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一月に入り、巷ではある噂が急速に広まりつつあった。
曰く、首の無い赤いACが戦場に現れた。その赤いACは、クレストとミラージュのMT部隊が交戦しているところに現れて、両企業のMT部隊を全て壊滅させたとのことだった。だが、実際にはクレストとミラージュのMT部隊が交戦した記録も無ければ、MT部隊が謎のACによって壊滅させられた記録も無い。
元々、噂の発端がネット上の巨大掲示板サイトであったためか、実際はたんなる出任せに過ぎないと、企業の人間は皆思っていた。
しかしつい先日、具体的に言えば一月六日に某テレビ局の番組で、ある映像が映し出された。その映像は、ある戦場カメラマンが撮影した物で、クレストのMT部隊が夜間に行軍する様が映し出されていた。特に不審な様子は無く、MTを積んだトレーラーが一列に並んで荒野を行く様を撮っているだけのように見えた。その後、突如として戦闘のトレーラーが爆炎に包まれた。その後、赤いフロート型ACがカメラの横を通り過ぎた。
そこで、映像は終わる。
ブレが激しく、ピントも合っていなかったが、最新の映像解析を行った結果、通称《デスサッカー》と呼ばれるACに酷似していることが判明した。デスサッカーと酷似しているが、細部が異なっているACは《デスドラッグ》と呼称される事になった。
デスドラッグという名称が与えられたとはいえ、それはマスコミがデスサッカー同様に面白半分で勝手に名前で、各企業はそれぞれのコードネームで呼ぶ事になっていた。ミラージュでは《レッドデュラハン》、クレストでは《レッドゴースト》、キサラギでは《レッドファントム》と、実に味気無いコードネームで呼ばれていた。ちなみに、各企業の付けた名称からレッドを抜くと、各企業のデスサッカーに付けたコードネームになる。
ミラージュ支社の社員食堂の片隅で、グローリィは昼食のアルデンテに茹でられたスパゲティを、フォークを弄ぶようにして食べていた。その隣でアマツは、嬉々とした表情でスパゲティをかきこんでいる。傍から見れば、スパゲティの好きな人間と嫌いな人間の対比が見れてさぞ面白おかしいことだろう。
「おい、グローリィ。どうしたんだ? さっきから全然減ってないぞ、調子でも悪いのか?」
皿を置きながらアマツは言った。アマツの置いた皿の上には、一杯に入っていたミートスパゲティのソースすら残されていない。対してグローリィの皿の上では、程よくソースの絡まった茹で面が半分ほど占めていた。
「体調は良いのですが、私にはどうもこのスパゲッティという料理を好きになれなくて……食べなければいけないことは分かっているのですが、やはり越えられない一線というものが……」
そう言うとグローリィは落ち込むようにして顔を俯けてしまった。アマツは、そんなグローリィの背中を、勇気付けるために軽く叩いた。もっとも、内心では「何、子供じみたことを言ってやがる」などと思っているわけだが。
「まっ、ゆっくりでも食えや。誰にだって好き嫌いはあるさ、俺だって納豆は嫌いだし」
「納豆なら誰だって文句は言わないでしょうが、流石にスパゲッティは……」
言いながら、グローリィは顔を上げ、ある方向を見る。その視線の先には、食堂のカウンターがあり、その奥で割烹着を着た調理師のおばちゃんが、鬼のような形相でこちらを睨んでいた。ちなみにこの食堂の入り口には、どでかい張り紙がしてあり、お残し厳禁!、と書かれている。破るとペナルティがあり、食事を残してしまうとその日の晩、皿洗いを手伝わされるのだった。
アマツは一度、体調が悪かったときに残してしまい、皿洗いを手伝わされた。社員と軍属の人間の使った皿の量は実に膨大で、洗っても洗ってもきりが無かった。しかも、こういうときに限って、全自動食器洗い乾燥機が故障するのだから質が悪い。
大きな溜め息を一つ吐いてから、グローリィは勢いよく皿を持ち上げて口内にスパゲティを放り込んだ。喉に詰まらせるのは目に見えている。アマツは空いていたグラスに、水をいれ、グローリィの前に置いておいた。
だんっ、と大きな音を立ててグローリィは皿を置いた。その上に、ソースは残っているが麺は一本も残っていない。グローリィの顔を見れば、口いっぱいに麺を放り込んだのだろう、リスの様に頬が膨らんでいく。ゆっくりと、時間を掛けて咀嚼した後、飲み込むが、そこでグローリィの表情が変わる。予想していた通り、麺を喉に詰まらせたらしい。
胸の辺りを必死で叩くグローリィに水を渡してやる。その後、カウンターに目をやるとおばちゃんが、苦笑しながらグローリィを見ていた。こんな間抜けな事をしたりするにもかかわらず、女性から人気があるのだから世の中分からない。もしかすると、時折見せるこういうアホっぽいところが女性に受けているのかもしれないが。もしそうだとするのなら、自分も今度間抜けな事をしてみようか。いや、やめておこう。こういうのは天然ではないと意味が無さそうだ。
何とか一命を取り留めたグローリィは、肩で呼吸していた。クスクスと笑い声が聞こえたので、振り返ってみれば、制服を着た女性社員がグローリィの方を見て笑っていた。しかし、そこに軽蔑の色は無い。何かと問われれば、小動物を見るような目、と答えておけば問題無さそうだ。
なんとも平和な昼下がり。本当に今は戦時下なのか、疑ってしまいたくなる。
/2
「アマツよぉ、赤い奴の話は聞いたか?」
今夜の出撃に備えてインスペクターの調整を行っていると、不意に整備班長のウェバーが訊いてきた。
「レッドデュラハンのことか? 噂程度にしか聞いてないなぁ、班長は何か知ってるのか?」
「うんにゃ。俺も知らん。つーかよ、パイロットのお前らも知らないことを、俺が知ってるわけねぇだろ」
「デュラハンについては別だと思うが。白いほうは昨年末の襲撃事件のときにデータが取れたからいいが、未確認の赤いほうはテレビで流された映像以外に何も無い状態だ。下手をすれば噂のほうが詳細かもな」
「そういうもんかね。ところでアマツよ、今日の任務はどうだ?」
作業を行っていた手の動きが思わず止まる。可能な限り考えることを止めていたことを、ウェバーはあっさりと引き出してくれた。今回の任務は、命がけの任務どころか、死ぬ可能性が九九パーセント以上あるといっても過言ではないだろう。何せ、あのデスサッカーを一人で撃破して来いというのだ。上層部も、現場を知らないからといって無茶を言ってくれるものだ。
「デュラハンの撃破だろう。大丈夫なのか?」
「分からん。向こうは損傷しているというが、実際どれほどの物かは分からんし、戦ったことも無いから余計に分からん。ただ、命がけだというのは何時もと一緒だけどな」
今朝方、レイテ山脈の麓の樹海で発見されたデスサッカーは、昨年末にアリーナを襲撃した際に負った傷を修復できていなかったそうだ。その後、偵察機による監視がずっと続いているが、デスサッカーは動く気配は無い。
相手がかなりの損傷を負っていることもあってか、上層部は早々にデスサッカーの討伐を決めた。選ばれたのはアマツのインスペクターだ。グローリィとインテグラルは、念のための支社防衛の任につく事になっている。支社防衛の任とは、いつもやっているようなものだから、要するにグローリィは補欠ということだ。多分、最悪の事態を防ぐためなのだろうが、一人というのは心細い物がある。レイヴンに依頼すれば良いのに、と思うのだが、これはミラージュの株をさらに上げるチャンスでもある。可能であるのなら、ミラージュ専属が倒すほうが会社にとっても良いことだ。
「お前さんなら大丈夫だと思うけどよ、やっぱ不安だよなぁ……」
「俺は大丈夫だと信じているけどな。インスペクターは、ウェバー班長率いる整備員の手で整備されているんだ。損傷している特殊AC程度に、負けるつもりは無いよ」
言葉とは裏腹に、アマツの胸中は不安で満たされていた。損傷しているとはいえ、相手は黄金コンビと呼ばれていたミカミとオレンジボーイを退けるデスサッカー。加えて、数日前に撮影されたデスドラッグことレッドデュラハンのこともある。
デスドラッグの映像は、ミラージュ調査部が解析した結果、紛れも無い本物であるということが確認されている。つまり、何処にいるかは分からないが、確実にデスドラッグは存在しているということになる。この事実は、不安を煽らないため、一部を除いて知らされてはいない。運が悪ければ、デスサッカーとデスドラッグの二体を相手にすることも有り得る。この二体は、機体が似ているため、姉妹機ではないかという推測も出ている。それが本当だとしたら、恐ろしいことだ。
だからといって、絶対に落とされるわけにはいかない。仮に落とされるとしても、必ずや道連れにしなければならない。そうなれば、ミラージュの専属パイロットの心意気が世間に知れ渡るし、一種の英雄譚としてしばらくは語り継がれるだろう。それに付随して、ミラージュの株も上がる。
そう、自分はミラージュの人間なのだ。ミラージュのために生き、ミラージュのために死ぬと誓った。例え死ぬとしても、その死を持ってしてミラージュに利益を上げる。それこそが、専属である自分の正しい生き方であるとアマツは信じている。以前、グローリィにこの信念を聞かせてやったとき、彼は「そうですか」と言って、涼しい顔をしていたが。彼には彼なりの考えなり、信念なりがあるのだろう。
最終調整を終えた時には、出撃まで残された時間は僅かしかなかった。その僅かな時間、アマツはインスペクターのシートにもたれ、目を閉じていた。
/3
樹海を目前にしたところで、輸送ヘリは可能な限り静かにインスペクターを降ろした。ここから先は、アマツのインスペクター単体で行動となる。万が一の事を考え、定時連絡以外の無線は封鎖される。誰とも接触できない、完全な独りの状態になるのかと思うと、背筋が寒くなる気がした。
作戦終了後、また迎えに来る輸送ヘリに一時の別れを告げ、インスペクターは樹海の中へと踏み入った。絡まりあうように茂る枝を砕き、折りながら、蒼いACは奥へ、奥へと進んでいく。
目的地は樹海の中心部のクレーターのように開けた場所だ。ここからなら、ACで二十分掛かるか掛からないかというぐらいだ。
冬場の動植物が眠りについている森の中、蒼いACはただ独り、歩んでゆく。
外部マイクが拾ってくる音といえば、枝が折れる音と、インスペクターの足音ぐらいなものだ。他には風の音すらも聞こえない。冬場とはいえ、静か過ぎる夜。何かが出そうと思っていれば、本当に出そうな雰囲気をこの樹海はかもし出している。
ふと空を見上げてみれば、満天の星空が広がっていた。ここはプラネタリウムかと思ってしまいそうになるぐらいの星空だ。元々、バルカンエリアは辺境だったために空気は綺麗なのだが、最近になり頻発する戦闘により、徐々にではあるが確実に空気は汚くなっていく。この美しい星空を見れるのも、後僅かなのかもしれない。どうしても見たいのであれば、早々にこの紛争を終結させてしまえば戦闘は無くなる。基本的に企業同士は軍事面では争うことは少ないため、この星空が見えなくなることはまず無いはずだ。
機体を進ませてゆくうちに、出撃前まであった恐怖が薄れてゆく。だからといって完全になくなるわけではなく、戦ってやろうという気概があるわけでもない。ただ、この現状を受けれていっているだけだ。
目的地である樹海の中心部、天然のアリーナのようにも見える広場の中心に、一機の白いACが佇んでいた。そこかしこの塗装は剥げ、装甲は歪み、内部構造が覗いている箇所すらある。そのACのパーツは、どこの企業のものでもないように見える。なるほど、こいつが噂のデスサッカー、《デュラハン》かと思うと、妙な感慨が湧いてくる。
ロックオンすると向こうもこちらに気付いたらしく。緩慢ながらも、インスペクターに狙いを定めようとする。アマツに、デスサッカーがこちらをロックするのを待つ義理は無い。エクステンションを起動させ、ミサイルを放つ。
天然のアリーナの中心、デスサッカー目掛けてミサイルが飛んでゆく。ジャマーの類が装備されているのではないかと心配していたのだが、どうやら杞憂に終わるらしい。調子が悪いのか、デスサッカーは動く気配を全く見せない。
着弾。爆炎がデスサッカーを包んだ。念のために、左腕をコアパーツの前に構えながら、KRSWを向け中心部へと歩み寄ってゆく。デスサッカーの装甲は、噂ではダイヤよりも硬いと聞く。そんなことあるわけないのは分かっているが、硬いというのだけは確かなのだろう。警戒しておかなければ、いつ反撃が来るか分からない。
全身が粘着質の殺気に包まれる。体が勝手にエネルギーシールドを発生させていた。真正面から飛んできたエネルギー弾をシールドで防ぐが、威力が高すぎた。シールドがエネルギー弾を受け止めきれず、通過させてしまう。かなり減殺されたはずなのだが、損傷率が十パーセントを超えた。インスペクターの装甲も、あのエネルギー弾には耐えれそうに無い。ダメージを受けたくないのなら、避けるしか無さそうだ。
「まったく、噂どおりのとんでもねぇ奴だな……こいつは、ちっとばかしやばいかもな……」
教科書どおりの回避行動をとりつつ、戦闘データが記録中であることを確認し、再び攻撃に入る。KRSWを撃ちながら、中距離を保ちながら再びミサイルを放つ。デスサッカーは右にミサイルを引き付けてから、左へブーストダッシュ、と基本的な回避行動を取ろうとしているのが見えた。デスサッカーの移動先に銃口を置き、トリガーを引く。
ACの携行火器の中でも屈指の破壊力を誇る、KRSWがコアパーツへと直撃した。この一撃で重大な損傷を負ったのか、動きを止める。そして、両肩に装備しているキャノンを展開させた。二本の銃身の間に、エネルギーなのだろうか、放電現象が起こっている。キャノンがインスペクターを捉え、デスサッカーが構えを取る。
レバーをニュートラルの状態にし勢いよく、力を込めてペダルを踏む。ロックサイトにデスサッカーを捉えたまま上昇すると、足元にエネルギー弾が通過し、背後にあった木々を焼き払うのが見えた。デスサッカーの動きが止まっている、ここぞとばかりにミサイルを打ち込む。デスサッカーは回避行動を取ろうとするが、反応が遅い、全弾直撃し、デスサッカーが煙と、巻き上がった砂塵で見えなくなる。
着地し、KRSWを構える。なぜ肩のキャノンを使用したのか、理解できない。見たところ、威力は相当高そうだが、その分隙も大きい。AC相手に使うような武器には見えなかった。インスペクターの背後に何かがあったわけでもなく、デスサッカーにはあのキャノンを撃つ理由が無い。パイロットが無知であることも考えられなくは無いが、上位ランカー四人と同時に戦っても互角に渡り合える実力を持つパイロットが、戦法に無知であるわけが無い。では、一体なぜ?
砂塵が収まり、デスサッカーが姿を現す。至る箇所から火花を散らし、機能も停止しているらしい、フロートであるにもかかわらず脚が地に着いている。
「倒した……のか?」
細心の注意を払いながらデスサッカーに近付くが、動く様子は無い。動力系がやられたのか、それとも中のパイロットがやられたのか、理由は分からないがデスサッカーの戦闘能力を奪うことには成功したらしい。
ふぅ、と溜め息を吐くと疲労が全身を襲った。意外とあっけなかったが、損傷していたのだし、まぁこんなものだろう。ヘルメットを取り、汗を拭う。
ミラージュに作戦成功の報告をするため、通信機の電源を入れた。その時、モニターの端にロックオンされていることを告げる表示が現れた。モニターの中のデスサッカーが動いた様子は無い。では一体何だ? 突如、爆音と衝撃がアマツの体を襲った。
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「何だとっ?!」
背後からの攻撃に振り返ってみれば、そこにいたのは赤いデスサッカー。デスドラッグだった。可能性が無いわけではなかったとはいえ、全く想定していなかった。この二体には姉妹機の可能性が高い。もう一体が側にいてもおかしくはないというのに、その点を考慮していなかった己の浅はかさが身に染みる。
即座に機体の損傷状況を確認して、笑うしかなかった。今の攻撃でブースターが潰れ、完全に使用不能になっている。重量級であるインスペクターは、当然のことながら足が遅い。対して、相対している特殊AC二体は動きの速いフロート型、加えてデスサッカーの方のコアにはオーバードブーストが搭載されていることが確認されている。逃げることは、まず出来ないだろう。
幸いなことにブースター以外にさしたるダメージは無く、戦闘は継続できる。だが、これ以上戦闘を継続してもブースターが使用できなければ敵の攻撃を回避するのは難しい。かといって、スピードで完全に負けているため逃げることも出来ない。
舌打ちして、戦闘中に蓄積し、現在も採取中のデータをリアルタイムで送信することにした。どのみち、ブースターがやられてしまったのなら戦うしかない。勝つか負けるか、おそらくは負ける。そして、死ぬだろう。生きる可能性もあるが、少なくとも機体が無事であるわけが無い。そうなれば、今まで採取したデータは全て無駄になる。そうならないためにも、無線封鎖を破ってでもデータを本社に送る必要がある。
「アマツ、何があった!?」
オペレーターの声には驚きが混じっている。今まで出された指令は何であろうと忠実にこなしてきたアマツが、無線封鎖を破り、さらに暗号化もせずにデータを送信しているのだ。驚くのも無理は無い。
「ちょっとしたイレギュラーがあっただけだよ。ただ、無事に帰れそうにない。だからそのデータ、大事に取っておいてくれよ」
「アマツ……生きろよ」
「当然だ。可愛い嫁さんも貰わないうちに、死ねるかよ」
きつく口を結び、背後のデスサッカーを気にしつつミサイルを放つ。デスドラッグは後ろに下がり、回避行動を取りつつも、右手に持つデスサッカーの物とは異なる銃をインスペクターに向けてくる。撃つなら撃つがいい、アマツにはもう避ける気は微塵も無い。動いたところで、中てられるのは目に見えている。だったら、真正面から撃ち合うのが今は得策だろう。
じっくりと狙いを付けて、トリガーを何度も引いた。エネルギーがレッドゾーンに差し掛かりそうになるまで、トリガーを引くのはやめなかった。流石に、これ以上撃ち続けることは出来ない。
こんどはこちらの番だとばかりに、デスドラッグが銃を放つ。撃ちだされたのはエネルギー弾ではなく、実弾、それも弾速からするとバズーカだろうか。即座にシールドを発生させ、防御に入る。バズーカの射線上にシールドを置き、受け止めれたと思った。インスペクターの目前まで迫った弾頭が、突如破裂し、三つの小さな弾頭が飛び出す。
「拡散バズーカかっ!」
分裂した弾頭のうち二つはシールドで受け止めることが出来たが、一発が頭部に直撃しカメラを損傷させたらしい。モニターにヒビが表示され、視界はお世辞にも良いとは言えない状態になる。
続いて、デスドラッグの肩に装備されているキャノンから撃ちだされた炸裂弾が足元に着弾した。土を巻き上げ、一瞬だがデスドラッグの姿が見えなくなる。僅かな一瞬が終わったとき、また拡散バズーカが飛んでくる。今度は全て受け止めきることが出来たが、運悪く、発生器がやられたらしい。エネルギーは残っているというのに、シールドが収束してゆく。
ますます近付いてくる死の足音。もう、受け入れるしか選択肢は残されていないらしい。だったら、受け入れようではないか。但し、はいそうですかで死ぬつもりは無い。自分はミラージュ専属パイロット、ミラージュのために戦い、ミラージュのために死ぬと誓ったのだ。死ぬときも、ミラージュのためになる死に方をしなければならない。
使用不可能になったシールドをパージし、時折ノイズの混じるモニターに映るデスドラッグを見据える。全身を粘着質の殺気が覆ってくるが、気にはならない。
「俺は、ミラージュ専属パイロット……ただで死ぬわけにはいかん。ゆくぞ、レッドデュラハン!」
叫び、インスペクターを走らせる。そうしながら、EOを展開させレーザーライフルの照準を定め撃ち続ける。EOとレーザーライフルから撃ちだされたエネルギー弾は、確実にデスドラッグを捉えている。だというのに、デスドラッグの装甲が抜ける気配は無い。デスサッカー同様、何て装甲をしているのだ。
デスドラッグは動かず、全ての武器の砲口をインスペクターに向けた。アマツに、これから放たれる弾を避ける気は無かった。撤退することが出来ないのなら戦うしかない。戦えば死ぬ。死ぬしかないのなら、最後に出来るだけのことをしたい。撃ち出される弾は全てインスペクターに直撃するであろう。いくら装甲の厚いインスペクターでも、一斉砲火を浴びればたちどころに破壊されてしまう。だが、撃破されるとき、運が良ければACは爆発する。
だったら、敵に抱きついて死んでやる。データは今も送信されていることを確認して、アマツは笑った。
インスペクターにバズーカ、炸裂弾が連続して浴びせられる。両腕は吹き飛び、頭部も半壊した。それでも、インスペクターの動きは止まらない。
また砲弾の雨がインスペクターの全身に降り注ぐ。頭部が完全に破壊され、コアパーツの装甲も抜けて内部が露になる。コックピットハッチも吹き飛び、破片がアマツの体を貫くが、レバーを握る手が離されることは無く、足も同様にペダルを踏んでいた。インスペクターの全身から火花が散り、黒煙が濛々と立ち昇る。
デスドラッグの目前に迫ったとき、インスペクターは前に跳躍し、デスドラッグに体当たりをきめた。
「後は……頼んだぜ、グローリィ……」
最後に呟くのが男の名前であることを残念に思いながら、アマツは目を閉じた。もうすぐ苦痛が全身を駆け抜けた後に死が訪れるというのに、不思議と心は落ち着き、澄み渡っていた。悔いは無い、デスドラッグを道連れにし、可能な限り採取したデータを送ったのだ。最後の最後までミラージュに尽くすことが出来たのだから、悔いが残るはずも無かった。
インスペクターの体当たりを受けたデスドラッグの体が揺らぐ。その時、インスペクターは遂に爆発を起こし、デスドラッグを炎に包み込んだ。
登場AC一覧()内はパイロット名
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