『L'HISTOIRE DE FOX』
 三話 日常 -依頼受諾-

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 僕が覚えている小さいのころの記憶はひどくぼやけている。住んでいるところも、父や母の顔も、何より自分の名前でさえ思い出せなかった。逆にはっきりと覚えているのは6歳になってからだ。よく判らない大人たちに僕と同じような歳の子供が何人も集められ、そして全員が一つの部屋に集められた。そこか何処なのかも、もちろん判らない。

 そこへ白い服を着たお医者さんが入ってくる。直ぐに僕達は全員着ていたものを奪われ、女の子も、男の子も関係無しに裸にされた。そうして次々といろいろなことをされる。注射に健康診断、よくわからない機械に何時間も通されて・・・疲れきった頃にようやく一枚の服を渡された。

 服といっても先ほど自分が着ていたものとは違う。袖のない、とても長く膝ほどまで隠れるようなシャツが一枚だけ。なんだかひらひらしてスカートみたいなのが嫌だったが裸でいるよりは良いかと着る事にした。すると一緒に一つ、腕にブレスレットみたいなものもつけられ、そこには確か番号が書かれていた気がする・・・。

「7105、次はあっちだ。早く行け。」

 7105とはなんなのか。もしブレスレットをつけた人物が僕を指差してそう言わなければ理解できなかっただろう。それが自分のことだと・・・。僕は言われたと通りに、ただ従って歩いた。その先にはさっきよりも小さい、真っ白で四角い部屋が用意されていて。何もない、ただ壁の一つが鏡で出来ているだけの部屋。

 辺りを見回せば先に入ったはずの子供達がいるのだが数が少ない、最初は100人近くいたはずなのに今は片手で数えられるほどだ。後からも自分と同じような格好をした子達がぽつぽつと来るが・・・やはり数は少ない。その間、僕は何もすることがなかったから端っこで座っていた。実際は10分ほどかもしれないが、何もしないでいるほど時間が長く感じることはない。

「やぁ。」

 そんな時、急に声を掛けられて横を向く。そこには笑顔を浮かべた、赤い髪の少年が立っていた。歳は僕と同じか年上か・・・彼は直ぐに僕の横へと腰を下ろしてきて。

「退屈かい?」

「・・・うん。」

 眠い僕は小さな声で答えると軽く目を擦った。彼も同じだったようで、お互い話しをして時間をすごすことにした。彼はいろいろなことを話してくれる。家で飼っている犬のこと、好きな食べ物のこと、友達のこと、ただ自分はそれをずっと聞いていた。

「そういえば、君の名前は?僕はマーズ。」

「・・・名前・・・?・・・。」

 小さく悩むように下を見て。なんでだろうか・・・名前を彼に教えたいのに思い出せない。そのことを彼に話すと彼も困ったように笑顔を浮かべた。しばらく思い出すように頑張っては見たけど、やっぱり思い出せないでいると・・・また一人誰かが来た。今度は下を向いていてこちらへと歩いてくる足が見えたから直ぐ顔を上げる。眼の前には緑色の長い髪の女の子が立っている。また自分より年上だと思う・・・。

「二人とも、どうしたの? こんなところに座って・・・お腹痛いの?」

 そういえば話すのに夢中になって自分達はずっと此処に座っていた。彼女にはマーズがさっきまでのことを話してくれ・・・彼女もさっきマーズが見せたのと同じような困った顔をする。

「名前がないと不便ね・・・どうしたら良いのかしら。」

「んー・・・そうだよね。・・・あ、これは? ほら、ソイルって。」

 3人そろって首をかしげて悩んでいると急にマーズが僕の左腕を掴む。そこにはさっき付けられたブレスレットがあり、角ばった数字が書かれている。『7105』・・・確かにそれはひっくり返してローマ字読みすると『SOIL』に似ていて、読めなくはないものだった。

「仮だけど、思い出すまではそれで呼ぼう。」

「そうね。じゃあソイル、よろしく。 私は―――。」

 彼女は握手するために手を差し出すと名前を名乗る、それをぼくは自然と『お姉ちゃん』と呼んだ・・・。


/2

 ガクン、っと。不意にバランスを崩して倒れそうになる感覚に驚いて目が覚める。どうやらまた眠ってしまったようで、辺りを見回せばそこが知り合いの店であることがわかった。喫茶店『サンライト』、その店内にはお客も少なく静かな時が流れている。自分は此処に少し用があってきたのだが、食事時でお客が混んでいたために待たされることになった。

 カウンターの端でまっている間に頬杖をついて眠ってしまったようで。ほのかに感じるコーヒーの匂いに小さくため息を漏らしながら、まだ半分寝ぼけているような視界に手で目を軽く擦って。

「何だ、ソイル。また夜更かしでもして本でも読んでいたのか?」

 そんな様子にグラスを磨いていたマスターが声を掛けてきた。時間を見れば既に2時を過ぎて昼食の客も少なくなったのだろう。細身だが長身、オールバックにした少し長めの白髪。その瞳はひどく鋭く、まるで獲物でも狙う鷹のようにつり上がっている。はっきり言って強面だ。しかし口元に浮かべた微笑が少しだけそれをやわらげてくれている。

 そんな彼も今はこうして喫茶店マスターなどという職についているが、元はレイブンだった。それも『ヴォルフガングジルバー(荒くれ者の魔銀)」なんて二つ名を持つほどの凄腕であった。同時に情報戦にも長けており、現在レイブン家業は辞めてもその筋で情報を買いに来る客がいるほどだ。もちろん自分だってそのうちの一人である。

「まぁ、似たようなものですよ。・・・紅茶もらえます?」

「まぁ、良いが。おい、ルナ。この寝坊助に紅茶一つストレート濃い目で持って来てくれ。」

 店の奥にいる相棒のレイブン、ルナの名を呼ぶマスター。実はルナと彼とは血のつながった家族であり、より正確には祖父と孫という関係だ。直ぐに奥から返事の声とともになにやらガチャガチャと用意する音が聞こえ・・・おそらくは自分が注文した紅茶でも用意しているのだろう。

「お待たせ〜。ほい、ソイル。紅茶。」

「ああ、ありがとうござっ・・・。」

 1,2分も立たないうちに紅茶を持った彼女が現れて、そちらへと視線を向けると一瞬固まった。嫌、自分が。・・・理由は簡単、彼女の格好にあった。てっきりいつもどおりの格好にエプロンでもしているのだろうと考えたら、着ている服はメイド服という奴だった。ついでに頭には猫の耳みたいな飾りまでついている。白と黒、長く大きめのスカートが印象的・・・なのだが・・・。ゆっくりと視線をルナからマスターのほうへと動かす。

「・・・マスター・・・あの・・・。」

「どうだ? 可愛いだろ?」

「って、これ着せたのあんたかい!!」

 なにやら先ほどまでのイメージが一気に崩れそうなほどのだらしのない笑みを浮かべながら孫を見ているマスター。その後、親指なんかを立ててこっちに『何かをやりきった良い笑顔』を向けてくるのだった。妙に輝いていきいきとしている・・・。そういえば以前はナースがとか言って着せていたか・・・。そんなことを思い出しつつ、多分今の自分は凄く呆れたような顔をしていると思う。

「・・・手ぇだすなよ。」

「手を出す以前に、孫にメイド服着せて猫耳つける祖父ってどうですか!!っと言うか、さっさと仕事の話したいんだけど!!」

 もう何がなんだか、半分頭痛を覚えそうになりつつも本題へと話を進めようと。そう、自分が此処にきた理由は彼からの仕事にある。情報に優れているだけでなく、彼は時々こうやって自分に仕事を紹介してくれることもある。彼はようやく思い出したうようにノートパソコンを持ってくると前に広げ・・・そこにはミラージュからの依頼が書かれているメールが開かれた。

 内容は『プロフェット基地威力偵察』とか書かれており。呼んで字の如くの内容となっていた。決められた時間、攻撃を仕掛けて後は撤退すれば良い。もし全滅できれば追加報酬も払うという報酬はなかなかの高額でもあった。 しかし、一つだけ気になるところがある。

「・・・この、僚機とともに、というのはなんです? 自分以外にもこの依頼を受ける人が?」

 依頼文には自分以外にレイブンが依頼を受けていることが書かれている。一回のミッションで複数のレイブンを雇うことはあるが、今回は初めから指定されるのだった。あるいは僚機というのがこちらへ依頼でもしなおしてきたのだろうか。どちらにしろ、その相棒となる相手は知っておきたかった。そのほうが戦闘でもサポートなどがある程度円滑に行えるように準備もすることが出来る。

「ああ、もう直ぐ見えると思うが・・・。」

 丁度いいタイミングでお客が来たことを知らせる入り口のベルが音色を立てる。3人そろってそちらへと視界を向け・・・また自分は固まった。そこに立っていたのは以前ミッション中に戦ったレイブン、Aアリーナに所属するランク20のクフィーだったからだ。褐色の肌に黒い髪は忘れもしない。

 それは相手も同じだったようだ、こちらの顔を見ると入り口に立ったまま動きを止めてしまうのだった。しばらくの沈黙が続く、空気が重苦しくなり始めた頃にお互いで同時のタイミングに『よろしく。』と頭を下げた。

「あ、クフィー。 いらっしゃいませ〜。」

 そんな空気を一瞬で吹き呼ばすような元気に声を上げるルナ。軽くスカートの端を掴んでは広げるようにして一礼・・・その姿にまた顔を緩ませるマスター。って、あんたそこまで教えたのか!!っとツッコミを入れたくなってくる。さぞクフィーもその様子に呆れているだろうと視線を向けるが、その予想は大きく異なった。

 彼女はまだ入り口に立ったままだが、顔を少しだけ赤らめるとルナの姿をじっと見ている。そうしてゆっくりと、猫でも捕まえるみたいに近づいたと思えばそっとルナの頭をなでるのだった。ルナもなんだか猫みたいに、くすぐったそうだが気持ち良さそうに目を閉じて撫でられている。

「・・・可愛い・・・お持ち帰り・・・。」

「・・・・・・は?」

 何かぼそぼそと呟いている様子の彼女に少々間抜けな声を上げる。すると我に帰ったように一つ咳払いをした彼女は気を取り直したように早足で自分の横のカウンター席へと座ってきた。まだ顔が赤いままだが、マスターに仕事の話をするようにと伝える。まったくこんな感じで大丈夫なのか・・・ただ自分の中では不安が大きくなってくるだけだった・・・。



あとがき

今回ACは登場しないのでそれぞれのキャラの声役をイメージする声優様を。
 ソイル  櫻井孝宏
 ルナ   豊口めぐみ
 クフィー  桑島法子
 マスター(ヴォルフ)  若本規夫

 と言う感じです。

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