Armored Core Insane Chronicle
「Episode10 スカウト」
1月19日

/1


 午前一〇時の食堂に人影は無い。グローリィが窓の外に目をやれば、シトシトと雨が降っていた。ただでさえ鬱気味な気分が、より鬱々としてゆく。

 ポケットから皺の付いた一葉の写真を取り出した。二年前のナービス紛争の時に撮ったもので、インテグラルとインスペクターをバックに肩を組むグローリィとアマツの姿が写っている。

 何故、死んだのですか?

 写真の中の、何も言わないアマツの姿に問いかけた。返事が帰ってくるはずも無い。この場にアマツがいたら何と答えていただろうか。多分、俺はミラージュ専属だから、といったような答えが返ってくることだろう。

 企業専属だから企業に尽くし、企業のために死ぬのは解る。しかし、だからといって死ぬことは無いだろうとも思う。死ねば、人間はそこで終わってしまう。今まで築いてきた物全てが崩れ去るのだ。最初は周囲も覚えていてくれるだろう、だが時は無情にも生きる者から、過去いた死者の記憶など簡単に洗い流してしまう。そう考えると、死ぬことは何とも言えない恐怖に満ち満ちているものだ。

 その程度のこと、アマツに解らなかった筈が無い。だというのに、彼は死んだ。

 レッドデュラハンとの戦闘中に送られていたデータと、回収されたブラックボックスを解析した結果、インスペクターのブースターが壊れていたことが分かった。ブースターを破壊され、機動力を完全に奪われたACは砲台にしかなりえない。相手がデュラハンクラスの機体ならば、棺桶にしかならない。

 だからといって、死を受容する原因には成り得ないだろう。だというのに彼は最後に、後は頼む、と言い残して散っていった。アマツは自分に何をしろというのだろうか、正義の意味を見失いかけている自分に、何をしろというのだ。いなくなってしまう自分の代わりにミラージュの力になれというのか、だとしたらどうすればいい? ミラージュのために戦うことが平和への道かも分からず、今のままでいいのか悩む自分にミラージュの剣は務まらない。

「くそっ……」

 呟いて、写真をポケットの中に押し込んだ。どうすればいい? 残念ながら、今の自分にはアマツの代わりは務まりそうに無い。

 グローリィがテーブルの一角を凝視していると、視界の中に紙コップが入ってきた。中には黒々とした液体が注がれており、湯気が昇っていた。紙コップは人の手に握られており、その腕の先を辿っていけば、隣に来ていた黒いスーツ姿の男性が目に入った。

「どうぞ」

 言われて、差し出された紙コップを受け取った。入れられたばかりなのだろうか、紙コップは少し熱かった。黒いスーツの男はグローリィが紙コップを受け取ったのを見てから、隣の椅子に座り、目の前に青いファイルを差し出した。

「これは?」

「アマツさんが殉職されましたので、後任の候補リストです。あなたの同僚になるわけですから、あなたが選んだほうがいいのではないかと、調査部部長との話し合いの結果、そうなりまして」

 まじまじと隣に座る黒いスーツ姿の男の顔を見る。人の良さそうな微笑を浮かべているが、ミラージュ社内で黒いスーツを着ているところをみると、諜報部の人間だろう。裏ではどんな汚い工作をしていることやら。あまり、人の事を言えた義理でも無いのだが。

「で、これが候補になっているパイロットか……」

 ファイルを開けた瞬間、自分の目を疑った。たまたま開いたところに挟まれていた資料は、ランク一三位のレイヴン、セヴンのプロフィールと機体構成が写真つきで載っていた。アマツの後任になるパイロットは、てっきり他の地域のミラージュ専属パイロットの中から選ぶものだとばかり思っていたが、アークからレイヴンを引き抜いてくるらしい。

「いいのか? こんなことをすれば、アークから何をされるか分かった物では無いぞ」

「大丈夫です。そのレイヴンに、一旦、引退してもらえばいいだけですよ。その後でうちのパイロットとして雇えば、法的にも問題ありませんよ」

「確かにそれなら問題は無いだろうが、しかし……」

 こんな事をすれば、アークのミラージュに対する印象は確実に悪くなる。ただでさえナービス紛争の時にレイヴンを裏切り、印象が悪くなっているというのに、さらに悪くする気か。

「そう言うんだったら……分かりました、ちょっと借りますよ」

 諜報部の男は青いファイルをグローリィから取り上げ、中から二枚の資料を取り出し、グローリィに渡した。資料は二人のレイヴンのプロフィールで、一人はクラスAのミヅキ=カラスマ、もう一人は顔なじみのセラ=ルノワールだ。この二人から選べといわれたら、ミヅキ=カラスマを選ぶ。セラ=ルノワールの方が知っている分、気楽じゃないかと思われるだろうが、顔なじみだからこそやりづらいというところもある。

「一つ聞く。どうしても雇うというのか? 聞いた話ではゼロ戦隊も来るということだが」

「上の決定ですからね、絶対です。具申することすら出来ないほど上の決定ですからね。クレストも戦力を増強するという話ですし、何よりもこの紛争は――」

「ミラージュの今後を左右する、か?」

「おや、解ってたんですか」

「企業以外の組織に統治を許してしまえば、ミラージュの面目は丸つぶれだ。クレストやキサラギ、他の企業もそれは同じだろう。企業以外の組織に統治させてしまえば、世界規模での戦争が起きることも目に見えているしな」

「ということは――」

「もう決まっているよ、彼女に頼んでみるとしよう」

 グローリィは片方の資料を調査部の男に返し、もう一方は自らの懐にしまった。


/2


 アリーナのガレージは企業のガレージと違い、活気に満ち溢れている。企業では機体の整備にとにかく速さが要求され、常に戦場の様な慌ただしさに包まれているものだが、ここはとにかくのんびりと落ち着いている。整備員の顔つきもどことなく楽しげだ、企業のガレージではまず拝めそうにない表情をしていた。アリーナと企業のガレージの共通点といえば、常に機械油の臭いが漂っているところだけだろう。

 先程、諜報部から渡された資料に付いていた顔写真を頼りに目当ての人物を探すが、見つからない。隅から隅まで探してみたが、やはりいない。適当な整備員に顔写真を見せて所在を聞くと、もうすぐ試合なので待機中とのことだった。流石に、試合前のレイヴンに接触するのは憚られる、ちょうどいい機会なのだし、観客席で彼女の戦いを見ておくのも悪くない。

 運良く空いていた席に座ると同時にゲートが開き、二体のACがフィールドに現れた。コカトリスのフロート型AC「Revolving Cook」とグレイブの四脚型AC「ナイトメア」だ。残念ながら、どちらも求めている人物ではない。隣の席に座る女性に、目当ての人物の試合はいつ始まるのかと聞くと、この次の試合だという。

 コカトリスにせよ、グレイブにせよあまり注目しているレイヴンでもない。それほど観たい試合でもないのだが、時間を潰すには問題ないだろう。一挙一動を見逃さないように、瞬きしないよう注意しながら大型スクリーンを見つめる。

 Revolving Cookは射突型ブレード、ナイトメアは武器腕ブレードと二機とも格闘戦を主眼に置いた構成となっている。Revolving Cookは左腕に格納可能なグレネードランチャー、マイクロミサイル、トリプルロケットを装備し、ナイトメアは両肩にリニアガンを装備しある程度汎用性を持たせているように見えるが、実際は動きを封じるための物だろう。

 格闘戦を主体にしているAC同士の試合は中々迫力のあるものが多い。この試合もご多分にもれず、白熱している。フロートの機動力を生かしRevolving Cookは何とかナイトメアに近付こうとするが、ナイトメアはリニアガンを中距離から放ち接近を許さない。Revolving Cookは回避行動をとるが、流石に限界がある。数発ほど直撃し、深刻なほどではないにせよダメージを負っていく。このままの展開が進めば、Revolving Cookが削り殺しの目に合うのは明白だ。

 コカトリスがどうするものかと思っていると、武器をマイクロミサイルに切り替えたようだ。肩のKINNARAのハッチが開いている。多分ではあるが、マイクロミサイルを目隠しに使い急接近し、グレネードで足を止め射突型ブレードを叩き込む算段だろう。

 マイクロミサイルが放たれる。同時にRevolving Cookはオーバードブーストを起動させ、ナイトメアの側面に回り込もうとしたが、グレイブはその行動を予測していたらしい。ミサイルに対しての回避行動を取らずにRevolving Cookを正面に捉え、リニアガンの連射を叩き込む。コカトリスにとってこれは予測外だったらしい、回避行動を取る素振りは見せた物の間に合わずかなりの量の弾が直撃していく。だが、それも束の間。ナイトメアの側面にマイクロミサイルの塊が直撃し、機体が横に持っていかれた上に反動で一瞬動きが止まる。

 この一瞬の間にRevolving Cookは距離を詰め右腕を引いた。ナイトメアもそれに対抗するようにして両腕からブレードを発生させる。

 大型スクリーンの中、二体のACの姿が重なる。火を噴いたのは、ナイトメアの方だった。Revolving Cookにブレードが突き立てられているものの、射突型ブレードの破壊力に勝ることは出来なかった。

「美しくないなぁ……あたしだったらもっとカッコよく決めるのに。つまんない、チケット代の無駄じゃないの」

 隣に座る女性が呟いた。口ぶりから察するに、彼女もレイヴンらしい。機体も格闘戦を主体にした構成にしているはずだ。ということは、ライオットかリタのどちらかだろう。

「私はそうも思わないがな。美しいとか美しくないとかを差し置けば、両者ともに良い試合をしていたと思うが」

 隣の女性に向けて言った。

「ん? あなたもレイヴンなの?」

「一応は。正確に言えばアーク所属ではなく、ミラージュ専属だがな」

「あぁ、あなたがグローリィなんだ。見た目は良い男じゃない。けど、その硬そうな表情はやめた方が良いよ。そんなんじゃ、女の子寄ってこないでしょ?」

「分からん。回りに女性が少ないからな」

「バレンタインとかにチョコとか貰わないの?」

 頭の中に疑問符が浮かぶ。バレンタイン、初めて聞く単語だ。いや、以前にも聞いたことがあるような気がするが、いまいちよく思い出せない。何か、年間行事の一つであったような気はするのだが、いまいち確証が持てない。

「もしかして……バレンタインデーを知らないとか……?」

 ゆっくり頷くと、女性はひきつるような笑いを浮かべた。もしかすると、バレンタインデーという行事はとても有名な物らしい。一体、どのような行事なのだろうか。彼女の様子を見る限りでは、かなり広く浸透しているもののようだが。

「企業専属って、ずれてるのね……まぁ、いいか。ところで、あなたミヅキ=カラスマのファン?」

「違う。彼女に少し用があってね、それよりも……バレンタインとは何なんだ? 出来れば、ご教授願いたい」

 また女性はひきつるような笑みを浮かべる。バレンタインとはよほど有名で、尚且つ皆に親しまれている行事のようだ。クリスマスや正月みたいなものだろうか?

「バレンタインっていうのは、二月一四日に女の子が男の子にチョコレートを渡して愛を伝える日のことよ。まぁ、女の子が男の子に告白する日って言ったほうが正しいかな」

 成る程。バレンタインというのは、女性から告白する日のことか。だが疑問が残る。何故、二月一四日なのだ。普通の日でも女性から告白しても良いではないか。

「えらい難しい顔して考えてるわねぇ。そんなに難しく考えなくてもいいのに。別にバレンタインは宗教行事でも何でもない、昔あった企業が自社のチョコレートの売上を促進させるためにでっち上げた行事なのに。一応、名前にはいわれがあるみたいだけど、大したものでもないし」

「ほぉ……一企業の販売戦略が年間行事の一つになるとは、凄いなその企業は。どこの企業だ?」

「あたしも人づてに聞いた話だからあってるか知らないけど、大破壊前からある風習みたいだよ」

「なるほど、覚えておこう。ところで、今更なんだが君の名は?」

「あ、そういえば名乗ってなかったわね。リタよ、機体の名前はデモンズロウ」

「よろしく、リタ。私は、わざわざ名乗る必要は無いか」

 かなり遅めの自己紹介をしていると、大型スクリーンにミヅキ=カラスマのAC「明星」が映し出された。もうすぐ彼女の試合が始まるらしい。対する相手は、ウィズダムの「バードイーター」だ。


/3


 ミヅキ=カラスマの戦い方といえば、正に堅実そのものだ。中距離を維持し続け、相手が一方的に攻撃できる遠距離戦には決してしない。

 一定の距離を置いて戦うのは、傍から見る分には簡単に見えるが、実際にはそうそう出来る物ではない。かなりの操作技術と、集中力が必要とされる。かなりの技術を持っていながら、ミヅキ=カラスマがランキングに入れないのは、恐らく決定力不足なのだろう。明星の武器はエネルギーライフルとブレードのみ。

 装備されているエネルギーライフルSHADE2は使い勝手はいいが、攻撃力が物足りない。左腕のELF2も非常に使いやすいブレードではあるが、やはり攻撃力が心許ない。それら決定力不足をカバーするために、補助ブースターで機動性を高め、堅実な戦いをしている。

 企業専属としてはもってこいの戦い方かもしれない。企業の側からしてみれば、当然のことであるがローコストハイリターンが望ましい。ミヅキ=カラスマならば、ハイリターンとまではいかないまでも戦果を企業にもたらすことが出来るはずだ。それでいてローコストである。

 試合は特にこれといった見せ場のないまま終わりを迎えた。バードイーターは的確に放たれるエネルギー弾を避けれず、徐々にダメージを蓄積させてゆき、規定以上の損傷率を超えたところで試合が終了した。普段なら大型スクリーンにハイライトが流されるところだが、今回は無かった。見せ場がないせいなのだが、ACに乗っている者からすると、全部が見せ場と変わりない。それだけミヅキ=カラスマの戦法は堅実で、彼女の集中力には目を見張るしかない。

 大型スクリーンに試合の合間に流されるコマーシャルが流された辺りで、グローリィは席を立った。

「どこに行くの?」

 席を立ち、歩き出そうとすると隣に座っていたリタが聞いてきた。

「さっきも行ったようにミヅキ=カラスマに用がある。それで、ガレージまで行って話をして、後は帰る」

「だったらさ、連絡先教えてくれない? プライベートの」

 懐から自分の名刺を一枚取り出し、リタへ向けて投げた。

「プライベート用の名刺だ」

「うん、ありがと」

 声音には感謝するようなトーンであったが、背を向けているため表情は分からない。これ以上、彼女が話しかけてくる様子も無かったので、観客席を後にした。

 試合が終わった後のレイヴンがまずすることは二つに一つである。アリーナのガレージで損傷箇所をチェックするか、レイヴン専用控え室で一息入れるか。ミヅキ=カラスマはどちらだろうか。堅実そのもの戦い方をするような人だ、まずは損傷箇所の確認を行っていそうな気がした。

 アリーナのガレージに再び足を踏み入れると、先程よりも機械油の臭いが濃くなり、空気はさらに澱んでいた。損傷ている機体の数が増えたせいだ。アリーナで損傷した機体は、このガレージで百パーセントまでとはいかないが修理される。ちなみに、無料。

 ガレージ内を見渡せば、Gスーツを着てACの前に佇む長髪の女性の姿が確認できた。遠目から持って来ていたミヅキ=カラスマの写真を取り出し、本人かどうか確認する。

 どうやら合っている様だ、写真を懐にしまい、おもむろに近付いてくる。向こうもこちらに気付き、怪訝な視線を送ってきた。私服でアリーナのガレージにくるような奴は珍しい。

 ミヅキ=カラスマの前に立ち、周囲に気取られぬようミラージュの社員証を見せる。彼女はそれだけで全てが分かったようで、ゆっくりと頷いた。中々、聡明な女性のようだ。

「ここで立ち話もなんだ、一通り作業が終わればFOLXというバーまで来て欲しい。一応、地図を渡そうか?」

「いいえ、結構です。以前に一度だけですが、そのお店には行ったことがあるので」

「そうか。それでは、また後で会おう」

 周りに気付かれていないか注意しながら、足早にガレージを去った。整備員はACの整備及び修繕作業、レイヴンは自分の機体の損傷度を確認していた。多分、気付かれていないとは思うが、予断はしない方がいいだろう。アークに知られても、特に問題が起こることは無いが、印象が悪くなるのは目に見えている。流石に、それは良くないことだ。


/4


 FOLXの店内はいつもと比べて人が多かった。何事かと思いながら店内を見渡せば、奥にあるステージにドレスを着た女性が立っていた。今日はミニコンサートの日らしい、いつもならば運が良かったと思うところだが、今日ばかりは都合が悪い。人が多いと、密談をしていても逆に怪しまれないものだが、する側の人間にとっては心臓に悪いことこの上ない。

 ステージから可能な限り遠くのカウンター席に座る。ちょうど良い事に、右隣の席は空席だ。これ以上、人が入ってくる気配も無い。ちょうどいい具合だ。

 静かな歌声が店内に響き渡る。心の奥底にまで響いてくる。はっきり言って、これだけの歌声を持ちながら何故こんなバー何ぞで歌っているのだろうか。

 注文を取りに来た店員に、来ている歌手が誰か聞いた。

「エヴァっていう歌手ですよ。ちゃんとCDも出してる、プロの歌手です。彼女、インディーズの頃からここで歌っていて、今でも月に一度、歌ってくれるんですよ」

「ほう、プロか。道理で、いい声をしている」

「やっぱり分かりますか?」

「当然だ。歌に関しては素人だが、それでも彼女の歌は良い。心に響いてくる。ところで、注文いいかな?」

「ジンジャーエールですか?」

「それと、軽い物を」

「分かりました」

 店の奥へと消えて行く店員から視線を逸らし、ステージを見る。ステージ上には、シンプルなドレスを纏った女性がマイクを手に歌っていた。ステージ付近の観客は皆、小声で話すことも無く彼女の歌声に聞き入っていた。

 しばしの間、歌に聞き入っているとすぐ隣に誰かの座る気配がした。視線だけを動かすと、艶やかな黒髪が視界に入った。

「良い店だろ?」

 ミヅキ=カラスマの方を見ず、ステージ上を見ながら言った。すぐ隣で動く気配がする。おおかた、店内を見渡しているのだろう。

「そうですね」

 素っ気の無い返事だった。良くも悪くも無いといった返事。彼女は、こういった店に興味が無いのかもしれない。

「早速だが、本題に入らせてもらってもいいかな? ミヅキ=カラスマ」

「どうぞ、話は早いほうがいいので。それと、私のことはミヅキで結構です」

 いきなりファーストネームで呼ぶ事を許されるとは思っていなかった。ミヅキ=カラスマが単なるパイロットネームだから問題ないのか、それとも既に信用を得ているのか。どう考えたところで、可能性が高いのは前者だ。いくら何でも、初見の相手を信用するような人間はいないだろう。レイヴンなら尚更だ。

「分かった。ではミヅキ、我らミラージュの力となって欲しい」

 単刀直入に切り出すと、ミヅキは手を差し出した。

「契約書を下さい」

 喜んでこの話を受けてくれるのは嬉しいが、困ったことに彼女は“まだ”レイヴンズアーク所属の傭兵である。立場は完全に中立でなくてはならない。その彼女に、まだ契約書を渡すわけにはいかない。

「すまないが、今日は持ってきていない。代わりといっては何だが、これを」

 ミヅキの手にクリップでまとめた書類を渡す。それらに記されているのは、ミラージュ専属の仕事内容と給与に関しての資料である。ミヅキは、渡された資料に即座に目を通す。読み進めるうちに、彼女の顔が驚きに満ちてゆく。

 思っていた通りの反応だ。ミラージュだけでなく、企業専属ACパイロットの仕事はMTにもレイヴンにも頼むことの出来ない仕事だ。多くは自社パーツや、重役が移動する際の護衛だが、中には非道なものも多く含まれている。それらは決して報道されることは無い。マスコミも企業の傘下にあるためだ。

「それでもやるか? 一応、給料だけはいいぞ」

 本当に給与の額は破格に近いものがある。毎月の基本給に加え、任務に就く度、様々な手当てが追加されるためだ。多分、並みのレイヴンよりも収入はいいのではないだろうか。ACの修理費や弾薬費は全て企業が負担してくれるため、レイヴンと違って給与の全てが懐に入る。

「専属になったらこんな非道な事をしなければならないのですか?」

「しなくてもいい。というよりも、今君が我々の所へ来たところで、新参者にそのような任務は回らないから安心したまえ。それに、一応、拒否権は無くも無い」

 ミヅキは資料を置くと、何度か深い呼吸を行った。気持ちを落ち着け、どうするか考えているのだろうか。一〇分ぐらい、ミヅキは俯き気味の姿勢で何か考えていたようだったが、決心したように顔を上げた。

「やります」

 大きな声ではなかったが、はっきりと聞こえた。無言で彼女の前に手を差し出すと、ミヅキはグローリィの手を力強く握った。専属になってくれて、正直、嬉しい。これで自分はデスサッカーの相手をしなくて済み、インディペンデンスの相手に専念が出来る。

「では、これからよろしく頼む」

 グローリィはミヅキの手を握り返した。


登場AC一覧 括弧内はパイロット名
Revolving Cook(コカトリス)&NsN01aki82R0hfo08C0025cE94U03wq14V4GC7#
ナイトメア(グレイブ)&NiO00ap005M002FA00ka1gE80ac0kyg000b2wA#
明星(ミヅキ=カラスマ)&NG2w2F2w03gE00Ia00A0FM2A0ag5EsdIc0d0sw#
バードイーター(ウィズダム)&No0c2ca003gc0uI02wAa202F2wg05qswc09wkJ#

前へ 次へ

Insane ChronicleTOPへ AC小説TOPへ