蘇ったもの後編

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 モニターにインディペンデンスが予想した輸送部隊のルートを表示させる。赤い線で表示されたルート上に自機が位置していることを確認してから、マッハは双眼鏡を片手にコクピットハッチを開けて上半身を外に出した。

 時刻は既に夜半を回り、吹きつける風は冷たく砂交じりであるため肌の露出している部分に当たると痛い。暗いために視界が悪く、遠くがよく見えない。コクピットに戻り、カメラのズーム機能を使用して辺りを索敵するがそれらしい影は無い。

 インディペンデンスから貰っている作戦予定表を小物入れから出してそれに目を通す。この表には今モニターの隅に表示させている輸送部隊の進軍ルートと同じものが書かれている。違う点はそれぞれポイントごとに区切り、予想通貨時刻が記されている点だ。今現在、マッハのストレートウィンドBが立っている地点は便宜的にポイントBと呼ぶ事になっており、予想では後二〇分後ぐらいに北から輸送部隊が来ることになっている。

 北の方角にカメラを向けてズームさせるも、それらしい影は見えず。予想進軍ルートが間違っているのか、それとも時刻が間違っているのか。無線で連絡しようにも、その電波を傍受されてはならないために封鎖されている。頼りに出来るのは、己の頭脳のみ。だがマッハは考えることを得意としない、何かといえば勘で動くタイプであり物事を深く考えようとはしない。

 待ち伏せしているのがばれたかとも考えたが、レーダー画面はノイズが多い。原因は不明だが、磁気嵐が起きているらしい。だからバレルことは無いはずなのだが、インディペンデンスが偽情報を掴まされたのかもしれない。それでも報酬は貰えるのだからマッハにとっては敵が来ない方が嬉しかったりするのだが。

 それにしても何故だろうか。このレーダー画面に映るノイズを見ていると、妙な胸騒ぎが起きる。心臓の鼓動はいつもより速い、明らかに冷静さを失いつつある証拠だ。脱いでいたヘルメットを被る前に額を拭ってみると、汗が滲んでいた。自分でも気付いていなかったが、マッハは焦っている。

 何故だ? と自分に問うてみるが、分からない。ノイズが出ているということはレーダーが利かないということ。レーダーが利かない、以前そんな機体がいなかっただろうか。

 いる。頭部だけを黒く塗られた、白い大型のフロート型脚部を搭載した所属不明のACが。マッハがこの手で、左腕に装備されているMLB−MOONLIGHTで貫いたはずの謎の機体デスサッカー。あれが出る前は必ずレーダーに不調が現れた。だが通信は通じた。まさか、と思い無線封鎖を言明されているが今は確認する方が大事だと判断し通信機のスイッチを入れた。

 無線封鎖を命令されている以上、インディペンデンスに連絡するわけには行かない。となると通信できるところといえば、オペレーターのナターシャぐらいしかいない。確認のためだから、相手は誰だって良いのだし内容なんて二の次だ。

 周波数を合わせて、通信を入れる。僅かな空白の後、通信機の向こうからナターシャの声が聞こえる。

「どうしましたレイヴン? 無線封鎖されているはずでは」

 通信機から聞こえるナターシャの声は明瞭に聞き取ることが出来た。ノイズなんて混じっていない、普段の電波状況の良い時と全く同じだ。これが示すところは磁気嵐が実は起こっていないということ。レーダーのみが潰されている、マッハの胸にある予感は確信へと変貌しつつあった。

「あぁ、そうだったな。すまない」

 それだけ言って通信を終える。ナターシャはきっと怪訝な顔をしているだろうが、姿は見えないが今ここで何かが起ころうとしていることだけは間違いない。しかし、どうすれば良いのだろうか。ここは荒野、身を隠すところは殆どない。北の方角を見てみるが、輸送部隊は現れない。まだ遠くにいるのか、それともルートが違うのか。

 モニターの隅に表示されたままになっている予想ルートに目をやり、この近辺を探ってみようかと考える。だが荒野は広い。下手に動くというのもどうだろうか。高度を取ってみるという方法も考えられるが、夜間で元から視界は良くないしそんなことをすれば敵にバレル可能性が非常に高い。デスサッカーが近辺にいる、いないとに関わらず輸送部隊にはできるだけ見つからない方がよい。

 どうするかと考えてみてマッハが出した結論は、ここで輸送部隊が来るのを待つのではなくこちらから行くことだ。何らかの事情により行軍速度が遅くなっていると推測してのことだ。企業以外の武装勢力、例えばインディペンデンスのような組織に襲われた可能性もある。受けた依頼は物資強奪であるため、もし他の武装勢力に襲われているのならば早々に向かわねばなるまい。

 そうと決まれば、マッハの行動は早い。即座に進路を北に向けて、ブースターを噴かせるためにペダルに掛けた足に力を込める。

 その時だ。

 空気が変質したような気がした。背筋に寒気が走り、思わずペダルを踏むのを躊躇った。息苦しいと感じた。空気そのものがコールタールのような粘着質の液体に変わり、全身に纏わりついているかのようだ。その中には得体の知れない気配が内包されており、それがマッハの心を騒がせる。

 そしてこの感覚には覚えがあった。デスサッカーが現れる時、何故かやつはこの雰囲気あるいはオーラのようなものと共に現れる。これは、来る。マッハはそう確信した。

 短く息を吐いて気合を入れ、ペダルに足を踏み込んだ。ブースターに火が灯り、機体が加速され軽減されているとはいえ前方からのGが全身にかかる。既に慣れた感覚であり、今では心地よくすらある感覚。これを感じていると、戦地に赴くのだという実感がマッハの中に湧き出してくる。

/4

 モニターの中に光が映った。方角は北で青い光だ。そして爆音。衝撃波こそ伝わってこないが、かなりの規模であるには間違いない。戦闘がそこで起こっていることは明らかだった。方角から考えるに、間違いなく輸送部隊がそこにいるはずである。このまま待っているわけにもいかず、マッハはオーバードブーストを起動させた。

 一瞬で距離が詰まる、とはいえ元々かなりの距離が開いている。一度のオーバードブーストでは接近することは出来ず、一度地面に着地、歩行しつつエネルギーの回復を待つ。エネルギーの回復を確認してから、再びオーバードブーストを使用。モニターの中に、白い機体が映った。

 白い機体、どこの企業も製造されていないパーツを使われたその機体は頭部のみを黒く染め上げ夜間に見れば首が無い様にも見える。この機体を知っている。一度撃墜したはずの機体、どれだけ憎んでも憎みきれない唯一無二の親友と呼べる男を葬り去った敵だ。名はデスサッカー。

 マッハの胸の中に火が灯った。黒く燃え盛るその炎に熱せられ、デスサッカーの名を吠えていた。それでいて頭の中ははっきりと澄み渡っている。距離が近付き、デスサッカーの足元に黄色のACが倒れ銃口を突きつけられていることに気付いた。輸送部隊の護衛に雇われたのだろう。

 そういえば、モニターには輸送部隊が映っていない。他は既に撃墜されたということか。とはいえ、まだACが一機残っていることに変わりは無い。マッハの目的はデスサッカーの撃墜であり、地面に転がっているACと戦うのは本意ではない。そんなことをすれば半ば強制的な契約破棄になることは分かっていたが、識別信号を中立のものに変更することを躊躇わなかった。

 六連装小型ミサイルの照準をデスサッカーに合わし、ロックオンすると同時にトリガーを引く。気付いていないのかデスサッカーは頭部すらこちらに向けることなく、全弾をその身に浴びた。だがおそらく傷は無いだろう。爆炎はすぐに納まり視界がクリアになる。攻撃を受けたためか、デスサッカーは倒れているACから離れていた。

 黄色のACのすぐ側、つい先ほどまでデスサッカーがいたところに着地し黄色のACへと通信回線を開く。こちらが通信を入れるか入れないかの間に、黄色のACは立ち上がっていた。

「そこのレイヴン、機体は動くか? 動くんならさっさと逃げろ、せっかく助かった命なんだ。大事にしないとな」

 空白があった。ほんの一秒にも満たない僅かなもの、だが今のマッハにはそれすらも貴重なものに感じられ返事も無ければ行動もしない名を知らぬレイヴンへ苛立ちを感じた。

「あんたあの機体と戦うのなら絶対にや――」

「黙れ! 俺はあいつにどうしても返してやらなきゃならない借りってのがあるんだ。他人のあんたが口出すんじゃねぇよ」

「あぁそうだな。ありがとう」

 黄色のACがオーバードブーストを起動させて離脱していくのをマッハはレーダー画面で見ていた。そこにデスサッカーの反応は無い。デスサッカーにライフルを向ける。デスサッカーは銃口を下げ、両肩に装備されている高出力エネルギーキャノンも展開していない。ただそこに佇んでいるだけ。

「何で、お前はいるんだ? 確かに撃墜したはずだ」

 オールバンドで通信を流しているため、デスサッカーの中にいるであろうパイロットには聞こえているはずだ。しかし、当然というべきか返答は無い。それが当然のことと理解してはいたものの、無視されたのだと思うと思わず歯噛みしてしまう。そしてすぐに落ち着け、と一言呟いた。

 デスサッカーは強敵だ。もしかするとアリーナ一位のアリオッホよりも強いかもしれない。それでもマッハはデスサッカーに負けるわけにはいかない。戦うのならば、勝つことしか認められていないのだ。

 亡き戦友のためにも、デスサッカーを倒すと決めた。それを為したと思っていたが、今こうして奴はいる。デスサッカーは機体であり、もしかしたら別のものかもしれない。しかし、マッハいやミカミにはデスサッカーと同じ姿形をした敵がいるというのが我慢ならない。

 既にロックオンは完了している。オービットとミサイルの両方を撃ちながらオーバードブーストを発動させ、距離を詰めながらもライフルを撃ち続ける。デスサッカーにしては珍しく回避行動を取り、ライフルとミサイルは避けられたがオービットはしつこく追いすがりレーザーを白い機体に浴びせ続けた。

 ダメージは殆ど無いものと思われる。どういう技術が使われているのか知らないが、やつの装甲は並大抵の武器では傷つけることすら出来ない。デスサッカーを落とすためには、左腕に装備されているMLB−MOONLIGHTの一撃を見舞う必要がある。それも、リミッターを解除し通常以上の出力を発生させてだ。そうでもしなければ、一撃で仕留める事等不可能。一撃でなければ幾らでも方法があるだろうが、一回で仕留めなければ逃げられる可能性がある。

 完全に、跡形も無く木っ端微塵にしなければならない。

 回避行動を取りながらデスサッカーが後退する。その動きは速い。無くなりかけていたエネルギーをエクステンションを使って強制的に回復させて、追いすがる。それでもブレードを見舞えるぐらいの距離にはならなかった。もう一度エネルギーを回復させようかとも考えたが、機体温度を考えるとそれは出来ない。

 仕方なくオーバードブーストを解除すると同時に、再びライフル、ミサイル、オービットによる攻撃を加える。そのほぼ全てが命中し、砂塵が舞い上がる。ブースターを使わず、機体を走らせて距離を詰める。このぐらいでヤツが沈むはずは無いのだし、慎重にゆっくりと距離を詰める必要がある。

 突如、頭から冷や水を被せられたかのような冷たい感覚に襲われた。来る、と確信して三時方向に回避行動を取る。次の瞬間、ライフルから放たれたと思しきエネルギー弾が横を通り過ぎた。砂塵が収まる、ライフルを構えたデスサッカーが現れた。やはり傷は一つも無い。

「しつこいヤツだよ、お前は!」

 そう吐き捨ててライフルを撃ちながら距離を詰める。デスサッカーの背中から蒼い光が放たれた、その直後に急加速。突然のことに、一瞬ではあったが、デスサッカーの姿を見失ってしまう。レーダーを見るが姿が解らない。背後からの圧迫感を感じ振り返ってみれば、そこにはデスサッカーの姿がある。

 エネルギー弾が飛来してきた。単発ではなく、連射で。回避行動を取るが、至近弾の爆発により思うように身動きが取れない。デスサッカーのエネルギーは底無しらしい、撃つのを止めない。このままでは時間の問題だ、そう感じた時に直撃弾に見舞われた。

 激しい衝撃。警告音が鳴り響いた。一瞬ではあったが、目の前が白くなり治った時には暗闇に包まれていた。メインカメラがやられたらしい。すぐにサブカメラに切り替わるが、こちらには暗視スコープが付いていないせいで視界が悪い。しかしデスサッカーの色が白いために、暗い中でもはっきりとその姿を視認することが出来た。

 ついさっき、決定的なチャンスがあったというのにデスサッカーは撃ってこなかった。今やつは銃口をしたに下ろし、あるのか無いのか分からない頭部カメラでじっとこちらを見ていた。ヤツの狙いは何なのか、マッハには分からない。ただ、馬鹿にされているとは感じた。頭に血が昇りそうになるが、ここでは落ち着かなければならない。冷静な思考を保たなければ、ヤツに勝つことが出来ない。

 三度、装備しているブレードを除いた全ての武器を放つ。回避行動を取られるが、逃がす気は無い。視界は悪いが、FCSが正常に作動しているのならば見逃すつもりは無かった。ミサイルは当たらなかったが、ライフルとオービットは確実にデスサッカーの装甲を焼き火花を散らせた。

 ダメージが与えられたせいなのか、デスサッカーの動きが僅かに鈍った。その瞬間に両肩についているミサイルとオービットをパージし、オーバードブーストを起動させて一息に距離を詰める。

 ブレードのリミッターを外し、左腕を振り上げてトリガーを引く。MOONLIGHTから伸びる刃の光は青ではなく、白。それが示すのは通常のものよりも温度が高いということ。つまり威力はMOONLIGHTのさらに上。エネルギーの消費量が半端ではなく、また左腕の動力供給に問題が生じる可能性もあるため、普段は決して使うことが無い。そして今、使うときが来たのだ。

 白刃を発生させているブレードを振り下ろす。下からは同じようにデスサッカーがブレードを振り上げていた。両者の間でブレード同士が激突し火花を散らした。マッハは押し切れると思っていたのだが、両者の力は拮抗しこれ以上先に進ませることが出来ない。一瞬、刹那とも言うべき僅かな時間であったがマッハの思考は止まった。

 それがいけなかった、状況を認識することが出来ずデスサッカーの銃口が持ち上がっていることに気付けなかった。それに気付いた時にはもう遅い。銃口は脚部に向けられており、即座に回避しようとしたが距離が近すぎる。直撃を受けて、左足が吹き飛ばされた。その衝撃で後方に飛ばされ、尻餅を付くような形で地面に倒れこんだ。

 片脚を失っている状態では立ち上がることなど到底出来ず、せいぜい砲台になることぐらいしか出来ない。しかも今装備しているのはライフルとブレードのみ。大した攻撃力はないし、回避することも出来ない。脱出したところで、死ぬという結果からは逃れ得ないだろう。

 デスサッカーが近付いてくる。負けたのだからいっそのこと一思いに撃ってくれればどれだけ楽かしれない。ほぼ零距離まで近付いたところで、デスサッカーはストレートウィンドの左腕を斬りおとした。続いて右腕。嬲り殺しにするつもりらしい、趣味の悪いやつだ。

 次はどこなのだろうか。おそらくコクピットが破壊されるだろうと考える。そうなれば死ぬしかない、とはいえこうなれば死ぬ以外に何の結末も用意されてはいないのだが。だというのに、落ち着いていた。死ぬことに対して不思議と興味は無かった。自分がここで終わるのだと分かっていても、実感できていないのかそれとも感覚が麻痺しているのか。

 恐怖は無いにせよ、申し訳の無さがあった。デスサッカーに倒された戦友の仇は、結局取れなかったのだ。それだけが、先に逝ってしまった彼に対して申し訳が立たない。

 デスサッカーのブレードが振り上げられた。その位置から察するに、狙っているのはコアパーツだろう。親友に対して悪いなと思いながら、マッハはデスサッカーのブレードを見ていた。そのブレードが装備されている左腕の装甲が突如として爆ぜた。

 またもやマッハには何が起こっているのか分からなかった。デスサッカーもそれは同じらしく、ほんの短い間ではあったが動きを止めていた。

「エンゲージ。デスサッカーを確認、これより戦闘に入る」

 ノイズ交じりではあったが、聞き覚えのある声が聞こえた。その声を聞いた瞬間、耳を疑うことしか出来なかった。口調こそ違ったが、その声は紛れも無く彼のものだ。だが、何故? 彼はデスサッカーによって倒されたはず。彼の遺体をこの目で確認している。

 モニターの中、デスサッカーが急速に後退し黒い一機のACがその後を追う。黒いACの機体構成は見間違うはずが無い。何故ならばそれは、以前マッハとコンビを組みあらゆる戦場を共に駆け巡った友の機体であった。

 友の名を呼んだ。黒い機体は動きを止め、振り返るとストレートウィンドを見下ろしその赤い眼がきらりと輝いた。ただそれだけ。すぐに黒い機体は反転し、オーバードブーストを起動させてデスサッカーの後を追う。制止の声を掛けたが、止まろうとすることも無く黒い機体は夜の闇へと消えていった。

 追いかけようにも片脚は既に無い。立ち上がることも出来ず、マッハはモニターを殴りつけた。


登場AC一覧
ストレートウィンドB(マッハ)
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エルダーサイン(コル=レオニス)
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Lブラック(O・B)
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