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まったく、今日はなんて最悪な日なんだろうか。アリーナでは負けてしまい、機体は大破、修理には数日かかる。相手はあのネロだったことを考えれば、仕方がないと、あきらめもつく。問題はそのあとだ、噂のデスサッカーの乱入。アリーナにいるレイヴンたちに下った迎撃依頼。出撃して成功させたならば、アークや企業からの信頼を勝ち取ることができ、割のいいミッションを受けやすくなったであろう。
もっとも、六体のACを相手にしながら、デスサッカーは撃墜されずにさっていったわけだが。結局のところ、出撃しようがしまいが、どちらであれ結果は大差なかったわけだ。
しかし、セヴンが最悪だと思うには別なわけがある。今まで述べたことも理由にはなっているが、それ以外の大きな理由。考え事をしながら歩いたために、道に迷っていた。
右を向いても左を向いても、ここがどこだか分からない。辺りを見ても地図は無く、住宅街にいるのだが人はいない。左右に並ぶ家々は、クリスマスイルミネーションで塀や壁を飾りつけ、この通りを賑わせている。
そう、今日はクリスマス。この日ばかりは仕事で忙しいお父さんも早めに家に帰って、友達をよんだり、もしくは家族だけのささやかで楽しいパーティーをしていることだろう。周囲の家からも、本当に楽しそうな笑い声が聞こえてくる。老若男女、様々な笑い声。それらを聞いていると、本当に寂しく、虚しくなってくる。
レイヴンという仕事を嫌いながら、それ以外を生き方が分からずに、未だに続け、人を殺した自分には永遠に訪れないであろう時間。
それでも、まだ孤児院と付き合いがあったのならば、サンタクロース役を頼まれたりして、クリスマスパーティーに呼ばれたりもした。だが、バルカンエリアに来た事により、カーレッジ孤児院との付き合いは無くなってしまっている。もう、自分には二度とクリスマスを楽しむことはないだろう。
半ば悲観しながら、右も左も分からない住宅街を歩いていく。このままFOLXに行って一杯やろうか、今日は確かクリスマス特別ライヴがやっていたはずだ。ただ、FOLXに行こうにも、道が分からないので、ただ歩くしかないのだが。
ハァ、と白い溜め息を吐きながら歩いていると、白くフワフワとした物が目に入った。空を見上げれば、星は見えず、代わりに雪がひらひらと舞い降りてきた。ホワイトクリスマス、何と素敵な夜だろうか。もっとも、一緒に過ごす相手がいればの話だが。擦れ違ったカップルは、さも幸福そうな笑顔を浮かべ、セヴンの横を通り過ぎる。
また溜め息を付きながら、歩き続ける。心なしか足が重い。ふと、視界の右側が暗くなる。急に目が悪くなったわけでなく、右側にある建物だけ、クリスマスイルミネーションをしていなかったのだ。右に向くと、幼稚園を思わせる建物が建っていた。人がいないと思ったが、どうやら違うらしい。窓には明かりが灯り、人影が窓に浮かんでいる。
はて、不可思議な。幼稚園であるならば、既に日も沈んだこの時間に人がいることはまず無い。園長の家と兼ねているのであれば話は別だが、窓に映る人影はどう見ても子供の物だ。門柱に目をやれば、孤児院の三文字が彫られている。
不意に少し前の記憶が思い出される、カーレッジ孤児院でのクリスマスパーティーを。
サンタクロースの扮装をさせられ、こてこてな台詞を言いながら子供達の前に現れる。みんなが本物のサンタだと思ってくれるよう、必死になって演技をするのだが、何故かみんな一瞬で看破してしまうのだった。その後、みんなに絵本やお菓子を袋から出してプレゼントする。その瞬間の子供達の笑顔といえば、言葉にするのが難しいほどに喜んでくれて、みているこっちも思わず笑顔になってしまうほどだ。
だが、もうその喜びを味わうことは無い。帰ることが出来ないのだ。自分の不注意で、子供を殺してしまったため、もう孤児院には行くことが出来ない。
門柱の向こうにある孤児院の窓を見ていると、胸が熱くなってくるが、どこに人の目があるか分からない。涙を流すわけにはいかなかった。
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息を荒げながら、ソフィアは必死になって走っていた。両手には子供達へのプレゼントが抱えられている。
ミッションを終え、子供達へのプレゼントを買っていると、既に午後八時を回ってしまっている。早く帰らないと、子供達が退屈してしまう。それ以前に、孤児院の就寝時間は午後九時。毎日規則正しい生活をしているため、後三十分もすれば眠くなる子供達も出てきてしまうことだろう。
早く、早く帰らなきゃ。一生懸命、とにかく走った。おかげで、八時半までには孤児院の前にたどり着けた。ペースを落とし、呼吸を整えながら歩く。そこで、孤児院の門前で立っている青年に気付いた。青年は、どこか物悲しげな目で孤児院を見ている。何となくではあるが、今にも泣きそうな表情をしていた。
「あの、何かご用でしょうか?」
ゆっくりと近付いて、なるべく刺激しないように静かな声で話しかけた。青年の事を不審者だと思っているわけではなかったが、悲しそうな表情をしている人に向かって、荒々しい言葉を掛けることは出来なかった。
「用は無いんだ。ただ、昔を思い出してね」
そう言って、青年はソフィアの方を向いた。おとなしそうな顔立ち、深く澄んだ黒い瞳にソフィアが映る。ただ、ソフィアが映ったのは右目だけ、左目は光を放たず、何も映してはいない。どうやら義眼らしい。
また、青年は孤児院の方へ目を向けた。
「俺も孤児院の世話になっていたことがあって。ちょっと、ね」
「そうですか……」
青年の横をくぐり、孤児院の敷地内へ入ろうとする。そこで、ソフィアはある事を閃いた。後ろを振り返り、青年の目を見据える。青年は不思議そうな顔を浮かべ、ソフィアを見ている。
「あの、名前を教えてくれませんか?」
「セヴン、セヴン=イレギュラー。一応聞くけど、君は?」
セヴン。聞いたことのある名前だ、もしかするとあのランキング一一位のレイヴンのセヴンかもしれない。左目は義眼だし、間違いはなさそうだ。
「わたしはソフィアっていいます。もしかして、セヴンさんはあのランキング一一位のセヴンさんですか?」
「そうだよ」
何とも素っ気の無い返事だ。けれど、これでやることは決まった。子供達のため、この人に協力してもらおう。ここの孤児院は女の人しかおらず、男の人はいない。毎年、クリスマスパーティーのときは誰かがサンタクロースの扮装をするのだが、毎日顔を見るだけのことはあって、子供達は一瞬で誰がサンタの扮装をしているか見破ってしまう。
けれど、はじめて見る人がサンタの扮装をしているのだったら、本物のサンタクロースが来てくれたと思うことだろう。そうなれば、子供達は大喜びしてくれるはずだ。そうだ、それがいい。
「この後、時間は空いてますか?」
「空いてるけど」
意外な事に即答だった。時間がたっぷり空いているんだったら、ぜひとも協力を頼もう。見た感じでは悪い人では無さそうだし、彼だったら先生達も許してくれるに違いない。
「今からクリスマスパーティーをするんですけど、サンタさんの格好をする人がいないんです。良ければ、やってくれませんか?」
セヴンの目が丸くなる。当然だ。初めてあって、名前しか知らない女性にサンタをやってくれ、と頼まれれば誰だって驚く。この反応を見て、断られるかな、と思った。
「別に構わないよ」
返事は意外な事に、OKだった。
/3
サンタクロースの服に着替えながら、俺は何故こんな事をしているのだろう、と思ってしまう。カーレッジ孤児院との付き合いはもう無いし、二度とサンタの紅白に彩られた服を着ることは無いと思っていた。
だというのに、自分はまた別の孤児院で子供達を喜ばせるためにサンタの扮装をしている。悪いことではないが、何ともいえない複雑な
心境だった。紅白の帽子を被り、足りないところは無いか、姿身を見て確認する。
鏡の中には、サンタの格好をしたセヴンがいる。白髪のカツラを被り、白髪の付け眉毛に白い付け髭まで付けた念の入用だ。
部屋の扉が開き、ソフィアが顔を出した。
「用意は出来ましたか?」
もう一度、鏡を確認する。頭の先から足の先まで、誰がどう見たってサンタクロースだ。
「大丈夫、用意は出来たよ」
「それじゃあ、こちらに来てください」
廊下に出ると、ソフィアにプレゼントの詰まった袋を渡された。袋を肩に担ぐと、ソフィアが感嘆の眼差しでセヴンを見ていた。何だか、照れる。
「ほんと、サンタさんにしか見えませんよ」
「よしてくれ、照れるだろう」
「こちらです。付いて来てください」
微笑を浮かべて歩くソフィアに続き、廊下を歩く。進んでいくうちに、賑やかな子供達の声が聞こえはじめ、徐々に大きくなっていく。木製の横開きドアの前で止まった。ドアにはホールと書かれたプレートが下がっていた。ドアの向こうからは、子供達の声が聞こえる。サンタさんが来るということを既に聞かされているのだろうか、「早く連れて来て」と先生を急かす声が聞こえる。
「ちょっと待っててくださいね。あ、姿が見えないように少し離れてください」
ソフィアの指示に従い、一歩だけ後ろへ下がる。ソフィアはにっこりと、微笑んで扉を開けて中へ入っていく。もちろん、入った後に扉を閉めて。子供達が歓声を上げるが、サンタクロースでないのを確認すると、あっという間に可愛らしいブーイングを上げる。
「みんなー、静かにしていい子でないとサンタさんは来てくれないよー」
ソフィアが言うと、扉の向こうから子供達の声が消えた。この後、ソフィアの合図で中に入り、子供達にプレゼントを配ることになっている。そこで、自分が笑顔になっている事に気づいた。いつからだろう、子供達の笑い声を聞いてからなのか、それは分からないが、今考えるのはやめよう。
「よーし、みんないい子だねー。もうすぐサンタさんが来てくれるよ。それじゃあ、サンタさんどうぞー」
木製のドアを開けて、中へ踏み込む。子供達の顔を見れば、皆楽しそうな顔をしている。一部のクールぶっている子供達は、今年はどの先生がサンタをやっているのか見極めようとしている様子だ。心が躍る。子供達は、先生がサンタさんの格好をしていないと知ったら、どれほど驚き、喜んでくれるだろうか。
「メリークリスマース!」
両手を上に挙げ、大声で子供達に呼びかけた。声でこの孤児院の人間ではないと分かったのだろう、子供達の目が一瞬で丸くなり、信じられない物を見たと言わんばかりの表情で、驚きに固まっている。が、それも束の間。一人の男の子が、「本物だ」と呟くと、急にみんなざわめきだした。
隣にいるソフィアを横目で見れば、彼女は微笑みウインクをした。それに、微笑で答える。
「本物のサンタさん、なの?」
一番近くにいた女の子が、恐る恐るセヴンに聞いた。女の子の目を見つめて、静かにゆっくりと答える。
「もちろん。本物だよ」
途端、ホールのあちらこちらから「すげーすげー」「本物だ」、と思わぬ事態に喜ぶ子供達。しかし、就寝時間が目前に迫っているため、急がなくてはならない。
「よーし! みんなにプレゼントをあげよう。みんな一列に並びなさい」
そう言うと、子供達は規律正しく、セヴンの前に一列に並んだ。早くプレゼントが欲しいのもあるだろうが、普段の躾が良いのだろう。それでも、みんなそわそわして落ち着き無いが。そんな様子も、また微笑ましい。
一人一人に、名前を呼びながらプレゼントを渡してゆく。何故、名前が分かるのか。セヴンの後ろに立っているソフィアが、小声で教えてくれているからだ。みんなサンタさんが自分の名前を知っている事に驚き、喜び、プレゼントを貰ったお礼を述べて部屋の隅へ移動して、そこで袋を開けていく。
何で名前が分かるのか聞いてくる子がいた。その子にこう答えた。いい子にしている子の名前は分かるんだよ、と。普段から悪戯ばかりしているからプレゼントを貰えないんじゃないかと思っている男の子が前に立った。男の子は今にも怒られるんじゃないかと、不安そうな表情を浮かべている。セヴンはその子の頭を撫でた。
「だったら、これから悪い事をしなければいいんだよ」
そう言って、男の子にプレゼントを渡す。瞬時に男の子の表情は、不安から驚き、そして喜びへと切り替わる。
みんなにプレゼントを渡し終え、部屋の中を見渡せば、子供達は互いのプレゼントを見せ合い、嬉しそうな表情を見せていた。
子供達を笑顔を見ていると、普段の殺伐とした気持ちは消え、胸の中を温かいものが占めてゆく。みんなにプレゼントがきちんと渡ったか、最後に確認して、気付かれないようにそっと部屋を出た。みんな貰ったプレゼントに夢中で、セヴンが出て行くことには気付かなかった。その後を、ソフィアが続く。
部屋に戻り、服を着替えるとすぐに外へと出た。可能な限り子供達に気付かれないためだ。ソフィアは門前まで見送ってくれると、帰り道を教えてくれた。
「あの、良かったら来年もまたやってくれますか?」
そんな簡単な事、答えは決まっている。
「いいよ。こっちも訊ねたいことがあるんだ。お正月に、来てもいいかな?」
ソフィアは目を丸くするが、すぐに可愛らしい笑顔を浮かべる。
「おせち料理を作って待っています」
「ありがとう」
「いいえ、こちらこそありがとうございます。おかげで、子供達に楽しいクリスマスを過ごさせてあげることが出来ました」
「なら、良かった。それじゃあ、また会おう。戦場では、出会わないようにするよ」
呆気に取られるソフィアを尻目に、背中を向けて早々に早足で歩き出した。
雪は未だに降り続き、気温も下がっているが、セヴンは暖かかった。壊すことしか出来ない自分でも、誰かを傷つけてしまう自分でも、誰かを喜ばせてあげることが出来るのだと。
まったく、今日はなんて最高な日なのだろうか。
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