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ディーのパソコンに、一通のメールが届いた。差出人はレイヴンズアーク、件名はエキシビジョンマッチ対戦相手通知。どうやら、次の試合の対戦相手が決まったようだ。
早速、メールを開いた。対戦相手の名はチャーイ、Bランクの平々凡々としたレイヴンだったとディーは記憶していた。とりあえず、念のためにとメールに記載されているプロフィールに目を通し、思わず声を上げて笑ってしまった。
チャーイのプロフィールには、神に選ばれたレイヴン、と書かれていた。普通の人間なら笑って当然だろう、笑わずに真実だと捉えて肝を震え上がらせる方がおかしい。
だが、世の中には何事も例外というものが存在する。
チャーイ。彼は一部レイヴンからは“別な意味”でイレギュラーと呼ばれている男だ。理由は、戦った者にしか分からない。
とにかく、例外というものは必ずこの世に存在し、チャーイもその一人なのだ。つまり、彼が神に選ばれているというのは真実なのだ。その証拠に、チャーイの胸には雷を掴む手の刻印が刻まれているのだが、本人と親族にしかそれを知るものはいない。
当然、ディーはチャーイがイレギュラー(ごく一部から)と呼ばれていることを知る由も無ければ、神に選ばれていることを知るはずも無い。大体、この時代に神という存在はナンセンスすぎる。信じなくて当然だ。
プロフィールを読み、一しきり笑った後、チャーイの機体「ノーフィアー」の構成を見る。構成を知ったところで、機体構成を変えるわけではないが、戦法などで多少の対策が取れる。
アークからの情報によれば、「ノーフィアー」の武器はマシンガン、ブレード、プラズマキャノン、スラッグガンと割とバランスが取れている。
バランスが取れているとはいっても、キャノンを構え無しで撃てないのでは意味が無い。もっとも、そんな荒技が出来るレイヴンなぞたかが知れている。チャーイなぞはランクBの雑魚レイヴンだ、そんな荒技が出来るわけも無い。よって、いつも通りに戦おうと、ディーは決めた。
最後に試合予定日時を確認する。試合はちょうど一週間後、開始時刻は正午。まだまだ時間はあるが、この一週間の間、ミッションを受けることは控えた方がよさそうだ。もし、機体が損傷して修理が必要になれば完璧な状態で戦うことが不可能になる。それは避けたかった。ディーは、この一週間どうやって過ごすかに思考をめぐらし始めた。
◇◇◇
ディーがどうやって一週間を過ごすか考えている間、チャーイは愛の自給自足を行っていた。半裸になり、鏡の前で様々なポーズを取る。そして、彼は自分自身にうっとりしているのだ。
「おいおい、まろヤバイだろこれ」
毎日最低三○分、彼はこの行為を続けている。誰もこの行為を止められる者はいない。以前に一度、愛の自給自足を間接的に阻害した者がいたらしいが、阻害した者はアリーナでチャーイによって倒され、屠られた。
ラー!!ラー!!ラッ!ラッ!(ドンドン)
チャーイの電話の着信音だ。AKIRA、という大破壊以前のアニメ映画で使用されていた曲らしいが、分かる者はほとんどいない。
愛の自給自足を邪魔されたチャーイの額に青筋が走る。電話には出たくないが、重要な連絡かもしれない。そう考えると、出るしかなかった。電話機の前まで歩き、乱暴に受話器を取る。
「だれだコラ!!!!」
チャーイは怒りを隠そうとしたが、怒りが大きすぎた。隠しきれず、!マークが四つも付いてしまった。
「あぅ、す、すみません……レイヴンズアークアリーナ事務局レイヴン係のレメリーですが、チャーイさんですか?」
「おう。まろがチャーイだ」
電話口の向こう、某(名前覚えてやれよ……)が謝ったせいだろう、チャーイの怒りが少しだけ、ほんの少しだけ治まった。
「エキシビジョンマッチの対戦相手が決まったので、お知らせしますね。対戦相手はディー、機体は「ウォーロック」です。日時はちょうど一週間後、時刻は正午ですので遅刻しないようお願いします」
「おいおい、まろが遅刻するわけないだろ」
そう言ってるが、遅刻のせいで不戦敗が何度あることか……
「期待しないで待ってます。それじゃ、失礼しますね」
某はそう言って電話を切った。本来ならこういったアークからの連絡事項は、ネットを介してメールで送られるが、チャーイにはそれが出来ない事情にあった。書かなくても分かると思うが、チャーイの部屋にはパソコンが無い。もちろん、ネットが出来るはずも無く、連絡は必然的に電話となる。
チャーイは受話器を置いた。
美獣の眼が妖しく、美しく輝く。チャーイの全身から甘く切ない歓喜のオーラが溢れだしていた。そして、チャーイの住むマンションに獣の雄叫びが響き渡った。
その後、チャーイは大家と美しく、そして哀しい戦いを繰り広げるのだが、それはまた別のお話。
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そして、一週間後の正午がきた……
ディーはモニターに映る重厚な扉を見ていた。扉の向こうにあるのは、レイヴンたちのもう一つの戦場がある。
試合前の確認のために、モニターに今日の条件を呼び出した。今回の対戦相手はチャーイ、機体はノーフィアー。戦う場所は標準的なARENA、どんなACでも実力を発揮できるため、パイロットの技量がダイレクトに反映される場所だ。
ディーは眼を閉じた。これから行われる試合のイメージを頭の中に描いているのだ。
数分後、彼は眼を開けた。その眼は自身に満ち溢れ、勝利を確信していた。機動力ではこちらが勝る。普段はやらないが、バズーカを中て反動で敵を硬直させてブレードで斬ろう。ウォーロックの装備しているブレード、MOONLIGHTは最高クラスの攻撃力を誇る。まともに喰らえば、やわなACでは一たまりも無い。
目の前の扉が開く。
ちょうど反対側の扉も開き、ACが出てきた。チャーイのノーフィアーだ。ディーはノーフィアーへ通信回線を開いた。
「おいチャーイ。今日はテメェをぶっ倒してやるからな、覚悟して置けよ」
「ほう、手加減はいらないのか。じゃあ、まろは本気をだしちゃおっかな〜」
チャーイのいいかげんさに、少しばかり腹が立つ。絶対に今日はぶちのめしてやると心に誓う。
「大体、まれに挑むなど身の程知らずが。まろ、やるぜ……?」
先程とはうって変わって挑発的な口調。ディーのハートがヒートアップしてゆく。自分の事をまろと呼ぶような変態に負ける気はしない。どのぐらい変態かといえば、コックピットの中で半裸になっているぐらいの変態だと、ディーは勝手に想像して、自分で笑った。幾ら何でも、コックピットで半裸は無いだろう。しかし、ディーが分かるはずも無いのだが、チャーイはコックピットの中で半裸だった。
「おもしれぇ……俺を倒せるっていうのなら、やってみやがれ!」
「OK! カモンベイベー! だったらまろは、“アレ”を使うぜ」
「アレ……? アレとは何だ?!」
「それは見てのお楽しみだぜ、何とかさんよぉ」
「ディーだ! 名前ぐらい覚えておけ! それよりも――」
ディーの言葉を遮り、アリーナにサイレンが鳴り響く。試合開始前の合図だ。通信機から、実況アナウンサーのモリワキと、ACアリーナプロデューサーのタカダ氏の声が聞こえる。
結果的にチャーイの言うとおり、“アレ”は見てのお楽しみとなってしまった。
「さぁ! いよいよ夢の対決が始まろうとしていますね、タカダさん!」
「そうだね」
と、タカダはやる気が無さそうな答えを返した。
「ズバリ! 今回のテーマは「コスモ○ストライカー!」 一体どちらが神に選ばれるのか、我々はこのロマンを探求せずにはいられません!」
「そうだね」
と、またタカダのやる気の無い声。
「赤コーナー、アリーナの熱血野郎、三二戦二〇勝一一敗一分け、ディィィィィィィィィィィィィィ!!!!!」
観客席から割れんばかりの歓声が送られる。ディーは歓声を受け、さらにヒートアップする。
「青コーナー、哺乳類ヒト化最強、五〇戦七勝四三敗〇分け、チャアアアアアアアアアアアイイイィィィッハァァッッ!!!!!!」
あまりの声援にアリーナが揺れる。気のせいかもしれないが、「帰れ」や「変態」そして「ポックノレ」といったワードが混じっている気がする。
「さぁ! いよいよ試合開始です!」
モリワキアナウンサーの声と同時に、モニターにREADYの表示。一拍置いて、GOへ変わる。その瞬間、ディーはペダルを踏み込んだ。
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ノーフィアーはプラズマキャノンを構え、発射。だが、距離が遠すぎた。ディーのAC「ウォーロック」は悠々とプラズマ弾を避けた。
「おいおいどうしたチャーイよぉ、弾が止まって見えんぜ!」
ブースターを使って急速に接近、ノーフィアーは相変わらずキャノンを構えたまま。二発目が発射される、ウォーロックは上空へ飛んで避け、バズーカを撃ち込む。構えたままのノーフィアーは回避行動が出来ず、機体で受け止めるしかなかった。
着地、再びバズーカを撃つ。チャーイもこのままでは駄目と判断したのか、構え動作をやめる。が、タイミングが遅く。またバズーカの直撃を受ける。ウォーロックは距離を開けながら、またバズーカの狙いを定める。
「くそっ、こうなったら……サイレントカデナチオ!」
チャーイが叫ぶ、その気迫に圧され、ディーの動きが鈍った。その瞬間、ノーフィアーのマシンガンが持ち上がり、空中にいきなり弾が飛び出した。あるはずのマズルフラッシュが、無い。
「な、なんなんだよそれっ!」
目の前の出来事に目を奪われ、回避運動を忘れてしまった。一セット分のマシンガンがウォーロックの装甲を穿つ。幸いにも距離が空いていたため、弾がバラけ、損傷は大きくない。
(何なんだよ……!? 今のはっ……!)
実弾を撃てば必ず生じるマズルフラッシュ、無くすことは不可能だ。一体、どんな技術を使ったというのだ。だが、落ち着け、とディーは自分に言い聞かせた。マズルフラッシュが見えないだけだ、弾が見えないわけじゃない。基本的な回避行動を取っていれば中らないはずだ。
ノーフィアーが距離を詰め、マシンガンを放つ。マズルフラッシュは無いが、弾が発射されているのは見える。ブースターを使って基本的な回避行動を取れば、難なくかわせる。所詮、大そうな技名を叫んだところで、こけおどしだ。
マシンガンを避けながら、慎重に狙いを定め、トリガーを引く。弾はトータルフィアーを確実に捉え、命中。トータルフィアーがよろめく。
「一気に決めてやるぜ!」
オーバードブーストを起動させる。一息で距離を詰め、ブレードで斬り捨てるつもりだ。チャーイも対抗する気なのか、トータルフィアーの背部に、光が灯る。
ウォーロックのオーバードブーストが発動、僅かに遅れてトータルフィアーのオーバードブーストも発動する。互いに真正面からぶつかり合う形で距離が詰まってゆく。ウォーロックの左腕が突きの形になる。このままぶつかるつもりだ。
しかし、正面衝突するかと思われた直前、トータルフィアーはウォーロックの横をすり抜ける。
(しまった!)
ディーは斬られると思ったが、何もせずにトータルフィアーは過ぎ去った。
「ジェノサイドインパルス!」
チャーイが叫んだ途端、爆音と共に衝撃が襲う。ウォーロックの巨体が宙に浮いた。必死になって姿勢制御を取ろうとするが、上手くいかない。モニターの中、プラズマキャノンを構えるノーフィアーが見えた。
「うなれ! マーキュリードライヴフォング!」
弾速が遅いはずのプラズマ弾が、何故か早く見える。空中に飛ばされているウォーロックを、プラズマ弾が貫いた。エネルギー系の武器は反動が少ない。だが、ノーフィアーの放ったプラズマ弾はウォーロックを天井まで持ち上げた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
有り得ない出来事にディーはパニック状態となる。もう、何をしていいわからず、重力に従い地面へと落ちる。何とか機体を立たせた頃、ノーフィアーは空中で大の字となっていた。
「ハイパーイカロスウィング!」
空中のノーフィアーにかぶるように、筋骨隆々の男が宙に現れた。ディーが確認できたのはそこまでだ。直後、何故か機体を激しい衝撃が襲い、損傷率が六〇パーセントを超える。
「モガガル……!」
自分でも分からないうちにそう叫んでしまっていた。もう、何が起こっているのか分からない。これは夢か、現実か、もうそれすらも分からない。夢のような出来事だが、全身の痛みがそれを否定した。
「な、何なんだよ……もう……訳がわかんねぇよ」
ウォーロックの前にノーフィアーが立った。ブレードを振るう、コアが焼かれる。振った反動を利用しつつ、ノーフィアーはウォーロックに背を向け、ブレードを収めた。
「ジェノサイド!」
チャーイの叫びと同時に、ウォーロックが爆炎に包まれた。
爆炎が収まる、中から黒焦げになったウォーロックが現れた。そのコックピットの中で、ディーはモニターに表示にされるLOSEの文字を見ていた。ディーの頬を涙がつたう。そして、呟いた。
「何なんだよこれ……もう、訳がわかんねぇよ……」
安心しろ、ディー。作者も訳が分かっていない。
敗者(と書いて可哀想な犠牲者と読む)ディーの試合後のコメント
意味が分からない試合でした。いきなりマズルフラッシュは出なくなるし、すれ違っただけなのに吹き飛ばされて、プラズマ弾で天井まで持ち上げられるし、その後には……見たことも無いムキムキのおっさんが出てくるし。何で試合が止まらなかったのか、不思議でした。もう、二度とチャーイとはやりたくありません。
チャーイの試合後のコメント
「やたーい! やたーい! 俺はチャンプだ!! チャンプにパンツなどいるか!! 俺だけが神と話せる!!! WRYYYYYYYYY!!!!」
登場AC一覧()内はパイロット名
ノーフィアー(チャーイ)&Ni804Fa002wE00o00aka1gE30ag5Ra8y60c4Rz#
ウォーロック(ディー)&Nw0ybF1y82Mk0l868ws6hM2A0as00010e0f20K#
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