Armored Core Insane Chronicle
デスサッカー編
「七話 再臨」
2月25日

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 一月の半ばから、デスサッカーの噂はぱったりと止んでしまっていた。テレビで、行動不能に陥っているデスサッカーの映像が流れたせいだ。デスドラッグの方も、ミラージュ専属と相打ちで倒れたというのが、もっぱらの噂だった。

 それらの話を聞き、ミカミは少々不満だった。不満に思うのは不謹慎かもしれないのだが、自身の手で友の仇を討てなかったというのは、悔しいものがある。自身の手で仇を討つまでは、墓に参らないと決めているため、これでは永遠に墓参りにいけないのではないか。

 とは思ってみても、それでは駄々をこねる子供と大して変わらない。いつまでも、墓参りに行かないというわけにはいかないのだ。まぁ、デスサッカーは倒れたのだし、自分の手で倒せなかったのは残念だが、友の墓参りに行くことにした。

 もうすぐ二月も終わる。空は晴れ渡り、風は冷たいが、日差しは暖かだった。途中で花屋に寄り、お供え用の花を購入した。墓地まではバスで行くことにした。

 霊園前行きのバス内には、人っ子一人おらず、車内は運転手とミカミの二人だけだった。暖房は効いているが、人がいなさすぎるため、車内は暖かいとは言い難かった。

 車外の景色を見ながら、ミカミは胸の内に空いてしまった穴をどうやって埋めようかと思案していた。

 バスが目的地に着くまで、ずっと考えていたが、結論は、決して埋まらないだろうということだった。胸の隙間は、オレンジボーイが亡くなった事によって出来た物で、他の何かで大体できるようなものでもない。一番の方法は、時間が癒してくれるのを待つことだろう。

 目的地に着き、バスを降りる。墓地は風が無く、日差しだけが燦々と降り注いで心地よかった。これだけ心地よいのなら、さぞかし、死者も安らかに眠れることだろう。

 オレンジボーイの墓に前に立ち、花を供えた。

「終わったよ……デスサッカーは落ちた。残念なのは、落としたのが俺じゃないっていうことだけど、落ちただけいいか」

 自分でも分からないうちに、ミカミは下を向いていた。頭に浮かぶは、オレンジボーイとこなしたミッションの内容や、休みの日に遊んでたときの思い出。

 胸の内が熱くなる。口の中が渇き、うまく呼吸が出来ない。視界が、僅かに滲み始めた。

「ウッ……クッ……」

 一滴、また一滴とミカミの目から涙が零れ落ちる。零れた涙は、地面に染みを作ってゆく。

 家族を失ったときでも涙を流すことは無かった。自分はてっきり涙が枯れているものだとばかり思っていたが、違うらしい。今気付いたが、家族を失ったときは、何が何だか分からず、悲しみすらも無かっただけなんだと。

 止めようと試みるも、ミカミの意思を無視して、涙は溢れ続ける。思わずその場に座り込んでしまう。

 足音がして、誰かが近付いてくるようだったが、構う余裕は無かった。足音はミカミの方へ近付いてくるが、気にも止まらなかった。気になったのは、足音がミカミの真後ろで止まってからだ。思わず、後ろを振り向いた。

「誰かと思ったら、ミカミじゃないの。墓地なんかで何してんの?」

 後ろにいたのはベアトリーチェだった。何やら変わった物を見るような目つきでミカミを見下ろしている。

「目赤いけど、まさか泣いてたの?」

「そんなわけあるか」

 涙をふき取りながら、立ち上がった。パートナーとはいえ、ベアトリーチェに泣いていたとは思われたくなかった。

「あなたが泣いていようがいまいが、私には関係ないけどね。でも、ちょうどいいわ。仕事の話があるの、ちょっと来なさい」

 言うが早いか、ベアトリーチェはミカミの腕を掴むと無理やりどこかへ連れて行こうとする。

「ちょっ、ちょっと待てよ! お前はどこに行く気だ?」

「翠屋に決まってるじゃないの。何、他のお店がいいの? まだこんな時間じゃFOLXも開いてないわよ」

「いやそういうことじゃなくてだな……あーっ、もういいや。好きなところに連れてゆけ」

「そっ。じゃ、お構いなく」

 ミカミの腕を掴んだまま、ベアトリーチェは歩き出した。振り払う気もなく、そのままで歩きながら、後ろを振り向いた。ベアトリーチェに聞こえぬよう、口の中で「じゃあな」と呟いた。


/2


 ミラージュ軍を追い払ってから、スターリングラードに配属されているインディペンデンスの兵士達は活気付いていた。満足な武装も無い自分達テロリストが、一大企業であるミラージュの軍勢を追い払ったのだ。歴史的な快挙と言ってもいい。

 だからといって、インディペンデンスでは調子に乗るような者は一人もいなかった。ひとえに、指導者であるフリーマンの教育が良いせいだろう。

 ミラージュが攻めて来てからというもの、スターリングラードの警備は今まで以上に厳しい物となっていた。資金不足のため、ACを配備したりレイヴンを雇うことは出来なくとも、上級MTの数は今まで以上に増えていた。

 その日の晩、CR−MT85Bのパイロットのボールドは夜間警備に付いていた。目を皿のようにしてモニターをねめわす。レーダーが付いているのだが申し訳程度の物だ、レーダーを見るよりも目視に頼った方が良い。

 一通り周囲を見渡した後、ボールドは一息吐いた。全身を心地よい疲労感が包み込んでいる。時計を見れば、午前二時、自分が警備に付いてから既に二時間が経っている。道理で疲れるはずだ。

 大きく深呼吸を付いてから、またモニターに目を戻した。黒い地面の上に、星が濃紺の空をキャンパスにして輝いていた。静かで、実に平和な夜だ。何も起こりそうな気配は無かった。だからといって気を抜いていい理由にはならず、むしろ、ボールドは気を引き締めた。

 機体を歩かせると、足音だけが聞こえてきて、それ以外には風の音も聞こえない。もう一度周囲に何も無いことを確認してから、定時報告のため、管制室と通信回線を開いた。

「こちらボールド、異常なし」

「こちら管制室、了解した」

 簡単な報告を終え、通信回線を閉じる。またモニターに注意していると、通信機からノイズが鳴り出した。故障かと思って、通信機の状況を確認するが異常は無い。では、何か電波を拾ったのか。

 異常あり、と管制室に報告するため、通信回線を開いた。

「こちらボールド、異常なノイズを探知。警戒されたし」

 管制室からの応答は無く、ノイズが流れるだけだ。もう一度呼びかけるが、応答は無く、ただノイズが流れ続けるだけ。

 ボールドはある噂を思い出した。今の状況は、噂で聞いたデスサッカーが現れる兆候によく似ている。だが、そんなことがあるはずは無い。デスサッカーは、ミラージュ専属ACが倒したはずだ。

 まさかとは思うが、デスサッカーがやって来たという分けではないはずだ。公式に確認されたわけではないが、インディペンデンスの情報部が傍受した映像には、完全に全ての機能を停止したデスサッカーが映されていたではないか。

 だが、あれ以降樹海に足を踏み入れた者はいない。ACの残骸を回収するため、ミラージュ軍が入ったはずだが、デスサッカーの残骸を回収したという話は聞いていない。

 そこまで考えて、ボールドは頭の中でちょっと待てよ、と呟いた。デスサッカーの残骸が回収されていないということは、残骸が見つからなかったということに他ならない。だとしたら、デスサッカーは、まさか……

 コックピットに警告音が鳴る。モニターを見れば、ロックオンされていることを示す表示が現れていた。咄嗟に、教科書どおりではあるが回避行動を行った。すぐ脇を、青いエネルギー弾が通過していった。

 エネルギー弾が跳んで来た方向に機体を向ける。レーダーレンジ外の向こうに、白い機体が見える。拡大してみると、フロート型のようで、頭部が黒く塗装されているため、夜間では首がないようにも見える。それら自体は、特に気にすることでもない。ただ、どのパーツにも見覚えは無い。頭の中で、知っている限りのAC用パーツの形を思い浮かべるが、不明機体に使用されているパーツを思い出すことが出来ない。

 背筋を、冷たい汗が流れた。まさか、あれが噂のデスサッカーなのか。謎のノイズ、首が無いように見える頭部、製造元が不明のパーツ。全てがデスサッカーの噂と合致している。

 途端、全身を恐怖が貫いた。体が震えだす、歯の根が合わない、額から汗が噴出す。落ち着け、と自分自身に言い聞かすが、震えは止まりそうに無い。

 モニターに映る、正体不明機の背部から光があふれ出した。モニターの中に映る正体不明機が大きくなってゆく。同時に、ボールドの中にある恐怖も肥大してゆく。

 正体不明機はただ真っ直ぐに、ボールドの乗るMTへと突進してくる。正体不明機が射程距離内に入り、火器管制システムが正体不明機をロックオンした。恐怖に駆られ、指はボールドの意思とは無関係にトリガーを引いていた。

「く、来るなぁぁぁ!」

 MTから撃たれたバズーカは、正体不明機に直撃した。しかし、正体不明機は動きを止める様子も無ければ、反動でよろめくことも無かった。

「あぁぁぁぁ!」

 意味の分からないことを叫びながら、ボールドはとにかくトリガーを引いた。撃った弾は全て当たっているのだが、正体不明機は止まらない。ボールド機の目前まで迫ったとき、正体不明機はモニターから姿を消した。

 咄嗟に後退しようとした瞬間、モニターがブラックアウトした。コックピットが暗闇に包まれる。

 と、思ったのも束の間。次の瞬間には、青い光がモニターを突き破り、シートに座っていたボールドを焼いた。


/3


 けたたましく鳴り響く目覚ましに起こされて、ミカミはベッドから起き上がった。体に残っている眠気は、冷水で顔を洗うことによって吹き飛ばした。

 朝食の食パンをトースターにセットし、テレビの電源を入れた。壁に掛けている時計を見れば、時刻は午前八時前。この時間なら、テレビ局によっては朝のニュースを放映している。とはいっても、この時間帯になればかなりワイドショーまがいのニュースになるのだが。贅沢はいっていられない。

 狐色に焼きあがったトーストを皿に乗せて、片手でカフェオレの入ったグラスを持ちながら、テレビの前に置いてあるテーブルに座った。トーストにマーガリンを塗りこみ、齧りつく。

 朝のニュースは大して気になるようなものも無かった。先日に起こった殺人事件の捜査経過を言ったり、何故犯人が犯行に至ったのか、その動機についての説明で、ちっとも面白くはないし仕事の役にも立たない。もうちょっと企業の情勢について報道して欲しいのだが、大抵のマスコミは企業に支配されてしまっている。そのせいで、企業情勢については正しい情報が入ることは少ない。

 少し前なら、真実を報道することこそマスコミのすべきことだ、と公言し実行していた出版社があったのだが、企業によって潰されてしまった。理由は知らない。ただ、真実を報道しようとしない企業の姿勢は許し難い。

 企業の情勢は諦めるにしても、現在の戦況について教えてもらいたいものだ。

 朝食を終え、空になった皿とグラスを手に持って立ち上がった時だ。テレビに、ADらしき人物の手が映り、アナウンサーの前に一枚の紙を置いた。最新のニュースが入ったらしい。ミカミは、グラスと皿をテーブルに置き直してから腰を落ち着け、テレビに目をやった。

「えー、立った今入りました情報によりますと、デスサッカーらしき機体が確認されたということです。映像をご覧下さい」

 画面が切り替わる。夜間の平原の映像が映る。遠くに、青い光が映った。それがエネルギーライフルから放たれたエネルギー弾だと、レイヴンであるミカミにはすぐに分かった。その光で、撃った機体が一瞬だけ照らされる。

 闇夜に照らされる機体を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。目の前の現実が理解できない。大型のフロート脚部、黒く塗装されているため夜間では付いていないようにも見える頭部、製造元の不明なパーツ。テレビに映し出される映像に映っているのは、間違いなくデスサッカーだった。

 だが、そんなことは有り得ない。インターネットで流されていた、デスサッカーが行動不能に陥る映像も見た。その映像に編集の後は一切、無かった。まさか、あの状態から復活したというのか。

 気持ちを落ち着け、携帯を取り出した。アドレス帖を呼び出し、知り合いの情報屋に電話を掛けた。

「なに?」

 数度のコール音の後、ウィズダムの声が聞こえた。彼女は、情報屋をやるときはバルチャーという名前を使っているが、レイヴンの間ではウィズダムとバルチャーが同一人物であることは周知の事実となっている。

「デスサッカーについて教えて欲しい。ミラージュ専属に落とされたんじゃなかったのか?」

「あぁ、あれね。あの映像はインディペンデンスからのやつだから、私も詳しいことはよく知らないの。でもね、映像を解析したけど加工した様子は無かったわ。それに、昨日の深夜にスターリングラードでインディペンデンス軍と正体不明機が交戦状態になっていたのも事実。多分、デスサッカーでしょうね。ただ、私も万能じゃないから、三大企業は分かってもインディペンデンスはよく分からないの、ごめんね。もっと詳しい情報が欲しかったら、有料にになるけど、どうする?」

「いや、それだけ分かれば十分だ」

「そっ。じゃあまたのご利用を待ってるね。じゃね」

 そう言ってウィズダムは電話を終えた。ミカミも通話を終了させて、携帯を机の上に置き、テレビに目を戻した。正体不明機の部分が拡大された映像が流されていた。

 正体不明機の姿は、何度見てもデスサッカー以外の何者でもない。

 心臓が高鳴る。理由は分からない。恐れか、歓喜か、はたまたその両方なのか。出来れば、歓喜であって欲しくないところだった。

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