Armored Core Insane Chronicle
番外編
「専属AC排除」
1月某日〜18日

/1


 企業の調査部主任のハインツは、クリスマスにアリーナを襲撃したときのデスサッカーの映像と、つい先日レイテ山脈の麓で撮影されたデスサッカーを見比べていた。

 暗い部屋の中に並べた二つのモニターの一つにクリスマスの時の物を、もう一方に最新の物を表示させて二つを凝視する。両方とも戦闘中にさつえいされた物のため、画質が著しく荒い場面がある。そういう所は、コンピューターで解析させた。

「これはどう考えても……いやそんなはずはあるわけが無い」

 様々な角度からデスサッカーを眺めたハインツは、静かに呟いた。幾らなんでも有り得ないことだ。僅かではあるが、確かにデスサッカーは修復されている。誰かが補修した可能性が一番高いが、クリスマス以降、バルカンエリアにある全ての工場に網を張り巡らせているが、デスサッカーらしきACが修理を受けたという報告は受けていない。

 ただ、インディペンデンスが統治するレニングラード周辺の工場を監視することは出来ていないため、その辺りの工場で修復したということも考えられなくは無い。しかし、レニングラードには諜報部のエージェントが数名ほど情報収集のために潜入している。不審なACがあるというのなら、何かしらの報告が入るはずだ。

 今はこれ以上考えても無駄だと、ハインツは煙草を取り出し火をつけ、座っていた椅子を百八○度回転させてモニターに背を向けた。振り向くと同時、正面の無機質な自動ドアが左右に開き、黒いスーツを着た諜報部主任であるアサヅキが青いファイルを手に入ってきた。

「これはアサヅキさん、私に何か用でも?」

「えぇ、かなり事態は深刻ですよ。ところで、座ってもいいですか?」

 言って、アサヅキはハインツの隣にある椅子を見やった。「お好きなように」と、ハインツは言った。

 アサヅキは椅子に座ると、手に持っていた青いファイルをハインツに手渡した。早速、中を開くと挟まれていたのはランキング上位のレイヴンのプロフィールだった。

「この間、専属がデスサッカーと戦ったでしょう。その時に送信されていたデータ、暗号化されていなかったせいで他企業にも簡単に入手できたみたいです」

「それで他企業に偽情報を掴ませてそこの専属を出させる。で、そいつを雇ったレイヴンで落とす。そういうことだな?」

「えぇ、その通りです。今作戦の鍵は情報ですから、私に戦略を決めろと、先程作戦司令部から通達がありました。掴ませる偽情報の内容はもう決まってるんです、ただ、誰に依頼を出すかで悩んでいましてね。同じく情報のプロであるハインツ調査部主任の指示を仰ごうと思いましてね」

 ハインツが「どこの企業だ?」と聞くと、アサヅキはすぐに「キサラギです」と答えた。

 キサラギの専属ACパイロットのランクは確か二一位、確実性を期したいのならランキング二十位以上のレイヴンの依頼するのがいいだろう。二○位以上で候補に上がっているレイヴンはソフィア、ベアトリーチェ、オーディンの三名だ。やたらとレベルの高いレイヴンばかりが名を連ねている。

「誰にします?」

 アサヅキの問いにハインツは眉間に皺を寄せた。依頼するのなら、ミッション成功率が九○パーセントを越しているベアトリーチェだが、今回はACを倒すのではなくACごと中のパイロットを殺すのが任務となる。そうなった際、ブラックゴスペルの装備では少々心もとない気がする。火力の面で見れば、ソフィアのヤルダバウトが最適なのだが、彼女の性格を考慮した場合相手を殺すかどうかが分からない。残るはオーディンのみだが、オーディンの機体ヘル&へヴンは火力も高いしミッションの成功率も高い。意外と適任かもしれなかった。

「オーディン、だな」

「分かりました。それじゃ、今から依頼のメールでも送るとしますかね」

 そう言って、アサヅキは椅子から立ち上がった。アサヅキが退室するのを見送ってから、椅子を回転させてまた二つのモニターを見比べる。

「デスサッカー……こいつの技術、何とかして手に入れられないものか……」

 呟いてハインツは紫煙を吐き出した。


/2


『輸送ヘリを確認しました。準備してください』

「分かった」

 オペレーターの連絡を受け、愛機ヘル&へヴンのコックピットの中で、オーディンは読んでいた文庫本を閉じて小物入れに閉まった。機体を通常モードから戦闘モードへと移行させ、レバーを握り締める。念のためにと、機体各部の状況を再チェック、当然のように問題は無い。

 今回受けた依頼は、キサラギ専属ACの撃破。依頼のメールには補足として、「確実にパイロットも殺すこと」と付け加えられていた。クライアントが何を考えているのかは知らないが、一度受けた以上はクライアントの言うとおりにするのがレイヴンであり、傭兵だ。

 ヘリのローター音が近付いてくる。レーダーに三時方向、青い光点が映る。機体を向け、上を見上げれば輸送ヘリが接近してくるのが見えた。本当ならここで撃ち落としてやりたいところだが、CR−WA69MGは届かないし、大型ミサイルでは簡単に回避されてしまう。まともにやり合えば、相手が誰であろうと疲れるため、真正面からは戦いたくないところだ。

 輸送ヘリはレーダーの限界範囲間際で停止した。重量級のACが投下される。さっさ家に帰って、何か飲みながら読書の続きをしたい。そのためには、キサラギの専属ACであるエッジを可能な限り早く倒さねばならない。

 ブースターを吹かし、地面を滑るようにして移動しながらマインドリッパーの元へ向かう。マインドリッパーの真正面に立ち、通信回線を開く。会話する気は無いが、どういう反応を示すのかに興味があった。

『AC……諜報部がはめられたというの? くそっ……!』

 予想通りの反応で、全く持って面白みが無い。驚くにしても、もうちょっとオーバーに驚いてくれればまだ面白みがあったのだが。エッジはあまり感情を表に出さないタイプらしい。これ以上は大した反応も望めないだろう。仕方なく、ECMを射出し、相手を落とすことにした。

 すぐにリニアガンが向けられるが、その時にはもうヘル&へヴンは空中を飛んでいる。マインドリッパーの真上から、同時発射数を四発に設定したマシンガンの雨を降らす。弾が装甲に当たる音が、シンフォニーの様に響き渡った。

『このっ!』

 マインドリッパーの肩に装備されているミサイルのハッチが開き、EOが展開される。デュアルミサイルと連動ミサイルで一気に畳む気なのだろうが、ECMでロックを妨害しているのにどういうつもりだ。

 EOから放たれるレーザーを避けながら、マインドリッパーの背後を取る。向こうもこちらを正面に捉えようと動くが、機動力に差がありすぎる。

 武装を大型ミサイルに切り替え、オーバードブーストを発動さて一気に距離を詰めてゆく。普段ならここで弾幕を張るところだが、今回は必要ないだろう。エクステンションも起動させ、マインドリッパーとの距離を可能な限り縮めてからトリガーを引く。真後ろということも手伝い、撃ち出されたミサイルは直撃。マインドリッパーが爆炎に包み込まれる。

 軽量級ならば一撃で沈めることも出来るのだが、相手は重量級。もう一発ぐらい撃ちこまないと、落とすことは出来ないだろう。それでも、パイロットは殺せるかどうか分からない。

 爆炎が揺らめき、中から弾丸が飛び出してくるが、ロックオンも出来ていない。全く見当違いの方向に弾は飛んでゆく。

 またECMを射出。相手の正面に立たないように、ブーストダッシュを行いながらコアパーツ目掛けマシンガンの雨を降らす。塗装がはがれ、装甲が削れ、徐々にコアパーツの一部だけが削れてゆきコックピットが露になる。

 パイロットを殺すのであれば、機体を完膚なきまでに叩き壊す方法もあるが、それは効率的ではない。ある程度の技量が必要になるが、コックピットだけを壊す方が簡単で、弾薬費も掛からずに済む。

「チェックメイトといきますか……」

 念のためにと連動ミサイルの残弾数を確認してから、大型ミサイルに武装を切り替える。露になったマインドリッパーのコックピットからは直にパイロットが見えるが、ヘルメットの濃いバイザーのせいでパイロットの顔までは確認できない。

 近距離と中距離のちょうど中間ぐらいの距離からミサイルを放つ。技量のあるレイヴンなら余裕で避けれる距離だ。だが、オーディンにはミサイルを直撃させる気など無い。マインドリッパーの至近距離でミサイルを爆発させればいいのだ。コックピット内に直接ダメージを与えればいい。

 エクステンションからのミサイルが一発、回避行動を取るマインドリッパーの脚部に命中する。衝撃でマインドリッパーの巨体が揺らぐ。大型ミサイルは目前に迫っていた。

 このままいけば直撃するのは目に見えていた。が、オーディンは目測でマシンガンの狙いを定めトリガーを引いた。大型ミサイルがマインドリッパーに中る直前、爆発し、マインドリッパーを再び爆炎に包み込んだ。ACパイロット用のGスーツは、耐Gだけでなく耐火性能なども重視されており、CR−WB85MPXの爆炎だけではどれぐらいのダメージを与えられることか。無事ではいても、軽い火傷ぐらいは負っているはずだ。

 ヘル&へヴンはマインドリッパーの前に立つと、マシンガンの銃口をむき出しになっているコックピットに向けた。僅かに見えるパイロットの姿に力は無い。焼け死んだか、とも思うが、技術者集団であるキサラギの専属パイロットが柔なスーツを着ているとも思えない。せいぜい気を失っている程度だろう。

 ふぅ、と一息吐いてから、オーディンは剥き出しになっているコックピットにマシンガンの銃口を当て、トリガーを一回だけ軽く引いた。銃口の先から一瞬だけマズルフラッシュが煌いたことを確認し、ゆっくりと銃口を放す。マインドリッパーのコックピットの中が赤く染まっていることを確認してから、もう一発大型ミサイルを撃ち込み、完全にマインドリッパーを破壊した。


/3


 電灯が付いておらず、テレビ画面が電灯の代わりのようになっているミラージュ調査部室でハインツが煙草を吸っていると、また青いファイルを手にしたアサヅキが入ってきた。

 承諾も得ずに、アサヅキはハインツの隣の椅子に腰を下ろし、「成功しました」と呟いた。

「そうか」

 言って、ハインツは背もたれに体を預け、明かりの灯っていない電灯へ向かって紫煙を吐き出した。後は、キサラギの動向を注意しなければならない。諜報部の話によると、今年に入ってからRUSYNAが配備されたということだから、近々報復が行われる可能性がある。もっとも、それにどう対処するか考えるのはもっぱら作戦司令部の連中で、ハインツやアサヅキ、情報関係の部署の仕事ではない。

 アサヅキの目が、暗い部屋の中で唯一明かりを灯らせている二つのテレビ画面へと向く。画面に映し出されているのは、デスサッカーの映像で、昨年末の物と、つい先日アマツが死と引き換えに撮影した物だ。アサヅキはその二つを見比べていくうちに、徐々に怪訝な表情になってゆく。

「ハインツさん……これって、おかしくないですか?」

「あぁ、おかしいよ。どう考えたって自己修復しているとしか考えられんからな」

「自己修復って、そんなナンセンスな。この事、作戦司令部には伝えたんですか?」

「一応な。連中、神妙な面持ちをしてたよ。近々、正式な調査命令が出るんじゃないか」

 アサヅキの目は画面に釘付けとなっている。無理もない、ハインツも最初は半信半疑だった。だが、幾度と無く見比べるうちに、疑問は確信へと姿を変えていった。金属が自己修復を行うなどと、誰が信じられようか。しかし、現実に起こっているものは信じるしかない。こうなると、死んだアマツには悪いが、迷惑なことをしてくれたとしか言えなくなる。アマツが暗号化せずに情報を送ったせいで、中小企業もこの情報を得ている可能性が高い。企業だけならまだ良いが、貪欲なマスコミも傍受している危険性がある。一体、どこまで情報が盗まれたのかの調査、加えてデスサッカーの調査も本腰を入れなければならないことを考えると、頭が痛くなる。最近はただでさえ、紛争のせいで仕事が忙しく、妻の待つ家に帰っていないというのに。

「そうそう、ハインツさん。これを見てください」

 アサヅキから差し出された青いファイルを開く。以前のようにレイヴンのプロフィールでも載っているのか、と思ったら本当にその通りだった。今回載っているレイヴンはクラスは様々、上位三○位のレイヴンもいればクラスBのレイヴンもいる。共通点は、ミラージュパーツを多用しているというところだ。

「専属でも雇うのか?」

「はい。アマツがやられて、戦力が足りませんから。ゼロ戦隊が来ることも決まりましたが、やっぱり心もとないので雇うそうです。それで、誰が良いのかと相談に」

「グローリィに選ばせろ。それよりも誰がスカウトに行くんだ? 諜報部と調査部に人手は無いだろう? 作戦司令部も無いし、軍系統は全滅してるぞ」

「グローリィです。インテグラルがまだ調整中ですから、彼、暇してるんですよ。それに必然的に彼と組む事になりますからね、やっぱりグローリィが適任だと思うんですよ」

「私もそう思う。暇しているのなら、一から十までグローリィにやらせればいい。こっちで勝手に決めるよりかはいいだろう」

「そうですね。じゃあ、後で伝えておきます。それでは、これで」

 自分の用件が済むと、早々にアサヅキは部屋を出て行ってしまう。少しはゆっくりしていけばいいのに、と思うが、彼も仕事が詰まっている。アサヅキも自分と同じように、自宅に帰っていないはずだ。もしかしたら、まともな睡眠時間すら取れていないかもしれない。決まりきったことだが、紛争になると忙しくて困る。

 仮眠を取るため、ハインツはテレビを消して、暗い部屋の中で目を閉じた。


登場AC一覧 括弧内はパイロット名
ヘル&ヘヴン(オーディン)&Nxg00a2w060000A00aA0FG062wWhiE0000dq1z#
マインドリッパー(エッジ)&Nw005f13c8wk0lI4cMka102F0aVqnjE000fg0J#

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