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家へ帰宅し、まず最初にやることといえば電話を確認することだ。玄関脇に置いてある電話機を見るが、伝言があることをしめすランプは点灯していない。
伝言が無いことを確認してから部屋へ入り、冷え切った室内を暖房で暖める。そして一息ついてからパソコンの電源を入れ、メールを確認するが、広告メール以外は届いていない。差出人不明の件名も記されていないメールが一通あるのに気付き、もしかしてと思い開いてみるが、あろうことかウィルスメールで、パソコンの電源が落ちた。
「だーっ、くそっ」
パソコンデスクの下に置いてあるマニュアルを取り出し、ページを開くが、びっしりと印刷された文字を見て再セットアップする気を無くしてしまった。
背もたれに体を預けると、真っ白な天井が目に入る。待てども待てども、ベアトリーチェからの返事は無い。こちらから赴こうか、とも思うがそれでは催促しているみたいで、何だか悪い気がする。そんなこんなで待っているうちに、もうすぐ誘ってから一ヶ月が経とうとしている。
溜め息を一つ吐いてからまたマニュアルを開いた。他にやることも無いのだし、パソコンが使えないのでは仕事をするのもままなら無い。情報を得るのにも、テレビや新聞よりもネットの方が速い時代だ。情報の重要性が高い仕事に就いているため、可能な限り早く情報を得るにはパソコンを使うのが得策というものだ。
丸一時間かけて再セットアップを終え、マニュアルを放り出した。慣れないことをしたせいか、非常に肩が凝っている。誰かに肩を揉んで欲しいところだが、一人暮らしでは自分で肩を叩くしかない。マッサージチェアが欲しいときもあるが、手が出ないというほどではないにせよ高すぎる。とてもではないが、金銭面の事を考えると買う気が起こらない。
不意にディスプレイの横に立てている写真立てに目がいった。今までなら中に入れている写真に気を止めることもなかったが、今は目に入るたびに見入ってしまう。
まだレイヤードにいた頃の写真、ぼろぼろになって倒れている昔のストレートウィンドと漆黒をバックにミカミとオレンジボーイの二人が笑いあっている写真だ。二人とも傷だらけで、ミカミに至っては額から血を流している。まだレイヴンになって一年足らずの時に撮られた写真で、二人ともまだ顔立ちに幼さが残っている。
胸の内に哀しみと憎しみと、申し訳なさが込み上げる。未だにオレンジボーイの墓参りに行っていない。デスサッカーを倒し、仇を取るまでは花を手向けないと自ら誓った。早く行きたければ、デスサッカーを倒すことだ。
再セットアップを終えたばかりのパソコンを立ち上げ、インターネットに接続する。やることは決まっている、デスサッカーに関する情報収集だ。まず最初に行くところは、三大企業の運営する大手ニュースサイトだ。クレスト、キサラギのデスサッカー関連のニュースは更新されていない。
ミラージュのニュースサイトにアクセスしたとき、ミカミは我が目を疑った。トップページにはデスサッカーの写真が二枚掲載されており、一枚はアリーナを襲撃したときの物、もう一枚はつい先日ミラージュ専属ACが交戦したときのものだという。その二枚の写真の下には、「デスサッカーに自己修復機能」と大きな文字で書かれていた。二枚の写真をよく見てみれば、確かに損傷が直っていることが確認できる。アリーナ襲撃時の物もよく見てみれば、ミカミが付けた傷が無い。
まったく、とんでもない野郎だ。工場一つを吹き飛ばすほど高い火力、ダイヤモンド並みの装甲だけでも十分すぎるというのに、加えて自己修復能力ときた。これじゃあまるで、どこかのシミュレーションRPGのボスキャラじゃないか。
だからといって怖気づく気は微塵も無い。しかし、以前のように、敵は強ければ強いほど良い、何てことも言っていれらない。デスサッカーに関しては、戦いたいだけではなく、勝たねばならないのだ。勝って、必ずオレンジボーイの仇を取らねばならない。そのために、機体構成も変えたのだ。
椅子から立ち上がり、背を伸ばす。疲れているせいもあるが、デスサッカーのニュースのおかげで、鬱になりそうだ。今日はもう用も無いのだし、寝ることに決めた。
ミカミは、シャワーも浴びず、服も着替えずにベッドに倒れこんだ。
/2
カーテンの隙間から差し込んでくる日光と、寒さで目が覚めた。ベッドから起き上がり、カーテンを開けて外を見てみれば、空は快晴。地面は、昨日から積もった雪が朝日を反射し、輝いていた。どうりで寒いわけだ。
暖房器具の電源を入れ、部屋が温まった頃に昨日から着ていた服を脱ぎ捨てた。シャワーを浴び、昨日からの垢を落として外出着を着込む。こんな良い天気の日に出かけない手は無い。観たい映画も無ければ、買いたい物も無い、会いたい人はいるが何処にいるか分からない。行きたいところなどどこにも無いが、こんな日はブラブラと街中を歩くだけでも楽しい。
厚手のコートを羽織って、外に出る。寒さが肌の露出している部分を襲い、痛いぐらいだ。
まず最初にすることは腹ごしらえだ。腕時計を見れば、時刻はちょうど午前八時。まだ喫茶店でモーニングセットが食べられる。だったらと、行きつけの喫茶店である翠屋へと足を運んだ。
店内に入れば、客の数は少なかった。昼間になれば近所の高校生達で賑わうのだが、今は出勤前のサラリーマンと近所の主婦の姿しかない。いつもの賑やかさは無いが、代わりに落ち着いた空気が店内に漂っていた。
どこに座ろうかと、店内を見渡す。そこで、窓際の席に座る見知った顔を見つけた。運の良い事に、その見知った人物は、今一番会いたい人間ではないか。こんなところで何をしているのかが気になるし、答えも聞きたい。おもむろに彼女の座る席の側まで行った。
「向かい側に座ってもいいかな?」
「どうぞ、お好きなように」
窓の外を見ながら彼女、ベアトリーチェは静かな声で言った。
「それじゃ、失礼するよ」
席に座っても、ベアトリーチェは窓の外を見たままで、こちらを向く気配が無い。窓の外に何かあるのだろうかと外を見てみるが、雪化粧を施された見慣れた商店街があるだけだ。これといって、変わった物など見当たらない。
注文を取りに来た店員にモーニングセットを頼み、また正面を向く。が、彼女はこちらを見ようともしない。ずっと窓外を見続けている。そんなに商店街の景色が珍しいのだろうか。もしかしたら、意図的に正面を向かないのかもしれない。
いや、それなら相席を断っているだろう。ミカミは背もたれに体を預けてから、口を開いた。
「正面を向いたらどうだ。横を向かれちゃ、話も出来ない」
「この間の答えを聞きたいの?」
ベアトリーチェは、ようやくミカミの方を向いて答えた。
「出ているというのなら聞きたい。出てないんだったら、もうちょっと待つ」
「それじゃあ、もう少し待って」
そう言うと、ベアトリーチェはまた窓の外に目をやる。話す気は無いらしい。向こうに話す気は無くとも、こっちには話したいことがある。だいたい、コンビを組んでくれるのか以外にも聞きたいことはあるのだ。
「なぁ、何でこの店知ってるんだ?」
そう、何故彼女は翠屋にいるのだろうか。しかも、朝だというのに彼女が頼んでいたのはスペシャルシューだ。モーニングセットが運ばれてきたときに気付いた。朝食にシュークリームで、もつのだろうか?
「あなたがここの常連っていう噂を聞いたからよ。どこを探してもいないから、ここに来れば会えるかなと思って始めてきたのが去年の一二月二○日」
「成る程ね。で、いつぐらいに答えを出してくれるんだ?」
「分かるわけ無いでしょ、そんなの。はっきり言って、そんなこと言われたの初めてなんだから。確かにあなたは技量はあるし、悪い人でも無さそうだから、いいかなとも思ってる。けど、何故私なの?」
「戦ったことがあるから」
即答した。ベアトリーチェを誘った理由といえば、これしかないと言ってもいい。気の合うレイヴンと組むという選択肢もあったのだが、彼らとはアリーナでしか戦ったことが無い。アリーナでの戦闘は所詮、スポーツだ。真剣勝負でないと相手の真の力量は分からない。力量の分からない相手に背中を預けたくは無い。
そうなってきた時にアルテミスやライオットという選択肢が出てくるのだが、彼女ら二人の機体は近距離戦用の構成となっている。近距離専用の機体と一緒に戦えば、敵は近距離戦を警戒するようになる。そうなれば、リミッターオフMOONLIGHTの一閃を叩き込むが出来なくなってしまう。それは避けたい。となると、ベアトリーチェしかいなくなってしまったのだ。身も蓋も無い言葉でいえば、消去法だ。
「そんな理由で、あなたは――」
「悪い、ちょっと待て」
店内に鈴の音を慌ただしく鳴らして、警官が一人息を切らしながら踊りこんできた。嫌な予感が脳裏をよぎる。今は戦時中だ、有り得ない話では無いといえ、あってはならぬことだ。
「ACがこの街に進行中です! 現在、警備部隊とレイヴン一名が応戦していますが劣勢に立たされています! 至急、避難してください!」
嫌な予感が的中した。途端に店内がざわめき立つ。誰もがあるかもしれないと思っていながら、有り得ないと思っていたことだ、動揺は隠し切れず皆、店内を右往左往するばかりだ。
「ベアトリーチェ、ここを頼む」
そういい残し、席を立って、外に出ようとする警官の肩を掴んで引き止めた。「何をするか!」と、どすの聞いた声で警官は怒鳴る。
「そう怒鳴るな。襲撃してきたAC名と、応戦しているレイヴンを教えてくれ」
「あんたに教える義理は無い! いいから離しなさい、まだやることがあるんだ!」
「俺はレイヴンだ。いいから、襲撃してきたACと応戦しているACを教えろ。場合によっては、突破されるんだろう?」
途端、警官の顔つきが変わる。高圧的な態度は相変わらずだが、値踏みするような視線に変わった。これだから警官は嫌いだ。
「あんた、もしかしてミカミか……?」
頷いて答える。すると、警官から高圧的な態度が消え、友好的な笑みを浮かべ始めた。何を考えているのかは知らないが、気持ちが悪い。
「失礼ですが、ガレージまでどれぐらいの距離がありますか?」
「車やバイクでなら一〇分程度だ。出来ることなら、連れて行って欲しい」
「分かりました。本官がお送りいたします」
警官の後に続いて外に出る。警官はパトカーに備え付けられている無線機でどこかに連絡した後、ミカミを車内に招き入れた。ミカミがシートベルトを付けたことを確認すると、警官はサイレンを鳴らしてパトカーを走らせた。
/3
車の中で聞いた警官の話によると、襲撃してきたACはレッドドラゴン、応戦しているレイヴンはゴールドメダリストだということだ。ランク内のレイヴンとランク外のレイヴンでは実力が違いすぎる。倒されるのも時間の問題だ。
車が止まり、ミカミは車外へと飛び出た。自分のガレージの中へ入り、即座にGスーツに着替え、愛機ストレートウィンドBに飛び乗る。普段なら機体チェックを行うところだが、今は時間が無い。そんな事をしていれば、都市内に侵入され、多大な損害が出てしまう。顔の知らない人が何人死のうが関係ないところだが、自分の好きな街を破壊されるのは我慢ならない。
一体どこの企業が襲撃以来など出したのだ。いや、企業ではないだろう。エレクトラが来ているところを見ると、おそらくはインディペンデンスに違いない。民主主義国家を樹立させたいのは分かるが、何故テロを行う必要があるのだ。
ACが完全に起動したのを確認し、通常モードから戦闘モードへと切り替える。シャッターを開けると、けたたましいサイレン音が耳に入った。
ブースター使い、機体を滑らして都市外へ向かう。避難は概ね終わっているらしく、道路には車もなければ人もいなかった。おかげで、思っているよりか早くに外に出れそうだ。
移動中に通信回線を開くと、ゴールドメダリストと警備部隊の通信が流れ出した。
『だ、誰か……』
『たっ、助けて……!』
回線を切った。苦戦どころではなく、壊滅させられそうになっているらしい。ペダルを踏む足に、自然と力が篭る。早く、もっと早く、間に合うように。
レーダー画面に赤い光点が映る、もうすぐそこまで来ている。シティ外周に沿って立てられた、外敵侵入防止用の壁が大きくなっていく。壁の手前で機体を止め、エネルギーを回復させてから機体を上昇させた。
レッドドラゴンはもうすぐそこまで来ており、壁越しにもかかわらずロックオンすることが出来た。武器を肩の小型六連装ミサイルに切り替える。エクステンションも起動させようか一瞬、逡巡したが、まだ時期が早い。エクステンションは起動させないままにした。
壁を飛び越えると同時にミサイルを放ち、オーバードブーストを起動させ、加速しながら下降。レッドドラゴンの横をすり抜け、まず片足だけを接地させ、機体を半回転させると同時にライフルを構える。しかし、行動が予測されていたらしく、レッドドラゴンの姿は無い。
即座に視線をレーダーにやる。正面、距離はちょうど中距離に青い光点が一つ。LOCKEDの表示が出るのが見えた瞬間、機体を後ろに下がらせた。ストレートウィンドのいた場所に、小型ミサイルが降り注ぐ。砂塵に覆われたモニターの向こう側から、ACが着地する音が聞こえた。
右にブーストダッシュを行いながら、アサルトライフルで弾幕を張る。マガジンを一本分撃ちつくした後は、敵の動きを封じるためにオービットを射出、エクステンションのおまけつきでだ。
砂塵が収まると、回避行動に入るレッドドラゴンが確認できた。通信回線から、エレクトラの舌打ちが聞こえる。
ここぞとばかりに、ペダルを踏み込み、一息で距離を詰める。もう少し時機を見極めたいところだが、あまり戦いを長引かせるわけにはいかない。どこかの依頼を受けて防衛に出ているのなら問題ないが、今回は独断で出撃している。報酬は貰えないばかりか、ACを私事で使用しているために、アークからのペナルティも課せられるのは間違いない。それでも、黙ってみていることが出来なかった。
レッドドラゴンのEOが起動するのが見えた。装甲が傷つけられる音が聞こえるが、止まるわけにはいかない。MOONLIGHTのリミッターを解除し、左腕を振り上げる。後ろに逃げることを予測して、ペダルをさらに踏み込む。
しかし、レッドドラゴンは逃げなかった。それどころか、ブースターを吹かし、前に飛び込んでくる。ブレードを発生させた状態で左腕を振り下ろすが、レッドドラゴンは既に間合いの内側に入っている。
レッドドラゴンの背部に、オーバードブースト発動前の燐光が見えた。直後、全身を激しい衝撃が駆け抜ける。タックルを受けたらしい。モニターは振動のせいで見えない。
倒れないように姿勢制御を行い、モニターを見れば、リニアライフルを構えるレッドドラゴンの姿が見えた。マズイ、と思ったがどうにかする時間は無かった。リニアライフルの直撃を喰らい、反動で機体が揺れ、回避行動を取れなくなる。それでも、モニターを見据えていると、ブレードを発生させた左腕を振り上げるレッドドラゴンが見えた。
装甲の焼ける音が聞こえる。損傷度が跳ね上がり、耳障りな警告音が鳴り響く。装甲の焼ける音が無くなり、反撃が出来るかとも思ったが、流石はランキング一ケタ台のレイヴン。そうそう反撃などさせてはくれないらしい。続いてリニアガンが立て続けに撃ちこまれる。機体の制御が出来なくなり、ストレートウィンドBは仰向けに倒れた。
モニターの中に、青い空をバックに赤いACが見下ろしていた。
このまま止めを差されるのかと思ったが、レッドドラゴンは何もせずにロンバルディアシティへ向けて歩き始める。
機体の損傷度は五○パーセント強。普通なら動きに制限が掛かってくるが、ダメージを受けていたのは主に上半身だった。脚部のダメージは少なく、機動力は死んでいない。
ゆっくりと起き上がり、背中を見せていたレッドドラゴンの背中にライフルを向ける。殺気に気付いたのか、レッドドラゴンが振り向こうとするが、当然、トリガーを引く方が速い。レッドドラゴンの背部と、肩の武器が傷ついてゆく。
ライフルを一通り撃ち終えた後、ミサイルに武装を切り替えようとしたが、切り替わらない。レッドドラゴンから受けた一連の攻撃のせいで、伝達系がやられたようだ。舌打ちして、オービットに武装を切り替え、エクステンションを外す。ミサイルも外そうとしたが、外れなかった。
レッドドラゴンがこちらを向き、リニアライフルを向ける。これで互いにライフルを向け合う格好になった。
「あのまま倒れていれば楽なのに。どうしても、やるんですか? 分かっているとは思いますが、私のほうが上ですよ」
「あんたの方が強いとか弱いとか、そんなことは関係ないんだよ。てめぇがロンバルディアシティに、いや、俺の好きな街を壊そうとしているから、止める。ただ、それだけだ」
「その程度の理由ですか。下らない。あんな所に住み、人類のこれからを考えようとしない愚かな民衆は死んでもいいじゃないですか」
「死んでも、いいだと……」
頭に血が上っていくのが自分でも分かる。人類の未来を考えようとしない者は死んでもいい、何を言っていやがる。確か、エレクトラはインディペンデンスの思想に染まっていたはずだ。ということは、彼女にとってインディペンデンスの考えを理解しない者は、死んでもいいということになる。
崇高な理想を掲げ、それを実現させるのが正しいことでも、方法が間違っていれば、それは悪でしかない。
「エレクトラ。一つ聞きたい、あんたは本当に人間か?」
「何を言ってるんですか。人間でなければ、あなたと会話することも出来ないし、ACにも乗れません」
「あぁ、そうかい。久しぶりに頭にきたよ」
レバーを握りなおし、ペダルに足を掛けなおす。深呼吸した後、モニターに映る赤いACを見据える。
理想を持つ者は皆、同じだ。己の正義以外を信じることが出来なくなり、それに反するものは全てを悪と見なす。今、目前のACを駆るエレクトラも、例外ではない。
登場AC一覧 括弧内はパイロット名
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レッドドラゴン(エレクトラ)&NHg00cE005G000I00all11A8lgVpkw8ka0fe00#
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