『L'HISTOIRE DE FOX』
 五話 乙女 -アリーナ-

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 激しい轟音が機体を震わせる。それをコックピットの中で自分は確かに感じていた。父の膝の上に乗りながら、必死で父の身体とともに自分を固定しているベルトを掴みその衝撃に耐える。直ぐに振動が収まれば、視界一杯に写るディスプレイにはその轟音を生み出したものが転がっていた。

 真っ赤に焼けとけた装甲と内装パーツが時々火花を上げる。既にパイロットも死んでいるだろうACを見下ろすのも、また真っ赤なAC。父のフレイムンホークだ。まだ残る敵がこちらへとマシンガンを放ってくる。それを父はあっさりと回避して見せた、しかし自分からすれば凄まじいGと衝撃に必死に耐えるようにベルトに捕まるのが精一杯だった。

 フレイムンホークの左手に持ったWH04HL-KRSWから閃光が走る。高出力のエネルギー弾はそのまま狙いを外さずに一体のMTに直撃してあっさりと吹き飛ばし。それを見たほかのMTが怯んでいる隙に肩武装のマイクロミサイルを連動ミサイルとともに発射、これで二体目が直撃を受けて爆散する。

 残ったのは一体。必死でこちらへとマシンガンを放つがやはり結果は同じ、回避されると急速接近していくフレイムンホークは右手を引いた。そこには射突型ブレードが装備されており、次の瞬間正確にMTのコックピットへと刺さった。同時に引かれたトリガーによって打ち出された杭が機体を貫通。引き抜いたそこには赤いものが見えたような気がした。

「状況終了。 親父、終わったぞ。そっちはどうだ?」

『ああ、こっちも終わりだ。ヘビーヴォルフ、そちらに合流する。』

 フレイムンホークが頭部を動かして見回すとこちらへと進んでくるタンク型ACが見える。全身白で塗装されたそれはエネルギー武装のみしか持っておらず、その凄まじい破壊力を持った閃光に照らされるボディーがまるで銀に見えることからヴォルフガングジルヴァー(荒くれ者の魔銀)とも呼ばれている。それには自分の祖父が乗っているのだった。

「よし、じゃあ任務完了だな。 どうだった、ルナ?ACは凄いだろ?お前の母さんもこれに乗ってたんだ。」

「・・・うん、凄い・・・凄いよ、お父さん!!」

 自分は父の質問に興奮した様子で振り返ると答える。それに祖父は苦笑を浮かべているらしい笑い声が聞こえてくるが、父もその答えにとびっきりの笑顔を向けてきた。いつか自分もレイブンになってACに乗りたい。そして祖父に父、3人で一緒に任務をこなして行きたい。そう思うのだった・・・。


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「うにゃっ!?」

 ドササっと、まるで物が一気に落ちるような音が聞こえる。いや、落ちた・・・正確にはものではなく自分がだが。冷たい床の感覚に目を開けると体を起こした。半分まだ寝ぼけた頭とぼんやりとした視界で周囲を見回せば此処が自分の部屋であることがわかった。窓に引かれた可愛らしい模様のカーテンの隙間からは朝日が細く入り込んでいる。

「・・・夢・・・?・・・ぁ。」

 今さっきまで見ていたもの。実際、現実に体験したことであるためにひどくリアルに感じられるものを思い出しながら目を擦ろうと手を持っていく。すると自分が泣いていることに気がついた。これで何度目だろうか・・・父の夢を見るのは。気を取りなおすように強く目を擦るとパン、と軽く頬を叩いた。そして時計へと目を向ければ既に8時近く、予定時刻までもう時間がない。

 急いでパジャマに手をかけると前のボタンをある程度あけて上に引っ張ると脱いだ。 そういえば昨日は下着もつけないで寝ちゃったなぁ、と露になった自分の胸に目を向けつつ。そんなタイミングでノック、同時に入り口のドアが開く。

「ルナ、何時まで寝てるんですか?早くしないとアリーナ・・・に・・・。」

そこにいたのはソイルだった。少し慌てた様子で、アニメのマスコットがついたエプロン姿をしている。ふんわりと空気に良い匂いが混じってきた、おそらく朝食でも作っていたのだろうが・・・。入り口でドアを開けたまま固まる彼。理由は簡単だ、大きくはないが歳相応に柔らかそうな二つのふくらみ。それがしっかりと見えたからだ。

「・・・っ、きゃああぁぁぁっ!! ソイルのラッキースケベ!!!」

同時に絹を裂くような悲鳴とともに、無我夢中で掴んだ目覚まし時計を投げると彼の顔面にヒットし。そのまま赤い液体が宙に線を引きながら、彼は後ろに倒れていった。


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「く、くくっ・・・っで、その顔の傷はそれが原因だと?」

「・・・ええ、まぁ・・・。」

 鼻の上に絆創膏をつけた妙な状態のソイルの横に座っているクフィーはとても愉快そうに笑っている。今現在が試合中でなければおそらく、彼女でも声を出して笑っていただろう。絆創膏の周りにはさらに赤い、目覚まし時計の形に後が残っているからだ。

「まぁ、自業自得だな。乙女の着替えを覗いてその程度で済んだなら良しとしろ。私だったら確実に鼻の骨が折れているぞ?」

「・・・・・・それは勘弁して欲しいです。」

 眼の前で拳を作ってみせるクフィー。少なくともそれで殴られるのは確かにごめんだ。一瞬だけ朝の光景を思い出すと少しだけ、あのときのルナの姿に顔を赤くする。すぐさま忘れるように首を振ると目の前で起きている試合に意識を集中した。現在この会場ではBアリーナのレイブン同士の試合が行われているのだった。

 ヘルメスのエメラルドタブレット対ルナのサンセットスパウロー。優れた防御と攻撃力を持つ相手に対してルナは機動性を軸に飛び回りながらの攻撃で戦っている。逆関節特有のその機動性は確かに有効であるが、相手もそれほど甘くはない。エメラルドタブレットは機体を後退させると難なく空中にいるサンセットスパウローにバズーカを叩き込んだ。

 激しい衝撃と爆発音がアリーナを震わせ、目の前にある防護ガラスもビリビリとしびれてくる。その一撃にフラ付きながらも何とか体勢を立て直すルナだったがそのダメージは大きい。軽量のコアは激しく装甲がめくれ上がり、武器腕の左腕はだらりと力なく垂れ下がると肩の関節部から油が噴出した。

「・・・不味いな。完全に押されている。」

 その様子にクフィーが小さく呟く。確かに不味い、ルナも必死でミサイルを放つが重装甲に阻まれ、熟練の動きに翻弄され、さらに焦りから攻撃がさらに乱雑になっていく。それを冷静に見極め、立て続けにバズーカを叩き込むエメラルドタブレットがサンセットスパウローに勝利するのはそれほど時間が掛からなかった・・・。

「・・・ルナ。」

「ああ、負けちゃったわね。」

 不意に右にいるクフィーとは違う声が左側から聞こえてくる。それは知っている人物の声で、左へと視線を向ければ案の定リザがいた。リザ・トルファ、Bアリーナ所属のレイブン。愛機は4足ACのグリーベア。彼女はレイブンであると同時に名の知れた大富豪でもあった。紫のウェーブのかかった髪を後ろへと流しながら自分の横へと腰掛ける彼女からは香水の良い匂いがする。

「お久しぶりね、ソイル。 元気にしていたかしら?」

「ええ、一応は・・・。それよりどうしたんです。今日は試合ですか・・・?」

「いえ、今日はちょっと頼みごとがあってきたのよ。・・・あの子にね。」

 リザはこちらを見ていない。彼女の視線を追ってみればそこには床に横たわるサンセットスパウローのコックピットから出てくるルナの姿があった・・・。


あとがき

今回は過去の、故人ですがルナ父と喫茶店マスターことヴォルフの過去に乗っていた機体もご紹介します。

フレイムンホーク  &L9g00dE002G001c00as02F2woa1wc3eVrs0qgF9#
機動性と火力を持ち合わせた機体、エネルギー操作にある程度技量が要る。
ヘビーヴォルフ   &Lo005k00E1w00H002w000a2wAa10sBOV3k0a0V0#
レーザー武装主体の火力重視型。装甲も優れるが機動性は劣悪。
エメラルドタブレット  &LS00572w02gE01Ea00k02F0aw0Hz7v5AXY4uy1P#
サンセットスパウロー  &Li005eE007g001Y505g02F0aA0Fg9640000bQ30#

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