『L'HISTOIRE DE FOX』
 八話 宿命 -教団殲滅-

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 外から響くジェット音、そして伝わってくるその振動にうっすらと目を開ける。此処は輸送機の一室。直ぐ傍にある格納スペースに直結されたその部屋はお世辞にも快適な場所だとは言い難い。無機質な鉄製の壁と、簡易的な椅子があるだけだからだ。今ここには自分ともう一人、Aアリーナ8thのヴァルプリスがいる。

 彼は椅子の背もたれを軽く倒すと脚と腕を組んで眠っていた。目的地までは約三時間の旅は窓も無いこの部屋に閉じ込められたままではさすがに、ただ乗っているだけというのは暇すぎる時間だった。初めは何か彼と話してでもすごそうと思ったのだが、思いのほか話は弾まなかったのだ。

 今回の仕事は六人ものレイブンで行われる大きなミッションだ。その結果、どうしても輸送する機を二つに分ける必要があった。確かに六機のACを搭載できる輸送機は存在する。しかし、それはよほどの大型輸送機になってしまうために今回は準備できなかったのだ。

 そのため自分たちの乗る輸送機の直ぐ後ろには同じように残りのメンバーが乗った輸送機がついてきている手はずだった。

こちらには自分とヴァルプリス、そしてレッドレフティ。二つ目の輸送機にはリザ、クフィー、ルナが乗っていた。本当なら自分もそっちの、話しなれたメンバーと一緒に乗りたかったのだが出発前に軽くマスターと話ためにほかのメンバーより準備が遅れてしまった。その結果、今回のような編成に勝手に決められてしまったのだ。

 まぁ、どうせ輸送機には三機しか積めないのだから結局は誰か一人がこちらに来ることになるのだが・・・。時計を見れば目的地到達時間まで残り三十分。そろそろ準備を開始してもいいだろうと立ち上がる。

「……ヴァルプリス、起きてください。そろそろ準備しないといけませんよ。」

「……んっ…ったく、なんだよ……うるせぇなぁ。」

 起こされて不機嫌そうな顔をする彼。それでも軽く背を伸ばしただけで立ち上がると早速準備に取り掛かりだし、自分もパイロットスーツへと袖を通していく。二人そろって数分で準備を完了すると格納スペースへの扉を開けた。

 こちらよりも広い上に、空調が利いていない格納スペースは少しだけ寒く感じられ。そこには三機のACが固定されていた。手前から自分のブルーテイル、その後ろにヴァルプリスの白い逆関節のACスカイリッパー。そうしてそのさらに後ろ、最初に降ろされる位置にあるACは黒く塗装され、左腕だけが赤い。レッドレフティのイリスがあった。

 そのパイロットである彼女は自らの愛機に装甲に寄りかかって目を瞑っていた。おそらくはずっとここにいたのだろう、その証拠にさっき自分たちがいた部屋に彼女は一回も顔を出さなかった。パイロットスーツを着ているからといってもやはり寒いのか、少しだけ彼女の頬は寒さからか喫茶店で見たとき以上に白くなっていたように思える。

 さっさと愛機の乗り込むヴァルプリスとは違って、自分は彼女のほうへと足を向ける。

「…ずっとここにいて寒くなかったんですか?」

 彼女は軽く自分のほうへと、薄目を開けて向けるだけで答えようとはしない。ためしに小さく笑顔を向けてみたが無視するように背を向けられてしまった。そんなタイミングで降下予定時間を知らせるアナウンスが格納スペースに響く。苦笑交じりに愛機のほうへと歩き出すのとほぼ同時に彼女も愛機へと搭乗を開始するのだった。

 シートに収まるとゆっくりと目を閉じる、此処から先は自分にとって過去との戦いになるかもしれない。ゆっくりとシートが前進してハッチがホールドされると同時に機体が起動して戦闘モードへの移行を開始する。

 暗闇に灯るメインモニターと計器の明るさに照らされる自分の顔は一体どんな顔だろうか……少なくともルナには見せられないほどに醜い顔をしているかもしれない。そうだ、これでやっと復讐が出来るかもしれない…。口元にはどこか歪んだ笑みが浮かんでいた。


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 カウントダウンが終わると同時にイリスが宙へと放たれる。続いてスカイリッパー、最後にブルーテイルが闇夜の空へと飛び立った。時刻的に深夜に近い、でも満月に照らされた夜は思いのほか明るく思えた。ある程度、自重に任せて落下を続けていると直ぐに地表が見え始める。

 月夜であるおかげで地面もある程度確認しやすく、余裕を持ってブースター噴かすと着地した。同時に自分の後ろのほうへ同じように降り立ってきた微妙に違った緑色の二機と、赤色の一機。まずはリザの乗る四足のACグリーベア、次にクフィーの乗るパンツァーディンゴ、そして最後にルナの乗るサンセットスパウローだ。

『此処からは二手に分かれるわ。私達は大きく迂回して目標施設の側面からの陽動攻撃に行く。そっちは三機で反対側から―』

 リザが簡単な作戦を説明しだす。しかし、それを途中まで聞いたところでイリスがブーストダッシュを開始した。その方向は目標の施設、しかも正面からという位置からになる。

『ちょ、ちょっと!?レッドレフティ、何処行くの!!作戦は!?』

『……私には関係ない。』

 リザの静止も聞かずに行ってしまう彼女。それにヴァルプリスは何か文句を大声で言うと同じように後を追ってブーストダッシュを開始する。もはや二人とも作戦など聞いてはいない。自分も同じようにブースターを噴かすと二人の後を追いながらリザへと通信回線を開いた。

「リザ、僕も行きます。三人は予定通り側面からの攻撃を行ってください。二人は僕が見ますから。」

『って、なにソイルまでっ、てま、待ちなさいってっ!!……もぉっ、分ったわよ!!』

 少しだけ怒った口調でリザは答えると機体をこちらとは違う方向に向けてブーストダッシュで移動を開始。同時にクフィーも、少しだけ迷ったようにしながらルナも続いていった。これでいい、少なくとも自分の傍に彼女を置かなくてすむ……。

 今、自分はルナと一緒に行動をしていつもどおり護れる自信は無かった。それだけ自分が冷静でいられるかどうかわからなかったからだ。だから正面から突っ込むことになるこちらよりも、陽動としてあちらに居てくれたほうが自分としてもある程度は安心できる。

 しばらくすれば目標の施設が見えてきた。何かの研究施設のようだが今はそこにいる目標の教団が手を加えたらしく、どこか寺院にも似た妙な建造物へとなっていた。そしてそれに不似合いなMTが数機。クレスト、ミラージュ製両方の機体が混ざり合って配置されていた。

 クレストの盾を装備した防衛型MTのCR−MT06SBやロケットを装備した汎用型のCR−MT77RO。ミラージュの汎用型を改造した飛行型MT、08H−OSTRITH。さらに火力の高い大型砲台に対空性能に優れた対空セントーっと言ったものまで。

 もはや宗教集団、と言うレベルを超えた武装集団といってもいいレベルのものがそろっていた。一体何処からこれだけの装備を整えたのか。さらにACも存在しているという情報からもはや確実に『研究機関』がかかわっている。自分はそう核心がもてた。

 こちらへと気がついた相手は一斉に攻撃を放ってくる。しかし三機のACは散開するとそれを軽々と回避して見せた。同時にこちらからの反撃、MTはあっさりと火だるまとなって爆散する。

 それは、端から見れば一方的な、奇妙な展開だったかもしれない。数で勝る相手がたった三機に一方的に負けているからだ。そうして見る見るうちに施設敷地内へと戦場はなだれ込んでいく。それははっきり言えば戦闘経験の差だ。

 まだほとんど訓練も、実戦を経験していない相手に対してこちらは戦闘のプロであるレイブン。しかもアリーナの上位者相手では数などまったく問題ではないといえるだろう。その証拠にまだこちらは被弾さえしていない。それに対して相手はもはや最初の半分ほどが撃破されていたのだ。

 スカイリッパーが空中をまるで鳥のように自在に移動しながら、両手の攻撃力強化型マシンガンで盾を構えているMTを真上から蜂の巣にする。いくら防御に優れても真上まで完全に盾で護れているわけではないのだ。燃え上がる機体のパイロットか、その仲間か、一般回線で彼に向かって『卑怯者!』と叫ぶ声が聞こえてくる。

『戦いに卑怯もクソもあるかよ!文句は勝ってから言いやがれ!』

 ヴァルプリスが吼えるように叫ぶとまた一機、真上から弾丸の雨にさらされたMTが粉々に爆発した。

 イリスもブーストでふわりと浮くように移動すると建物の間を器用に移動して、真上からマシンガンと左腕の携帯グレネードを叩き込んでいく。その速度に照準どころかカメラの方向さえ合わす暇も無くまた一機、また一機とMTが破壊されていく。二人の戦闘能力は圧倒的だった。間近で見ている自分は味方だというのに寒気がするほどに。

 もはやこれで目標の70%が撃破されたことが予測数値で示されてメインモニターに表示される。これはほとんど二人だけで叩き出した数字だ。しかもまだ側面に回るはずのリザ達が援護をしていない状況でだ。

「……これが…ランカー……。」

 その強さに思わず声を漏らす。しかし呆けている暇も無かった。一瞬でも動きを止めればこちらへと残りのMTが攻撃を仕掛けてくる。回避しつつ、こちらもマイクロミサイルで撃破すると二人の後を追った。っと、そこで急に鳴り響く警告。

『北東に敵増援を確認。AC、所属不明。』

 コンピューターの声にレーダーを確認すると高速でこちらへと近づいて来る光点が六つ。自分達よりも高い高度にいることを示す、マーカーが青であることから直ぐに視界を上に向けると黒煙を切り裂いてACが飛び出してきた。

 軽量二足型で、前面に尖ったコアが特徴の近距離型AC。即座に右手のマシンガンで攻撃してきた。連射性能が高いマインガンだけに凄まじい弾幕がこちらへと襲い掛かってくる。またこちらはバラバラに散開するとそれぞれを追うように相手も散開して襲い掛かってくる。

『情報のACか、さっきからの雑魚よりはマシ、っ!?』

 ヴァルプリスが余裕の言葉で回避しつつマシンガンを放つ。しかしそれを相手もあっさりと、軽量型らしい身軽で捕らえ難い機動で回避して見せた。同時に彼に肉薄すると盾のような形状が特徴的な双発型ブレードを展開し。

 スカイリッパーが紙一重でブレードを回避すると至近距離でのマシンガンによる反撃。軽量型のコアが装甲を着弾で歪めながらも敵ACは直ぐにその高機動で後退して見せた。それをさらに追撃するスカイリッパー、しかし直ぐに違う方向から襲い掛かるミサイルに阻まれる。

 イリスも同じような状況らしく、自分にもそれぞれ武装が違った二機のACが襲い掛かってきた。先ほどの最初に攻撃してきた機体と同じ軽量型のようだが、後ろについて援護してくるACはミサイルなどで遠距離からの攻撃が行えるようになっている。

 それがうまく近距離型の攻撃の合間を縫って攻撃してくるものだからこちらは反撃を難しくし、同時に近距離型の攻撃チャンスを作っていく見事なコンビネーションだった。それに対等に渡り合って互角に持ち込んでいる二人とは異なり、ブルーテイルは後退を開始し始めている。

 分っていた、一筋縄で行かないことは。それでもこれほどまでに厄介な相手だとは思っていなかったのだ。さすがにこのままでは不味い、でもそろそろ側面から回り込んでいるリザ達がこちらへと援護してくれるころあいだったはずだ。

 しかし、その援護でさえまだこない。どういうことか、次第に焦りが増していく。何かあったのか、溜まらず建物に隠れつつ通信回線を開いた。

「リザ、どうしたんですか? 予定時刻よりも遅れていますが……。」

 しかし返事は直ぐには無い。少しだけ間を空けて返事が帰ってきたがノイズ混じりでうまく聞き取れないようなものだった。同時に戦闘しているらしい、被弾している音が聞こえてくる。

『ソイル!? 悪いわね、こっちもACに襲われてそっちに到着が遅れるわ。こいつらなかなか強くてっ、とりあえず早めに合流するから持ちこたえて!!』

 それだけを言うと通信が一方的に途絶える。向こうにもAC?側面からの攻撃がばれているというのか。だが今はそこまで自分が考えている暇は無い。建物を迂回して襲い掛かってくるACに応戦しながらの後退に専念しなければこちらがやられてしまう。

 次第に詰まる距離。今度こそやられると思ったとき、不意に攻撃がやんだ。どういうことか、周囲へと注意を向けつつ相手のほうへカメラを向ける。相手は二機とも一定の距離を保って停止しているのだ。一体何があるのか……気がつけば自分だけが二人から孤立していることに気が付いた。

 そうして、これが狙いだったのだろう。同時にレーダーに走るノイズと機体異常を知らせる警告音。ステータスをチェックすればそれがECMによるジャミングであると分った。途切れ途切れにしか写らないレーダー。しかし一瞬後ろに赤い光点が映し出される。

「!? 敵!?」

 いつの間に現れたのか、直ぐに距離を開けるように移動しつつそちらへとマシンガンを向ける。そうして、そこにいるものに一瞬信じられないものを見たような驚きがを覚えた。

 そこにいるのは暗緑色の中量型AC、接近戦に特化したレーザーブレードの武器腕を持ったその機体は自分の知っている機体であると同時に此処に存在しないはずのものだったからだ。そうだ、その機体は……。

『夜間戦闘特化型、高機動接近戦仕様ACニュクス……久しい機体だろう?』

 同時に聞こえる、聞き覚えのある声。それは自分にとって忘れられない声だった。自分達を切り刻んで改造した科学者連中のうちの研究主任役……同時にあの事件、姉の死を招き仕組んだ張本人……。

 ニュクスの後ろにある半壊した建造物の上に立っている白衣の男がメインモニターに写るとまるで血が沸騰するような感覚が頭を熱くする。それは怒りなどではない、それを超えた憎悪と憤怒の入り混じったなんともいえない感覚。彼はインカムを耳に当てなおしながら。

『久しぶりだね、NO,7105。……いや、ソイル君。』

「っ……あんたがその名を呼ぶな、そうして久しぶりでもない。……さよならだぁ!!」

 マシンガンを直ぐにでも主任に向ける。だがそれを遮るようにニュクスがブルーテイルの前へと出てきた。構わずにトリガーを引くが、ニュクスはまったく動こうとしない。正面からコアへと被弾しつつもそのまま直立不動で白衣男の盾になっているのだ。

 その様子に思わずマシンガンのトリガーから指を離すとブルーテイルを後退させる。

『ふふふっ、あ、あはっ、あはははは!!いいねぇ、戦闘だ、実験だ、研究だ!!さぁ、存分に兄弟で殺しあってくれたまえソイル君!!あは、あはははっ、ぁあはぁははぁっ!!!』

「っ!? 兄弟、だと……!?」

 お互いに対峙する蒼と緑、そうして男の狂ったような笑い声が通信からは聞こえ続ける。それはまるでこの世界で過去にあがく自分をあざ笑う、残酷な運命の笑い声のようだった……。



あとがき
少々書き方を変えてみたりしつつ・・・。
今回はACも多いので主要で出てきた方のと敵側のを。

イリス  &Le000b0003w000A000k00700o02jUtJOOM0lk71#
スカイリッパー   &LC005f2w03wE01Ya00A02F0aw0Fg52xiVskSM1s#
ブルーテイル   &LG00582w05G000I00as02FE0oa20c3J2Mo02hxj#

研究機関軽量AC(前衛仕様)  &LJg00dE003W000U00ak02E0aw0Fgc43zgk0ql13#
軽量で高機動の接近戦型。火力は低いがブレードは強力な機体。
研究機関軽量AC(後衛仕様)  &LJg00dE007g000U00ak02E0aw0Fqc10w000qN1t#
軽量で高機動の遠距離形。ミサイルによる前衛を援護するための機体。
ニュクス   &Lw0aEb2w05M000Aa00k02F2ww5lpGb4w000r91j#
ECM、地上魚雷やステルスミサイルといった視認、迎撃されにくい武装を生かしての隠密行動と接近戦が得意な機体。

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