Armored Core Insane Chronicle
「Episode18 プリーズホールドミー」
2月20日

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 グローリィの行ったことは、紛れも無い権利の侵害で、如何なる状況であろうと許される類の物ではない。だが、ミラージュ専属である以上は、企業からの命令に従うしかない。例え、それが悪であろうとも。

 インテグラルMとストレートウィンドは互いの銃口を向け合い、一種の硬直状態に陥っていた。仕掛けた方が負ける、という訳ではないのだが、手の内が分からず探りあいになってしまっている。Corusでもあれば、無理やり攻めることも出来るのだが、生憎と改修の際に取り外されてしまっている。

「さて、どうするか……」

 呟いてみるが、それで何か妙案が浮かぶわけでもない。むしろ、自分自身で焦りを誘ってしまった感すらある。流石に、多少の損害は覚悟しておく他に無さそうだ。

 トリガーを引くと同時に、左腕をコアパーツの前に構える。インテグラルからレーザーが撃たれるのとほぼ同時に、ストレートウィンドのアサルトライフルが火を噴いた。予想通りの行動、これを見越して左腕で防御体勢に入っているのだ。

 ただ、予想外だったのはストレートウィンドが懐に飛び込んできたことだ。ライフルを撃とうとしたが、武装を切り替える一瞬の隙に飛び込まれたため、迎撃しようにも出来ない。

 ストレートウィンドの左腕が振りあがり、レーザーが伸びる。後ろに下がったところで、追いつかれて斬られるのは目に見えている。

「ちぃっ……!」

 ペダルを思い切り踏み込んで、前に突進した。後ろにも横にも逃げられないのなら、前に逃げるまでだ。間合いの内側に入ってしまえば、何も出来なくなる。

 衝撃が全身を襲が、耐えれないほどではない。機体が倒れないよう、ストレートウィンドに密着する。ストレートウィンドはブレードを振り下ろそうとするが、密着しているため振り下ろすことが出来ない。この状態では、インサイドにロケットでも装備していない限り相手にダメージを与えることはまず出来ない。

 さて、ここからどうするか。攻撃できないのはこちらとて同じことだ。かといって距離を取ろうとすれば、ブレードで斬られるのは目に見えている。ストレートウィンドのムーンライトは、特に攻撃力が高いことで有名だ。絶対に当たるわけにはいかない。

 攻撃手段が無いわけではないのだが、周辺への被害が大きすぎる。だが、贅沢を言える余裕が無いのも事実。戦闘開始からある程度時間が経っている。避難が進んでいることを祈りながら、オーバードブーストを発動させた。

『なにっ!?』

 通信機から、ミカミの驚く声が聞こえる。一体、何を驚く必要があるのか。こういう戦法は、何かと言えばミカミの専売特許のようなところがある。

 向こうもブースターを噴かしているらしく、速度は出ないが遅いわけでもない。ストレートウィンドをビルに叩きつける。ガラスが割れ、コンクリートの壁が崩れ、鉄筋が折れる。足元を確認したが、幸いな事に人はいないようだった。

 ストレートウィンドをビルの中に押し込んでから後ろに下がり、武装をカルテットキャノンに切り替えた。狙うはストレートウィンドのコアパーツ。

 だが、本当にいいのだろうか。今撃てば、確実にストレートウィンドを撃墜させることが出来る。そして、パイロットも殺すことが出来る。本当に、それでいいのだろうか。

 偽善ではあるが、他企業の人間でもなくテロリストでもないミカミを殺す理由は無い。というよりも、今回の任務はミカミを殺すことではないのだ。だったら、落とす必要は無い。

 照準を下げ、トリガーを引く。ストレートウィンドの膝から下を吹き飛ばし、移動能力を完全に奪う。武器も壊しておこうかと思ったが、そこまでする必要は無いだろう。脚部を破壊されれば、大半のパイロットは戦意を失う。

 後ろを振り返る。攻撃されるかとも思ったが、撃ってくる様子は無い。あの程度の衝撃で死ぬわけは無いだろうから、大方、気絶デモしているのだろう。

 無理な行動を行ったせいで、モニターの隅に警告メッセージが表示されていた。それによると、間接の一部が損傷したらしい。基地に帰ったら、整備班に一言言わなければならないな、と思いながらグローリィはペダルを踏み込んだ。


/2


 基地に帰還し、拘束台に機体を固定した。機体を完全に停止させ、下に降りてインテグラルMを見上げた。見た目の損傷は、思っていた以上に酷い。コアパーツ前面の装甲に歪み、亀裂が入っている箇所すらある。もう少し丈夫な物だと思っていたが、所詮は軽量コアということか。防御力が低すぎる。

 溜め息を吐くと、今までの疲労が全身に覆いかぶさってきた。思わず、その場で肩膝をついてしまう。そんなグローリィの様子を見て、ウェバーが駆け寄ってきた。

「おい、大丈夫か?」

「あぁ。大丈夫だ……」

 ウェバーの手を借りて、何とか立ち上がる。呼吸が荒く、頭には靄がかかったようで、バランスを取るのもままならない。まさか、と思い腕時計を見れば、案の定、時間を過ぎていた。

「班長、頼みがある。悪いが、私をラウンジまで連れて行ってくれ」

「別に良いけどよ、大丈夫か?」

 頷いて答え、ウェバーの肩を借りてラウンジに入った。ソファーに座らせてもらい、ウェバーに一言礼を言った。ウェバーがラウンジルームを出たのを確認してから、グローリィは懐からドラッグケースを取り出した。中には、二種類の錠剤と一種類のカプセルが入っている。それぞれを一粒ずつ出して、まとめて口内の放り込み、無理やり飲み込んだ。
 薬を飲んだことにより心なしか気持ちは落ち着いたが、実際に効果が現れるのは三○分以上経ってからだ。それでも、気のせいとはいえ楽になれるのはありがたい。だが、相変わらず呼吸は荒いままで、まともな思考は出来そうに無い。

 激しい頭痛に襲われ、思わず頭を抱え込む。呼吸もさらに荒くなる。頭痛に耐え切れず、ソファから転げ落ちそうになる。そこを、誰かがグローリィの体を支えた。

 霞む視界の中に、美しい黒い髪が見えた。

「ミヅキか……?」

 黒髪の持ち主は頷いたようだ。黒髪の持ち主は、グローリィをソファに座らせた。薬を飲むのが三十分遅れただけで、ここまで拒否反応が出るとは思っていなかった。力を得るための代償と思えば、何でもないものの、これではある日ぽっくりと逝ってしまいそうな妄想にとり憑かれそうだ。

「大丈夫ですか? 医療班を呼んだ方が――」

「必要ない、薬はもう飲んだ。あと十数分もすればこんなもの、すぐに治る」

「ですが、凄く苦しそうです。正直、見てられません」

 そう言って、ミヅキは顔を背けたようだ。鏡を見ないことには分からないが、今の自分はさぞ苦しそうなのだろう。

 何とか立ち上がり、外へと続く扉へと体を向ける。ラウンジルームで休むより、自室で休んだ方がいい。そちらの方がゆっくり出来るし、何より、誰にも心配をかけずに済む。何かあったとしても、コンソールパネルを使って緊急コールを出せばいいだけの話だ。

 一歩足を踏み出しただけなのだが、それだけで体が前に傾いだ。慌てて重心を後ろに戻すが、今度は後ろへ倒れそうになる。すぐにミヅキがグローリィに駆け寄り、体を支えた。

「余計なことを」

「余計でも構いません。私がただしたいだけです」

「勝手にしろ」

 ミヅキの肩を借りて、部屋へ向かう。ゆっくりと歩く内に薬が効いてきたらしく、気分が楽になる。それでも、疲労も相まってか足元はおぼつかなかった。

 部屋に向かう間、ミヅキは何も言わない。無言で、時折グローリィの顔を覗きこみながらグローリィを支えながら歩いていく。

 部屋にたどり着くと、グローリィはベッドに腰を下ろした。その隣に、ミヅキも腰を落ち着ける。そして、グローリィの額に手を当て、もう一方の手を自らの額に当てた。

「熱は、無いようですね」

 当然だ。グローリィの症状は風邪ではないし、ましてや過労ですらない。強化による代表的な弊害の一つ、拒否反応である。強化の際に取り替えた人工臓器を、体が異物と認識して起こる現象だ。可能な限り拒否反応が出ないよう、人工臓器は本人の細胞を採取し、それを元に作るのだが、機能を強化するために手を加えるため、どうしても同じ物というわけにはいかない。そのため、定期的に免疫機能を抑える薬を服用する必要がある。

 ベッドに腰かけていると、大分気分はマシになった。呼吸ももう平常時と大して違いは無い。精神的なものも大きいのだろう。

 首を横に向けると、ミヅキと目が合った。ミヅキが微笑む。その笑みを見て、胸の内にある寂しさが浮き彫りにされたようだった。どこまで行っても、自分は独りでしか生きてはいけない。誰かと入れるのも、ただ一時だけだ。相手のためを思うのなら、長い間一緒にいることは出来ない。

「グローリィさん……」

 ミヅキは甘い声で囁くと、体を寄せてきた。石鹸の匂いが鼻孔をくすぐる。自分でも分からぬ間にミヅキの体を抱き寄せていた。そのまま、唇を軽く重ね、ベッドに押し倒した。


/3


 テラスのベンチに座り、煙草に火を吐けた。夜空へ向けて紫煙が立ち昇ってゆく。

 まったく、何をしているのだろうか。ただ一時、寂しさと虚しさ。胸に空きっぱなしの穴を忘れたいというだけで、劣情に任せて女を抱く。情けないにも、ほどがある。

 舌打ちして、まだ長い煙草を灰皿に押し付けた。つい、小一時間前にやってしまった行為を思い出すと悔しくなる。好きでもないのに、必要というわけでもないのに。ただ、寂しさを紛らわすためだけに行ってしまった行為。

 拳を作り、ベンチを叩く。乾いた音が響いた。その音に誘われるようにして、アンデルがテラスにやって来た。

「よう、こんな遅くになーにやってんだ」

 アンデルは片手を挙げ、いつものノリでグローリィに声を掛ける。グローリィは俯いたまま、返事をしようとしない。アンデルは少し心配そうな顔でグローリィの隣に座り、煙草に火を吐けた。

「なぁ、グローリィよぉ。お前、ミヅキの嬢ちゃんと何かあったのか?」

「あぁ。全く、情けない……」

「別に気にすることは無いだろう。せいぜい抱いただけなんだろ? だったら別に問題ねぇだろ。お前も嬢ちゃんもガキじゃあるめぇし」

 だから余計に問題なのだ。まだ子供の自分なら、この程度のことは、若さゆえの過ち、で済ますことも出来る。だが、グローリィは立派な大人だ。

「おいグローリィ。そんな考え込む必要は無いって。疲れてたんだろ? なら、よくあることさ。気にするほどじゃねぇって」

 確かに、気にするほどのことではないのだろう。ミヅキが好意を持っていなければ、だが。好意を持ってくれている相手に対しては、そのような感情も無いのに抱くということは、非礼の極みだ。

 考えれば考えるほど、自分に対する怒りが湧き上がる。何故、一人で生きて行けないのか。何故、胸に空いた穴を埋められないのか。何故、憎しみは消えないのか。

 全てはテロリストによる、理不尽な暴力が原因だ。家族が死に、天涯孤独の身となり、憎しみを糧に生きてきた。おそらくはその代償が、今のこの苦しみ。

 またテロリストに対する憎しみが強くなる。だが、家族を奪っていった憎むべきテロ集団はもう存在しない。何年も前に、まだレイヴンだった頃に皆殺しにした。

 だというのに、憎しみは消えない。憎悪が憎悪を呼ぶ、忌まわしき連鎖がグローリィの中で延々と続いている。どうやって止めればいいのか、方法が分からない。

 不意に、マリーツィアの顔が脳裏をよぎる。何故だ、どういうことだ。未だに、マリーツィアを必要としているのか。駄目だ、マリーツィアは駄目なのだ。彼女を、優しい彼女を、グローリィが歩んでいるのと同じ道を歩かせてはならない。

 ならどうすればいいのか。どうすることも出来ない。ただ、耐えるしか。それ以外に、道は無い。

 現実に打ちひしがれ、思わず頭を抱えてしまう。諦観すれば、何もかも楽になるのは分かっている。だが出来ない。諦めてしまえば、そこで全てが終わってしまう。それでは、今まで何のために戦ってきたのか、何のために生きてきたのか分からなくなる。妥協は出来ない、しかし、それでは満たされない。

「グローリィ……今は、考えない方が良い」

 アンデルがグローリィに向けて小声で言ったが、グローリィには届かない。

「アンデル。私は、どうしたらいい? どうすれば……」

 アンデルは答えない。視線を逸らし、アンデルは夜空を見上げた。

 聞いてどうする。こんな質問をしたところで、答えられる者などいるわけがない。答えなどどこにも無く、ある意味では、人の数だけ答えは存在する。やはり、アンデルの言うように疲れているのだろう。部屋に戻ってさっさと寝ようかと思ったが、部屋ではミヅキが安らかな寝息を立てているはずだ。そんなところで寝ても、落ち着けるわけが無い。

 ベンチに座りなおし、煙草を咥えた。

「すまないな、アンデル。変な質問をしてしまった」

「なに、構わんさ」

 紫煙を吐き出して、夜空を見上げる。冬は過ぎ、もうすぐ春が訪れる。夜空も、星の配置が冬のものではなくなってきている。

 時は移ろい、春が来る。命芽吹く春が。だが、戦いは終わらない。憎しみも消えない。それでも、前に進むことしか出来ないのなら、迷いを持たずに進むしかない。

 グローリィは紫煙を吐き出した。


登場AC一覧 括弧内はパイロット名
インテグラルM(グローリィ)&No005905k3000Es0lgAa1ME72who8c5Ge082Y0#
ストレートウィンドB(ミカミ)&NE2w2G1P03w80ww5k0k0FME62wiv00Eee0cOwH#

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