『L'HISTOIRE DE FOX』
 十壱話 強者 -施設防衛-

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 世界は今、混乱の真っ只中にあるのかもしれない。先日行われたプロフェット粛清。それに多くのレイブンが借り出され、そして多くの負傷者を出した、今一番新しい戦争とも言えるほどの大きな戦いだっただろう。

 もっとも、それに対して自分はあまり関係が無い。むしろそれ以外で、新しいブルーテイルを手に入れてからというもの忙しい自分がそれにかかわる余裕など無いのだ。

 まだ体は怪我が癒えていないためにほとんど依頼やアリーナへは参加していないのだが、それでもリハビリや機体のカスタマイズなどの調整に時間を費やしていると意外と暇が無かった。

 そんなある日、ヴォルフに呼ばれて理由も知らされぬままアリーナへと出向くことになった。早速着いた会場では既に試合が行われているようで、ガラス張りの壁の向こうでは赤い二足ACと明るい緑の四足ACがお互いに距離をとっての撃ち合いを演じていた。

 緑色の機体はリザの駆るグリーベア、火力に優れた砲撃戦型の機体だ。それに対して赤いAC、エレクトラのレッドドラゴンはスタンダードな射撃戦主体の機体構成。緩急をつけた機動で彼女の砲撃を、爆風の範囲まで考慮して紙一重で避けている。

 レッドドラゴンがミサイルを放つ。しかし、そこで奇妙にもグリーベアは動きを止めて回避行動をとらないでいた。同時にエクステンションの出っ張ったアンテナのようなパーツが上下斜めに可動し、スライドするとミサイルは命中する寸前で進行方向を急激に変えて地面や壁に命中したのだ。

 それはミサイル撹乱装置の一つだった。エネルギー消費が激しい代わりに使える回数に制限はなく、余剰エネルギーがある限りは常に展開し続けることができるこの装備はミサイル兵器にとって高い防御能力を持っている。

 ミサイルを用いた攻撃が効かないと判断したレッドドラゴンは即座にミサイルをパージして見せた。そうして機動性を確保するとブースト全開で接近しての高速戦闘を開始する。

 リザも肩武装のリニアガンとチェインガンで応戦するが、彼女の機動は先ほど以上に早い。少しでもそれに対抗しようとグリーベアは弾が無くなった両腕の携帯グレネードと撹乱装置をパージするが、後退しての防戦一方に陥っていく。

 レッドドラゴンの右手に持ったリニアガンがグリーベアの左肩に命中して、激しく装甲と内部構造を破壊すると火花が散ってだらりと垂れ下がった。しかしここでやられるほどリザも甘くは無い。そこから今度は彼女があえて接近を開始したのだ。

 そのまま至近距離でのリニアガンによる攻撃が今度はレッドドラゴンのコアに直撃し、その衝撃に機体を揺らしながらも彼女は側面に回りこむように移動する。それに対してグリーベアも四足特有の高い機動性能を用いて同じような動きをしつつ応戦し。

「遊ばれてるな、リザの奴。まぁ、エレクトラ相手じゃ仕方のないことだがな。」

 横に立っていたヴォルフはタバコの煙を吐き出しながら呟く。確かに、損傷具合をみてもレッドドラゴンよりグリーベアのほうがダメージは大きいのが目に見えている。今だってグリーベアは頭部に至近距離からリニアライフルを叩き込まれて粉々に吹き飛んでいる最中だったのだ。

 それから数発、四つのそれぞれの脚へ続けざまに被弾したグリーベアはバランスを崩し壁に派手に激突してその機能を停止した。観客が見ている画面にも『WIN』と言う単語と共にレッドドラゴンの映像が映し出される。

「……今日見せたいのは彼女、エレクトラとレッドドラゴンのことだったのですか?」

 周囲を見回して、アリーナの上のほうにある観客席のガラス張りを眺めてからハンガーへと帰還していくレッドドラゴン。彼女は先のプロフェット粛清戦にも参加したレイブンの一人であるという話は聞いていた。

 同時にその中で、あのAアリーナ13thであるブラックゴスペルと戦って生き残った強者であることも聞いていた。

「ああ。アレがお前の目標の一つだ。強くなりたいなら、あいつと少しは撃ち合える程度にならないとこの先生きてはいけないぞ。」

 それはまるで、自身の経験を語っているように聞こえる。自分は既にアリーナドームの入り口であるハッチの向こうへと消えたレッドドラゴンを追うように、まだその無機質な金属のハッチを眺めたままだった。

「……一つだけお聞きしますけど。例えで良いですがもし、彼女とヴォルフが戦ったら彼女の機体にどれだけのダメージを与えられますか?」

「……ん〜、…そうだな。リザがせいぜい本気のエレクトラと全力で戦って、約30%のダメージを与え。今の俺ならせいぜい50%のダメージを与えて落とされるって所だろう。……ま、若い頃だったら逆に落として見せるがな。」

 最後の部分は彼の強がりである。それだけ彼女の存在はBアリーナで異質なのかもしれない。おそらく今の自分では強化人間の能力を使ってもせいぜい30%ちょっとダメージを与えられるかどうかだろう。それは戦場であったなら確実に自分が死ぬといっているほどに等しい実力差であるといえるかもしれない。

 笑顔をうかべつつ、少しだけ暗い顔をしていた自分を励ますようにヴォルフは軽く肩を叩いてきた。それに答えるようにこちらも笑顔を見せてみるが、それは心から笑えていない、薄っぺらな強がりであった。


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 アリーナに参加するレイブンの待合室。必要なものだけが最低限置かれたその部屋の中では今さっきまでレッドドラゴンと戦っていたリザが、自ら雇ったスタッフに囲まれていた。パイロットスーツを上半身だけ脱いだ彼女は下着姿のまま医者らしい人物に右腕を見てもらっている。

 スタッフに囲まれうまく見ることが出来ない、と言うより自分から下着姿の彼女から目をそらしているのだが。ちらりとだけ見えた右腕は肘より上のところが少しだけ紫色になって腫れており、明らかに骨折しているのがわかった。おそらくは最後に壁に激突したときだろう。

 ヴォルフはこの部屋に入る前に真新しいタバコを銜え直したのだが、彼女のことを気遣ってかタバコをつけていないままである。壁に寄りかかったまま彼女が治療し終わるのをみてから口を開いた。

「大分派手にやられたようだな、リザ。」

 軽く笑みを浮かべているヴォルフに、リザは大きいため息を漏らして紫のウェーブのかかった前髪を左腕でかき上げた。同時に感じた右腕の痛みに小さく声を漏らしつつ、苦笑を浮かべ。

「ええ、さすがに。話を聞いてはいたけどこんなに差があるとはね、さすがに悔しいわ。でも、いい勉強にはなった。……問題も出来たけどね。」

「……問題?」

「ええ、この後キサラギから仕事を請けるはずだったの。機体のほうは修復するから問題ないけど、私がこれじゃ歩かせるのもままならないわね。」

軽くもう一度体を動かしてみる彼女だったが、やはり無理らしい。見えてなくてもほかにも打身や打撲といったところがあるのだろう、しばらくはレイブンとしての活動を休止するしかないだろう。

仮にも、今の状態で出撃したとして満足に任務がこなすのは難しいだろうし。そんなことをすればミッションが失敗するだけではなく、今以上の怪我を負いかねない。最悪は戦死さえありえる。

「一週間ほどの仕事だったから、さすがに直ぐに代わりを探すとなるとスケジュールの問題が……大変なのよね。」

「そうですか、それは大へ……ん……?」

 困っている様子の彼女に同情するように頷いている最中だった。急に苦笑を浮かべていた彼女はこちらを見てにやりと笑みを浮かべたのだ。それはなんというか、一瞬獲物であるかえるでも見つけた蛇のような……。しいて言えばあまりいいことを考えていない様子の顔だった。

 それに対して、自分はよくわからずに困った顔をヴォルフに向けた。しかし、どういうわけか彼の顔にまで笑顔が浮かんでいたのだ。しかも、同じく何かを考えているようなもので。さらには示し合わせたかのように同時に視線を合わせると頷いて見せる二人。

「ねぇ、ヴォルフ。ソイル、一週間ほど仕事の予定は何か入ってる?」

「いや、何にも。まぁ、暇ではないが……同じようなことはできるしなぁ。てかむしり仕事のほうがより確実に、やらなくちゃいけないことに役に立つ。」

「…ぇ、えっと……つまりは、僕が変りにリザの仕事を請ける。……と?」

 話は早い話そういうことらしい。確かに自分は仕事などの予定は無い、代わりに機体のカスタマイズ等の調整と自分の体のリハビリがあるくらいだった。リハビリはともかく、自分の愛機の調整はさすがにそろそろシュミレーションでは物足りなく感じ始めてはいた。

 やはり少しは自分で実物を動かしてみないと、なんともいえない部分があるのだ。二人から言えばそれを仕事中の実戦でやればいいということだが、それもそれであまりにも無茶を言っているように思えた。

 しかし、こちらの否定権など無いらしく。そのまま二人はとんとん拍子に話を進ませ始めてしまったのだ。詳しい話はこうだ。

 現在企業同士の抗争は激しさを強めつつある中、キサラギは新しく建設途中だった施設の護衛に頭を悩ませていたらしい。警備隊など戦力を整えたいところだが、現状直ぐにそちらに動かせる部隊はないらしく。

 同時に専属も本来は二人回その護衛にされる予定だったらしいのだが、そのうちの一人グレイトダディも先のプロフェット粛清に借り出され負傷したという噂があった。現在はもう一人の専属がそこを護っている唯一の戦力となっている。

 そのため、今回はレイブンを雇うことで防衛戦力をそちらに回すまでの時間を稼いで欲しいということだった。ようは基地施設の護衛だ。その期間は約一週間、その間さえ守り抜けば良いらしい。

 さらにこの仕事は基地に駐留している間、常に決まった額の報酬が支払われるという。もし敵が来なかったとしても報酬がもらえるのだからなかなかの待遇であった。攻撃を受けた場合も撃退した数に応じて追加報酬もでるという。

 そこまで聞けば自分もさすがこの仕事を請けるべきかと考え始める。なんせこの前大破して新しくなったブルーテイルには貯金してあった分だけでは足りず、まだパーツ購入のために借金が残っていたからだ。さすがにこのまま借金生活を送るのもあまり良いものではなく……。

「はぁ……判りました。その仕事請けますよ……。」

 ようやく観念したようにため息をつく自分に二人は同じタイミングで笑みを浮かべると送り出すように手を振るのだった。


/3

 数日と立たないうちに自分はキサラギの施設へと降り立った。依頼主側が用意してくれた輸送機の窓から見える外の風景はまだ建設途中の建物や、それを行う作業機械が忙しく動いている様子が見て取れる。

 一体此処は何をするための場所だというのか。もしかすると以前から噂にあった生体兵器でも此処で実験する予定なのだろうか。あるいはそれ以外の……キサラギの技術の高さは三大企業随一とも言われているほどに高い。生体兵器以上のものを作っていたとしても別に不思議ではないだろう。

 もう少し眺めていたかったが、さすがに建設途中の施設だけあって極秘事項にある部分は多い。仕事を請ける前にそれの関する情報を見たり聞いたりしても他者には話してはいけないという契約にもサインさせられたのだ。

 直ぐに輸送機か下ろされたブルーテイルは貸し与えられたハンガーへと、自分と一緒に移動させられていく。既にこの施設に着いたときから仕事は始まっており、自分は急な出撃に備えてパイロットスーツを着ていた。

 ブルーテイルがハンガーの中に立たされると、丁度正面の位置に一機のACがこちらと向かい合う形で置かれている。構成パーツは見る限り頭部と脚部以外全てはキサラギ製で構成され、メインカラーを赤で塗装されたフロートタイプの機体。

 どこかその色からアリーナで見たレッドドラゴンを思い出させるような気がしたが、こちらはサブカラーが白。レッドドラゴンは黒だったので少しだけこちらのほうが威圧感というものが少ないように感じられる。

 これが話に聞いた専属のものなのだろうか。生憎自分は専属についてそれほど詳しいわけではなく、各企業の代表的なACの名前とパイロットの名前を知っている程度だった。まじまじとまだ赤いACを眺めていると急に後ろから勢いよく背中を誰かに叩かれる。

 完全に不意をつかれ、まだ直りかけである体はその衝撃に痛みを走らせた。それほど強いわけではないのだが、つい反射的に小さく声を上げると軽く肋骨の骨折跡を撫でながら後ろへと振り向いてみて。

そこに腕を組んで立っていたのはパイロットスーツ姿で、淡いブラウンの短い髪を持った女性だった。どこか活発的なイメージを感じさせる彼女の年齢はそれほど離れていない、むしり自分よりも幼く見えそうな彼女はどこか自分のパートナーであるルナに似ている気がした。

「ウチのファランクスの前で何してんねん!!……あんた、今回雇われたレイブンなんか?」

 どこか癖のある話し方の彼女は目を細めるとこちらを見て、さっきからずっと自分の愛機を眺めていたこちらに不機嫌そうな表情を向けてきた。確かに自分が命を預ける愛機、知らない人間になにかされたらたまったものではない。

「え、えっと。そうです。本当は来るはずだったレイブンが負傷しまして、来れなくなったので変りに来たのですが。自分はソイルって言います。」

「ふーん、ウチはイズモちゅうもんや。キサラギで専属しとる……って、見ればわかるわな。しっかし、ソイル。……あんたほんとにレイブンなんか?微妙に頼りなさそうやし、敬語使うレイブンなんて珍しいなぁ。」

 自己紹介も程よくすませると、彼女はこちらの顔を覗き込むように身を乗り出して顔を近づけてきた。レイブンはその仕事上どうしても口が悪かったり、気性が荒い人物が多いのも確かだった。

 彼女もそのことを言っているのだろう。確かに自分はよくほかの人からレイブンらしくない、似合わないといわれることがある。しかし、彼女との距離は意外と近い。だって彼女のものだろうハンガーのオイルや機械類の匂いとは違う香水らしい、いい匂いが軽く感じられるくらいの距離だったからだ。

 それに自分は少し、後ろに下がるように一歩足を引いてしまった。同時に顔には熱を持ったように、おそらく赤くなっているのだろう事がわかる。やはり自分は女性に近づかれるのが苦手だ。なんでか妙に意識してしまう。

「ん〜? なんや、真っ赤になって。…はっはぁ〜ん、ウチがかわいいからってあかんで〜。ウチの夫になるにはもっと強そうにならんとなぁ。」

「な、か、からかわないで下さい!!ってか夫ってなんですか!?いきなり話が飛びすぎでは!?」

「あはは、冗談や冗談♪しっかし、見た目どおり初心やねぇ。顔なんか真っ赤にして、ホント可愛いところあるやん。ほんま、余計にレイブンらしゅうないなぁソイルは。」

 いきなり何を言い出すのか、さらに真っ赤になっているだろう自分を指差すと彼女はけらけらと楽しそうに笑い出した。自分はこの手の冗談も苦手なほうで、よくヴォルフの喫茶店に遊びに来たリザにからかわれている。

 でも、むしろ今回はありがたい。てっきり専属というのはもっと堅苦しいのを想像していたのだが、少しは気が楽になったような気がして。自然と自分も彼女と一緒に笑い出してしまった。

 そんなときだった、ハンガー内に響き渡る警報。それは先ほどまでの雰囲気を吹き飛ばして二人の緊張を一瞬で高めると同時に、作業員達があわただしく走り出す。

『緊急事態!!南東より接近する所属不明機の一団をレーダーが捉えました。職員、作業員は即座に指定の位置へと移動してください。繰り返します、南東より―』

 中央の管制塔からのものだろう、放送する職員の声には緊張の色が混じっていた。戦力は無くてもレーダー等の警戒システムはある程度機能していたおかげで接近しつつある敵勢力の潜在をいち早く察知したらしい。

 あわただしく走り回る作業員の中、また自分の肩が勢いよく叩かれた。もちろん叩いたのはイズモであり、直ぐにでも自分の愛機のほうへと走り出している。

「何ボーっとしてんねん、はよいくで!!ウチらが戦わなこの施設には防衛隊居らんねやから!!」

 すれ違う作業員がイズモに頑張れとか、頼むとか、声を掛けていく。それに対して彼女も笑顔でぐっと親指をたてて答えながら自分の愛機へと搭乗していく。その姿に少しだけ、専属という人に対する考えを改めながら、自分もACへと走った。まだ仕事は始まったばかりだ……。


登場AC

ブルーテイルTYPE−2 &Ls0055E003G000w00ak02F0aw0G013GENE1W0F2#
レッドドラゴン &LG00582w020E00Ia00o02B2wo0Hwc33xpGiWA1n#
グリーベア &LC005600E2g00Gw00aA02G2wAa1whl9mGM0rg3m#
ファランクス &Lw00542w05M003w00a00092wAa1Fb41g000qF3q#

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