真っ白のACには気をつけておけよ」

 それだけ言って、携帯電話を耳元から話し通話ボタンを押して電話を切った。まだ向こうは何か言っていたようだが、気にすることでもない。気になるのは、忠告したにも関わらず向こうがきっとそれを信用しないところだろう。身元を明かせばそれなりに信じてもらうことも出来たかもしれないが、マッハはあまり同業者を信用することが出来ない。

 今の通話で向こうに番号は割れてしまっている、早急に手を打つべきだろう。だがその前にやることがある。情報屋、バルチャーへ電話を掛けデスサッカーについて聞かねばならない。


/2


 それから八日後のことだ、マッハはテロ組織インディペンデンスからの依頼を受けてキサラギ領内にある彼らの基地へと赴いていた。廃鉱を改造した彼らの基地は近付いてもどこに入り口があるのかも解らないぐらいに巧妙に隠蔽されており、中に入れば最新鋭とまではいかないまでもそれなりの設備が整っておりマッハは度肝を抜かれた。

 ストレートウィンドBを搬入した格納庫には、八機のMTが整備の整った状態で整然と並べられていた。整備員もなれた人間ばかりで作業が早い。インディペンデンスが事前にテロ組織であることを知らなければ、企業の軍隊と勘違いしてしまったとしてもおかしくないと思う。

 ストレートウィンドB用に宛がわれたハンガーに機体を固定し、勝手にいじられないようにトラップを仕掛けておく。そんなことはされないと思うが、念には念を入れておいた方がいい。企業ならばまだしも、テロ組織は何をするか分かったものではない。

 コクピットハッチを開けて、格納庫に降りると迷彩服に身を包んだ禿頭の中年男性が待っていた。彼はマッハが降りてきたのを見ると、歩み寄り無言で握手を求めてきたが、マッハはそれを無視し睨みつけるように相手の眼を見た。

「御託はいい、さっさと詳しい作戦内容を教えてくれ」

「挨拶はいらないんですか? やはりこう親密になっておかねば、と思ったのですが」

「あんたは何を言っているんだ? 俺はレイヴンだ、あんたら雇う側の人間とは馴れ合いたくないんだ。仕事に支障が出るもんでね」

「そうですか、では司令室へご案内しましょう。私の後についてきてください」

 愛想笑いを浮かべてから、禿頭の男性はマッハに背を向けて歩き出した。この態度は企業のホワイトカラー連中となんら変わりが無く、虫が好かなかった。もしかすると彼は元々どこかの企業に属していた、もしかすると今も属しているのかもしれない。

 彼の後ろについて歩き、通路に入ろうとしたところで禿頭の男は急に立ち止まり愛想笑いを浮かべながら振り返った。禿頭ということもあるのだろうが、笑われるとどことなく不気味で君が悪い。生理的に好かない男だ。

「そうそう、分かっているとは思いますが――」

「この基地のことは言うなだろう? 分かっているよ、レイヴンってのはある意味サービス業だ。守秘義務はちゃんと守る」

「ならいいです」

 禿頭は向き直るとまた歩き出した。通路は廃鉱をそのままくりぬいただけのものであり、床というよりか地面は凹凸だらけで歩きづらい。時折躓きそうに鳴るが、禿頭はやはりというべきか歩きなれておりすたすたと先に行ってしまう。追いつくためには少しばかり焦る必要があった。

 途中で、十数人ほど構成員とすれ違ったが整備用の作業着を着ているもの以外は方からアサルトライフル、ないしサブマシンガンあるいはPDWを下げていた。銃火器は統一されている様子は見受けられなかったが、どれも同じ弾薬を使用するもので固められている。ある程度の規則でもあるのだろうか。

 インディペンデンスの組織力に感嘆しつつ、入り組んだ通路を歩く。どこをどう歩いているのか解らない。登ったと思えば、また下ったりその繰り返しだ。おかげで方向感覚が完全に麻痺してしまい、最初は覚えていた道順も今ではすっかり当てにならないものに成り果ててしまった。

 いい加減歩くのに開き始めた頃、ドーム状の空間に出た。中心部には折り畳み式の長方形をした長机が複数並べて置かれており、その上には地図が広げられている。部屋の最奥にはホワイトボードがあり、そこに作戦概要が書かれていた。そのホワイトボードの前、禿頭の男と同じ迷彩服を着た髪型をオールバックに整えた男性が立っていた。おそらくこの基地の責任者だと思われる。

「それでは私はこれで失礼します」

 禿頭の男は既に部屋にいた男性とマッハ、それぞれに一礼してから背を向けないようにしてこのドーム状の空間を後にした。どうしたものかとホワイトボードの前に立つ男性に視線を向ければ、鋭い眼光に睨まれた。指示でも与えられるものだと思っていたのだが、彼はマッハを睨み続けるだけだ。マッハは肩をすくめて見せた後、長机に近付いた。

「それではレイヴン、これから君に作戦内容を説明したい」

 挨拶も無しかよ、と思ったが今の自分は考えようによってはACを操縦するための機械であるのだから、これが当然の対応と言えるかもしれなかった。

「まずは地図を見て欲しい」

 マッハはさらに一歩長机に近寄り、上に広げれられている地図に視線を落とした。地図はこの近辺のものらしく、赤い線が一本引かれていた。

「その赤い線はクレストの輸送部隊が通るであろうルートだ。依頼内容にも書いておいたが、君の任務はクレスト輸送部隊を襲撃し輸送中の物資を強奪して欲しい」

「了解した。ところでだ、このルートを通る時間っていうのは分かるのか?」

 言いながら視線を上げたが、オールバックの男性はマッハと目をあわせないように視線を逸らした。輸送部隊が何日に通るという情報は得たらしいが、正確な時間までは分かっていないらしい。

「すまないが、そこまで正確なものは分かっていない」

「了解。ならばこのルート付近を索敵していたらいいわけだな。ところでだ、もしこの予想ルートが間違っていたり時間の情報が無かったせいで接敵出来なかった場合、報酬は全額支払われるのか確認したい」

「その点については心配しないで欲しい。ちゃんと全額支払おうじゃないか」

「その言葉を聴いて安心したよ。出撃時刻は?」

「今から一時間三〇分後だ」

「了解。それではこれで失礼させてもらうよ」

 礼もせずにマッハは背を向けて、ドーム状の空間を後にして通路を出て歩き出した。何も考えずに歩いていると、当然だが道に迷った。通路の壁に地図でも掛けられていないものかと探したが、そんなものは無さそうだった。額に冷や汗が流れ始める、道に迷うこと自体は問題ない。

 問題なのは、このまま歩き続けた時に変な場所に出てしまうかもしれないことだ。例えばインディペンデンスがよからぬ事をしている現場に出くわしてしまえば、無事に済むとは到底思えない。動こうにも下手に動けず、マッハは壁にもたれ掛かって誰かが通りがかるのを待った。

 どうにも最近、詰めが甘くなっている気がする。




あとがき
 AC書いてる場合じゃないんですがね。シャドーテールズや、シャドーテールズ外伝、黒笛とありますからね。そろそろホラーも書きたいところだよ。えぇ。

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