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野営地の仮設作戦司令部内にはそうそうたる顔ぶれが揃っていた。ランキング一二位のミカミ、二一位の白蛇、加えてミラージュ専属のグローリィとミヅキ。
「ミカミ、白蛇、グローリィの三名に今回の攻撃を任せる。ミヅキは何かあったときのために、野営地に待機だ。何か質問はあるか?」
白蛇が手を上げる。
「敵戦力の具体数を教えて欲しい」
「もっともだな。とりあえず、これを見て欲しい」
そう言って作戦部長は手元の端末を操作した。背後にある液晶モニターに光が灯り、二枚の写真が表示されている。高空から偵察機によって撮影された物のようだ。
「左側が二月の二三日に撮影された物だ。中心にある基地を囲むようにしてMTが配備されている。右が、三月四日に撮影された物だ。今までいたMTが全て姿を消している。おそらくは、二月二五日にあったとされるデスサッカーの襲撃によって壊滅させられたものだと思われる」
「だったら、ランキング内のレイヴンを三人も使う必要は無いんじゃないのか?」
ミカミが言った。彼の言うことももっともだが、インディペンデンスにはランキング七位のエレクトラ、ネロや柔と同等の実力を持つといわれるフリーマンがいる。加えて、インディペンデンスはレイヴンを雇うことも多いため、ランキング内のレイヴンが三人という辺りで妥当なところだろう。
「それはもっともなのだが、ランキング七位のエレクトラが基地にいるという情報を得ている。他にも、フリーのレイヴンが一人いるのも確認されている。どこから漏れたのかは知らんが、今日襲撃するという情報が向こうに流れたらしい。ともかく、敵戦力はACだけだ。機数は不明だが、少なくとも二体以上。全員、慢心することなく戦って欲しい」
「言われなくとも、そうするさ」
それだけ言うとミカミは背を向けて、仮設作戦司令部を出て行こうとする。外に出る間際、ミカミは振り向き、グローリィをにらみつけた。その目には、明らかな敵意が込められている。
「グローリィ。次は負けないからな」
「そうか。ならば、君との勝負を楽しみにしておこう」
ミカミはグローリィを一瞥すると、仮設作戦司令部の外へ出た。ミカミが出る際、少しばかり外気が入り込み、テント内の澱んだ空気を僅かだが清浄な物に変えた。
「何かあったんですか? とても嫌われてるみたいでしたけど」
「ついこの間、実戦で戦った。その時に敗北したのが効いているのだろう」
「でも、それだけじゃないように見えましたけど……」
ミヅキの言うとおり、ただ負けただけではない。トゥルーマガジン編集部を襲撃したのが本当の理由だろう。彼も、企業が非道な事を行うことは了承しているはずだ。そうでなければ、レイヴンという職業はやっていられない。恨まれるのは、筋違いだ。
「話はもう終わりなのかな?」
白蛇が作戦司令部長に問う。作戦司令部長が頷くと、白蛇もテントの外へと出て行った。白蛇が出てしばらく経ってから、グローリィは作戦司令部長を見る。向こうもある程度は想像していたらしい。溜め息を吐き、「何かな?」と言った。
「現在、スターリングラードにフリーマンはいるのか?」
「悪いが、本当に分からない。今、確認されているのはエレクトラとウェルギリウス、グラスパーの三人だ。フリーマンもつい先日までいたことが確認されているが、今は、分からん」
「そうか。ありがとう、私も出撃準備がある。失礼させてもらうよ」
テントに外に出ると、機械油の臭いが鼻につく。現在、この野営地にある戦力はACが四機のみ。整備する機体が少ないせいか、静かだった。首を横に向けると、仮設ハンガーに並んで固定されている四体のACが太陽の光を浴びて輝いていた。空を見上げると、今はまだ太陽が出ているが黒い雲が多い。空気も水気を含んでいる。
これは一雨来るかもしれないな、と思いながら最終調整を行うためインテグラルMの元へ歩き出した。
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最終調整を行ってしまえば、後はすることもない。既にGスーツに着替えている、作戦開始時刻まで後三○分ほど。計器類の確認をしておこうと、コンソールパネルに目をやる。そこで、通信回線を開いていないことに気付いた。即座に回線を開こうとしたが、途中で手が止まった。
今のオペレーターはアンデルではない。マリーツィアだ。向こうも社会人で、プロだ。無駄なおしゃべりは無いと思うが、この間のような話になる可能性が無いとは言い切れない。戦場に赴く前に、そんな話はしたくない。回線を開くにしても、五分前でいいだろう。外の様子が分かるようにするため、コックピットハッチは開けておく。
シートにもたれる。マリーツィアの表情が浮かんでくるが、頭を振ってマリーツィアの顔を振り払う。代わりに、赤い中量二脚AC、レッドドラゴンの姿を思い浮かべる。エレクトラと戦ったのは、一回だけだ。アリーナでの試合も、残念ながら見たことが無い。
さて、今回は勝てるのだろうか。前回は、撤退させることはできたものの、見逃されたのと大差ない。あそこで、エレクトラに戦う意思があったのなら、今この場にグローリィはいなかった。だからといって、恐怖は感じない。Corusが無いとはいえ、人道を踏み外してまで強化人間になったのだ。
次は負けない。いや、負けられない。
目を閉じて、インテグラルMとレッドドラゴンをイメージする。出撃前のイメージトレーニングだ。頭の中で、予想されるレッドドラゴンの動きを思い描く。そして、レッドドラゴンの動きに対して最も効果的な戦法及び効果的なタイミングを探る。レッドドラゴンのデータが少ない以上、どれだけ効果があるのかは不明だが、しないよりはいいだろう。
イメージトレーニングだというのに、額からは汗が滲む。それだけ緊張しているということなのだろう。だが何故、という疑問が浮かび上がる。エレクトラは確かに強敵だ。しかし、だからといって恐れているのかといえば、そういうわけではない。となると、残ってくるのは数少ない。おそらくは、オペレーターの問題なのだろう。
パイロットとオペレーターは信頼関係が重要だ。その点では全く問題ない、と思いたい。マリーツィアが信頼に足る人物であるのは、とうの昔から知っている。だが、マリーツィアはどうなのだろうか。彼女がバルカンエリアに来てから一週間弱が経ったが、一日目を除けばほとんど会話をした記憶が無い。
もしかすると、とつい思ってしまう。そこで、ようやくマリーツィアの事を考えていることに気付いた。頭を振って、マリーツィアのことを極力考えないように努める。しかし、それでもマリーツィアの姿が脳裏から離れない。
頭を抱え込んでしまう。これから、死ぬかもしれない戦場に赴くというのに、これでは駄目だ。考えれば、考えるほど頭が痛くなる。
「グローリィさん!」
外からミヅキの声が聞こえた。コックピットハッチから顔を出し、下を覗き込むと、ミヅキと目が合った。ミヅキが微笑む。
「作戦司令部から言伝です。もうすぐ作戦開始時刻なので、通信回線を開いて欲しいそうです」
腕時計を見れば、出撃予定時刻の五分前になっていた。知らせてくれたミヅキに礼を言って、慌てて通信回線を開く。途端、「あ、ようやく繋がった」とマリーツィアの声が通信機から流れた。
何故だろう。マリーツィアの声を聞くと、心が落ち着く。
「作戦内容は覚えてますか?」
「もちろんだ」
「じゃあ説明は要りませんね。もう気付いていると思いますが、インテグラルMの左腕武装がブレードに換装されていますので注意してください」
「了解した」
言って、コンソールパネルを確認する。左腕武装の所に、DUAL LASER RIFLEの表記は無く、LASER BLADEと表記されている。拘束されていない頭部を動かし、左腕を見てみれば、見慣れたMOONLIGHTが取り付けられていた。
「それでは拘束具を外します」
駆動音がして、拘束具が解除される。機体を固定する複数の拘束具の全てが解除されたことをモニターで確認してから、戦闘モードに切り替え、ペダルを踏み込んだ。インテグラルMが一歩踏み出した。一拍遅れて、隣のストレートウィンドBと思考林も同じように一歩踏み出す。
「作戦開始時刻です。出撃してください」
「了解。インテグラルM、出撃する」
機体をインディペンデンス基地の方角に向け、ブースターを噴かす。止まっていた景色が、後ろへと飛んでゆく。耳からマリーツィアの声が張り付いて離れないが、極力気にしないようにした。代わりに、頭の中に赤いACを思い浮かべる。エレクトラさえ倒せば、今回の戦いは勝てるはずなのだ。
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インディペンデンス基地に近付くと、流石に向こうも気付いたらしい。
「AC二機の接近を確認。ダークウィスパーネメシスとクロスエッジです」
防衛のためにACが出てくるが、どちらもレイヴンのものだ。インディペンデンス専属、エレクトラの機体ではない。グローリィの目的はエレクトラただ一人。
前方からダークウィスパーとクロスエッジが並んで迫ってくる。レーダーに赤い光点が二つ示されたことを確認してから機体を上昇させて、オーバードブーストを発動させる。重量級AC二体の頭の上を通り過ぎて、着地、またブースターを噴かす。
「ミカミ、白蛇、そこの二人を頼む」
「てめぇ、何勝ってな事を!」
ミカミの怒声が通信機から聞こえる。後ろを振り返れば、怒りながらもダークウィスパーに向かっていくストレートウィンドの姿が確認できた。この状態ではダークウィスパーかクロスエッジのどちらかと戦うしかないのだ。僅かに遅れて来た思考林も、クロスエッジへとミサイルを向けた。
背後でマズルフラッシュが煌く。足に力を込めて、さらにペダルを踏み込んだ。視界の中に、赤い物が無いかを探す。スターリングラードは戦局を左右する重要な場所だ。インディペンデンス専属のエレクトラが、今日の情報を知っているのなら、必ず出てくるはずだ。エレクトラがいなくとも、フリーマン、もしくはインディペンデンスよりのレイヴンが必ず出てくるはずだ。
いくら、民主主義国家建国などという崇高な理想を掲げていようとも所詮はテロリストだ。暴力でしか主義を訴えることの出来ない、おろかな連中だ。そんな奴らの身勝手な行いで、何人の人間が血を流し、悲しみに明け暮れ、修羅になったか。奴らは知らない。だったら、教えてやろうじゃないか。
「前方にACの反応を確認。機種は不明ですが、エレクトラのレッドドラゴンかと思われます」
「了解した。一つ調べたいのだが、エレクトラの年齢は分かるか?」
通信機からキーボードを叩く音が聞こえる。どこかのレイヴンリストにアクセスしているのだろう。
「一八歳だそうです。グローリィ、まさかとは思うけど……口説くつもりじゃ無いでしょうね?」
「馬鹿を言え。私がそんな節操無しに見えるのか?
「まっさか。グローリィがそんなことをするなんて思ってるはずないじゃないの」
マリーツィアとの会話の中で、戦場だというのに頬が緩んでいることに気付いた。慌てて頬を引き締め、気を入れなおす。レーダーにはまだ映っていないが、遥か前方に、赤い人型らしい物が映った。
「レッドドラゴンらしい機体を確認した。残念だが、お喋りはここまでだ」
「ちぇっ、残念だなぁ。グローリィと会話する機会なんてそうそう無いのに。もう……」
声を聞いているだけなのに、端末を前に頬を膨らますマリーツィアの姿が容易に想像できた。また頬が緩みそうになるが、モニターに映るレッドドラゴンを見るとそうもいかなくなった。
レーダーに赤い光点が映る。主武装をカルテットキャノンに切り替え、サイトの中心にレッドドラゴンを入れる。まだロックオンは出来ない。
数瞬の間を置いて、FCSがレッドドラゴンをロックした。ブースターを噴かして、距離を詰めながらトリガーを引く。両肩の砲口から四条のレーザーが赤い機体目掛けて走る。当たるとは、思っていない。いくら何でも、距離が遠すぎる。
予想通り、レッドドラゴンは全てのレーザーを回避。リニアガンをインテグラルMに向ける。リニアガンが火を噴く。回避行動に入りながら、主武装をレーザーライフルに切り替える。
レッドドラゴンはリニアガンを連射してくるが、全て避ける。このまま撃ち続けても無駄だと思ったか、リニアガンの砲声が止んだ。一泊、間が空く。この機会に機体を上昇させ、レッドドラゴンの斜め前方上空まで移動し、レーザーライフルの銃口をレッドドラゴンに向ける。
レッドドラゴンがEOを起動させる。飛んでくる弾を避ける気は無い。レッドドラゴンのコアパーツ、C98−E2のEOは連射力に優れているが一発分の威力は高くない。連続で受ければ致命傷になりえるが、数発受けただけでは痛くも痒くもない。
EOが火を噴く。レッドドラゴンが回避行動に入る素振りを見せる。後ろに下がると予測して、銃口をレッドドラゴンの背後に向けておいてトリガーを引く。
インテグラルMの装甲が弾ける音が聞こえる。レッドドラゴンが後ろに下がる、レーザーがレッドドラゴンの装甲を焼いた。
着地。同時にブースターを使って九時方向に回避行動を取る。これ以上は無駄、とレッドドラゴンがEOを収納した。
エレクトラから通信が入る。
「久しぶりですね。猟犬」
「確かに久しぶりだな。紅龍」
「グローリィ。一つ聞きます、私達と共に戦う気は無いのですね?」
「フリーマンからの言伝か? だとしたら、くどいな。私は貴様らの思想には共感できんし、認める気も無い」
「良かった。それが聞きたかったんです。私としても、あなたと一緒に戦いたくありませんので。出来れば、殺したい」
「同感だ」
言って、ペダルを踏み込む。向こうも考えることは同じらしい。全く同じタイミングで、二体のACはブースターを噴かした。
登場AC一覧 括弧内はパイロット名
インテグラルM(グローリィ)&No005905k3000Es0lgAa1ME72who8c5Ge082Y0#
レッドドラゴン(エレクトラ)&NHg00cE005G000I00all11A8lgVpkw8ka0fe00#
ストレートウィンドB(ミカミ)&NE2w2G1P03w80ww5k0k0FME62wipgj0ee0cOwH#
ダークウィスパーネメシス(ウェルギリウス)&No00060001w001I000k02g0600V8l1Yru0f90R#
思考林(白蛇)&NG005fcz83B0gic086h3e68FkzWykEp5A0eo1L#
クロスエッジ(グラスパー)&Nu005e00E0w0a1k02wwa2q092wU04gZnq9Za0h#
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