Armored Core Insane Chronicle
「Episode17 報道の自由」
2月20日

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 インターカムの鳴る音で起こされた。ベッドからのそのそと起き上がり、受話器を取って耳に付ける。すると、インターカムのモニターにアンデルの顔が映った。

「ようグローリィ、寝てるところ悪いが、ブリーフィングがある。着替えたらすぐに作戦司令部まで来てくれ」

 伝えることだけ伝えると、アンデルは受話器を置いたようだ。受話器からは単調な電子音が流れ、モニターには何も映らなくなった。まだ眠気が残っているが、クローゼットの中から普段着を取り出して寝巻きから着替えた。

 小腹が空いていたが、作戦司令部の連中を待たせるわけにはいかない。食堂には向かわず、まっすぐに作戦司令部のオフィスへと向かった。

 ドアをノックしてから作戦司令室のドアを開けた。中には、アンデルを含む作戦司令部の面々が皆、沈痛な表情をしていた。中に入り、偶々空いていたデスクの前に立つと、作戦司令部長が側に歩み寄り、グローリィに一枚の紙を渡した。

 目で、「これは何ですか?」と聞いた。

「見れば分かる」

 と、一言だけ言って作戦司令部長は自分のデスクへと戻った。言われるがままに、グローリィは渡された紙に目を通した。ある雑誌のページをコピーしたもののようだ。

 見出しには、企業連合がインディペンデンスに敗北!、と大きく記されていた。

 グローリィが作戦司令部長の顔を見ると、作戦司令部長は溜め息を吐いた。

「今日発売された週間トゥルーマガジンのページだよ。隠していたつもりだったんだが、インディペンデンス側が伝えたらしい」

 もう一度、紙面に目を戻した。内容をよくよく読めば、トゥルーマガジン編集部の得た情報が企業経由で無いことはすぐに分かった。記事の内容は、インディペンデンスのACリバティが一機でミラージュ軍を撤退させた、となっている。

 何を言うか、と思ったが、実際にも似たような感じであった。MT部隊はスプラッシャーにやられてしまったが、中核をなしていたAC二機は、リバティにしてやられたような所があった。

 胸のうち、悔しさが込み上げる。フリーマンに負けてしまったことが情けない。自らの理想を、大義名分のようにふりかざすテロリストに負けるようなことは、決してあってはならない。

「グローリィ、もう分かっているとは思うが、トゥルーマガジン編集部を潰す」

「どうやって?」

「レイヴンを雇って、市街地で戦闘を起こさせる。そこをグローリィ、君がACで防衛に出る。流れ弾を装って編集部を潰してくれ」

 アンデルの方を見ると、目を逸らされた。仕方なく、作戦司令部長の方に向き直る。作戦司令部長の目は「やってくれるな?」とグローリィに聞いていた。

 正直なところ、このような姑息な真似はやりたくない。トゥルーマガジン編集部はどこの企業の影響も受けておらず、本当に事実しか伝えないことで定評がある。利益主義の企業の支配する世の中では、特異な存在だ。出来ることなら、このままにしておきたい。

 だが、いくらトゥルーマガジン編集部を残しておきたくとも、企業に不利益しかもたらさないのであれば潰すしかない。今、秩序が乱れてしまえば世界中に紛争の火種がばら撒かれてしまう。そうなれば、グローリィが理想としている平和な世はさらに遠ざかる。

 歯を食いしばりながら、作戦司令部長を見た。どこか残念そうな表情をしながら、作戦司令部長は口を開いた。

「グローリィ、君と戦う事になるレイヴンは気になるか?」

 頷くと、作戦司令部長はデスクの引き出しからA四サイズの紙を一枚取り出してグローリィに渡した。渡された紙は、ACの写真と外部パーツの構成が書かれていた。

 紙に書かれたACは、黒を基本色とした中量二脚で、一瞬、デュラハンに倒されたレイヴンの機体と見間違ってしまったが、よく見れば違う。黒一色ではなく、部分的に濃緑色が使われており、腕部と左腕武器が違っている。一応、この機体にも見覚えはあるが、誰の物かは分からなかった。


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 大型輸送ヘリにぶら下げられている、インテグラルMのコックピット内にグローリィはいた。眼下に広がるのはロンバルディアシティの郊外にあるオフィス街だ。モニターの一部を拡大してみれば、スーツ姿のサラリーマンやOLの姿が確認できた。

 果たして、彼らの内、何人が生き残れるだろうか。何時かは分からないが、今日中に必ずここは戦場になる。このことは、道行く彼らに知らされていない。粛清のためには仕方が無いとはいえ、認められることではない。意図的に市街地で戦闘を起こし、流れ弾を装って編集部を潰すなど、人のやることではない。

 それでも、企業専属パイロットである以上は従うしかない。どれだけ人の道から外れようとも、自分で選んだ道なのだ。後戻りはおろか後悔することも許されない。

 呼吸を整え、雑念を振り払う。余分な考えは、戦闘の邪魔になるだけだ。今回戦うACは、ランキングに入っているという。それだけのレイヴンを相手にするのであれば、雑念は命取りになる。

 深く呼吸をして、落ち着け、と自分に言い聞かす。正面から戦う必要は全く無く、流れ弾を装って編集部にレーザーを撃ち込めばいいだけの話だ。その後は、適当に戦って隙を見て撤退すればいい。

 どうということはない任務だ。むしろ楽な方だ。だというのに、何故、手が震えているのだろうか。まさかとは思うが、今更になって人を殺すのが怖いとでもいうのだろうか。今まで、何人も殺してきたというのに。

 レイヴンやMTパイロットに、その他諸々の雑兵。その中に、一般人は一人もいない。殺してきたのは全て軍属の人間で、一般人を手に掛けたことは無い。ということは、一般人を殺すのが怖いということか。そこまで考えて、グローリィは安堵の溜め息を吐いた。人を殺すのが怖いということは、まだ人である証だ。

「グローリィ、ACが接近中だ。準備はいいか?」

 アンデルからの通信が入る。アンデルがグローリィのオペレーターを務めるのは、今日が最後だろう。

「大丈夫だ、任せておけ。私とこの機体があれば、問題は無い」

「そうかい。とにかく、今のお前はある意味初陣だ。機体もロールアウトしたばかりだ、無理はするなよ」

「分かっている。この機体を傷つけるわけにもいかんしな」

 残念なことに、現在バルカンエリア支社にはインテグラルに回せる余剰パーツが少ないのだ。余剰パーツ自体はあるのだが、残念なことに全てMTの物で、ACの物ではない。

「おっと、雇ったレイヴンが来たみたいだ。映像をそっちに回すぞ」

 モニターに黒い機体が映る。見覚えはあるのだが、思い出すことが出来ない。ランキング内のレイヴンであることは確実なのだが、三〇名の内の誰の機体なのかが分からない。何も知らない状態で、ランキング内のレイヴンと戦うのは不安だ。

「ランキング一三位のミカミか……キサラギの司令部も、とんでもない奴を選びやがったな」

「ミカミ……か」

 呟いて、脳裏に死体袋を前に呆然と立ち尽くす青年が浮かんだ。それで、あの機体がストレートウィンドブラックであることを思い出した。ということは、オービットとミサイルで牽制し、ECMで撹乱、急接近してブレードで斬る戦法を取ってくるはずだ。

 だが、モニターに映るストレートウィンドの装備は、グローリィの知っている物とは違っている。エクステンションのE73RMがJIRENに変更され、肩のNYMPHEとHARPY2が外され、左肩にWB73MVとなっている。

 予想ではあるが、市街戦用に装備を変更しているのだろう。障害物の多い市街地では、通常のミサイルとオービットは役をなさいない。どころか、無意味に被害を拡大させる。その辺りを本当に考えているのか分からないが、もしそうだとしたら、少々厄介な相手だ。

「グローリィ。ACも来たことだ、作戦開始といきますか」

「了解。通常モードから戦闘モードに移行させた。いつでもいいぞ」

「OK! それじゃ、作戦開始!」

 コックピットの外から、火薬が破裂するような音が聞こえた。モニターの景色が下降を始め、全身にもGを感じた。建物の上に着地しないよう、着地点を微妙に調整しながら降りてゆく。

 地面が近付いてきたら、ペダルを踏み込んでブースターを噴かす。減速させて、着地。降り立った場所は、ストレートウィンドのちょうど真正面。モニターの中心に黒い機体が映る。

 ストレートウィンドは厄介な敵だが、まともに戦う必要は全く無い。任務を終えれば、即座に撤退してもいいのだ。そう考えると、少しばかり気が楽になった。


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『ミラージュ専属……? 何故?』

 ミカミがどんな風に言われてここに来ているかは知らないが、何であろうとグローリィには関係の無いことだ。すべき事は、ミカミと戦って流れ弾を編集部に当てることだ。それ以外のことは、考えない方がいい。

 ちょうどいいことに、ストレートウィンドの後ろにトゥルーマガジンの編集部があった。未だ困惑しているミカミには悪いが、いきなりの攻撃を避けてもらわねばならない。

 主武装をライフルから肩のカルテットキャノンに切り替える。カルテットキャノンから放たれるレーザーの一本一本は弱いが、四発同時に発射されるため、全弾命中した際のダメージには目を見張る物がある。とはいえ、当たることは少ないのだが。だが今は、当てる必要は全く無い。むしろ、避けてもらわねば困るのだ。

 ストレートウィンドをサイトの中心に捉える。ただし、ロックオンはしない。避けさせるのが目的なのだ、当ててどうする。

 トリガーを引く。一拍間をおいてレーザーが放たれる。通信機から舌打ちが聞こえ、ストレートウィンドは横にブーストダッシュを行い、ビルの陰に隠れた。レーザーは狙い通りに編集部に命中し、編集部のあるビルに火を点けた。

 これで任務は完了、実に呆気ない。だから撤退していいのかといえば、そういうわけでもない。あくまでも、戦っている最中の流れ弾が当たってしまったように見せねばならない。そのためには、このままミカミと戦い続ける必要がある。

 うまくやり過ぎるのも問題だな、と思いつつ、ストレートウィンドの消えた角に向かう。ECMが使われているらしく、レーダーはノイズだらけで使い物にならない。市街戦ではレーダーに頼るところが大きいため、かなりの痛手だ。だからといって、まだ引くことは出来ない。

 角を曲がり、ストレートウィンドがいるであろう方向にライフルを向けるが、そこにストレートウィンドの姿は無い。背筋に冷たい物を感じ、後ろに下がる。インテグラルのいた場所に、上空から降ってきたミサイルが四本突き刺さった。まだ背筋の冷たさは消えない。

 モニターが暗くなる。上を見上げれば、太陽を背に、ストレートウィンドがブレードを振りかざして落ちてくるところだった。ライフルと左腕のデュアルレーザーを撃つが、そんなもので自由落下中のACを止めれるはずが無い。

 ペダルを踏み込み、ブースターを使って後ろに下がる。だが、タイミングが遅かった。振り下ろされたブレードは、直撃ではないにせよ、コアパーツの先端を軽く焼いた。

 着地したストレートウィンドの動きが止まる。好機とばかりに、両手のライフルを向ける。が、トリガーを引くのは躊躇われた。ここで撃てば確実に当てることは出来る。しかし、既に任務を達成した今、無理に戦う必要は無い。ミカミほどレイヴンが相手ならば、多少不自然でも撤退した方がいい。

 銃口を下ろし、機体を振り向かせようとする。が、無駄な思考をしていたため、その間にストレートウィンドは硬直から立ち直っていた。今は背を向けている状態で、圧倒的に不利になってしまっている。しまった、と思ったが、ストレートウィンドは攻撃する気配が無かった。

『何で、背を向けた?』

 グローリィは答えない。返事が出来るわけが無い。もっとも、答えなくても問われている時点で既にばれてしまっている可能性は高い。

『俺を消したいわけじゃないんだろ? だとしたら、考えられることは一つしかない。あんたが壊したビルに、何かあるんだろう? 多分、マスコミ関係の会社が入っていたはずだ。スターリングラードの事を報道されたくないからって、姑息すぎないか?』

「ミカミ。君に何が分かるというのだ? 君は世界の秩序が危うくなっていることを知らないから言えるだけだ。内情を知っていれば、そんな悠長な事は言えんよ」

『だからって、報道の自由を侵害していい理由にはならないだろうが。ったく、久しぶりに頭にきたよ。ミラージュには恩があるからあまりやりたくないんだが、グローリィ、てめぇはぶちのめす』

 機体を振り向かせる。モニターに、佇むストレートウィンドの姿が映った。

「私だってやりたくはない。だが、世界の秩序を守るためにはこうするしか無いのだよ」

『だからって、やっていいことといけないことがあるだろうが』

 ストレートウィンドはライフルをインテグラルへと向けた。やれやれ、とグローリィも溜め息を吐きながら、銃口をストレートウィンドに向けた。


登場AC一覧 括弧内はパイロット名
インテグラルM(グローリィ)&No005905k3000Es0lgAa1ME72who8c5Ge082Y0#
ストレートウィンドB(ミカミ)&NE2w2G1P03w80ww5k0k0FME62wiv00Eee0cOwH#

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