Armored Core Insane Chronicle
「Episode22 休日を赤く染めて」
3月10日

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 専属パイロットのいい所は、それなりの戦果を上げれば好きな日に休ませてくれるところだ。

 先日のスターリングラードでの戦果が認められたため、グローリィは休みを取って一人でロンバルディアシティに来ていた。まだ春先で肌寒いが、空は雲ひとつ無い快晴。それだけで出てきた甲斐があるというものだ。

 本当ならば、マリーツィアと一緒に出かけたいところなのだが、残念なことにパイロットが休みでもオペレーターはそうもいかない。加えて、マリーツィアはこちらに来たばかりで、しなければならないことが山積みになっているそうだ。彼女のことだから、誘えば無理をしてでも来ただろうが、それでは後生が悪い。

 ではミヅキを誘おうか、と思ったが、こちらは何故か知らないが口を聞いてくれなかった。

 そういうわけで、仕方なく一人で街に来ているのだ。しかしまぁ、何と言うか。つくづく自分の無趣味さに呆れるところだ。

 今歩いているのはロンバルディアシティのショッピングモールだ。道の両端には、種種雑多な店が軒を並べている。ゆっくり歩きながら、色んな店を見ているわけだが、一向に入ろうと思わない。

 服屋の前を通っても、本屋の前を通っても、CDショップの前を通っても一向に入ろうと思わない。何故入らないのか答えは簡単だ、まったくもってそれらの店に興味が無いのである。だというのに、何故ショッピングモールになんて来ているのだろうか。分からない。

 せいぜい興味を引いたのは、銃砲店とACパーツ専門店である。と、そこで足が止まった。こんな物騒な世の中だ、ショッピングモールに銃砲店があるのはいい。何故、ACパーツ専門店があるのだろうか。ACパーツの需要は確かにあるが、決して多いとはいえない。単価が高いため、需要が少なくとも十分経営は成り立つのだが、競争は激しい。

 このパーツショップの店主が何を思ってショッピングモールに出店しようと思ったか知らないが、とにかく興味が湧いた。気を引き締めて、入り口へと向かう。センサーが反応し、両開きの自動ドアが開いた。店内に一歩を足を踏み入れれば、金属の臭いが鼻を付いた。

「へい、らっしゃい!」

 と、何とも場違いな声を掛けられた。見れば、店の奥にあるカウンターに立っているエプロン姿の男性が笑顔でこちらを見ていた。カウンターまで歩き、置かれていた椅子に腰を掛けた。すると、店員が分厚いパーツカタログを三冊持ってきた。

「兄さんはどこのパーツをよく使うんだい?」

「私はミラージュの物しか使わん」

「はー、ミラージュねぇ。確かにあそこは高性能だけど、安定性に難があるのも多いし、ミラージュオンリーだと微妙じゃないかい?」

「そうは思わんがな」

 店員の言うとおり、ミラージュ製パーツだけで組むと、何故だか微妙な機体が出来上がる。個々のパーツの性能は決して悪い物ではない、だが、何故か微妙な物になる。インテグラルMはそうでもないが、インテグラルなどはミラージュ製パーツだけではバランスが悪くなるため他企業の物を使っていた。

「兄さんがミラージュがいいってんなら、WYRMなんてどうだい? スナイパーライフルだけど、マガジン式だから連射も出来る。悪くない武器だと思うよ」

「必要ない。スナイパーライフル自体、私には不用だ。カルテットキャノンを装備しているから、FCSがMONJU以外に無くなる」

「成る程ねぇ。MONJUはどんな武器にも合うけど、その分物足りないからねぇ。ところで兄さん、カルテットキャノンを使ってるって言ったけど、誰なんだい?」

「グローリィだ。一応、ランキングにも入っている」

 途端、店員が目を丸くした。大方、パーツの支給を受けれる専属パイロットが、何故こんな店に来ているのだろうと思っているのだろう。

 クレストとキサラギのカタログをパラパラとめくり、席を立つ。このまま出て行こうと思ったが、キサラギのカタログでみたパーツが頭の中に浮かび上がった。

「MIROKUの在庫はあるか?」

「あるけど、兄さんも変わったパーツを買うねぇ。で、自分で持って帰る? それとも宅配便で送ろうか?」

「自分で持って帰る。宅配便だと、色々と不都合があるのでな」

「ハハ、専属だもんな。じゃあ、在庫とってくるから、それまでに必要な書類を書いといて下さいな」

 そう言って店員はカウンターの下から書類とボールペンを出し、店の奥へと姿を消した。椅子に座りなおし、書類に必要事項を記入してゆく。ちょうど書き終えた頃に、背後で自動ドアの開く音がした。


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 自動ドアが開くと同時、先ほどの店員がキサラギのロゴ入りダンボールを持って出てきた。

「へい、らっしゃい! 今日は何を御探しなんだい、エレクトラ」

 エレクトラという名を聞き、体が反射的に後ろを振り向いた。そこには、デニムジャケットにジーパンを履いた女性が立っていた。彼女の表情は無機質で、妙な冷たさを感じさせた。

「LORISはの在庫はあります? あとは弾薬を」

 その声には、聞き覚えがある。通信機で聞いたことのある声だ。通信機で聞くのとは違い、殺気が篭ってはいないが、間違いない。今、ここにいるのがエレクトラだ。念のために、携帯している拳銃のグリップに手を掛けた。

「弾薬ならたっぷりとあるんだけど、LORISは今無いんだわ。でも一週間程度でガレージに届けられると思うよ。にしても、腕部パーツが欲しいなんてどうしたんだい一体。新しい機体でも作るのか?」

「違います。この間、ミッションで戦ったACに壊されてしまったので」

「ほぅ、あんたを手負いにするなんて腕の良いレイヴンだねぇ。誰なんだい、そいつ?」

「ミラージュの猟犬です」

「ミラージュの猟犬、ってぇと……グローリィか」

 ハンドガンのグリップを握り締め、トリガーガードに人差し指をかけ、いつでも撃てる体勢を整えておく。

「ランキング内のレイヴンだったら、その程度で済んでよかったんじゃないの」

 危惧していた自体は起きなかった。この店員に、「グローリィはこの人だよ」とでも言われようものなら撃たざるを得なくなっていた。ミラージュの専属パイロットであるから、治安維持のために射殺したと言えばそれで済んでしまう話だが、やはり人を殺すのは嫌だ。

「店長、隠さなくてもいいんですよ。グローリィの顔ぐらい、知っていますから」

 店員、もとい店長が溜め息を吐いた。立ち上がり、エレクトラと視線を交わす。エレクトラの瞳には、明らかな敵意が浮かんでいた。

「一つだけ忠告しておきます。ここで私を撃てば、死ぬのはあなたですよ、猟犬。店長に教えなければいけないので言いますが、もうすぐここにインディペンデンスのMTと歩兵部隊が来ます。抵抗しなければ危害は加えませんので、店長は店の奥に隠れていてください。ですが、猟犬。あなたはそうもいかない」

 エレクトラがハンドガンを取り出し、照準をグローリィの額に定めた。

「ここで撃ち殺してもいいのですが、あなたには利用価値がありますからね。私の指示に従ってもらいますけど、いいですね?」

「黙って従うとでも思っているのか?」

 体を沈め、一息で踏み込む。エレクトラの銃口はグローリィに合わさっているが、指はトリガーガードに掛かったままで、トリガーを引く気配は無い。よっぽど、無傷で人質にしたいらしい。

 覚悟を決めたらしく、エレクトラはトリガーに指を掛け、引こうとする。それより速く、手刀をエレクトラの手首に叩き込む。銃が落ちる。二撃目をエレクトラの首筋めがけて放つ。首に当たる直前で、エレクトラは手刀を受け止めた。

 エレクトラが膝蹴りを繰り出す。後ろに飛んで避け、ハンドガンを取り出し銃口を向ける。エレクトラの動きが止まる。

「筋は悪くないが、修練が足りないな。それでも専属かね」

「この犬が……!」

 引き金を引く。乾いた音が響き、店内の壁に弾痕が穿たれる。エレクトラの頬に、赤い筋が走った。

「いい加減、犬と呼ぶのをやめたまえ。私も人間だ、侮辱されて怒らないほど寛容ではない」

「ここで私を殺す気ですか?」

「そうしたのは山々だが、君はあくまで一般人だからな。下手に射殺するわけにはいかない、せいぜい罪になって誘拐未遂だからな」

「そうですか」と呟いて、エレクトラは腕時計を見た。そして、顔を上げる。相変わらず表情は無いが、目が笑っているように見える。

「時間です」

 エレクトラがそう言うと同時、爆発音が響き、店内が揺れた。突然の事に、バランスを崩す。その隙にエレクトラは走り去った。

「待て!」

 ハンドガンを持ち直し、エレクトラを追って店外へ出る。逃げた方向に銃口を向ける。だが、人が多すぎて狙いが付けられない。再び爆発音、そして、何かが割れる音。

 上を見上げれば、天井のガラスが割れ落ちて、光を乱反射させていた。咄嗟に、店内へと飛び込む。次の瞬間、モールにガラスの雨が降り注いだ。人々の叫び声が響き渡る。

 外に出れば、そこは正に地獄絵図。ガラスの破片が刺さった人々がそこかしこに倒れ、うめき声を上げている。中には、動脈を傷つけられた者もいるらしく、赤い水溜りが床に広がりつつあった。


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 胸の奥が熱くなる。脳の血管が切れそうだ。目の前の惨状の原因、それはテロだ。テロリストが、勝手な主義主張を押し付けるために起こした行為が、この地獄絵図の原因だ。

「何故……分からない……」

 呟いて、エレクトラの逃げた方向に走り出す。倒れている人々が助けを求めるが、構ってなどいられない。第一、自分は医師免許も持っていなければ看護士の免許も持っていない。せいぜい、出来るのは応急処置程度だ。道徳的に考えると助けるべきなのだろうが、ここは心を修羅にしてでも無視するのが正しいと思う。

 倒れている人々の応急処置をしたところで、何人が助かるというのだろうか。確かに、手当てをすればするだけ助かる人は増える。だが、ここでインディペンデンスの人間を逃がしてしまえば、またどこかでこれと同じ惨状が起こる可能性があるのだ。自分には今、死ぬかもしれない人間を助けることは出来なくとも、これから先に起こる惨状を防ぐ力はある。

 通路の横道から、Tシャツ姿の男が出てきた。彼の体に傷は無い。少し、ホッとした。だがそれも束の間、すぐ彼の持っている物に気付く。CR−9MP50、クレスト社製のマシンピストルだ。

 男はグローリィの姿を確認すると、マシンピストルの銃口を向けてきた。しかし、それよりもグローリィが引き金を引く方が速かった。乾いた音が響き、男の眉間に風穴があく。

 舌打ちして、走り続ける。エレクトラの姿は見えない。背後に殺気を感じ、振り向く。マシンピストルを構えた女性が約五○メートルほど離れたところに立っていた。すぐに銃口を向け、引き金を引く。命中するが、当たり所が悪かったらしく、倒れない。続けざまに二発、三発と放つ。撃った弾は全て命中し、マシンピストルを持ったまま、女性は仰向けに倒れた。

 他にもテロリストがいないか、周囲を見渡す。怪我人の中に紛れている可能性もあるので、注意しなければならない。

 ポケットに入れている携帯電話が震えた。取り出して、サブ画面を見ればオペレーター、との表示があった。通話ボタンを押し、電話を耳に当てる。

「グローリィ、今どこにいるの?」

 仕事だからだろう、マリーツィアの声音が事務的だった。
「ショッピングモールだ。幸か不幸か、爆弾テロの現場にいる」

「残念だけど。爆弾テロじゃなくて、そうね、反攻作戦に近いかもね。インディペンデンスのOSTRICHがそちらに向かっているし、レイヴンを雇っているとの情報が入っているわ」

「分かった。すぐ戻るから、インテグラルをいつでも出撃できるようにしておいてくれ」

「了解。お願いだから、早く戻ってきて……」

 最後だけ、事務的な口調が消え、本当に心配しているようだった。「当然だ」と答えて、通話を終える。

 MTが来ているというのなら、とてもではないが生身では立ち向かえない。加えて、レイヴンまで雇っているとのことだ。インディペンデンスがこのロンバルディアシティで何をするつもりかはしらないが、指をくわえてみていることなど出来ない。

 エレクトラを追うのは諦め、地下駐車場に置いてある車の元へと向かう。MTが来るのなら、早々にこの場を離脱するほかに無い。だが、地下駐車場からの脱出は不可能だった。

 地下駐車場では火災がおき、スプリンクラーが作動していた。それでも火の勢いは強い。ガソリンなどに火が付いているのだろう。何がどうなったのかしらないが、横転している車も何台かある。これでは、地下駐車場から外へ出ることは不可能だ。

 仕方なく、上に戻る。硝煙の臭いが鼻を付き、銃声が度々聞こえる。見れば、制服姿の警官がマシンピストルを持ったテロリストと交戦していた。無駄だ、と教えてやりたいが、今はここから離れる方が大事だ。

 非常口へと向かい、外に飛び出す。都合よく、非常口を出たところにバイクが一台止まっていた。運の良いことに、キーはささったままだ。躊躇うことなくサドルに座り、エンジンを噴かす。

 不意に、周囲が暗くなった。上を見上げれば、OSTRICHの巨体がある。輸送機か何かを使って、上空から降下してきたらしい。良く見れば、OSTRICHの背部に、後付と思われるパラシュートが付けられていた。

 慌ててバイクを走らせる。すぐ後ろにOSTRICHが着地し、振動でバランスを崩しそうになるが、何とか堪えた。前から来たパトカーが止まり、中から警官二人が拳銃を持って出てくる。

 警官二人は拳銃をOSTRICH目掛けて放つが、そんな物でMTにダメージを与えられるわけが無い。

 パトカーとすれ違い、数瞬、間を置いて砲声が轟いた。後ろを見れば、警官の姿は無く、パトカーの残骸だけがそこにあった。

 大通りに出ると、逃げようとする車で渋滞を起こしていた。その車の隙間を縫うようにして走る。早く、ミラージュ基地へ着けと願いながら。

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