『L'HISTOIRE DE FOX』
 十話 新生 -大切な場-

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 薄暗い部屋の中、端末のキーボードを叩く音と、ファンの回転する音が聞こえてくる。そこにはしっかりとしたスーツに白衣姿の研究員らしいものが数人いて、皆一心不乱に端末の画面に映る映像とグラフ、データの数値を睨みつけていた。

 そこへまた一人、白衣姿の男が入ってきた。まだ年齢は20代後半ほどのようだが、既に髪には白髪が混じり始めており、不健康そうにやつれた頬をしている。

「やぁ諸君。この前獲得した新しいデータの解析は何処まで進んでいるかね?」

 男はどこか馴れ馴れしい話し方で全員に挨拶をするとおもむろに一つの端末へと近づいた。そうして周りの研究員同様、数値化されたデータを呼び出すと自分も眺めだした。

 それはこの前の実験で得られたデータだった。こちらの所属ACのデータから戦闘した相手のものまで、同時に映し出された映像記録には左腕だけが赤いACに真上からの至近距離攻撃を受けているときのものだった。

 どうやらそのACに攻撃されている機体に搭載されていたコンピューターの映像記録らしく、激しい衝撃に映像が激しく揺れながら次の瞬間にはブラックアウトした。同時に、画面には『α6、機能停止』と言う表示が出る。

「ふむ……やはりランカーレイブン相手ではまだαシリーズは役不足か……。君、ケーニッヒ01のデーターはあるかね?」

 次に、近くの研究員へと指示を出すと即座に目の前の端末画面に新しい映像が映し出される。それはさきほどのACとは異なり、青い色のものが戦闘している映像だった。映像状況はさっきと同じような、正面から対峙したもので。おそらくこれも先ほどと同じように撮影されたものらしい。

しかし戦況はさっきとまったく逆だった。今度は青いACが攻撃を受け、追い詰められていく映像が写っているのだ。ブレードで斬られ、装甲が焼けとけ、ミサイルが脚部に命中し火花を上げる。

 しかし、トドメというところで青いACは立ったままエネルギーキャノンを展開したかと思えば、紙一重で致命傷を避けると至近距離からの一撃を叩き込まれる映像を最後にこれもブラックアウトした。

「主任。これを最後に心音、脳波、その他の反応が消失。ケーニッヒ01は撃破されています。」

「ふむ……こちらもまだまだ改良の余地ありか……最後のデータ記録解析は出来ているかね?それなら即座にそれをケーニッヒ02にダウンロードして新しいパターンの戦闘実験をスケジュールに組み込みたまえ。」

 それは、聞いて妙なものだったような気がする。まるで生きているようだが扱いは部品のような白衣の男達の話。しかし、此処にそれを誰一人おかしいと思っている人物はいないらしく、誰も疑問の声などを上げぬまま作業を続けている。

 主任と呼ばれた男はそれだけ指示を出すと立ち上がった、そうして今度は壁にある大きい画面に先ほどの青いACの戦闘記録を映し出すとどこかそれを楽しそうに眺める。

「さぁ、実験をまだまだ続けようか……No,7105。いや……ソイル君。」

 それは画面に映る青いAC、ブルーテイルに対してだということをわかっている研究員達は知っている。そうして、気持ちは主任と皆同じだった。これでまだまだ研究ができる。今、本社は三大企業との抗争で大変になっているようだが知ったことではない。

 例え本社、プロフェットがなくなってもスポンサーなどほかにもいるのだ。だから今はまだ研究を、実験を、データ収集を続ける。それこそが我々、研究機関の本分なのだから……。


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 ぼんやりと見えるおぼろげな過去の記憶。それほど昔ではないはずなのに、なんだかそれはとても懐かしいものに感じられる。今となっては見慣れたルナにヴォルフ、二人は動かなくなったACに困り果てている自分を助けてくれた。

 最初はそれこそ、自分から二人のことを警戒してまったく馴染めず、信用できないでいた。それこそ、飼い主に捨てられて人間不信になった犬のように。しかしそんな自分に二人はまるで家族のように接してくれていたのだ。

 それは自分にとって何時しかかけがえの無いものになっていく。そうしてそのうち、レイブンとして活躍する二人を手伝うようになったことはいうまでも無い。そんなある日、ヴォルフは折り入って話があると自分達のACハンガーに自分を呼び出した。

 最初はもう此処から出て行くように、そう告げられるのではないかと不安になった。だがそうではなかった。彼はハンガーに付くと一機のACを見せてくれたのだ。それは自分の乗っていたACではなく、一緒に拾われた青いAC……姉のブルーテイルのすっかりと修復された姿だった。

「………これは…?」

「みての通りだ……お前にはこれで少し、働いてもらいたい。」

 彼は短くなっていたタバコを携帯灰皿に突っ込むと改まってこちらへと向きなおした。

「このACを使って、ルナとコンビを組んで欲しい。もちろん報酬は払うし、今までどおり此処で生活してもらって構わない。おまえに対してまったくメリットが無いわけではないから良いだろう?」

「……ルナと……?しかし、彼女とはヴォルフが組んでいるじゃないですか。」

 彼は苦笑いを浮かべるとまた新しいタバコを取り出す。そうしてどこか古びたジッポライターで火をつけると大きく吸い込んで、ゆっくりと煙を吐き出した。

「生憎、俺は歳だ……此処のところ腕もなまった。何時までも孫と並んで、護りながら戦う自信が無い。……だから俺の変わりにあの子を護って欲しいんだ。」

 自分はゆっくりとブルーテイルを見上げた。自分が、姉も護れなかった自分がほかの人を守るなど……。それは少しだけ不安でありながらも嬉しい頼みであったのかもしれない。

 自分はまだ必要とされている。だからそれに答えて、今度こそ護って見せたい……。同時にそれは今いるこの、大切な人と過ごすための場所を護るためでもある。小さく胸の中に秘めたその思いを、小さく頷くことで彼に伝えた。彼もそれに笑みを浮かべるとまた、タバコを一吸いして。

 それは自分がここにいる、戦っている理由だった。復讐じゃない、何時しか忘れかけてしまっていたその気持ちをまた感じつつ。今もう一度だけ、改めて思う。『自分は此処に居たいから戦っているんだ』と……。


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 何でだろうか。この頃ずいぶんと昔のことを思い出すような気がした。今だって、思い出していたその記憶に自然と瞳からは涙がこぼれていた。しかしそれは嫌ではない、むしろなんだか心が落ち着いていくような気がした。

 ここは無機質なコンクリートのむき出しになった壁の部屋。ただ安いパイプベットに冷蔵庫と椅子だけが置かれたその部屋は到底病室には見えないだろう。むしろどこかの牢屋にでも入れられたような、窓一つ無い部屋であるからかそう見える。

 ベットから起き上がろうとすると少しだけ鈍い痛みが走り。体を見れば包帯がいたるところにまかれていた。それは前回の戦闘で負った怪我である。幸い包帯の巻かれた量のわりには体も動くし、痛みもそれほどではない気がするから重傷ではないのだろう。

 あの時はほとんど、出血の量が多すぎて意識が無かったからどうして自分がここにいるのかよくわからない。ベットから足を降ろして立ち上がろうとするタイミングで今度は入り口のドアが開いた。

「おや?起きたのかい。……一応くたばってはいようだね。」

 入ってきたのは60歳後半ほどの女性だった。ブラウンの髪に、ほっそりとした顔にはうっすら皺が入っている。口元には前時代の遺物ともいえる煙管(キセル)という奴を銜えており、どこか目つきは鋭く狩人のような雰囲気を持っている。

 彼女はルザルア。ヴォルフの知り合いでACパーツのジャンクショップを経営している人物だった。若い頃はレイブンであり『深紅の救済者』という二つ名を持っているほどの腕前であったと同時に、どういうわけか医師免許も持っており時折こうして怪我をすると診てくれるので色々と助かっている。

「まったく、斬った貼ったの商売なことに代わりはないが……縫合23針、切傷大小19箇所。肋骨、腕に各一箇所ずつのひびが入った骨折。ついでに打撲に火傷、大量出血とずいぶんと面倒な状態で運び込んできて。まったく……。」

 カルテを片手に壁に寄りかかるとすらすらと現在の自分の体の状態を読み上げていく。もしあの時、ヴァルプリス達の応急処置がなければ自分は死んでいたのだろう。そのあと治療してくれた彼女がいなくとも結果は同じだっただろうか……。

 少しだけ疲れた様子でベットにカルテを投げると彼女は近づいてきて、直ぐに一発拳骨を頭に叩き込んできた。その衝撃に痛む体と一緒にジンジンとする頭部。思わず声を上げると彼女は煙管を口から離してため息をついた。

 「無茶するなってあれほど言っただろう、ソイル坊や。あと、起き上がれる元気があるなら早速ハンガーに行きな。ヴォルフがまってるよ。」

 「いつぅ……ヴォルフ、が…?何でですか……?」

 「あたしが知るもんかい。ほら、さっさといきな。こちとら何時までもあんたを構っているほど商売は暇じゃないんだ。」

 相変わらず口が悪い彼女に苦笑を浮かべつつ、ベットから降りると少しだけ体を動かして確認してみる。彼女の治療技術が高いのか、痛みは確かに傷のわりには少ない。ルザルアに小さく頭を下げて礼を言うと部屋を出て行った。

 後ろから『治療費は後払いだよ』と叫ぶ彼女の声を聞きつつ、話通りハンガーを目指すのだった。この場所からはそれほど離れているわけでもないので、数分でつくことができる。

 いつもどおりの見慣れたハンガー。しかし本来自分の愛機が置かれている場所にはACは無く、変りにシートがかかった何かが置かれている。予想は出来ていたが、それを確認するためにシートを引っ張れば現れたのは案の定大破したブルーテイルだった。

 最後のニュクスの爆発に巻き込まれたためか、破壊された両腕だけではなく頭部と左足が膝からなくなっていた。同時に装甲の青い塗装も熱で溶け、白い部分と混ざり合ってマーブル状になっている部分さえある。

「頑丈なコアでよかったな。アレだけの攻撃と衝撃を受けてあの程度の怪我で済んだんだから。」

 不意に背後から聞こえた声に振り返れば、ヴォルフが立っていた。彼はタバコを銜えつつゆっくりと近づいてくるとそっと肩に手を置いて笑顔を見せた。

「……よく生き残ってきたな。」

「……すみません、心配かけて……。」

「それは俺よりルナにいってやってくれ。凄く心配してた様子だっ―――」

 彼が言い終わるよりも早く急に横方何かがぶつかる弱い衝撃。そちらへと目を向ければ、自分の左腕をしっかりと抱きしめているルナがいた。彼女は顔を上げずに、こちらの肩に額を乗せるようにすると小さく震えている。

 それは、彼女が泣いているのだと分った。また、泣かせちゃった……。小さく謝ろうと口を開けた瞬間、彼女は顔を上げてこちらの胸を小さく握った手で軽く叩いてきたのだった。

 「この……バカソイル!!心配かけて……一人で戦っちゃって、っ…このバカ、バカバカバカッ!!っ〜大バカああぁっ!!」

 まるで駄々をこねる子供のように、泣きながらこちらの胸を何度も叩き続ける。それだけ心配させてしまったのだ。ただ自分はそれに何も言わないで叩かれ続け、っていたのだが……最後の最後で思いっきり力を込めたボディブローがクリーンヒットしてきた。

 いや、さすがに。いつもどおりだったら耐えられるほどのものだろうが今の体の状態ではきつい。走った激しい傷みに思わず声を上げてその場にしゃがみこんでしまった。

 「って、うわ、ごめんソイル、ちょっとやりすぎちゃった!! だ、大丈夫!?」

 「っぅ……い、一応……はっ…。で、でも、出来ればもう少し優しくしてくださいっ……。」

 痛みから、どこか青白くなった顔に冷や汗が浮かび。よろよろと立ち上がって、改めて彼女へと向きなおすその様子にヴォルフは苦笑を浮かべていた。少しだけ呼吸を整えるように深呼吸をする。

 「……ただいま、ルナ。」

 「っ……お帰り、ソイル。」

 苦笑交じりに話す自分とは対称的に、涙で瞳を濡らしながらも嬉しそうに微笑む彼女。そのままもう一度、今度は体を気遣ってかゆっくりと胸に寄りかかるように抱きついてきた。

 そんなルナを自分もそっと抱きしめ、片手で頭をなでると少しだけ普段あまり意識していなかった彼女の女の子という感覚が伝わってきたような気がした。細くて柔らかく、なんだか良いにおいのする彼女はあまり強く抱きしめると壊してしまいそうなほど儚い物の様で。

 しばらくそうしていたかったが、直ぐ横にいたヴォルフは片目でこっちを見つつ小さく咳払いする。それを聞いて自分もルナも、顔を赤くすると急いで離れた。恥かしそうに顔を赤くしつつ苦笑を浮かべる彼女。

 「さて……話は変るがソイル。おまえに見せたいものがある。」

 改めて笑みを浮かべるヴォルフはハンガー奥へと歩き出しつつ。このハンガーは彼が若い頃レイブンとして活動していた頃から使っているもので、いくつかACを並べるスペースがある。

 しかし、この頃此処を使うのは自分とルナ、ヴォルフのACだけであり奥には何もおかれていないはずだった。だが奥に行くにつれ、今は何かがおかれているのが見えてきた。それはACだろう、シートにくるまれているためにどんな機体かはわからないのだが。

 ヴォルフは機体の足元まで進むと、そこに垂れ下がっていた紐を手に引っ張った。すると上のほうから機体を包んでいた布が外れて、その全貌を露にする。

 それは自分が研究機関にいたときに乗っていたACだった。といっても一部の構成パーツは変更され、武装はあの時と違ってブルーテイルのものが一部使われている。カラーリングも全身灰色だったのだが今はブルーテイルと同じ青をメインにしたものに変更されていた。

 「ブルーテイル、TYPEUって所か……?悪いが壊れた元のブルーテイルから内部パーツの一部と武装を移植させてもらった。同時にいくつかルザルアのところからパーツをまわしてもらって完成したんだ。」

 そういうとヴォルフはACの起動キーを投げてよこしてくる。それを受け取ると、もう一度彼を見て。なんだかあの時と同じような状況だ。改めて起動キーのほうへと視線を落とすともう一度あの時感じた気持ちがよみがえってくるようだった。

 まだ、自分は此処で必要としてもらえている。だったらそれに答えるしか、自分のとるべき道はない。

 「ソイル。あんな、怪我した後で悪いが……もう一度―――」

 「分ってるよ、ヴォルフ。……あの時と同じ。僕の答えは変ってないよ。」

 もう一度見上げた、新しい姿になったブルーテイル。これでまた戦う、護るために、研究機関と。それは真っ暗闇だった自分の進むべき道に一つだけ光が灯ったような、そんな気がした……。


登場AC

ブルーテイル(TYPEU)  &Ls0055E003G000w00ak02F0aw0G013GENE1W0F2#

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