『L'HISTOIRE DE FOX』
 九話 兄弟 -研究機関-

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 スカイリッパーが空へと昇る黒煙を切り裂き飛び出すと、燃えあがる炎にその装甲を赤く照らされる。攻撃力強化型マシンガンのガトリング状のバレルが高速で回転を続けて、そのたびに凄まじい勢いで破壊という敵意がこもった弾丸が放たれた。

 今、彼はまだ二体の敵ACを相手に戦闘を続けている。だが状況はそれほど悪いわけではない、そうこうにある程度被弾した跡もあるが機能低下を招くようなものではない。むしろ相手を翻弄するように余裕のある動きで対応していたのだ。

 それに対して敵AC二体はどこか焦っているように思われ、コンビネーションも次第にその精度を低下させていった。それはランカーレイブンであるヴァルプリスが見逃すわけも無く、残弾が一桁になった両腕のマシンガンを投げ捨てると収納武器からフィンガーバルカンを両手に取り出した。

 それに対して眼の前の近距離型ACは左手のブレード以外全てをパージして、機動性の確保を図ってきた。それにあわせて放たれる遠距離型ACのミサイル。それで回避したタイミングでブレードでも叩き込もうと思ったのだろうが、それは無駄に終わった。

 スカイリッパーは逆関節特有のジャンプと瞬間機動で近距離型ACをギリギリの軌道で飛び越えるようにしつつ、同時にミサイルを回避すると一気に後方の遠距離型ACへと迫ったのだ。ミサイルしか装備していない、援護のみの戦闘しか考えていない装備である相手はもちろん反撃の武装を持ち合わせていない。

「役割に頼り、装備が偏りすぎなんだよ、おまえらは!!」

 ほぼゼロ距離に近い位置で放たれるフィンガーの凄まじい弾丸の嵐。威力こそ先ほどのマシンガンに劣るものの、その発射弾数と着弾密度はそれ以上のものである。その上、軽量級で二機での協力した高機動戦闘スタイルを主体に組まれた敵ACの装甲は薄い。

 あっさりと装甲の対弾性能を上回った攻撃は頭部を粉々にし、コアと肩から穴だらけにされた遠距離型はスカイリッパーが離れるのと同時に上半身が爆散した。これで相手はブレードのみの相手が一機のみ……。

 その頃、レッドレフティーの戦況も優位に進んでいた。既に片方の近距離型を至近距離でのコアへの集中弾で撃破した彼女は次に遠距離型へと襲い掛かる。必死でミサイルを放って距離を取ろうとする敵AC、しかしその全てが彼女にとってはわかりきった軌道だった。

 ほかの兵器とは異なりミサイルは追尾性能に優れる分、命中精度は良いといえる。しかし反面、弾速はほかに劣る上に軌道が読みやすいのだ。同時に近距離ではロックオンまでのタイムからの発射に時間が掛かって、どうしても照準がつけにくい。

 信じられないほどの反応速度と機動性で眼の前から急速に真上へと飛んだ彼女は、先ほど同じくコアへとマシンガンと携帯グレネードを叩き込んで止めを刺した。粉々に砕け散る炎と破片に機体を叩かれながら、それなどまったく気にせずにゆっくりとした動きで辺りを見回し。

 するともう一機、ACを撃破するスカイリッパーが見えた。もはや敵の姿もこれで無い。同時に一緒に来たはずの青いAC、ブルーテイルの姿も見えなかったが彼女にとっては関係の無いことだった……。


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 眼の前にコックピットにレーザーブレードで大穴をあけられ横たわる青い機体。さらに同じようにコックピットへと至近弾を叩き込まれた跡があり、並ぶように倒れている暗緑色のAC。その傍らに立つ灰色のACはその二体を見下ろしていた。

 灰色のACも機体各所に戦闘による損傷があるようで、残っている武装はいまだに銃口から硝煙をもらしている右手のライフルと左腕のレーザーブレードだけだった。

「………。」

 無言で見下ろす灰色のACパイロット、ソイルはただ何も考えていなかった。いや、考えることなどできなかった。自分でさえ何がどうなったのか、よく覚えていないのだ。何で二機とも倒れている?青いのは姉のブルーテイル、もう一機は友達のニュクス。一体此処で何があったのか……まるで麻酔でも打たれたかのようにうまく回らない頭で必死で思い出そうとした。

 そんな時、このアリーナのようなホールへと走りこんでくる何かがレーダーに映される。コンピューターは『AC接近』とだけ短く告げてきた。それは自分の機体よりも白い、研究機関で主に使われるACだった。

 研究機関、自分達を改造して生み出した彼らはあるランク以上の実験体にACを与える。さらにその上位者、実力者やその見込みがあるものにはある程度のカスタマイズとパーツ構成を変えた機体が与えられるのだった。それに該当するのは自分と姉、そしてその友人だけだった。

 今思えばその三人だけがこの実験に投入されたのはどういうことだったのか……研究機関のACは自分をぐるっと囲むように移動すると、そのタイミングで通信回線が開かれる。写ったのは研究主任である男だった。

 どこか病的に白い肌にやつれたような頬、まだ20代後半くらいだというのに髪には白いものが混じっておりどこか病に犯された病人のようだった。しかし瞳だけはまるで新しいおもちゃでも見た子供のような輝きと、何かにとりつかれたかのような濁った色が混ざり合ったものをしていた。

『すばらしい……すばらしいぞ、No,7105。まさかおまえが残るとは思わなかった……しかし、すばらしい研究結果だ。」

 まるで好きなものをみて夢中になっているかのようにはしゃぐ声。何でそんなに楽しいのか……姉も死んでしまった。親友も殺してしまった…?殺して、しまった?自らの頭に浮かんだ単語に、はっとぼやけていた頭が氷水にでも入ったように醒める様な感覚に襲われる。

 自分の機体の持っている硝煙をもらすライフルへとカメラを動かすと、不安は核心へとつながった。そうだ、彼は……。

『君がNo,4486を撃破するとは。これで君は完成品であったNo,5921をも越えたことになる。さぁ、帰ったらまた実験とデーター収集だ。早く帰還しなさい。』

 楽しそうな声で話す彼、機関を命じられるが自分は動こうとしない。それに対して彼は数回、何かを話しかけてくるが無反応の実験体にため息を漏らし。周囲を囲んでいるACにつれて帰るように指揮を出した。

 ゆっくりと近づく白い軽量AC。しかしその手が灰色の、自分の機体に触れることは無かった。それよりも早く、振り向くように放たれたレーザーブレードによって上半身と下半身が切り分けられたからだ。

 残りの二機はそれに驚いたようだが『連れて帰る』という命令しか聞いていないためか、反撃に出ることが一瞬遅れてしまった。そうして、その一瞬の間にコアへとそれぞれライフルの至近弾と、ブレードが突き立てられる攻撃によってあっさりと撃破されてしまったのだ。

 それに対して研究主任は何も出来なかった。指揮を出す暇など無く、破壊されて倒れている白いACをみてただ口をあけたまま驚きの表情を浮かべている。そんな彼のことなど放って置いて、自分はライフルを捨てると横たわるブルーテイルを抱えるように起こした。

 さすがに損傷している自分機体ではAC一機を持つというのは少々無理があるようだが不可能ではないようで、損傷した関節から火花が散るが何とか歩き出した。

『あ、あは…、あはははははぁっ!!すごい、すごいよNO,7105!!僕に反逆?命令無視の上に一瞬で三機もっ、あははははははぁっ!!』

 一体何がおかしいのか、よくわからないが笑い続ける彼の通信回線を閉じると自分が此処へと来るために通ったくらい通路へと歩いていく。

「…待っていろ、研究機関……お前らは俺が殺してやる…。」

 誰に聞かれるわけでもない呟き、それは自分に対して、自らに巻きつく鎖を断ち切るためへの決意を言い聞かせるためだったのかもしれない……。先の見えない未来、今のような真っ黒い通路を歩く自分に対して。


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「ハッ!?」

 気を失っていた間にフラッシュバックしたかのように浮かぶ過去。しかしそれに対して今は何か、感情を持つほど余裕は無かった。一体それだけ気を失っていたのか、時計を見ればほとんど一瞬だったことがわかった。

 機体の状態を確認すると既に損傷は中破に達しそうになっているらしく。特にコアはブレードの攻撃を直撃し、幸いコックピットや動力系に達しなかったが斜めに装甲が溶けている。直ぐにでも移動を開始すると同時に、今さっき自分がいた場所へと激しい光を放つ光波が叩きこまれた。

 ブルーテイルはすぐさまその方向へとマシンガンを放ちつつ、ニュクスとの距離を開けるように小刻みな小ジャンプを繰り返して移動している。それを追うニュクスも同じような動きで迫ってくるが、その速度は明らかにブルーテイルより軽量な分上回っていた。

 次第に詰まる距離。もしパイロットが自分の知っている、彼なら接近戦に持ち込まれれば明らかに不利になる。しかし弾幕のために放っているマシンガンは一向にニュクスを捉えない、むしろそれがより自分を焦られて攻撃を乱雑にさせているようにも思えた。

 必死で自分に落ち着けと言い聞かせようとした一瞬、建物の影へとニュクスが隠れる。同時に何か、地表を白いものが走ったように思えた。それは対地魚雷、エクステンションと一緒に放たれた数は三発。それがまるで鼠のように地表ギリギリを滑るような速さで迫ってくる。

「くっ!?」

 ブーストを噴かすと高度を上げる、しかしそれでは完全回避にはいたらなかった。少し手前で爆ぜた魚雷はそれぞれ四発の、合計十二発の小型ミサイルとなって襲いかかってきたのだ。コアの迎撃機銃と同時にマシンガンで数発を撃ち落とすが、残りはブルーテイルの脚部へと命中する。

『脚部損傷、機動力30%低下。AP50%、機体ダメージが増加しています。距離をとっての戦闘を推奨。』

 無慈悲なまでに冷静に聞こえるコンピューターの声。これがニュクスの、彼の戦闘スタイルだ。対地魚雷による脚部の損傷による機動性の低下、同時にステルスミサイルとECMメーカーでの牽制から始まって動きが鈍った相手をブレードでしとめる。

 着地する衝撃に脚部関節が火花を散らすと、一瞬バランスを崩す。それを待っていたとばかりに、建物の間からOBの光が見えた。ブースターではできないほどの速度で迫ってくるニュクスは、そのままの速度でブレードを展開してブルーテイルのマシンガンを切り裂く。

 レーザーの熱で暴発した弾丸が右手の肘から先を吹き飛ばしていくが、その反動を利用して後ろへと下がった。同時にミサイルで牽制しようとするのだが、ECMによるジャミングによってロックオンはキャンセルされてしまう。

「くっ!?やっぱり、マーズなのか!?」

「………。」

 全周波数での通信、聞こえているはずなのに返事は無い。それがわざとか、それとも何かほかに訳があるのか。どちらにしてもこれでは確かめられない。しかし予想はついていた。あの戦闘スタイル、研究主任の言葉から……パイロットは自分の友人、マーズではないか……と。

 しかしそれも、自分の記憶が正しいならありえないことではあった。なぜなら彼は自分が殺したのだ。あのアリーナのような場所で、姉が死んだ場所で、確かにコックピットをつぶした。

 ニュクスは言葉ではなくブレードによる攻撃で答えてくる。モードを切り替えたブレードから三つの小さい光波が放たれると機体へと直撃して耐熱限界が近づく。もう後どのくらい動けるのか、エネルギーも残り少なく、おそらくは予想しているよりも時間は少ないだろうとため息を漏らして操縦幹を握りなおす。

 もはやパイロットが誰なのか、それを考える余裕は無い。倒さなければ殺される、それは戦場でも、あの研究所の実験でもわからないこと。やりたくはないが、ゆっくりと意識を集中すると同時にあの機体と一体化するような、強化人間の能力を使うための感覚が襲ってきた。

 次の瞬間、目を見開くと一気にブーストをふかした。そうしてあえて相手の間合いへと突っ込んでいくと、ブレードを展開して。ECMでロックオンできないならブレードでの攻撃しかない。そう考えたからだ。

 ニュクスもまたブレードを展開するとお互いのブレードをぶつけあい、はげしいプラズマ同士の反発がお互いのブレードを拡散させては即座に収束させる。一回、二回と切りあったタイミングで今度は距離を開けた。

 同時に後退しつつ、至近距離でエネルギーキャノンを展開すると即座に一撃、ニュクスに向けて放つがそれを読んでいたのかOBをあらかじめ起動させていたらしく凄まじい速さで横へと移動して回避していった。

 そうしてから改めてこちらへと機体を向け直して再度OBを使っての突撃してくるニュクス。トドメをさすつもりか、両方のブレードを展開すると片方は切り払うように、もう片方はコックピットへと突き刺すように引いている体勢をとっている。

 それに対してこちらは何とかニュクスの方向へとブルーテイルを回頭させる、しかしその頃にはすでに目の前までにブレードが迫ってきていた。そのまま狙いすましたかのように切り上げられるブレードが左腕を切り裂き、次は突きがコアを狙って放たれる。

 だが、それはこっちも狙っていたこと。紙一重で機体をずらすとブルーテイルの右わき腹をブレードの突きが貫通した。コックピットブロックの中でもその衝撃と熱にいくつかの回路がショートしたのか、右モニターが激しく火花を散らすと爆ぜるように砕け散った。

 大き目の破片が頬をかすって、深く切りつけ。さらにそのほかにも自分の体へと破片が突き刺さる痛みが走る。それでも、それを無視して操縦幹を操作するとエネルギーキャノンの砲身を下げてニュクスのコアへと押し付ける。ゼロ距離でトリガーを引くと吐き出された光弾は狙いを外すことなく命中した。

 肉を切らせて骨を絶つ、だったか……小さく頭に思い浮かんだ生前の親友マーズの言葉に苦笑を浮かべつつ、攻撃に耐えられなかったニュクスのコアが爆発しブルーテイルは吹き飛ばした。その衝撃と痛みに自分は意識が遠のくのを感じつつ、抗うことが出来ずにいた……。


/4

「………ィル……ソイッ……ソイルっ!!」

 次に意識が戻ってきたときは誰かが呼ぶ声が聞こえるが、なんともぼんやりした感覚。酒で酔ったときとは違う、まるでしびれるように真っ暗になってしまっている視界でうまく辺りが見えない。それは貧血のときになる感覚に似ている。

そういえばあの後どうなったのか……怪我をしているはずだというのにあまりからだが痛いとは感じなかった。代わりにまるで凄くハードな運動でもしたような、体が鉛にでもなったかのような重たい感覚が襲ってくる。

「おい、しっかり意識を保て!!くそっ、ルナはどけ、じゃまだ!!おい、早く医療キットもってこいよ!! 出血が……。」

「ソイル、ソイルゥっ!!」

 一つの声は男で、ヴァルプリスなのがわかる。もう一人はルナだ…もっと耳を澄ませば辺りで忙しそうに機体の装甲の上を走ってくる誰かの足音が響いてきた。まだ暗く、ノイズでも走っているかのようにぼんやりとした視界に写るのはいつものメンバーと、一緒に必死で治療をする彼。

 レッドレフティの姿は見えないが彼女のことだ、こちらがどうなろうと興味など無いんじゃないだろうか。それは少しだけ、寂しい気がした。何でだろうか……もしかするとこれから自分が死ぬと思っているからかもしれない。

 そうなると今も必死で応急処置をしてくれている彼に悪いだろうか……、それにルナも今以上に泣いてしまうだろか……。それよりも戦況はどうなったのだろうか……、今の霞がかったような頭ではそんなことが浮かんでは答えが出ないまま消えていく。

 だんだんと音まで聞こえなくなってくる。唯一つ、ぼやけた視界一杯には涙をボロボロとこぼすルナの顔だけがしっかりと見えたような気がした。同時にまた、意識が遠のくような感覚。今日はよく意識を失う日だなぁ、と苦笑を浮かべようとするがうまくそれまで出来ない。

 今度はもっと、彼女を泣かせないようにうまくやらないと……小さくそう考えながら、また意識は暗闇へと落ちていった……。



あとがき

私の中でレッドレフティ様は『クールで必要以上に世界に干渉しない孤高の人』、ヴァルプリス様は『口が悪いけど友とか大切にしてそうないい人』と言う印象があるのですね。お二人ともお気に入りな方なのでうまく出来ているかどうか不安になりつつ・・・。(汗

登場AC
ブルーテイル  &LG00582w05G000I00as02FE0oa20c3J2Mo02hxj#
スカイリッパー  &LC005f2w03wE01Ya00A02F0aw0Fg52xiVskSM1s#
イリス  &Le000b0003w000A000k00700o02jUtJOOM0lk71#
ニュクス  &Lw0aEb2w05M000Aa00k02F2ww5lpGb4w000r91j#

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