Armored Core Insane Chronicle
「Episode15 ラストホリデー」
2月13日〜16日

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 海の見える眺めの良い丘に、家族の墓がある。潮の匂いが風に乗って、グローリィの鼻孔をくすぐった。横一列に並べられている家族の墓の一つ一つに花束を置いてゆく。

 兄、母と続き、最後に父の墓に花束を置いた。レイヴンになってからの四年間、一度も墓参りに訪れていないにもかかわらず、墓石は丁寧に掃除されているようだ。一体誰が、と思うが、大方、墓地の管理局がやっているのだろう。

 墓の前にしゃがみ込み、この四年間の報告をしようと思ったが、やめた。したところで、天国の家族を悲しませるだけだ。特に、母は生前から常々争いごとを嫌っていた人だ。今、グローリィが企業専属パイロットをやっているなどと知ったら、何と言うだろうか。おそらく「そんな子に育てた覚えはありません」、と言うに違いない。

 風が吹き、海から潮の匂いが運ばれてくる。首だけを横に向ければ、広大な海が見える。実に眺めのいい場所だ。こういうところで眠ることが出来れば、さぞや落ち着くことが出来るだろう。だが、自分にはとてもそれは望めそうに無い。

 煙草を取り出し、咥えて火を点ける。紫煙を吐き出すと、少しばかり気分が落ち着いた。

 奇しくも、今日は家族の命日である。九年前の今日、テロリストと企業の戦闘に巻き込まれて、家族は皆天に召されてしまった。何故、グローリィが生きているのかというと、本当に偶々だった。その日は土曜日で、仲の良い友人ら三人で映画を観に行っていたのだ。そのおかげで、突発的に発生した戦闘の巻き添えにならずに済んだというわけだ。

 運が良かったのか、それとも悪かったのか。死んでいれば、人の道を踏み外すことも無かったのだ。だからといって、死んだ方が良かったとも思えない。何だかんだと言っても、死んでしまえばそこで終わりなのだし、生きていなければ得られない悦びというものもある。

 立ち上がり、吸殻を携帯灰皿に押し付けた。まったく、何で墓地なんて所で干渉に浸っているのだろうか。そんな暇はないというのに。いや、どこかで感じているに違いない。もう、ここに二度と帰っては来れないと。

 強化人間になり、外道に堕ちれば、今のように郷愁に浸ることも無くなるだろう。兵士としては限りなく完璧に近くなるが、人としてはどうなるのだろうか。下の下まで堕ちてしまいそうで、想像しただけでも恐ろしい。

 だが、後悔することは出来ない。これは、自らの選んだ道で、レイヴンを始めたときからもう既に覚悟していたことでもある。泣き言は許されない。

 こんな時に、彼女がいてくれたらと思うが、自分から捨てておいてそんなことを思うのは、調子が良すぎる。大体、彼女を不幸にさせたくないから別れたのではないか。ただ、それでもという想いは捨てられない。

「何て勝手な奴だ……」と呟いて、自分自身を嘲笑する。

 自分勝手といえば、今更になって墓参りをするのもどうかしている。四年前、ジェス=イチノセの名を捨ててから、二度とこの故郷に戻らないと誓っておきながら、何を今になって里帰りしているのだろうか。

 今になり、故郷に帰って何をするというのだろうか。風の噂では、高校時代の学友達は既にこの地を離れ、各地に散ってそこで生活しているという。グローリィ自身、ここには何も残してはいない。胸の内に残る思い出という名の無形財産を除けば、ここに帰ってくる理由は無い。

 もしかすると、その思い出を失うかもしれないことを恐れているのかもしれない。強化人間になれば、通常では手に入らない力を手にすることが出来る。無論、代償は大きい。強化を行えば、人工臓器の拒絶反応を抑える薬を服用せねばならないし、寿命だって縮む。加えて、手術が成功する可能性は何処にもない。失敗すれば、人間としての機能を一切合切全て失い、廃人になってしまうことも珍しくない。

 それでも、どれだけ多大なリスクを背負ってでも強化する必要がある。力を得なければ、フリーマンを倒すことは出来ない。ネロや柔に依頼を出せば済むと思ってしまいそうになるが、あの二人が損耗するのが確実な依頼を受けるわけが無い。君子危うきに近寄らず。超一流のレイヴンは、本当に危険な任務には決して就くことは無い。

 ネロと柔の二人が無理なら、アルテミスという選択肢も出てくるのだが、彼女は企業に無理やり強化されているため、嫌悪している節がある。そうそう簡単に依頼を受けるとは思えないし、アルテミスではまだ心許ない。全体的な能力を見たときに、フリーマンの方が勝っているからだ。

 そうなってくると、企業専属がやるしかない。

 深い溜め息を吐いた。最近、溜め息をよく吐く。溜め息を吐くと、幸せが逃げるという話を聞いたことがあるが、本当なのだろうか。溜め息をしようがしまいが、大して変わらない気もする。

 背後で、軽い物が地面に落ちた音がした。同時に、誰かが後ろに立っている気配も感じた。しくじった、と一瞬思ったが、背後の人物は仕掛けてくる様子が無く、敵意も感じられない。

 敵でないのならば誰だろう、と当然のように疑問が浮かび上がり後ろに顔を向ける。ブルネットの髪に空色の瞳を持った女性が立っていた。

「マリーツィア……」

 見間違うはずが無かった。彼女は、四年前にこの自分に、唯一安らぎを与えてくれた女性なのだ、見間違えるわけが無い。


/2


「ジェス……!」

 懐かしい名を叫び、マリーツィアは駆けた。グローリィの胸に飛び込み、両手で一杯に抱きしめる。胸にマリーツィアの体温を感じ、四年前と同じ安らぎを感じた。思わず抱き返しそうになるが、なんとか堪えた。

 マリーツィアの肩を掴み、ゆっくりと引き離した。マリーツィアの目には涙が溜まり、今にも零れ落ちそうだった。

「何故、ここにいる? 君の親族もここに?」

 マリーツィアは首を横に振った。そのせいで、マリーツィアの目から涙が零れ落ちる。

「ここに来れば、ジェスがいるような気がして……ずっと、ずっと通ってたの。四年間、ずっと……ようやく、会えたね」

 涙目で微笑むマリーツィアを見ると、四年前と全く同じ感情が湧き上がる。愛しい、と。四年経っても、この気持ちは全く色あせてなどいなかった。喜ぶべきことなのだが、素直に喜べない。

「ねぇ、この四年間、ジェスは何をしてたの?」

「君に言ったようにレイヴンになって、今は企業専属パイロットをしている。君は、どうなんだ?」

 気を抜くと、声が震えそうになった。マリーツィアに会えた事が嬉しくて。だが、表には出せない。

「ミラージュでオペレーターをやってるよ。ホント、頑張ったんだから」

 ミラージュと聞いた瞬間、煮え湯を飲まされたような気分になった。顔色に出ないよう、必死になって隠しつつ、マリーツィアの頭を撫でた。

「流石だ、マリーツィア」

「企業でオペレーターをしていたら、ジェスに会えるかもしれなかったから。でも、そんなことする必要なかったね。ねぇ、今日は何で来たの?」

「分からない。戦時休暇を貰った時に、真っ先にここに来ようと思っただけだ。理由は、私にも分からん」

 戦時休暇と言った瞬間、しまったと思ったが、マリーツィアは気に止めた様子も無い。戦時休暇ということは、当然、配属先は紛争地である。紛争が絶えない世の中とはいえ、常にそこら中で起こっているわけではない。下手をすれば、今の言葉から配属先を特定される恐れもある。

「戦時休暇? 専属ACパイロットなんでしょ? よく貰えたよね、何かあったの?」

「なに、手術をするからな。最後に楽しんでおけ、ということなんだろう」

 マリーツィアの顔色が変わってゆく。笑みは消え、悲しみが覆ってゆく。

「何で!? 専属が手術っていったら、強化手術しかないじゃない! 何でジェスが強化人間になる必要があるの!? ねぇ!?」

「私でなければ成し得ない事がある。だが、それを成すには、強化することが最低条件なのだ。分かってくれ、マリーツィア」

 背を向けて、歩き出そうとするがマリーツィアは腕を掴み、グローリィを引きとめた。振り返れば、マリーツィアは俯き、肩を震わせていた。

「何と戦ってるの?」

「インディペンデンスだ」

「ただのテロ組織じゃないの、そんなのと戦うために、強化する必要なんてあるの?」

 マリーツィアがグローリィの腕を離した。質問に答えず、後ろも振り向かずに歩き出す。数メートルほど進んでから、後ろを振り向いた。マリーツィアは、俯いたままだった。

「マリーツィア。君に一つ言っておく。ジェス=イチノセはもういない」

 マリーツィアの目に光る物が見えた。それでも、声を掛けることは出来ない。そんな事をすれば、一緒にいたくなる。それは非常に危険なことだ。今、自分に必要なのは安息ではない。勝利を得るための力なのだ。

 そのためなら、例え、悪魔に魂を売ってもいい。


/3


 ミヅキが手術室前に向かったときには、既に手術中を示すランプが点灯していた。手術室に入る前のグローリィに、一言言いたかったのだが、手遅れだ。

 それでも、手術の成功を祈るために手術室前に置かれている長椅子に腰を掛けた。長時間座る人も多いというのに、長椅子の座り心地はひどく悪い。

 腕時計を見れば、今の時刻は午後五時五分。手術の開始時刻は午後五時ちょうどと言っていたから、まだ始まったばかりだ。強化手術は臓器を人工の物に取り替えたり、反射速度を高めるため神経を光ファイバーに取り替える。それ以外にも色々とやるようだが、細かい部分は行う企業によって異なるらしい。

 病院の白すぎる壁に背を預けた。ふと、何でこんなことをしているのだろうかと思う。明星は未だに修理中で、特にすべきことが無いとはいえ、シミュレーションマシンを使った訓練など、出来ることはある。

 だというのに、ただ誰かのために待つだけ、なんていうのは正に時間の無駄だ。手術の終わりを待っているのは当然、誰かに頼まれたわけではなく、自分が待ちたいから待っているだけだ。

「まったく……何ていう無駄なの、ホント。馬鹿みたい」

 本当に、何のために待っているのか分からない。待っている理由すら分からない。ただ、グローリィが今日手術をすると聞いて、いてもたってもいられなくなったからここに来ているだけだ。

 溜め息を一つ吐いた。そんなことを考えていても仕方が無い。今は、グローリィが廃人にならないように祈るだけだ。ミヅキは、胸の前で手を組み、目を閉じた。ただ、成功だけを祈って。

 しばらく体勢を変えずに祈っていると、手術室前の廊下に足音が響いた。誰の物だろうかと気になり、一旦顔を上げる。すると、足音の主であるアンデルは片手を挙げ、「よう」と軽く言った。

「隣、失礼するよ」

 ミヅキにそう声を掛けてから、アンデルはミヅキの隣に腰を落ち着けた。

「一つ聞くけどよ、何でここにいるんだ?」

 アンデルからの突然の質問に、戸惑ってしまう。自分でも分からないままにここに来ているのだ。答えられるわけが無い。

「さぁ? どうしてでしょうね。私にも、分かりません」

 仕方なく、愛想笑いをしながら言うと、失礼なことにアンデルは笑った。どうして笑われるのか、理由が分からず、アンデルを睨みつけると、アンデルは笑いながら謝った。

「さてはあんた、グローリィに惚れたな?」

「な、何を言うんですかっ! 私は彼を信頼していますが、そういう感情は持ち合わせていません!」

「ムキになる辺りが怪しいなぁ〜。けど、あいつだけはやめといた方がいいと思うぜ。どうしてもってなら、攻略法を教えてやらないでもないが」

 言いながら、アンデルは正面を向いた。その後、横目でミヅキを見た。その目が、「どうする?」と聞いていた。

 本当に、どうしようかと悩んでしまう。グローリィの事は好きではない。はずだ。断言できないのは、いまいち確証が持てないからである。以前に、好きでもない人の手術を、何故、こうも祈りながら待とうとしていたのだろう。アンデルのように、パートナーであるのなら分かるが、自分はただの同僚で、それ以上でもそれ以下でもない。普段のグローリィの言動から察するに、自分は本当にただの同僚としてしか見てもらえていない。

 そこまで考えて、同僚以上に見てもらいたい、という願望に気付いた。当然のように、何故?、と疑問が湧くが、答えれそうに無い。本当、馬鹿みたいだ。

「あいつ、昔テロリストに家族殺されてるから、自分を包み込んでくれるタイプに弱いぞ。何でも、大学時代にそういう女と付き合ってたらしい。今はきっぱりと縁を切った、って言ってたから安心しろ」

「あの、訊いてませんよ」

「訊いてなくても、今の質問でそんだけ悩んじまったら本気だろうが。夢にグローリィが出てきたり、あいつのこと考えたら飯が喉を通らなくなったりしてるんじゃねぇのか?」

「確かにそうですけど……」

 昨日も夢の中にグローリィが出てきた。その夢の中でグローリィはミヅキを抱きしめ――。思い出しただけで、顔が赤くなってゆくのが分かった。他にも、食事中にグローリィの姿を見ると、何故か食事が喉を通らなくなることがある。

 そんなミヅキの様子を見て、アンデルは笑っていた。

 まさかとは思うが、本当に恋愛感情を抱いているというのだろうか。あんな破廉恥な夢を見て、食事も喉を通らなくなる。まるで、初恋をしている女子中高生のようではないか。

「アンデルさん、私は――」

「そういう事は口に出して言わないもんだ。言っちまうと、安っぽくなっちまう。こういうご時世だから、そういう気持ち、大事にしろよ。まっ、あんたがいるのなら、オレはいなくてもいいかな」

 アンデルは自分の言いたいことだけ言って、早々に席を立ち上がってしまった。ここに来てから、一時間も経っていない。

「何で帰るんです?」

「仕事があるし、あんたがいるんなら、グローリィのやつも寂しくないだろうからな。あいつ、ああ見えて寂しがり屋だからよ」

 アンデルは消灯されているために、闇と化している通路の奥に消えた。それを見届けた後、ミヅキはまたグローリィのために祈った。途中、寝てしまうかもしれないと思っていたが、グローリィのことを考えていると、眠くなることはなかった。

 何時間祈っていたか分からないが、知らない間に窓の外から太陽の光が差し込み始めていた。その頃になって、ようやく手術中のランプが消えた。中から数人の医者が出てくると、思わず詰め寄ってしまう。

 一番年長の、執刀医らしい医者が一歩前に出て、ミヅキに手術の成功を伝えた。

 成功を聞いた瞬間、嬉しさがこみ上げるが、同時に、複雑な感情も湧き上がった。成功したのは喜ぶべきことなのだが、それにより、グローリィは強化人間になってしまったのだ。人の道を踏み外した強化人間に。そう考えると、素直に嬉しいとは思えなかった。

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