Armored Core Insane Chronicle
「Episode21 未だつかず」
3月6日

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 互いに距離を詰める、紫と紅のAC。ある程度、距離がつまったところで二体のACは同時に銃口を向け、ブースターを噴かすのをやめた。どちらの銃からも、弾が出る気配は無い。

 申し合わせたように、同時にブースターを噴かして距離を空ける。主武装をレーザーライフルからカルテットキャノンに切り替える。こちらがロックオンするよりも、向こうのロック時間の方が早かったらしい。小型ミサイルが三発飛来してくる。

 インサイドカバーを開け、デコイをミサイルの数だけ射出。ミサイルがデコイに向かっていることを確認しながら、レッドドラゴンとの距離を詰める。ロックサイトが赤くなる。レンジはちょうど中距離の間合い。この距離ならば、問題は無い。

 トリガーを引く。予想していたかのような動きで、レッドドラゴンは上空に飛び上がった。リニアガンの雨が降る。その弾雨の中をかいくぐりながら、上空のレッドドラゴンにレーザーライフルを向け、トリガーを引く。

「ちっ……」

 舌打ち。レーザーが当たるには当たるのだが、レッドドラゴンが上空で動き回るために掠る程度だ。だったら、ここは着地の間際を狙うのが最もいいだろう。

 レーザーライフルの銃口を下ろし、再びカルテットキャノンを展開させる。エネルギーが持たなくなったのだろう、レッドドラゴンが地に降りる。その際、硬直を消すためにブースターを噴かすことも忘れない。だからといって、それで衝撃が完全に消えるわけではない。ほんの僅かな硬直、そこにカルテットキャノンを撃ち込む。

 最も、攻撃のタイミングは既に予想されていたらしい。レッドドラゴンはレーザーを避ける。が、完全には避けきれず左腕部に一発が当たった。

『犬の分際で……先のことを考えようとせず、ただ利益を追求するだけの企業の犬がっ!』

 レッドドラゴンの全武装がインテグラルMに照準を合わせる。最初に飛んできたのは計一〇発の小型ミサイル、続いてリニアライフルとリニアガンの弾幕。デコイを放出しながら回避してゆくが、なにせ数が多すぎる。全部は避けきれず、二,三発ほどリニアライフルとリニアガンの直撃を受けた。

 リニア系武器を受けたときの反動は大きく、いくら姿勢制御を行っても消しきれる物ではない。インテグラルMがぐらついているところに、レッドドラゴンは左腕を振り上げた状態で距離を詰めた。レッドドラゴンの左腕から、レーザーブレードが伸びる。

『所詮、あなたは犬なんです。犬は犬らしく、犬死でもしなさい』

 ブレードが振り下ろされる。避けることは出来ない。だからといって、対応策が無いわけではない。インテグラルMもブレードを発生させ、切り上げる。レッドドラゴンとインテグラルMの間で互いのブレードがぶつかり合い、火花を散らす。硬直状態になるのを防ぐため、互いに距離を空ける。その際、牽制するためにライフルを撃つことを忘れない。

『グローリィ、あなた……まさか』

「貴様らを倒すためには、秩序を守るためには必要なことだ。君も、似たような理由だろう?」

『あなたと一緒にしないで下さい。まっ、企業の犬らしくて似合ってますよ』

「褒め言葉と受け取っておこうか」

 レッドドラゴンが左にブーストダッシュ、インテグラルMは逆方向にブーストダッシュを行いながら、互いのキャノンを向け合う。同時に、互いのコアパーツを狙ってトリガーを引く。だが、ブースターを使って移動していてはそうそう簡単に当たるわけが無い。お互い、左肩に直撃を受けた。

 ダメージを受けたのが分かってすぐにモニターに目を走らせ、損傷箇所を確認。左肩に相当のダメージがあるが、ブレードが使えないわけでは無さそうだ。ただ、駆動部にダメージを受けているため、動きが悪くなっているかもしれない。

 レッドドラゴンを見れば、左肩から火花を散らしている。損傷状況は似たようなものだろう。ミカミからも白蛇からも撃墜、または撤退を伝える通信は来ない。どこもかしくも、力量が拮抗しているようだ。


/2


 雨が降り始めた。二体のACに当たった雨は、熱を持った装甲によって蒸発し、湯気を立ち昇らせる。

 どちらも隙を伺って、硬直状態に陥っていた。

「さて、どうやって崩すか……」

 モニターの中、こちらに銃口を向けるレッドドラゴンには隙と呼べそうな物が何一つとしてない。このまま硬直状態を続ければ、緊張の中で一瞬、気が緩む瞬間が出てくるかもしれないが、そんなに待ってはいられない。だったら、こちらから何とかして切り崩す必要があるのだが、それをどうやるか。

 アリーナで何度か見たことのある、ミカミのオーバードブーストを利用した急速旋回を試してみようと思うが、あれは脚部に負荷がかかりすぎる。それに、エレクトラはミカミと戦ったことがある。もしかしたら、エレクトラは急速旋回を知っている可能性がある。だとしたら、急速旋回は通用しないだろうし、そうなったら脚部に無駄なダメージを与えるだけだ。

 では、どうするか。

 ライフルを向けながら、一歩、足を前に踏み出した。また一歩、前に踏み出す。ゆっくり、一歩一歩確実にレッドドラゴンとの距離を詰めてゆく。レッドドラゴンは動かない。

 そのうち、中距離だった間合いが、近距離と中距離のちょうど境界ぐらいの距離になる。レッドドラゴンはリニアライフルを放った。ペダルを踏み込み、ブースターを噴かす。上体を捻って、リニアライフルを回避。ブレードを振り下ろす、だが、まだブレードの間合いではない。

 ブレードが振り下ろされる中、もう一度トリガーを引く。ブレードから光波が飛び出す。エレクトラといえど、流石に予想していなかったらしい。レッドドラゴンの回避行動が遅れる。

 光波の直撃、レッドドラゴンの動きが止まる。即座にライフルの狙いを定め、ロックオン完了と共に連続でトリガーを引く。一発、二発とレーザーが当たり、レッドドラゴンにダメージを与えてゆく。四発目でレッドドラゴンは硬直から立ち直り、回避行動を取る。もう、レーザーは当たらない。トリガーを引くのを止め、残弾数を確認、まだ余裕がある。

『犬のくせにっ……!』

「犬犬と、他人を見下しているから駄目だということが分からないとは。これだから子供は」

『黙りなさい!』

 リニアガンの銃口が向けられる。オーバードブーストを発動。リニアガンを避けて、一息にレッドドラゴンとの距離を詰める。相対距離が二桁台まで詰まった所で、機体を右にスライドさせる。強烈なGがかかるが、お構い無しだ。カルテットキャノンを展開させ、レッドドラゴンの右側面を取る。

 エレクトラの反応が僅かばかり遅れていたらしい、トリガーを引くが、まだレッドドラゴンはこちらを向いていなかった。レッドドラゴンの左側面にカルテットキャノンが直撃する。レッドドラゴンの左腕が吹き飛ぶ。その反動で、レッドドラゴンがよろめいた。その間に、レッドドラゴンに近付き、コアパーツにライフルの銃口を突きつける。

「勝負はあった。エレクトラ、君の負けだ。撤退するか、投降しろ。君はまだ若い、ここで死ぬべきではない」

『えぇ、あなたの言うとおり。まだ私は死ぬべきではありません。まだ、まだ私にはしなければならないことがある。インディペンデンスのために、人類のために! そのためにも、私はあなたを殺す!』

 レッドドラゴンか強烈な殺気が放たれる。その凄まじさに押され、思わず一歩後ず去る。その時、レッドドラゴンのEOが起動した。咄嗟に、ジグザグに動きながら後ろに下がる。損傷は少ないものの、決定的な攻撃のチャンスを失ってしまった。

 舌打ちしながらカルテットキャノンの狙いを定める。が、それより早くにレッドドラゴンの一斉砲火が浴びせられた。リニアガンとリニアライフルを避ける。直後、小型ミサイルが飛んでくる。ミサイルの分だけデコイを射出しようとするが、間に合わない。一発のミサイルがインテグラルMの装甲を穿った。

 EOを起動させながら、レッドドラゴンが左腕を振り上げながら距離を詰める。ブレードで斬るつもりらしい。距離が近い、ライフルでは動きを止められないだろうし、カルテットキャノンの狙いを定める時間も無い。EOで装甲が傷つけられてゆく中、対抗するためにインテグラルMも左腕を振り上げる。

「インテグラル、後ろへ下がれ」

 突如として通信が入る。言われるがまま、ブースターを噴かして後退する。直後に、レッドドラゴンのすぐ側に高速で射出されたエネルギー弾が着弾し、砂塵を巻き上げた。

 レーダーを確認すれば、八時方向に友軍を示す光点がある。振り向いて見れば、そこには重量逆間接のACがいた。白蛇の思考林だ。


/3


「クロスエッジはどうした?」

「撃墜した」

 レッドドラゴンへと向き直る。これで二対一。加えて、向こうは損傷している。こちらの二機も損傷しているにはしているが、それでも二機は二機だ。

「どうするエレクトラ、まだやる気か?」

『この犬が……必ず、この借りは返しますからね』

 そう言って、レッドドラゴンは背を向けてブースターを吹かし、基地とは別方向へ向かっていった。スターリングラード基地を放棄するらしい。

「追わなくていいのか?」

「追撃して撃墜したとしても、こちらもただでは済むまい。それに今回の目的はスターリングラードを手に入れることだ、敵を全滅させることではない」

 エレクトラという強敵は去ったが、まだ全ての敵がいなくなったわけではない。ウェルギリウスが、まだここにいる。ミカミが戦っているはずだが、一体、どうなっているのだろうか。

「ウェルギリウスの方はどうなっているか、知っているか?」

 白蛇に聞くが、「知らない」という返事が帰ってきた。ミカミからの通信も無い。自分の目で確認するため、機体を反転させる。このまま基地を制圧にしにいってもいいのだが、スターリングラードに戦力と呼べる物が無いことは分かっている。だったら、情報収集が難しいフリーレイヴンの実力を確かめた方が得策という物だ。

 ブースターを噴かそうと、ペダルに足を掛けなおしたとき、ミカミから通信が入った。

「こちらミカミ。ウェルギリウスは撤退した」

「了解。こちらへ来てくれ」

 通信の後、ほどなくして頭部の無いストレートウィンドBがこちらに向かってきた。合流した後、基地へと向かう。既に放棄する予定だったのか、人の気配が無かった。自爆装置の類が無いかも確認したが、それらしい物は一切無かった。ただ、インディペンデンスに関するデータも一切無かったが。

 拍子抜けしたまま任務の成功を伝え、野営地へと帰還する。三機が帰還したとき、基地は既にお祭り騒ぎとなっていた。とっくに出来上がっている者も何名かいるようだ。

 仮設ハンガーに機体を固定し、コックピットハッチを開ける。途端、歓声が鼓膜を振るわせた。普段ならば自分も喜んでいるところだが、制圧とは言っても、人がいなかったため自爆装置の類をチェックしただけである。いまいち実感が持てないため、素直に喜ぶ気にはなれなかった。

 理由は知らないが、白蛇も騒ぐ気は無いらしい。コックピットハッチから出て、差し出されるグラスに目もくれずテントの中へと姿を消す白蛇の後ろ姿が視界の隅に入った。

 ワイヤーロープに足を掛け、地面へと降りる。知らない間に相当疲労していたらしい、着地の瞬間、足元がぐらついた。かといって、こけてしまうほどではない。すぐに体勢を立て直す。

「おかえり」

 声を掛けられ、顔を上げる。ミラージュ軍の女性用制服を着て微笑むマリーツィアの姿があった。思わず、「ただいま」と言いそうになるが、何とかこらえる。そんな事を言ってしまえば、四年前に逆戻りだ。

「飲む?」

 言いながら、マリーツィアは一升瓶とグラスを二つ取り出した。問いに対し、頷いて答え、グラスを一つ受け取る。一升瓶から、透明な液体が注がれる。芳醇な酒の香が鼻孔をくすぐる。実に良い香りだ。

「どこの酒だ?」

「八州大吟醸、好きでしょ?」

「もちろんだ」と答えて、香りを楽しみながらグラスに一口つける。口の中いっぱいに香りが広がり、飲み込むと五臓六腑に染み渡るようだ。マリーツィアが、クスリ、と笑った。

 妙に心が安らぐ。結局のところ、マリーツィアがいないと駄目ということなのだろうか。ミヅキでは、代わりにならないということなのだろうか。全く、自分と言う奴は何て情けない男だろう。


/4


「グローリィさん」

 後ろから声を掛けて振り向くと、缶ビールを二本持ったミヅキがいた。「どうぞ」と言って、ミヅキは缶ビールを差し出す。やむなく、空いている方の手で缶ビールを受け取った。事前に用意されていたらしい、よく冷えている。冷えたビールがいくら美味いとはいっても、まだ三月でビールの季節にはまだ早い。

「もう飲んでたんですか?」

 渡してから、グローリィがすでにグラスを持っていることに気付いたらしい。「まぁな」、と適当に返事を返す。ミヅキがグローリィの背後に誰かいると気付いたらしい。グローリィの背後を覗き込み、ミヅキとマリーツィアの目が合う。

 僅かな逡巡の後、一瞬、ほんの一瞬にもみたない刹那、空気が音を立てて軋んだ。

「マリーツィアさん、ですよね?」

「はい。あなたは確か、明星に乗ってるミヅキさんでしたよね?」

「えぇ、そうです。これからよろしくお願いしますね」

「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」

 互いに微笑みながら握手を交わすが、何故だろう、二人の笑みがどこか引きつっているように見える。また、空気が音を立てて軋んだ。

 視線を感じ、辺りを見回すと、多くの人間がこちらに注目していた。周囲も、マリーツィアとミヅキの異様な雰囲気を感じ取ったのだろう。だからといって、野次馬のように見物することは無いだろうに。

 誰かに肩をつつかれ、後ろを振り向くと、缶ビール片手のミカミが立っていた。目が合うと、ミカミは妙な笑顔を浮かべながらグローリィの肩に手を掛けた。

「あんたも普通の人なんだなぁ……ミラージュの猟犬がこんな修羅場にいるなんて。ったく、週刊誌の記者が喜びそうな光景だよ」

 そう言って、ミカミは俗っぽい笑みを浮かべた。出撃前と今のミカミでは、同じ人間とは思えない。あれほど嫌っていたというのに、何故今は肩を組み、その上笑えるというのだろうか。

「いやぁ、ホントあんたも大変だよな。女性関係は特に気をつけないと、いつ何時何が起こるか知れた物じゃない」

 ミカミの表情から笑みが消え、どこか疲れた顔になる。そして、大きな溜め息を吐いた。少しばかりアルコールの臭いがする。顔は赤くないが、それなりのアルコールを既に摂取しているのだろう。

「にしても、こんな修羅場なのによく平然としてられるな。っていうか……何か言えよ。俺が一人で喋ってるみたいで恥ずかしいじゃねぇか」

「これのどこが修羅場だ?」

 マリーツィアとミヅキが、どこか異様な雰囲気を放ちながら世間話をしているだけで、どこにも修羅場の様なものは無い。あたりを見渡してみるが、ミカミの言うような修羅場らしきものは見当たらない。ミカミの頭上に、疑問符が浮かぶ。

「あんた、アレを見て何とも思わないのか?」

 ミカミが指である方向を指し示す。指の先には、会話するマリーツィアとミヅキがいるだけだ。その向こう側に何かあるのかと思ったが、何も無い。ということは、マリーツィアとミヅキが修羅場になっているということなのだろうか。

「いや、あんたが修羅場におかれてるんだよ」

「これのどこが修羅場なんだ。ただ、女性二人が会話しているだけだろう」

「二人の顔をよく見ろよ。ただならぬ表情をしてるだろう?」

 言われ、マリーツィアとミヅキの表情をよく観察してみる。互いにどこか引きつった微笑を浮かべているが、それがどうかしたというのだろうか。

「分からないか。でもまっ、こういうときは昔から三六計逃げるに限ると言うからね。とっととずらかったほうが良いと思うよ」

 逃げろと言われても、何故この状況で逃げなければいけないのかが分からない。大体、マリーツィアとミヅキは世間話をしているはずだ。自分にはまったく関係ない。

 ミカミがグローリィを見て苦笑した。「空気読めないのも、辛いな」と言い残し、どこかへ行ってしまう。ミカミがどこかへ行くのを待っていたかのようなタイミングで、ミヅキがグローリィを睨みつけた。背筋に寒気が走り、手にしているグラスと缶ビールを落としそうになる。

「あなたという人はっ……!」

 ミヅキが駆け出す。気のせいか、目の辺りに光る物が見えたような気がした。多分、気のせいだろう。

「マリーツィア、何か言ったのか?」

 聞いてみるが、マリーツィアは横を向いたまま「知らない」と答えるだけだ。まったく、一体何がどうなっているのやら、まったく分からない。


登場AC一覧 括弧内はパイロット名
インテグラルM(グローリィ)&No005905k3000Es0lgAa1ME72who8c5Ge082Y0#
レッドドラゴン(エレクトラ)&NHg00cE005G000I00all11A8lgVpkw8ka0fe00#
思考林(白蛇)&NG005fcz83B0gic086h3e68FkzWykEp5A0eo1L#
ストレートウィンドB(ミカミ)&NE2w2G1P03w80ww5k0k0FME62wipgj0ee0cOwH#

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