Armored Core Insane Chronicle
「Episode12 憎しみの果てに」
2月6日

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 インテグラルのコックピットに備え付けとなったヘルメットを持つと、今更ながら普通のものよりも思いことに気付いた。計器類などが内臓されているため、当然なのだが。

 ヘルメットを着けてから、ハッチを閉め、起動させる。Corusをメンテナンスモードで起動させて、シンクロ率の設定を変更する。危険性が無いと断言できるわけではないため、あまりいじりたくはないのだが、標準設定の一〇パーセントでは違いが分かるかどうかが分からない。四〇パーセント以上は危険らしいので、シンクロ率を三〇パーセントに変更して、Corusを停止させる。

 次に機体診断プログラムを走らせる。出発前に最終調整を行い、不備が無いか確認しているが、念のためにもう一度チェックしておく必要がある。今日の戦いは今後の戦局を左右するのだ、出来ることなら一〇〇パーセントの状態で出撃したい。

 各関節駆動部の状態は良好。ジェネレーターにラジエーター、加えて武装の出力も問題ない。気になるのは頭部のセンサー系なのだが、これはCorusのせいで整備が上手くゆかなかったものと思われる。センサー系に問題があっても、レーダーが使えるのであれば、さして問題にはならない。

 とはいえ、他に問題が無いのに一箇所だけ不具合があるというのも落ち着かない。整備員を呼んで、見てもらおうかとも思ったが、整備班は今頃OWLの最終調整に忙しいはずだ。今、呼ぶわけにはいかないだろう。

 待つこと以外にすることが無くなってしまう。とりあえず、コックピットハッチを開いた状態にし外の空気を取り入れる。ハッチを閉めていても換気してくれるのだが、それでも閉め切ったままにしていると空気が澱んでくる。

 溜め息を吐き、首にかけているペンダントを手に取った。ペンダントを開けると、セピア色になってしまった写真が入っていた。十年近く昔に撮った家族写真だ。そこに映っている四人のうち、父も母も兄もこの世にはいない。いるのは、グローリィただ一人。ペンダントを閉めて、また服の内側にしまった。

 何故、こんな物を持ち歩いているのか不思議に思うことがある。このペンダントは形見という訳ではなく、かといって、家族を忘れないための物というわけでもない。強いて理由を付けるとするのならば、憎しみを忘れないための物、というのが一番正しいように思う。

 家族をテロリストに殺されたことは、仕方が無いと思うときがある。こんな事をいうのも何だが、テロリストを完全な悪とは言えない。テロリストも暴力以外に主義主張を訴える方法が無いから、暴力に訴えるのだ。悪いのはどこかというと、テロリスト達の言い分を聞こうともしない企業に問題があるといえるだろう。

 だからといって、テロリストの言い分を聞くことは不可能だ。武力を伴った訴えを聞き入れれば、力さえあれば支配できる世の中を容認する事になる。そうなってしまえば、力あるものが全てで、弱者は淘汰されるしかない。それは、地獄だ。

 開け放っている窓から風が入る。機械油の臭いが鼻につく。それだけなら、特に気に留める必要は無い。だが、機械油の臭いに硝煙の臭いが混じっている。

 通信機に電源を入れ、作戦司令部との回線を開く。

「グローリィ、何をしている!?」

 回線が開いた瞬間、アンデルの怒鳴り声がコックピット内に響く。怒鳴られる理由が分からない。とりあえず、コックピットハッチを閉めた。

「機体の最終チェックを行っていた。何かあったのか?」

「何かあったじゃない! ACの襲撃だ、早く迎撃に出てくれ! OSTRICH部隊が迎撃に出ているが、長くは持ちそうに無い。後からヘル&ヘヴンを向かわせる。先に行って、援護しろ」

「了解した」

 機体を通常モードから戦闘モードに切り替え、Corusを限定解除モードで起動させる。シンクロ率を三〇パーセントに設定しているのだが、特にこれといった変化を感じることは出来ない。

 仮設ハンガーの拘束具を、機体内部からの操作で解除し、一歩踏み出させた。誰が来ているのかは知らないが、ACの襲撃とはちょうどいい。IFBの良いテストになることだろう。


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 力を込めてペダルを踏み込み、ブースターを使用しながら戦線へと向かう。OSTRICH部隊と敵ACが交戦している場所は、野営地から大体、二〇キロメートルほど離れているところにある。二〇キロメートルという距離は、歩くには大変な距離だが、機動兵器にとっては大した距離ではない。ミラージュ製レーダーの索敵能力の事を考えれば、かなり押されていると見て良さそうだ。

 戦場はまだ地平線の向こうにあるため、モニターに映らない。あまりしたくは無いことなのだが、オーバードブーストを起動させる。オーバードブーストを使えば、瞬時に戦場へ行くことが出来るが、たどり着く頃にはエネルギー残量は厳しいものがある。相手にもよるが、ランキング内のレイヴンが相手なら、正直キツイ。が、何も倒す必要は無く、ヘル&ヘヴンが来るまでの間の時間稼ぎをすればよいのだ。

「アンデル、敵ACはデータにあるか?」

「今、OSTRICHから送られて来ている映像を解析している途中だ。すぐに解ると思う」

 地平線の向こうから、黒煙が立ち昇るのが見えた。戦場まで、後、僅か。そこで、一旦、オーバードブーストを解除に、エネルギーが満タンになるまで回復させる。

 エネルギーが完全に回復したことを確認してから、またオーバードブーストを発動させる。徐々に戦場が見え始め、敵ACを確認した。襲撃してきた敵は一機だけ、まだ距離があるため、全体は分からないが、全長から察するに四脚かタンク型だろう。

 さらに距離が詰まり、敵ACの細部まで確認できる距離に来たところで、オーバードブーストを解除し、敵ACの武装を確認する。四脚、両肩に小型リニアガン、腕は武器腕レーザーブレードだ。

「グローリィ、敵ACが判明した。クラスAレイヴン、グレイブのナイトメアだ」

「了解した。ただちに撃墜する」

 クラスAと聞いて、拍子抜けした。インディペンデンスなら、もっと実力のあるレイヴンを送り込んでくると思ったのだが、期待外れだったようだ。クラスAといっても、実力にはバラつきがある。中にはランキング上位のレイヴンと同等の力を持ったレイヴンもいるということだし、テストにはちょうどいい相手の可能性もある。

 テストのために特別に装備された記録装置のスイッチを入れる。通常でも交戦したばあいは記録されるのだが、今回は脳波も計測するため特別に専用の記録装置が用意されている。

「さて、いくとするか」

 何となく呟いてから、武装をレーザーキャノンに切り替え、照準をナイトメアに合わせる。兵器開発局の話では、IFBを使うことによって狙いが付け易くなる、と言っていたが、大した違いは感じられない。

 トリガーに指を掛け、タイミングを計る。ナイトメアは正に一心不乱にOSTRICHへ向かってゆく。こちらに気付く様子も無い。

 ロックサイトの中心にナイトメアを捕らえていると、突如として、背筋に寒気が走った。理由は、分からない。息がつまる。両手両足に重りを付けられたようだ。

 ナイトメアがOSTRICHを切り裂いた。そして、最後に残ったOSTRICHへと向かってゆき、両腕を振りかぶった。その瞬間、グローリィはトリガーを引いた。OSTRICHはやられるだろうが、レーザーキャノンを避けることは出来まい。大体、向こうはこちらに気付いてすらいないのだ。

 だが、予想は簡単に裏切られた。ナイトメアはブレードを振り下ろしつつも、後ろに後退し、レーザーキャノンをやり過ごす。ナイトメアの頭部が、こちらに向いた。

『どけ。殺すぞ……』

 強烈なプレッシャーがナイトメアから放たれる。その凄まじさに、思わず後ず去ってしまう。残ったOSTRICHも同じように、じわじわと後退してゆく。

『テメェはミラージュのグローリィだろ? オーディンの野郎を雇っているのは知ってんだ。さっさと呼んで来い』

「何故呼ぶ必要がある」

『テメェにゃ関係無いんだよ! いいからさっさと呼びやがれ! ここに転がってるMTみたいに落とされてぇのか!?』

 答える気は無い。やれるものならやってみるがいい。クラスAが、ランキング内のレイヴンに勝てわけがない。レーザーライフルの銃口をナイトメアに向けた。

『ミラージュ、いい加減にしやがれ……オレの、オレの邪魔をするんじゃねぇ!』

 ナイトメアのリニアガンが、インテグラルに向けられる。戦場で、死にたくなければ、先に撃つのが鉄則だ。ナイトメアのリニアガンが放たれる前に撃とうと、トリガーに力を込める。

 正にトリガーを引こうとしたその瞬間に、ナイトメアから放たれていた殺気が鈍った。

「グローリィさん、待ってください。そいつは、私の敵です」

 インテグラルの横に、オーディンのヘル&ヘヴンが立った。

「どういう事だ?」

「あのACとはちょっとした因縁がありまして。出来れば、私にやらせて下さい」

 モニターの中のナイトメアを見た。全身から黒い炎の様な物を立ち昇らせている。それが、幻覚であることは分かっている。だが、相手にそのような幻覚を知覚させるほどのレイヴンとは戦いたくない。まだ、インディペンデンス基地を攻め落とす任務が残っているのだ。ここは、同じレイヴンに任すのが得策かもしれない。

 ナイトメアのパイロット、グレイブもオーディンと戦えればそれでいいというような事を言っていた。ここで、もしヘル&ヘヴンがやられてしまえば作戦に支障をきたす事になるが、MTならば、インテグラル一機で十分だ。何なら、野営地防衛の任をMT部隊に任せ、明星とインテグラルの二体で攻めるという手もある。

「分かった。君がそういうのなら、言うとおりにしよう。但し、私は他に任務がある。援護は出来んぞ」

「無くていいですよ。向こうも、一騎打ちを望んでいるんでしょう? グローリィさんは、自分の仕事をして下さい」

「何にせよ、連絡だけは入れたまえ」

「了解しました」

 ナイトメアに背を向ける。撃たれるか、と思ったが、グレイブの目的は本当にオーディンと戦うことだけのようだ。残ったMT一機を倒そうともしない。オーディンはランキング一〇位のレイヴンだ、そうそう、負けたりするはずがない。

 ブースターを吹かし、野営地への帰還を急いだ。


/3


 野営地に帰ると、当然のことだが、インテグラルが出撃する前より慌ただしくなっていた。作戦開始時刻が近付いていることもあるが、何より、ナイトメアの襲撃により、作戦開始時刻が繰り上げられたということだ。

 邪魔にならないよう、仮設ハンガーにインテグラルを固定した。隣には、まだ明星が固定されたままでいた。ナイトメアが襲撃してきても、ミヅキに出撃命令は下らなかったようだ。

 ヘルメットを外し、地面に降りた。敵と相対していたの時間は僅かだったというのに、かなりの汗をかいていたらしい、風が吹くと、肌が露出している部分がひどく冷たい。

 作戦司令部へ向かう前に明星を見上げた。コックピットハッチは閉じており、カメラアイにも光は灯っていない。中にミヅキはいなさそうだ。

 寒風に吹かれながら、作戦司令部のテントへ入る。テント内はストーブがあるため、外と比べると格段に暖かく、Gスーツを着ている状態では熱いぐらいだ。

 テント内に人の数はそれほどおらず、作戦司令部の人間が数名と、ミヅキがコーヒーを飲んでいるぐらいだ。ミヅキの側まで歩み寄る。ミヅキはグローリィに気がつく、軽く会釈した。

「もう終わったんですか?」

「いや、オーディンが一騎打ちをしたいというので、彼だけ置いてきた。襲撃してきたACはインディペンデンスの依頼を受けていたわけでは無さそうだ」

「そうですか。それよりも、コーヒー飲みますか?」

「あぁ、貰おうか」

 グローリィが答えると、ミヅキは手にしていたマグカップを差し出した。てっきり、自分の分が用意されている物だとばかり思っていたが、違うらしい。

 ミヅキのマグカップを受け取り、一口だけ飲んでから、すぐに返した。ミヅキが、マグカップに口を付ける。

「間接キス……になりますね」

 ミヅキが何か言ったようだが、気にも留めず、作戦司令部の人間を呼び止めた。ナイトメアの襲撃により、作戦がどう変更されたのかを聞く。

 作戦は開始時刻が三〇分繰り上がり、ミヅキも出撃することになったということで、大した変更は無かった。ただ、OSTRICHがナイトメアに撃墜されたため、何かあっても増援は出来ないということだ。作戦司令部の人間に礼を言うと、彼はすぐさま自分の仕事に戻っていった。

「グローリィさんは何とも思わないんですか?」

「何が?」

「間接キスです。気にならないんですか?」

 鼻で笑う。ミヅキは不機嫌そうだが、それがどうしたというのだ。たかが間接キスなど、日常生活を行っていればよくあることではないか。

「二四にもなって気にすることでもなかろう。君は生娘かね」

「違いますけど、気になりませんか?」

「思春期の頃は流石に気になったが、今は気にもならん。大体、そんな事を気にする余裕があるのか? 無いだろう?」

「それはそうですが……」

 そう言って、ミヅキは俯いてしまう。その肩が、僅かに震えている。これから行われようとする戦いの事を考え、緊張しているのだろう。まだまだ甘い、と思ってしまうが、経験が無いのだとしたら当然だと言える。

 会話が途絶える。煙草を吸いたくなるが、机の上に灰皿は無い。運の無い事に、今は携帯灰皿も持っていない。時計を見れば、作戦開始時刻まで、後、三十分しかない。

「ミヅキ、後三〇分で作戦開始だ。コックピットで待機する、いいな?」

「了解しました」

 ミヅキの声が、普段と違う。明らかな緊張の色が伝わってくる。本当にレイヴンをやっていたのだろうか、この程度の、死ぬかもしれないというだけで、怖がる必要は無い。

 テントの外に出ると、相変わらず風が強く、体温が奪われていくようだ。

 ACが置かれている場所へと向かう。仮設ハンガーには、インテグラルと明星の姿しかない。ヘル&ヘヴンはまだ戦っているのだろうか。

 真っ直ぐに明星へと向かうミヅキを呼び止めた。

「君に、家族はいるか?」

「両親と兄と姉が一人ずつ、弟が二人います」

 怪訝な顔をしながら、ミヅキは答えた。います、ということは今も生きているということだ。それを聞いて、少し安心した。彼女が死ぬことを恐れる必要は無いのだ。

「ミヅキ。気休めになるか知らんが、死ぬことを恐れる必要は無い。例え死んだとしても、私と違って、君には君の事を覚えてくれる人がいる。死んでも、君が誰かに記憶されている限り、生きているのと大差は無い」

 言ってから、子供じみた発想だなと、心の中で自分を笑った。幼い頃、祖母が亡くなった時悲しくて泣いていると、母親が、死んだんじゃない心の中に引っ越した、と言われたことがある。今の自分の言動は、それと大した違いは無い。

「少しだけ、気が楽になりました」

 世辞を言ってから、ミヅキは明星のコックピットに消えていった。見届けてから、インテグラルのコックピットの中に入り、重いヘルメットを被る。

 果たして、死ぬのを恐れているのはどちらなのだろうか。自分か、それともミヅキか。多分、自分だろう。ミヅキは、死んでも覚えていてくれる人がいる。自分は、死んだとしても、記録されるだけで誰も覚えてなどくれない。この世に生きたという証の無いまま、消えるしかないのだ。

 そう考えたときに、背筋に薄ら寒い物が走った。

 頭を振って、妙な考えを振り払う。死ぬことを考えてはいけない、戦場で生き残るコツの一つは、明日の事を考えることだ。まだ死ねないのだ。未だ、決して終わらぬ復讐劇の真っ只中にいる。勝手に舞台は降りれない。

 グローリィはインテグラルを戦闘モードで起動させて、アンデルとの通信回線を開いた。


登場AC一覧 括弧内はパイロット名
インテグラル(グローリィ)&No5005hw02080wug01tglMhD0aU05qJMe010Y2#
ナイトメア(グレイブ)&NiO00ap005M002FA00ka1gE80ac0kyg000b2wA#
ヘル&ヘヴン(オーディン)&Nxg00a2w060000A00aA0FG062wWhiE0000dq1z#
明星(ミヅキ=カラスマ)&NG2w2F2w03gE00Ia00A0FM2A0ag5EsdIc0d0sw#

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