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スターリングラードの格納庫を見渡してから、フリーマンは深い溜め息を吐いた。現在、スターリングラード基地の戦力はまさに微々たるものだった。
先日のデスサッカーの襲撃により、MT部隊は全滅。残っている戦力のは旧式の戦車と、戦闘ヘリだけ。後は、歩兵ぐらいなものだ。この程度の戦力では、企業はおろか、そこいらのテロリストにも負けてしまう。
加えて、全てのMTはコックピット周辺を集中的に攻撃されたらしく、MTパイロットの生存者は一人もいなかった。MTは買えばすぐに手に入るが、人的資源はそうもいかない。優秀な兵器をいくら保持していようと、それを操る人間がいなければ意味は無い。
格納庫脇のラウンジルームに入り、ソファに腰を掛けた。室内を見渡すが、ラウンジに来る余裕がある者はいないらしく、フリーマン以外に人の気配は無かった。目の前のテーブルに灰皿が置かれていることを確認してから、煙草を一本取り出し、火を点けた。
天井に向け、紫煙を吐き出す。これから一体どうしたものか。スターリングラードは要所の一つであり、いつ企業が攻め込んでくるか分からない。普段から充分すぎる戦力を置いておかなければ心許ないのだが、そういうわけにもいかない。後方からMT部隊を移動させるわけにもいかない。ここに戦力を補充するのなら、ACを置くしかない。
エレクトラをここに配置しようかと思ったが、彼女はあくまでもれっきとしたレイヴンである。フリーマンの様なフリーレイヴンとは違い、アリーナでの試合などで離れなければならないこともある。アリーナでの試合を棄権させれば問題は無いが、インディペンデンスのイメージ向上のためには、棄権させるという選択肢は選べない。
そうなってくると、フリーマン自身が防衛の任に就くしかなかった。少し前ならば、それでも問題は無かったのだが、今はある。今更ではあるが、ミラージュとの戦闘の際に出撃しなければよかったと思う。出撃し、戦ったせいでインディペンデンス内部でも、インディペンデンスが管理するレニングラードの人々もフリーマンを英雄視し始めている。
ただの世界制服を目論んでいるのなら、それでも良かった。むしろ、都合が良い。だが、フリーマンが目指しているのは民主主義国家の建国である。きちんとした選挙を行い、議会を開いて政治を行う。そのような国家を作るのがフリーマンの理想なのだ。
民主主義を実現させたければ、英雄がいてはならないのだ。
戦うことしか出来ない自分に、政治は行えない。だが、民主主義ではフリーマンの意思に関係なく、民衆が望めばフリーマンが政治を行わなければならなくなる。民衆とは、常に英雄を望むものなのだ。民衆の感覚からしてみれば、英雄が統治して欲しいと望むだろう。だが、英雄が政治を出来るとは限らないし、出来たとしても善政を敷くかどうかは分からない。下手をすれば、体の良い独裁になる可能性すらある。
「まったく、どうしたものか……」
背もたれに体を預け、溜め息を吐くように紫煙を吐き出した。やりたくは無いが、今は自分が基地防衛の任に当たるしかない。自分以外にやれる人間がいないのだ。出来ることなら、企業が攻め込んで来ないことを祈りつつ、吸殻を灰皿に押し付けた。
ソファに座りなおし、腕時計を見た。時刻はまだ午後二時を回ったところだった。以前の戦いで、企業軍もある程度は損耗しているだろうから、昼間から堂々と攻め込んでくることはあるまい。可能性として一番高いのは、夜間にレイヴンが襲撃してくることだ。ある、と決まったわけではないが、無い、と言い切れる確証も無い。
万が一の可能性に備え、今は睡眠を取って置くのがいいだろう。
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肩を揺さぶられ、眼を開けてみれば、目の前のテーブルに食事が並べられていた。首を横に向ければ、食事を持って来たらしい兵士が姿勢を正し敬礼を行った。
テーブルの上の料理に目を戻す。ライスにスープ、ハンバーグにサラダ、と戦場で出る食事にしては異様に豪華である。よくよく見れば、レーションをそれっぽい皿の上に盛り付けてあるだけなのだが、それだけでも贅沢である。
「いいのか?」
と聞くと、兵士は頭上にクエスチョンマークを浮かべた。現時点での話ではあるが、フリーマンはインディペンデンスの指導者なのである。台所事情を知らないわけが無い。ここに兵士達からしてみれば、指導者には良い食事を取ってもらいたいと思っているのだろうが、その兵士達はクラッカー程度しか食べる物が無いのだ。
そのような状況を知っていながら、自分だけが贅沢をすることは出来ない。民主主義を掲げる以上は、指導者であろうが兵士であろうが一般人であろうが、皆平等なのだ。
兵士の目をじっと見つめてやると、流石に真意を気付いてくれたらしい。恥ずかしそうに兵士が口を開こうとしたときだ、基地内に警報が鳴り響いた。続き、正体不明機が接近していることを知らせるアナウンスが流れた。途端、ラウンジの外が一層騒がしくなった。
フリーマンはゆっくりと席を立つと、兵士に対し軽い敬礼を行った。
「すまんな。せっかく出してくれたのに、食べる暇も無くて」
「い、いえ。あの、よろしければこのままにしておきますが」
「よろしく頼む」
ラウンジルームを出て、服の襟を正した。残念なことに、緊急出撃ではGスーツを着る余裕も無い。何故、寝る前にGスーツを着ようと思わなかったのだろうか。まったく、少しの間戦場にいなかっただけで、どこか楽観視してしまっていたところがあるということか。
舌打ちして、格納庫を目指して走った。正体不明機が何かは分からないが、今、ここの戦力はフリーマンのリバティがあるだけなのだ。格納庫に着くと、既にリバティの出撃準備は出来ていた。
ヘルメットだけを被り、コックピットに滑り込む。即座にACを起動させ、管制室との通信回線を開いた。
「こちらリバティ、出撃準備は完了している。状況は?」
「偵察に出たヘリから送られてきた映像を回します」
「了解」
モニターに、不鮮明な夜の風景が映し出される。何も無い平原に、一つだけ異質な赤い物体が映し出されている。オペレータに頼み、拡大してみると、赤い物体はACらしかった。
見たところ、脚部はフロート型らしいが、市販されている物では無さそうだ。他のパーツも、見たことが無い物ばかり。夜に現れて、製造元不明のパーツで構成されているところを見ると、噂のデスドラッグと見て良さそうだ。
デスドラッグとミラージュ専属が戦闘した際の映像を見た限りでは、装甲の強度以外は特別なところは無さそうだ。ただ、どのパーツも見たことが無いため、どんな機能があるのかが分からない。噂に聞くと、デスサッカーはインサイドに後方攻撃用の機銃を持っていたと聞く。デスドラッグにも、デスサッカーと同じ、もしくは全く別の特殊兵器が積まれている可能性がある。
どうすれば、最小限のリスクを負うだけで戦えるか考えようとして、やめた。考えたところで、デスドラッグは未知の武器を装備している可能性があるのだ。どれだけこちらが万全の準備を整え、現時点で最高の戦法を取ったところで、未知の武器を使われてしまえば意味が無い。だったら、実際に戦い、その場で考えた方が良い。
「リバティ、出撃するぞ」
管制室に伝えてから、固定具を外し、機体を一歩踏み出させた。格納庫の出入り口に機体を向けると、シャッターが開き、月明かりに照らされる夜の平原が見えるようになった。
ブースターを吹かし、夜の平原へと飛び出した。格納庫から出ると同時に、妙な開放感が全身を包んだ。同時に、異質な感覚を感じる。胸の中にさざ波を起こさせる、妙な気配がこの平原の中にある。おそらくは、その気配の持ち主がデスドラッグなのだろう。
レーダーを見るが、デスドラッグは確認できない。レーダーレンジ外にいるのか、もしくはステルス機能を持っているのか、どちらかは分からないが、管制室に聞けばそれで済む話だ。
管制室にデスドラッグのいる方角を聞き、そちらへオーバードブーストを使って急行する。まだ小さいが、月下の平原に赤い物があるのが見えた。デスドラッグであるのは間違いない。
デスドラッグとの距離をつめ、レーダーにも赤い光点が表示されるが、デスドラッグに動く様子は無い。まるで、フリーマンが来るのを待っているようだった。
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主武装を肩のステルスミサイルに切り替え、エクステンションの連動ミサイルを起動させた。サイトの中心にデスドラッグを捉え、オーバードブーストを発動させた。距離が詰まり、FCSがデスドラッグをロックオンしたことを確認して、トリガーを引き、オーバードブーストを解除し機体を止めた。同時に、バズーカとグレネードライフルの銃口をデスドラッグに向けた。
ミサイルの接近に気付いたのか、デスドラッグはリバティの方に体を向けた。回避行動は取らない。エクステンション、もしくはインサイドにミサイルを無力化する物でも付いているのだろうか。避けない、ということはまず有り得ないはずだ。
だが、デスドラッグは回避行動を取らない。ミサイルは全てデスドラッグに直撃した。砂塵が舞い上がり、デスドラッグが見づらくなる。そこに、バズーカとグレネードライフルを撃ち込んだ。
「やった、か……?」
呟いて、銃口を下ろした。その時、外部マイクがオーバードブーストの起動音を捉えた。咄嗟にチェインガンに武装を切り替え、舞い上がる砂塵の中心に向ける。そこから、デスドラッグが飛び出してきた。
トリガーを引く。チェインガンが火を噴く。デスドラッグは回避行動を取らない。全弾命中。デスドラッグの動きは止まらない。デスドラッグの背部にある二門のキャノン砲がリバティを捉えた。
横にオーバードブーストを使って跳ぶ。すぐ横を、二発の砲弾が掠めていった。デスドラッグはオーバードブーストを使用したままリバティの左側を通り過ぎる。その際、ブレードを振り下ろした。光波が放たれる。咄嗟に、左腕で防御すると光波で裂かれたグレネードライフルが吹き飛んだ。
即座に損傷度を確認すると、グレネードライフルは使えなくなったが、左腕はまだ動く。残骸と化したグレネードライフルを捨て、ハンガーから予備のグレネードライフルを取り出した。
通り過ぎたデスドラッグの真後ろを取り、狙いを頭部に定めた。頭部には情報処理に必要な機器及びレーダーが搭載されており、他のパーツに比べると壊れやすい。如何なるACでも、これは変わらない。場合によっては、強い衝撃を受けただけでレーダーが潰れることもあるし、情報処理速度に影響が出ることもある。
何をどうしたか分からないが、デスドラッグはスキーのターンを思わせる動きで急速に反転した。デスドラッグの、カメラがあるのかどうかすらも分からない頭部がこちらを向いた。そこに、トリガーを引き、チェインガン、バズーカ、グレネードの一斉射を行った。
チェインガンとグレネードは逸れてしまったが、運良くバズーカの一発がデスドラッグの頭部に直撃した。リバティのバズーカは、攻撃力が低めだが、それでも頭部を潰すには充分な破壊力を持っている。
これで、デスドラッグの戦闘力を奪うまではいかなくとも、減殺することは出来たはずだ。
デスドラッグのインサイドカバーが開いた。思わず身構える。一体、何が出てくるのか。この状態で出すことを考えれば、ロケット系なのだろうが、デスサッカーは後方用機銃を装備していたと聞く。デスドラッグも、それと似たような物を装備している可能性が高い。ということは、バルカンなのか。
デスドラッグの肩から、何かよく分からない物体が飛び出した。飛び出した物体は空中を浮遊し、リバティ目掛けてレーザーを放った。咄嗟に、先の読みやすいセオリー通りの回避行動を行ってしまう。避けた先に、デスドラッグから撃たれた砲弾が目前に迫ってきていた。
回避しようとするが、タイミングが遅い。避けることが出来ずに、直撃を受ける。激しい衝撃により、機体がよろめく。倒れないように、と何とか姿勢制御を試みるが、衝撃が強すぎる。努力の甲斐も無く、リバティは仰向けに倒れた。
完全に無防備な状態で、今攻撃されたら回避しようが無い。
『イレギュラーを確認。管理者の命令により、これより排除する』
事務的な男の声が通信機から流れる。デスドラッグから攻撃してくる様子も無く、機体を起き上がらせると、新しく二体のACが現れ、デスドラッグと対峙しているのが見えた。
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デスドラッグと対峙しているのは、フリーレイヴンであるバイステンダーとサーヴァントの機体、漆黒蝶と天照だった。謎に包まれている二人のレイヴン、そして、通信機から聞こえた管理者の命令とは、一体なんだろうか。
『イレギュラー。恨むのなら、自分の存在を恨め。管理者に反する存在の貴様に、居場所は無い』
事務的ではあるが、先ほどとは違う男の声が通信機から流れる。バイステンダーとサーヴァントの物なのだろうが、どちらがバイステンダーで、サーヴァントの物か分からない。
漆黒蝶と天照が、デスドラッグを挟む形になる。何故か、デスドラッグが萎縮しているように見えた。
真っ先に動いたのは天照だった。ブースターを噴かして距離を詰め、武器腕グレネードと両肩チェインガンの撃つが、デスドラッグは難なくと避ける。その先には既に漆黒蝶が回り込んでおり、デスドラッグに火炎放射器を浴びせた。デスドラッグの動きが鈍る。そこに、天照がインサイドのロケットを当てた。同時に漆黒蝶はデスドラッグとの距離を空ける。天照のロケットは発火型であったらしく、デスドラッグは燃えていた。
「何という……連携だ……」
これほどまでの連携を行うコンビを、ミカミと今は亡きオレンジボーイぐらいしかいない。バイステンダーとサーヴァントは、ミカミとオレンジボーイのコンビと同等以上の動きを見せている。
デスドラッグが漆黒蝶へ向けて、キャノンを撃つが、漆黒蝶は何なく砲弾を切り落とした。デスドラッグがキャノンの反動で、ほんの僅かながらもバランスが乱れたところに、絶妙としか言いようの無いタイミングで天照はグレネードを撃ち込んだ。直撃し、デスドラッグの左腕が吹き飛ぶ。
ただそれだけのことなのだが、目の前の光景を脳が理解しようとしない。リバティの一斉攻撃を受けても、傷一つ付かなかったデスドラッグの装甲が、たかだか武器腕グレネードの一撃で吹き飛ぶなどと、有り得ないことだ。
デスドラッグが反動でよろめいているところに、漆黒蝶がブレードを振り上げて距離を詰める。よく見れば、左腕に装備されていたブレードがELF2からWL88LB3に変更されている。ELF2では攻撃力が足りないため、最高級の攻撃力を誇るLB3に変更したのだろう。
漆黒蝶はデスドラッグに接近すると、下からデスドラッグの右腕を切り上げた。デスドラッグの右腕が飛ぶ。続き、デスドラッグの頭部を切り飛ばし、さらには脚部に一撃を加えて、インサイドから発火型ロケットを撃って距離を開けた。
デスドラッグは全身から火花を散らし、動かない。漆黒蝶の頭部が、リバティを向いた。バイステンダーから通信が入る。
『さてと、仕事はさっさと終わらしたい。そこのAC、とっととこいつに止めを差してくれ。俺達だと、ちょっと不都合がある』
「不都合……? どういうことだ?」
質問しただけなのだが、モニターにLOCKEDの表示が現れる。見てみれば、天照が持てるだけの銃火器を全てリバティへと向けていた。
『いいから、俺達の言うことを聞け。死にたくは無いだろう? デスドラッグはあと一撃も入れれば終わる。だからさっさとしろ』
「分かった」
非常に理不尽ではあるが、デスドラッグを落とせるのなら好都合だ。英雄になってしまうのは問題だが、インディペンデンス全体の士気も上がる。
エクステンションが起動していることを確認して、主武装をミサイルに切り替える。最大発射数までロックオンできたのを確認してから、トリガーを引いた。
ミサイルは夜空に尾を引いて飛び、デスドラッグに命中した。ただ、それだけなのに、デスドラッグは一層激しく火花を散らし黒煙を上げると、大音響を残して爆散した。周囲に細かな残骸が飛び散る。
『任務完了。帰還するか』
『待てよサーヴァント。まだ、あの赤いのに言うことがある』
『あぁ、そうだったな。忘れていた。おい、そこの赤いの。今回の事を決して口外するな。すると、死ぬ事になる。いいな?』
天照から電撃のように強烈な殺気が放たれる。全身が痺れたように震えだす。「了解した」としか言えなかった。
フリーマンの返事を聞くと、漆黒蝶と天照の二機は背を向けて、夜の闇の中に消えて行った。一体、彼らは何者なのか。ヒントになり得るのは、イレギュラーと管理者の二語だけだ。
イレギュラーはともかく、管理者などという存在は大昔にイレギュラーによって倒された。今は、管理者の存在は影も形も無く、せいぜい歴史の教科書に顔を出す程度だ。まさか、未だ人は誰かによって管理されているというのだろうか。いや、そんなことは有り得ない。
単に、バイステンダーとサーヴァントの依頼主が名乗っただけで、イレギュラーはデスドラッグのコードネームに過ぎないのだろう。デスサッカーとデスドラッグは、どこかの研究所で作られて暴走している特殊兵器だという噂もある。そう考えれば、なんら不自然な話ではないはずだ。
ともかく、当面のスターリングラードの危機は去った。今は基地に帰還し、補給と休息を取るのが大事だ。
登場AC一覧 括弧内はパイロット名
リバティ(フリーマン)&Nu50052w01x00BEa00Aa1gE60aUNOpY%23ui0F#
漆黒蝶(バイステンダー)&Na000b00030001g00aA01g0600x8Czhcc1eywF#
天照(サーヴァント)&Nu06Ub2w08g1P2s0cBA3tMll1ltenPU0008L0Z#
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