Armored Core Insane Chronicle
番外編
「ミッドウェー制圧」
2月3日〜4日

/1


 双眼鏡越しに見えるリゾートホテルの窓から明かりが絶える気配は無い。双眼鏡を下ろして見れば、いくつもあるリゾートホテルの灯が水面に反射し、美しかった。本心から「綺麗な景色だ」、と言いたいところだが状況はそれを許さない。

「隊長、コーヒーをどうぞ」

 部下のケイルがカフェイン二倍のブラックコーヒーを差し出してきた。いらない、と突っぱねる理由も無い。ありがたく受け取り、口に含む。苦さと、熱さが眠気を薄れさせた。

 ここミッドウェー諸島は、企業連合領ノルマンディーとインディペンデンス領ソロモンのちょうど中間地点に当たり、戦略的に重要な場所である。今までミッドウェー諸島は観光地と化しており、軍事目的に使用すれば世論に悪影響が出るため占領していなかったのだが、もうなりふりを構っている暇がなくなりつつある。先日もO.A.Eの管理するロンバルディアシティをインディペンデンス軍が急襲したばかりだ、企業の面目を保つためクレストも本腰を入れ始めた。その手始めが、ミッドウェー占領というわけだ。

 占領と入っても、MTやACを使って武力で制圧するのではない。ミッドウェー諸島を管轄に置く、パラダイスリゾート社に協力を依頼し、しばらくの間は軍用地として借用するだけだ。しかし、パラダイスリゾート社はクレストへ協力することを拒んだ。そのため、やむを得ずクレストのAC部隊がミッドウェー諸島に派遣されている。

 派遣はされても、実際に戦闘を行うわけではない。部隊だけ送り、戦う意思を見せるだけだ。そのため、クレストAC部隊はミッドウェー諸島沖の空母上で待機していた。

「ケイル。パラダイスリゾートは相変わらずか?」

 クレストAC部隊の隊長、ジェシカは双眼鏡を覗きながら、隣にいるであろうケイルに言った。

「はい。もう返事も返さなくなりました。パラダイスリゾートは部隊を持っていませんから、戦えるわけが無いのにです。多分、レイヴンを雇うつもりなんでしょう」

「そうか。あまり戦いたくは無いが、こうなったら天に祈るだけだな」

 レイヴンといえばAC戦闘のプロフェッショナルだ、元々MTパイロットの自分達とは違う。自分達の実力はといえば、三体揃ってクラスAのレイヴン一人ぐらいのものだろう。

「私は機体の調整を行いますが、隊長はどうなされます?」

「私も機体のチェックをする。返事をしないということは、向こうはレイヴンを雇っていると見ていいだろう。まったく、馬鹿な奴らだ。駆け引きというものを知らないのか」

 双眼鏡を下ろし、ミッドウェーの夜景に背を向ける。艦橋からエレベーターを使って格納庫に降りると、クレスト量産型ACの標準型であるCR−AC01Bが三体、ハンガーに固定されていた。正式名称は長いので、普段はベーシックと呼称されている。

 このCR−AC01Bはマシンガン、ブレード、ミサイルと誰でも扱えるような構成になっている。ただ、マシンガンを装備しているため、どこかというと近距離向きの機体になっている。部下のケイルとドノバンはそうでもないようだが、中距離戦を得意としているジェシカには少々扱いづらい。AC01Bの上位機種であるAC01HPならば、武装を変えることも許されるのだが、AC01Bでは認められていない。

 格納庫を見渡してみるが、AC01B用の弾薬と予備パーツ以外は何も無い。通常ならば、護衛用の戦闘機が載せられているはずなのだが。まさかとは思うが、作戦司令部はパラダイスリゾート社が反抗するとは思っていないのではないだろうか。仮に、もしそうだとすると、作戦司令部の楽天ぶりに笑うしかない。通常ならば問題ないが、ここは弾薬庫の異名を取るバルカンエリアだ。何が起こってもおかしくは無い。

 改めて格納庫を見渡してみるが、空に近い格納庫は虚しさだけを漂わせている。

 思わず溜め息を吐いてしまう。一応、空母を護衛するために巡洋艦一隻と駆逐艦二隻が同行しているがACとの戦闘に役立ってくれるとは、とても思えない。実質的な陸戦力は、量産型ACであるCR−AC01Bが三機のみ。しかも、自分は乗り慣れていないと来た。パラダイスリゾート社がレイヴンを雇い、戦闘になれば、最低でも一機ぐらいは撃墜されることだろう。

 せめて、援護用として戦闘ヘリでもいいから用意して欲しかった。


/2


 翌日、日が昇ってからまた甲板に上がり双眼鏡を覗く。外から見た様子では、昨日と大した違いは見つけられない。双眼鏡を下ろし、隣で同じようにパラダイスリゾートの様子を探っているドノバンのほうを向く。

「ドノバン、貴様はどう思う?」

「ケイルと同じです。我々との戦闘を回避したいのなら、おとなしくこちらの要求を呑むでしょうし、もしくは、代替として資金提供ぐらいは行うと思いますよ。それが無いということは、やはり戦闘の意思あり、とみていいのではないでしょうか」

 双眼鏡を下ろして、ドノバンは答えた。ただし、こちらは見ずに、じっとパラダイスリゾートの経営するホテルを見ながらだ。その目には、どこか不安そうに見える。

「怖いか?」

 ドノバンの肩が一瞬、震えた。その後、彼は苦笑しながらジェシカを見た。

「そりゃ何時だって怖いですよ。やっぱり、死ぬかもしれないんだし。それに、ベーシックの武器は使いづらいんですよ。元々狙撃用の83RSに乗ってましたから、マシンガンってのは、どうも駄目みたいです」

 通常であれば許されない弱気な発言ではあるが、ジェシカは注意しようとは思わなかった。弱気になるということは基本的には認められない。しかし、無理に強気になったところで、どうなるというのだ。そういう奴は大抵、自分の無理やり鼓舞して、無駄な突撃をして死ぬだけだ。

 それが解っているから、ジェシカは部下が弱気になっても叱ろうとは思わない。ただし、何も言わないわけではない。

「ドノバン、常々言っていることだが、貴様は我が隊の中で一番、確実で的確な攻撃が出来るパイロットだ。自分の腕を信じろ。田舎で待ってるエリーの事でも考えておけ」

「ちょっ! 何で隊長がエリーの事知ってんですか!? 教えた覚えありませんよ!」

「ケイルの奴が教えてくれんただよ、写真も見せてもらった。しかし、奥手そうな貴様が、学校一のマドンナを口説くとは……想像できんな」

「俺だってやる時はやるってことですよ」

 先程とはうって変わって強気な言葉。その言動に少しばかり安心しながら、格納庫へと続く階段を降りてゆく。ドノバンも着いてきた。

 格納庫では整備員達が慌ただしく調整作業に勤しんでおり、ケイルも自分の機体のチェックをしていた。言葉にこそしていないが、ここにいる誰もが戦闘が起こる事を予感していた。しかし、戦闘が起こると分かっていても装備が増えるわけではない。こちらの実質的な戦力は、クラスAのレイヴンが一人いるのと大して変わらない。ランキングに入るようなレイヴンをパラダイスリゾートが雇っていたのならば、AC部隊の全滅は必須。

 それでも、戦うしかないのが企業勤めの辛いところだ。もっとも、その分、他の社員に比べて給料は格段に良い。良いと入っても、命を賭けていることを考えれば、当然とも言える金額でもある。

 ジェシカは自分の機体に乗り込み、通常モードで起動させる。整備が全て終わっていることを確認してから、機体診断プログラムを走らせる。整備したてで、ガタがきそうなパーツは全て交換されている。異常があるはずも無かった。

 コックピットから顔を覗かせて、左右の機体を見れば、ケイル、ドノバン共に出撃準備を整えているのが見えた。シートに座り、左右の機体と通信回線を開く。

「ケイル、ドノバン、出撃準備が整ったら甲板に上がって待機。後、自分のコードは覚えているな?」

「DU、了解」と、ケイル。

「DV、了解しました」と、ドノバン。

 二人の返答を聞いてから、機体をエレベーターへと乗せる。モーター音を格納庫内に響かせながら、エレベーターは上がってゆく。甲板に上がると、久しぶりに顔を覗かせた太陽が機体を輝かせる。

 ジェシカ機がエレベーターから降りると、エレベーターはすぐさま下に下がり、肩にDUと記されたケイル機を運んできた。またエレベーターは下がり、次はドノバン機を甲板へと運んできた。

 全機が甲板に立ったとき、艦長から通信が入った。

「悪い知らせだ。先程、パラダイスリゾートがレイヴンを雇った事が判明した。大至急、出撃しパラダイスリゾートのレイヴンを撃破してくれ。情報によると奴らが雇ったのはクラスAのコカトリスらしい。だが、無理をする必要は無い。今、こちらにグラーフツェペリンが向かっている。グラーフツェペリンが到着するまでの時間稼ぎでいい」

「了解した。DU、DV、聞いていたな? 出撃するぞ」

「「了解!」」

 ケイルとドノバン、二人の声が重なる。敵がクラスAでも実力者と名高いコカトリスだと聞いても、二人の声に臆した様子は無かった。フューラーが応援に来てくれるからなのか、それとも腹をくくっているのか。理由は何にせよ、弱腰になっていなければそれでいい。

「よし! 出撃!」

 言うと同時にブースターを噴かせて甲板から飛び出す。後ろから、ケイル機とドノバン機が続いた。


/3


 ミサイルが飛んでくるかとも思ったが、一発も飛来せず、難なく上陸することが出来た。敵に背後を取られないよう、三機で背中を向け合いながら周囲を索敵しながら進んでゆく。

 戦車一台どころか人っ子一人いやしない。トラップでも仕掛けられているのかと警戒するが、どこにも仕掛けられてはいなかった。しかし、絶対に無いとは言い切ることが出来ず、三機で背中を向け合う少々間抜けな格好のまま進んでゆく。

 たっぷりと時間を掛け、額にじっとりと汗が滲み始めた頃、パラダイスリゾート社のホテル前に辿り着く。レーダーに目をやるが、味方以外には映っていない。ホテルを見上げるが、全ての部屋はカーテンで閉じられており、人の気配を感じることは出来なかった。

 一体全体、パラダイスリゾートは何を考えているのだろうか。最も高い可能性は、引き付けるだけ引きつけておいてからの奇襲。続いて、AC部隊を離れさせている間に空母を攻撃する。この二つのうちのどちらかなのだろうが、母艦から連絡は無い。今のところ、艦隊への攻撃は安心しておいて良さそうだ。

「DVより、敵AC発見発砲を確認!」

「各機散開!」

 ジェシカの合図で、各機はそれぞれの向いていた方向へブーストダッシュ。三機の固まっていた場所に爆炎が起こる。

「反転した後にアローフォーメーション、ミサイルで攻撃をかける。エクステンションも起動させておけ」

 ジェシカ機を戦闘に、一歩下がって両翼にケイル機とドノバン機が付く。砲撃が行われたと思われる方角を見れば、赤いフロートAC「Revolving Cook」の姿が見える。武装は射突型ブレードに、格納可能なグレネードライフル。距離が遠く、ロックオンすることが出来ない。

「二人とも、間隔を空けな」

 ケイル機とドノバン機が間隔を広げ、三機はゆっくりと距離を広げながら距離を詰めてゆく。向こうも弾数を気にしているのか、撃ってくる気配は無い。動く様子も無く、こちらが近付いてくるのをじっと待っているように見える。

 モニターにLOCKEDの表示が現れる。瞬間、目前から七発のマイクロミサイルが迫ってくる。

「ブイフォーメーションに変更、DU、DVは挟撃を掛けろ!」

 マイクロミサイルを引き付けてから避ける。その時にはもう、Revolving Cookの左右を二機のACが挟み込む形になっていた。二機同時にマシンガンを放つが、Revolving Cookは前方にオーバードブーストを発動させて回避。そのまま、こちらへ突っ込んでくる。

 馬鹿正直に真正面から突っ込んでくるRevolving Cookにマシンガンを放つが、容易に回避されてしまう。流石はクラスAのレイヴンだ、自分達とは格が違う。

 Revolving Cookはジェシカ機の背後に回り、トリプルロケットを放つ。回避行動を取るのだが、出力の低いブースターでは大した速度が出ず、一発が左肩に直撃する。突如、モニターのエラーが表示される。左肩にロケットが直撃したせいで、インサイドカバーがひしゃげ、左肩からデコイが射出できなくなったらしい。

 舌打ちしながら後ろに下がる。Revolving Cookはしつこく接近しようとするが、ジェシカ機の両横を掠めて飛んできたミサイルに阻まれる。

「隊長、大丈夫ですか?」

 ケイルが心配して通信を入れてくる。

「左肩のデコイが使用不能になったが、それ以外は何とも無い。貴様も人の心配をするより、自分の心配をしろ」

「DU、了解」

 隊長ではあるが、年上の相手に対して口が過ぎたか、と思ったのだが、ケイルは気にしているわけでもないようだ。もっとも、戦闘中にそんな余裕があるとは思えないが。
 ケイル機とドノバン機がマシンガンを撃って牽制している間に、体勢を立て直すため後方に下がる。武器をミサイルに切り替え、エクステンションを起動させ、ロックオン。トリガーを引く。中型ミサイル一発、小型ミサイル四発、計五発のミサイルのミサイルRevolving Cookを目掛け白い尾を引き飛んでゆく。

 Revolving Cookはオーバードブーストを発動させ、ドノバン機へと向かってゆく。ミサイルはRevolving Cookの急激な移動についていけず、全てが見当違いの方向に着弾した。ドノバン機はマシンガンを撃とうとするが、運悪く、リロード中になっていた。

 回避行動を取るも、一度はトリガーを引いたため、反応が遅れる。

 Revolving Cookの右腕が振りあがる。ブースターを使って横に避けようとするドノバン機。

 Revolving Cookの右腕が繰り出される。ドノバン機の左肩に射突型ブレードが喰らいつくのが見えた。射突型ブレードの炸薬が爆発を起こす。ドノバン機の左腕が付け根から吹き飛び、本体の方もグラリと揺らいだ後に地面へと倒れた。

 頭部カメラに光は無く、再び動く様子は無い。

「DTよりDU、応答しろ!」

 通信機からは何も聞こえない。死、という一文字が頭に浮かび、即座に頭を振る。ACが撃墜され、返答が無いからといって死んだと決め付けるのはまだ早い。中で気を失っているという可能性も十分にある。

「DTよりDU、後退し、その後でフォーメーションアタックT2を掛ける」

「DU了解!」

 マシンガンを撃ちながら後退する。Revolving Cookは接近しようと試みるが、ケイル機のマシンガンに阻まれ接近できない。ケイル機のマシンガンがリロードに入る。これを好機と見たか、Revolving Cookはブースターを噴かす。そこに、ジェシカ機のマシンガンが撃ちこまれる。

『だーっ、もう! うっとうしいんだよてめぇらは、さっさと落ちやがれ!』

 Revolving Cookのパイロット、コカトリスが大声で言うのが聞こえた。段々と頭に血が上ってきているようだ。

「DU、行くぞ!」

 ジェシカの合図で、ケイル機がジェシカ機の後ろに回る。ケイル機がジェシカ機を盾にするような格好になる。ジェシカ機、ケイル機ともに縦に並んだままRevolving Cookへ向かってゆく。

 グレネードとトリプルロケットが飛んでくるが、避ける気はない。ベーシックの装甲は、グレネードとロケットの一発ずつ受けてもまだ大丈夫だ。

 機体を激しい衝撃が襲う、思わず転倒してしまいそうになるが、なんとか堪える。背後から、ミサイルの発射音が聞こえた。ケイル機から放たれた中型ミサイルは、山形の弾道を描いてジェシカ機の頭上を跳び越し、Revolving Cookを狙う。

 ミサイルを撃ってすぐにケイル機はジェシカ機の陰から飛び出し、マシンガンの放つ。Revolving Cookのコア上面にミサイルが直撃した。態勢を立て直すためか、Revolving Cookはミサイルを放って後ろへと下がる。ケイル機はミサイルをセオリー通りに避けた。

 Revolving Cookが後ろに下がったことによって、互いの隙を伺う形になる。その時、大型ヘリのローター音が聞こえ、通信が入った。


/4


「こちらはクレスト専属ACグラーフツェペリン、01B部隊応答願う」

 この声を聞いた瞬間、ジェシカは安堵の溜め息を吐いた。クレスト専属パイロットのフューラーはランキング内のレイヴンに、勝るとも劣らない実力の持ち主だ。これで、数の上でも力量でも、パラダイスリゾートに勝った事になる。

 大型輸送ヘリからグラーフツェペリンが切り離される。落下しながらグラーフツェペリンは右肩のグレネードランチャーを構え、Revolving Cookに向けて放つ。Revolving Cookは後ろに下がって避ける。

 ジェシカ機とRevolving Cookの間にグラーフツェペリンは着地する。直後、またぐラーフツェペリンから通信が入った。

「ジェシカ、貴様らはドノバンを見にいけ。ここは私に任せろ。後、ドノバンの生死に関わらず貴様らは撤退しろ」

「いいのですか?」

「こっちに来てからACと戦っていないんだ。クラスAなら、肩ならしにはちょうどいいだろう。まっ、コカトリスでは役不足のような気もするが」

「では、失礼します。DU、ドノバンの生死を確認しに行く。来い!」

「DU了解」

 ジェシカ機とケイル機はRevolving Cookに背を向け、倒れたままのドノバン機へと向かう。

『待ちな!』

 Revolving Cookのグレネードライフルがケイル機に向けられる。マニュピレーターがグレネードライフルのトリガーを引こうと動いたとき、Revolving Cookのグレネードライフルがマニュピレーターごと吹き飛ばされる。グラーフツェペリンの腕部ロケットの銃口が、Revolving Cookに向けられていた。

「クラスA程度で、俺を無視するとは。いい度胸してるじゃない。専属の恐ろしさってのを、骨の髄まで叩き込んでやるよ」

『何でこうも企業のACはうっとうしいやつばっかりいるのよ。ホント、うっとうしい』

 対峙するグラーフツェペリンとRevolving Cookに背を向けてドノバン機の側までより、機体を屈ませてからコックピットを降りた。ドノバン機へ駆け寄り、コアパーツをよじ登る。コックピットハッチを叩くが中から返事は無い。

 ハッチ脇にあるカバーを開けると、緊急開放用のレバーがある。ハッチから可能な限り身を離し、ジェシカはレバーを引いた。勢いよく空気が噴出すような音と共に、コックピットハッチが吹き飛ぶ。

「ドノバン!」

 半ば叫ぶようにしてコックピットを覗き込むと、シートに座ったままうな垂れるドノバンの姿が見えた。コックピットの中に入り、ドノバンの顔を見ると、ヘルメットのバイザーが割れ、血を流しているのが確認できた。手袋を外し、鼻孔の前に指を持っていくと、呼吸を行っていることが分かった。まだ、ドノバンは生きている。

 ドノバンの体を固定しているシートベルトを外し、脇を抱えて外に出ようとしたとき、強烈な振動に襲われた。近くに流れ弾が飛んできたらしい。

「隊長! 大丈夫ですか!?」

 ヘルメットに取り付けられている通信機から、ケイルの声が聞こえる。

「大丈夫だ。ドノバンも生きている、それよりも向こうはどうなっている?」

「グラーフツェペリンが圧しています。Revolving Cookは右腕の肘から下と、マイクロミサイルが破壊され、戦闘能力を大半失っており、撤退の機会を伺っているように見えます」

「了解した」

 気を失っているドノバンを連れて、自分の機体のコックピット内へと入る。ACのコックピット内は狭いが、僅かな余剰スペースにドノバンの体を潜り込ませ、体をシートに固定させる。

「DUへ、これより撤退する」

「DU、了解」

 慎重にレバーを倒し、無用な振動を起こさないようにして空母へと機体を進ませる。グラーフツェペリンとRevolving Cookの戦闘を横目に見ながら、静かにペダルを踏みブーストダッシュに移行する。

 Revolving Cookがこちらに向かってくる様子も無く、妨害を受けることも無く甲板へと着艦。機体を屈ませ、ドノバンを連れて甲板へ降り立つと、すぐに担架を持った衛生兵が二人駆け寄ってくる。

 担架に乗せると、ドノバンはゆっくりと目を開いた。状況が理解できないようで、静かに首を動かして、周囲を見渡した。

「隊長……ここは、どこですか?」

「ウェールズの甲板だ。後で状況を説明してやるから、今は休め」

「はい、わかりました」

 言って、ドノバンは笑おうとしたが、全身が痛むらしく、自然と引きつった笑みになる。衛生兵に視線を向けると、ドノバンを乗せた担架を持って、エレベーターへと降りていった。

 ドノバンの乗せた担架がエレベーターで下に降り、見えなくなってから、またコックピットに戻る。頭部をパラダイスリゾートに向け、カメラを索敵用の望遠モードに切り替える。モニターの中、空母へと向かってくるグラーフツェペリンが見えた。

「パラダイスリゾートが我々の要求を承諾しました。任務、完了です」

 オペレーターから勝利を告げる通信が入る。途端、全身の力が抜けてしまい、シートに倒れこむように背を預けた。

登場AC一覧 括弧内はパイロット名
CR−AC01B(ジェシカ・ケイル・ドノバン)&Ns00060001w003c000001g0800Q64VZi807815#
グラーフツェペリン(フューラー)&Ns00060001w003c000001g0800Q64VZi807815#
Revolving Cook(コカトリス)&NsN01aki82R0hfo08C0025cE94U03wq14V4GC7#

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