Armored Core Insane Chronicle
「Episode09 燃える海」
1月1日

/1


 シートに座り、組んだ手を顎に当てながらグローリィは目を瞑っていた。新品の座りなれないシートは尻が落ち着かず、波の作る揺れも相まって、気持ちは落ち着くどころか昂ぶってゆくだけだった。

 ゆっくりと眼を開ける。

 モニターに映るのは、朝焼けの海。水平線の向こうまで何も無く、波も穏やかで至極平穏な表情を見せている。だが、それも束の間。もうすぐここは戦場になり、垂れ流された油で黒く染まることだろう。

 ゆっくりと時間が進んでゆく。初日の出まで、あと数分しかない。手を解き、レバーを握る。シート同様、新品のレバーはいまいち手に馴染まない。ペダルも、同じ物を同じように調整しているはずなのだが、やはり今一つインテグラルと感覚が違う。脚部がフロートであるせいも少なからずあるのだろうが、使いこんでいないというのが一番の原因なのだろう。

 作戦部の予想通りに艦艇や航空機だけならば問題は無いが、ACが出てきたときの事を考えると、今乗っているAC《ラグーン》では少々心もとないところがある。装弾数の問題もあるが、使い慣れていない武装が多い点が大きい。仕方の無いこととはいえ、何故自分が乗る事になったのか、疑問が残る。

「グローリィ。偵察機が敵艦隊を確認した。後数分ほどでそちらでも確認できると思う。気をつけてくれ」

 アンデルからの通信が入る。

「了解した。敵艦隊を発見し次第、作戦行動に移る」

「健闘を祈る」

「任せておけ」

 深呼吸をし、昂ぶりつつ気持ちを落ち着けてゆく。それでも、心臓の高鳴りは止まらない。戦うことは怖くない、ただ、今日ばかりは死ぬかもしれないという予感が頭から離れない。全身に汗が滲み、シャツが肌にべったりと張り付いて気持ちが悪い。しかし、今ばかりは死ぬかもしれない恐怖が勝り、気にならなかった。

 何故、恐怖しているのか? 答えは非常に簡単だ。この機体を使いこなせていないから、その一点だけ。特別にOSとFCSに改造を施し、エネルギーキャノンならば構え無しで撃てるようにし、火力を高めているとはいえ、グローリィがフロート脚部に慣れていないため、せっかくの処置もあまり意味を成さないでいる。

 コックピット内に備え付けられている小物入れの引き出しに目をやった。その引き出しの中に入れられているのは、一粒の錠剤だ。錠剤は、ミラージュ傘下の製薬会社が開発した、兵士用の合成麻薬で、よくMTパイロット達が使用している。水と一緒に飲む必要が無いからどこでも飲めて、依存性も少ない。それでいて、気分だけを最高にハイな状態にしてくれる優れものだ。

 今まで持ってはいたが、一度も使ったことは無い。使う必要が無かったというのもあるが、何より、薬に頼るなど、グローリィのプライドが許さなかった。しかし、今日ばかりは、という思いがある。

 緊張しすぎているのは自分でも分かっている。だが、落ち着くことが出来ないのであれば止むを得ないのではないか? そんな考えが脳裏をよぎるが、首を振り愚かな考えを払拭する。使用するのは麻薬だ。いくら依存性が少ないとはいえ、人として使うべきではない。

 静かすぎる。波も穏やかで、風も凪いでいる。これほど静かだと、あの時の事を思い出してしまう。あいつらさえいなければ、と何度思ったことだろうか。あいつらがいなければ、自分もこんな血生臭い生活をせずに、今頃はどこかの企業に就職してサラリーマンにでもなって、もしかしたら家庭を作って幸せになれていたかもしれない。何度、そんな夢想をしただろうか。もう、数えることが出来ないほどしているのだけは確かだった。

 テロリストさえいなければ、戦いとは全く無関係に暮らしていただろう。テロリストさえいなければ、人殺しになることは無かっただろう。テロリストさえいなければ、みんな生きて、笑いながら暮らしていただろうに。テロリストさえいなければ、誰も憎まずに生きていけたのに。

 今までの忙しさの中で浮かぶことの無かった想い、過去の記憶が引きずり出されるように思い出される。

 あの日、勝手な理想のために殺された家族や友人の顔。企業の犬にならなければ、決して達成できぬであろう復讐。

 記憶を反芻していくうちに、次第に湧き上がる憎しみや殺意といった負の感情で心が埋め尽くされてゆく。戦うべきは自分ではなく、テロリスト。許すわけにはいかない。身勝手な理想を振りかざし、求められていないにもかかわらず自分達こそ正義という顔をして、自分達だけの未来のためには他者を虐殺することさえ厭わない非人道的な連中は、この世から消し去ってしまうに限る。

 胸の中が憎悪に埋め尽くされていけばいくほど、手の震えは止まってゆき、頭の中も鮮明になってゆく。この機体が扱い易かろうが扱い辛かろうが関係ない。敵が来たのなら、今の自分が持てるだけの力を全て発揮して、殲滅するだけのことだ。

 また深呼吸をした時、水平線の向こうに艦隊が見えた。レバーを前に倒し、ペダルを踏む。

「行くぞ!」

 グローリィの叫びに呼応するかのようにして、ラグーンは勢いよく加速をつけた。


/2


 確認できる敵戦力は、現在のところ『ミネアポリス』『ノーザンプトン』『インディアナポリス』の重巡洋艦三隻と軽巡洋艦四隻、それに駆逐艦が五隻ほど。最大のスピードで敵艦隊の間を抜け、敵艦の装備を確認してゆく。拠点を破壊するという目的のためか、どの艦も特設されたと思しき大型ミサイルのランチャーを搭載している。

 気になるのはインディアナポリスの後部甲板だ。通常の巡洋艦にも、航空機搭載用の格納庫が設置されているのが常だが、インディアナポリスの航空機格納庫はいささか大きすぎる。大型のMTが二体ぐらい搭載できそうだ。

 デコイを撒いて敵艦から放たれるミサイルを回避しながら、カメラの映像を司令部へと送る。攻撃するのは、司令部からの連絡があってからでいい。

 それにしても、基地を一つ攻め落とすというのに艦船一一隻というのは少なすぎる、しかも航空母艦は無い。見たところ、揚陸艇も搭載しているようには見えなかった。考えられることは一つ。海の戦力は囮だということだ。インディペンデンス側も、用心に越したことはないと考えたのだろう。海上戦力を囮に使い、本命は陸上から攻める。おそらく、そちらにはレイヴンを雇っている可能性が高い。

 まったく、何て馬鹿な奴らだろうか。海からもっと大規模な攻撃を掛ければ、海上戦力に乏しいミラージュは少なくとも劣勢を強いられることぐらいにはなったはずだ。

「OK! グローリィ、これで敵艦の装備は分かった。さっさと攻撃してくれ。援軍は少し時間が掛かる、それまで持ちこたえてくれよ」

「任せておけ。私を誰だと思っている」

 アンデルに返答しながら、手近にいた駆逐艦の艦橋にレーザーキャノンの照準を合わせる。ダブルロックオンがされたことを確認してから、トリガーを引く。放たれたレーザーは駆逐艦の艦橋を完全に吹き飛ばし、指揮系統を完全に破壊した。とはいえ、敵艦は攻撃能力を失ったわけではない。もう一発、弾薬庫があるであろう区画の喫水線下にレーザーを中てる。敵艦の弾薬はレーザーに誘爆させられ、瞬時に艦を炎を塊に変えた。

 またデコイを一つ置いて、ミサイルにロックされないよう敵艦の懐に飛び込んでプラズマライフルを軽巡に中て、戦闘能力を失わせる。各艦とも、迎撃用の機銃を撃ってくるが、避ける必要は無い。艦船が迎撃用に搭載している機銃程度では、ACの装甲に僅かばかり傷つけるだけで、よっぽどでもない限り致命傷にはなりえない。気をつけねばならないのは、ミサイルと七十六ミリの速射砲だ。弾頭の種類にもよるが、貫通力を重視した対AC用弾ならリニアガン級の破壊力を持っている。

 もっとも、各艦とも速射砲は前部甲板に一門しか積んでいないため、後方から攻撃を掛けてやれば中る心配は無い。ミサイルの方も、デコイさえ撒いておけば簡単に無効化できるため、恐れるほどではない。

 だが、妙な危機感が拭えない。長年、戦場で培ってきた勘が、何かがあると先程から訴え続けている。限界まで周囲に気を配りながら戦っているのだが、何もおかしなところは無い。潜水艦でもあるのかもしれないが、それなら既に連絡が入っていかなければおかしい。この迎撃任務に就いているのはグローリィだけでなく、ミラージュ第一艦隊、そして二隻の潜水艦がこの任務に就いている。潜水艦がいるのなら、既にミラージュの潜水艦から連絡が入っているはずだ。

 では一体何だ? 不可思議なのはインディアナポリスの大きすぎる後部格納庫だけだ。まさか、と思ったとき、ラグーンはインディアナポリスに背を向けていた。

 ゾワリ、と背筋を撫でるような殺気を感じ、咄嗟に右へと機体をブーストダッシュさせた。モニターに、真後ろから飛んできたと思われるバズーカ弾が映される。回避行動を取りながら、機体を後ろに振り向かせれば、思ったとおり、クレスト製パーツを中心にして組まれた

フロート型ACがいた。

 即座に、フロート型ACの映像をオペレーターに送る。

「アンデル。今送ったACをデータ照合してくれ」

 通信機の向こうで、キーボードを叩く小気味良い音が聞こえる。

「悪い。データが無い。俺の予想だが、そいつはインディペンデンスの専属ACだと思う。グローリィ、こっちでも迎撃体勢が完全に整っている。船はいいから、そいつを落としてくれ」

「了解した。ただ、潜水艦を一隻、こちらに回してもらえないか?」

 アンデルはグローリィの考えが即座に分かったらしい。軽い笑い声が通信機から聞こえた。

「OK。任せておけ!」

「頼んだぞ」

 モニターに映る、インディペンデンス専属ACを睨みつけた。たかが一テロ組織のクセに、分不相応な物を持っている。もっとも、それ相応の代価を支払ってもらうつもりだ。

 左腕に装備されているスナイパーライフルをインディペンデンス専属ACに向けながら、通信回線を開く。

「さて、一応の礼儀として聞いておく。名を名乗れ。私はミラージュ所属ACパイロット、グローリィ。機体はラグーン」

「変わった奴だな。まぁいいか、オレの名はジャスティス。インディペンデンス専属のACパイロットだ。機体の名はバリオニクス、意味は、まぁいいか」

「テロリストの割には一端の礼儀は知っているようだな。君がレイヴンだというのなら生かすつもりでいたのだが、テロリストの仲間だというのなら、死んでもらうしかないな」

「テロリストはお前ら企業の方だろう、オレたちが何をしたって言うんだ? 何もしていない。オレ達の話を聞きもしねぇお前らが悪いんだよ」

 インディペンデンスのパイロット、ジャスティスの一言一言が癪に障る。何もしていないだと? 話を聞かない企業が悪いだと? 勝手な理論ばかりを並べ立て、武力で無理やりに言うことを聞かそうとしている自分達が正義というのか、正に、愚の骨頂としか言いようが無い。

 もう何も言うつもりは無い。胸の内に溜まっている憎悪を、ただ敵に向かって吐き出すだけだ。


/3


 牽制にスナイパーライフルを放ちながら距離を取る。バリオニクスの武装は肩にCR−WBW78Rと右腕はCR−WR76B、左腕にはCR−WL69LB。デュアルロケットはロックオン不可であるため、余程の技量を持つ者が使っていない限り、遠距離で中ることは無い。バズーカも、CR−WR76Bはそれほど弾速が速いわけではないため、距離が開いていれば避けるのは容易い。加えて、こちらの武装はGERYON2にGOLEMと遠距離用武器を装備している。距離さえ開け、落ち着いて攻撃していけば勝つのは簡単だ。

 しかし、慎重に狙いを定めているにも関わらず、一発も中てることが出来ない。こちらが撃つと同時、バリオニクスは左右どちらかにブーストダッシュを行い、かする素振りも見せずに避けてゆく。フロート特有の地上速度の速さを生かし、見た目以上の俊敏さを持つバリオニクスに遠距離からの砲撃を中てるのは至難の技と言えそうだ。

 ロケット弾を中てられ、機体を激しい衝撃が襲い、バランスが崩れる。そこにバズーカの一撃が入る。それだけで、機体の損傷率は一五パーセントを超えた。

「どうした、企業の犬さんよぉ! オレを殺すんじゃなかったのか!? あぁ!? お前らみたいな時代に求められていない奴はよ、死ぬしかねぇんだよ!」

 またロケットとバズーカの連続攻撃が機体に損傷を与える。避けても、着水した弾が爆発し水柱を上げることによって、機体のバランスが崩れ、視界が奪われることによって動きが鈍る。そこに、ロケットやバズーカが飛んでくるのだ、避けるのは難しい。

「最後はカッコよく、ブレードで決めてやるよ!」

 いつの間にか距離を詰めていたバリオニクスが、左腕を振り上げ、ブレードを発生させていた。機体のバランスが崩れているため、後ろや横に逃げることは出来ない。咄嗟に、左腕のスナイパーライフルを捨て、格納していたELF2を装備し、ブレードを発生させ頭上に構えた。バリオニクスのブレードが振り下ろされ、ラグーンのブレードと鍔迫り合いを起こす。レーザーブレード同士が干渉しあうことによって起こる激しい閃光で視界が奪われている中、勘だけでプラズマライフルの狙いを定める。

「時代に求められていないのは、貴様らの方だ!」

 トリガーを引く。狙いはあっていたようで、視界が白一色で塗り潰されている間にブースターを使い後ろへと下がる。無理にエネルギーを使ったせいで、エネルギー残量はレッドゾーンに突入し耳障りな警告音が狭いコックピットに鳴り響く。

 閃光が収まり、モニターの中にコアパーツの下部を焼かれたバリオニクスが確認できた。致命的なダメージでも負ったのか、バリオニクスは動こうとはしない。しかし、幾らプラズマライフルの威力が高いとはいえ、一撃でACを行動不能に陥らせるほどの威力は無いはずだ。何か、狙いがあるのかもしれない。エネルギーを使用しないよう、ブースターを使用せずに距離を開ける。

「てめぇ……オレ達が求められていないだと? どういう意味だ?」

「言葉どおりの意味だ。君達はまさか自分達が時代に求められているとでも思っていたのかな? よく考えてもみたまえ、君達は何故テロ行為をしているのか。誰も君達の言葉に耳を貸そうとしないから君等はテロを行うのだろう? 時代とは、人が作っていく物だ。その人に求められていない君達は、時代に求められていないのだよ」

「だからといって、お前らが正しいわけじゃない……」

 そう、企業が正しいわけじゃない。だからといって、インディペンデンスが正しいわけでもない。だからといって、悪というわけでもない。正義も悪も、本来はこの世界には存在しない物のはずだ。だが、現実には存在する。それを決めるは、自分自身。

「そうだな。企業が正しいことをしているとは、私も思えない。しかし、これだけは断言しよう。この世の正義は貴様らじゃない、私たち企業だ」

「てめぇ、ふざけた事ほざいてんじゃねぇ!」

 バリオニクスがブースターを吹かし、急接近しながらバズーカの銃口を向ける。が、突如としてバリオニクスの脚部が爆発し、右腕ごとバズーカを宙に舞わせた。

「な、何だ!? 何が起こった!?」

 ジャスティスは状況を理解できていない。その証拠に、声が裏返っている。
「君はここが海上だということを忘れているようだな。ここは海の上、地上とは違って下があるのだよ」

「まさか……潜水艦かよ、そんな……」

 脚部を破壊されたバリオニクスは、もう、海に沈むしか残されていない。ACの巨体は、瞬時に波間の間に消えた。


登場AC一覧()内はパイロット名
ラグーン(グローリィ)&N6005b4903000HI0s3001ME50ahE5rlUq9o6u6#
バリオニクス(ジャスティス)&NA00070002w003o000001g0800c5TzMW207E1F#

前へ 次へ

Insane ChronicleTOPへ AC小説TOPへ