Armored Core Insane Chronicle
番外編
「ロンバルディア攻防戦 後編」
1月27日

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「あぁ、そうかい。久しぶりに頭にきたよ。それは本気で言ってんのか?」

「本気でなければ言いません。私は無駄が嫌いなんです。私たちの理想を理解できない愚かな民衆は、粛清するに限ります」

「粛清の名を借りた虐殺だろ。間違えるな!」

 短く息を吐いてレバーを倒し、ペダルを勢いよく踏み込む。全身に加重を感じながら、アサルトライフルを斉射し、反撃が来る前に上昇を掛ける。

 下を向き、オービットで動きを封じようとするが、レッドドラゴンの姿は無い。

 背後から強烈なプレッシャーを感じ、振り返ろうとするが、その前に衝撃が襲う。不安定な空中で姿勢を崩せば、後は落ちるしかない。左肩から地面に叩きつけられる。衝撃で左腕のジョイント部がダメージを受け、ブレードへのエネルギー供給が出来なくなる。

 これでは、頼みの綱のMOONLIGHTが使えない。使える武装は左からのオービットと、右腕のアサルトライフルだけ。MTやランク外のレイヴンならば問題ないかもしれないが、エレクトラの実力は悔しい事に自分より上である。損傷も大きいこの状況で、勝てる見込みはまず無い。MOONLIGHTが使えるならば、肉斬骨断戦法も使えるのだが、ブレードが無ければ意味は無い。

「啖呵をきったくせにそれですか……いい加減、邪魔ですから、殺しますよ」

 勝てる見込みが無くとも、逃げるわけには、負けるわけにはいかない。ここでミカミが退いてしまえば、誰がエレクトラの進撃を止めるというのだ。いずれは誰かが止めるだろうが、その頃には街は破壊されている。そうなれば、大切な毎日が、何気ない日常全てが破壊され、もう二度と帰ってこなくなる。

 機体を起き上がらせ、使えないブレードを外す。右肩のミサイル同様、外せるか分からなかったが今回は大丈夫だった。

「まだやるんですか……ふふ、せいぜい楽しませてくださいね」

 ミサイルが無かろうが、ブレードが無かろうが、ダメージを受けているのは上半身のみ。脚部には目立った損傷は見られない。一か八か、以前、ライオットから教えてもらったあの技を試してみるしかない。成功する保証など無いが、成功すれば、相手の戦意を削ぐことぐらいは出来るはずだ。あの技は何といっても、無理がありすぎる。

 オーバードブーストを使い、距離を詰める。飛んできた弾は軸をずらしてかわす。レッドドラゴンの横をすり抜け、片脚だけで着地。生きているオーバードブーストの推力が機体を回転させる、この時に地面に着いていない脚を上げればどうなるか。

 遠心力で威力が上昇している回し蹴りが、レッドドラゴンの腰部に当たる。衝撃でレッドドラゴンの機体がよろめく。しかし、それ以上にストレートウィンドの受けた衝撃の方が上回っている。脚部の損傷度が異様な上がり方を見せた。

「まだまだぁ!」

 何とか姿勢の制御を保ち、立ち直った瞬間のレッドドラゴンの背部にアサルトライフルの連射を叩き込む。全弾命中するが、大したダメージを与えることは出来なかった。やはり、同じ箇所に連続で撃ち込まない限り、アサルトライフルで短期決戦を狙うのは難しい。

 マガジンを装填する間、距離を取ろうとするが、脚が動かない。片脚で着地し、その直後に回し蹴りをしたのが効いているようだ。その間にレッドドラゴンは後ろを振り向き、リニアガンの銃口を向ける。

 回避行動を取るも、ダメージを負った脚部は思うように動いてくれず、リニアガンがコアパーツを穿ってゆく。損傷率は七○パーセントを超え、戦闘が出来ないレベルへと突入する。警告音が鳴り響き、ヘルメットのバイザーが割れ、頬に傷を付けた。

 リニアガンの連射が止む。反撃のチャンスがやってきたわけだが、ダメージを負ったストレートウィンドは動いてくれない。

 ノイズ混じりのモニターの中、ブースターを吹かしながらレッドドラゴンが近付いてくる。ブレードで止めを差すつもりらしい。

 何故動かない、動こうとしない。まだ、すべきことは山ほどある。オレンジボーイの仇も取れてはいないのだ。そして、今は何よりも、失ってしまえば二度と帰ってこないものを守らなくてはならない。そのためにも、ストレートウィンドには動いてもらわなければならない。

 レッドドラゴンが一足刀の位置まで近付いてきた。

 動け、と強く念じレバーを動かした。しかし、動かない。ここで動かなければ、今まで生きてきた全ての意味が失われる。大事なモノも失くしてしまう。負けることは出来ない。退くことは許されない。

 目前まで迫ったレッドドラゴンの左腕が振りあがり、ブレードが発生する。

「動けよ!」

 叫ぶと同時にレバーを倒し、ペダルを踏み込む。レッドドラゴンの左腕が振り下ろされた。

 動こうとしなかったストレートウィンドがようやく言うことを聞き、後ろに下がる。ブレードを完全に回避することは出来なかったが、切っ先が掠めた程度だ。損傷率も上昇していない。

「死んだほうが楽できるのに……」

 エレクトラの呟きを無視し、後ろに下がりながら弾幕を張る。中距離の間合いにとって、武装をオービットに切り替える。

「さて、第二ラウンドといこうか」


/2


 中距離の間合いを保ったまま、レッドドラゴンは仕掛けてくる様子が無い。こちらから仕掛けようかとも思うが、残弾数を考えれば、危険だ。だからといって、このまま硬直した状態を続けるわけにはいかない。

「ミカミ。あなたは何故、退かないの?」

 エレクトラからの、明確な問いかけ。答えは、考えるまでも無い。

「失ったら二度と取り戻せないモノを守るためだ。理想を選び、日常を捨てたあんたにゃ、絶対に分からないよ」

「日常……あなたはそんなものに意味があるというの? 企業に支配されるのが良いの?」

「違うな。さっきも言ったが、理想を選んだあんたには分からない。企業に支配される日常が良い、とは言ってない。ただ、何気ない毎日を失いたくないだけだ」

「何気ない毎日? そんなの、退屈なだけでしょう?」

 エレクトラのように、理想を選び、悲願成就のために生きる人間には決して分からない。分かるはずが無い。何気ない毎日、普通の、もしかしたら退屈な日々ほど、尊いものは無い。日常はちょっとしたことで壊れてしまう割には、二度と戻ることは無い。普段、生活している中では分からなかったが、あの日、紛争で家族を失ったときに痛感した。家族がいなくなって、枷が無くなった喜びがあった。しかし、それ以上にあったのは、二度と戻らない日々への恋しさだった。

「エレクトラ、あんたは終わってるよ。何も視えていない。あんたみたいなのがいる組織に、未来は創れない」

「インディペンデンスを愚弄する気ですか?」

 エレクトラの声に、怒気がこもる。

「あぁ」

 即答した。その瞬間に、六発の小型ミサイルが真正面から飛んでくる。ギリギリまで引き付けてから回避し、サイトの中心にレッドドラゴンを捉える。けれど、まだトリガーは引かない。中距離で撃っても大したダメージは与えられない。アサルトライフルで倒すのなら、近距離で同じ箇所に連続で撃ち込むほか無い。

 向こうも残弾数に余裕が無いのだろう。撃ってくる気配が無い。そのくせ、刺すように痛い殺気だけが放たれている。流石はランキング一ケタ台のレイヴンだ。放つ殺気の質が、常人とは違う。

 互いを中心にするようにして、旋回しながら機を伺う。このままでは完全に持久戦になってしまう。そうなれば、既に損傷率が七○パーセントを超え、射撃武器しかないこちらが不利になる。

 このままの状態では埒が明かない。どうせこのまま続ければ、こちらが負けるのは目に見えている。だったら、仕掛ける方がいい。その結果、死んでしまうことになるかもしれないが、一方的にやられるよりかはマシだ。

 オービットを射出した直後にオーバードブーストを発動させる。ライフルを構え、距離を詰める。オービットを回避するレッドドラゴンにぶつかりそうなぐらいまで接近し、コアパーツにライフルの連射を加える。

 一発、二発、三発と撃つうちに、レッドドラゴンの装甲は確実に穿たれてゆく。内部構造が露になる。後、一発撃ってやれば、戦闘不能にすることができる。

 堕ちろ、と胸のうちで叫びトリガーを引く。しかし、乾いた音が響いただけで、弾は放たれない。残弾数を確認するが、まだ残っている。もう一度トリガーを引くが、また乾いた音がするだけで、弾が出る気配は無い。

 とんでもないぐらいに最悪な状況で、弾詰まりが起こったようだ。ライフルの手入れを怠ったことは無いが、起こるときには起こるらしい。

 即座に距離を取ろうと、ペダルを踏み込むが、機体が反応する様子は無い。損傷率が七○パーセントを超えた状態でオーバードブーストを発動させたことで、へそを曲げてしまったようだ。

 モニターの向こう側から、硬いものが当たる音がした。

「コックピットハッチの上からリニアライフルを撃てば、どうなるんでしょうね?」

 そんなもの、中にいる人間が死ぬに決まっている。

「何も解ろうとしない鴉の分際で、私に説教なんかした罰です。死んでください」

 今まで死を感じた瞬間は何度もあったが、死を確信した瞬間はこれが初めてではなかろうか。守りたいモノを守りきれず、惨めに死んでいくなんて、全く考えもしなかった。

 ここまで来たら、目の前の現実を受け入れるしかない。目を瞑り、来るであろう激痛に耐える準備をする。

 爆音が聞こえ、衝撃を感じる。思っていた以上にあっけない。僅かな衝撃だけで、痛みも苦しみも何も無い。それどころか、ジェネレーターの駆動音すら聞こえる。

 いや、待て。死んでいるのなら、何故ジェネレーターの駆動音が聞こえるのだ。

 目を開けてみれば、居るのはコックピットの中だ。計器類を確認しても、さっきと状況は変わっていない。変わったところといえば、モニターに映る赤いACが小さくなっているところだ。

 レッドドラゴンは二〇〇ほど距離を開け、ストレートウィンドに対して右側面を向けている。一体、何があったというのか。

 後ろに下がり、レッドドラゴンの向いている方角を見れば、そこにいるのは一機の黒いACだ。武装はマシンガンにブレード、肩にはリニアガンとレールガン。見間違いかとも思ったが、そこにいるのは、ベアトリーチェのブラックゴスペルに違いなかった。


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 通信機に一瞬だけノイズが混じり、ブラックゴスペルから通信が入る。

「ミカミ、何をしているの。あなたがやられたら、私の格も下がるじゃない。負けるなんて、許さないからね」

「いや、そんな事言われてもな。機体がまともに動かないのに、戦えるわけないっての」

 溜め息が聞こえた。

「仕方ないわね。手伝ってあげるから、勝ちなさいよ」

「はい?」

 自分でも声が一オクターブ高くなっているのが分かった。ベアトリーチェの言葉の意味が理解できない。手伝う、とはどういう意味だ。この状況から察するに、共に戦ってくれるということなのか。

「ベアトリーチェ……確か、ランク九位。私より下じゃないですか。あなたも、私に勝てるとお思いで?」

「一つだけ教えてあげるわ。実力とランキングは比例しないの。私なんてランクが下のミカミに負けたことがあるんだから。大体、アリーナでの戦いで実力が出るわけ無いでしょ。あんなのは、ただのスポーツよ。命を落とすかもしれない、戦闘じゃ無いんだから。お分かり? エレクトラちゃん」

「エレクトラ……ちゃん、ですって……訂正しなさい!」

 レッドドラゴンがオーバードブーストを発動させ、ブラックゴスペルとの距離を詰める。レッドドラゴンはブラックゴスペル手前で上昇、ブラックゴスペルの真上を取り真下にリニアライフルを向ける。人間にとってもそうだが、ACにとっても真上は死角となる。しかも、レーダーに映っても非常に分かりづらい。

 レッドドラゴンのライフルが火を噴く瞬間、ブラックゴスペルはブースターを吹かして前進。すると同時に背後を向き、上空のレッドドラゴン目掛けてマシンガンをばら撒く。当てるつもりは無いらしい。見逃しそうになったが、ブラックゴスペルはマシンガンを撃ちつつも左肩のレールガンを展開させていた。

 マシンガンを受けたレッドドラゴンが下降を始める。ブラックゴスペルのレールガンの銃口から、光が漏れる。レッドドラゴンが着地する。その際の僅かな硬直の間に、レールガンが火を噴いた。爆炎がレッドドラゴンを包み込む。

「やったのか?」

 ベアトリーチェに聞いてみたが、彼女は答えない。

 爆炎が収まり、レッドドラゴンが姿を見せた。左腕は肘から先が無くなり、頭部もバイザーが割れ、内部のカメラが剥き出しになっている。

「分かった? エレクトラちゃん。子供のクセに理想なんて持つからそうなるのよ。今回は左腕で防御したみたいだけど、次は出来るかしら? 右腕で同じ事をしたら、弾が誘爆しちゃうわね」

「ベアトリーチェ……! この借りは、必ず返させてもらう」

 捨て台詞を残して、レッドドラゴンはオーバードブーストを使用して地平線の向こうへ消えていく。レッドドラゴンが地平線の彼方へ消え去ったことを確認すると、ブラックゴスペルはストレートウィンドの方を見た。

「あなたは一人じゃ駄目みたいね」

 胸に鋭い痛みが走る。ベアトリーチェの言うように、一人では実力が完全に発揮できないというのは確かだ。後ろからのサポートがあれば、得意の接近戦に持ち込んで、リミッターを解除したMOONLIGHTを突き刺せるのだが、一人では中々出来ない。

「あなたが弱かったら、私も弱いと思われちゃうから、仕方ない。組んであげるわ」

 一瞬にして頭の中が真っ白になる。思ってもみなかった事だ。てっきり、断られると思っていたばかりに衝撃は大きい。

「本当、か?」

「本当よ。こんな事で嘘を付いても、仕方が無いでしょ?」

 確かにそうだ。

「それじゃあ、ちょっと頼み事してもいいかな?」

「いいわ、何?」

「引きずってもいいからさ、ストレートウィンドを運んでくれない? ちょっと無茶やりすぎて、脚動かなくてさ」

「あなた、本当に二年前私を退けたレイヴン?」

 ベアトリーチェの声に、呆れの色が混じっていた。


登場AC一覧 括弧内はパイロット名
ストレートウィンドB(ミカミ)&NE2w2G1P03w80ww5k0k0FME62wipgj0ee0cOwH#
レッドドラゴン(エレクトラ)&NHg00cE005G000I00all11A8lgVpkw8ka0fe00#
ブラックゴスペル(ベアトリーチェ)&NE005a2w03gE00sa00ka10E80aU64ykCe0f20H#

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